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エンドリア物語

「玉ごっこ」<エンドリア物語外伝96>

作者: あまみつ

 魔法協会にムーの始末書を届けに行った帰りだった。

 城門前の広場で子供が転びそうになっているところを、腕を伸ばして助けた。子供に笑顔でバイバイをした後、後ろから声をかけられた。

「ウィル。ひとつ、持って行け」

 卵売りの爺さんだった。

 長年、広場の一角で、産みたての卵を売っている。安くて品がいいので昼前には売り切れるほどの人気だ。

「いいのか?」

「ひとつだぞ」

 山盛りになった卵に、オレは手を伸ばした。

 同じような卵が積まれていたが、ひとつだけ、やけにデカい卵がある。

 ひとつしか貰えないなら、食いでがある方がいい。

「こいつをもらっていいか?」

 爺さんがオレの手にある卵を見て、首を傾げた。

「もらったら、まずいか?」

「持って行け」

 ぶっきらぼうに言われた。

「ありがとな」

 オレは早足で店に戻ると、シュデルが昼食の準備をしていた。

「卵を貰った。焼いてくれ」

 受け取ったシュデルの顔がひきつった。

「何の卵です?」

「鶏だろ。城門前広場の卵売りの爺さんから貰ったんだ」

 ホッとした顔をした。

「店長が買った卵ではないのですね」

「オレが買うと問題あるのか?」

「お護り卵事件を忘れていませんか?」

 オレが買ったモンスターの卵が、非常に珍しい卵だった。その所為で、面倒な事件に巻き込まれた。

「爺さんの卵だ。きっと、うまいぞ」

「そうですね」

 笑顔のシュデルが卵を割って、ボールに落とした。

「…………店長ぉ」

 恨みのこもった声だった。

 ボールの落ちたのは、孵化直前の何かだった。

「僕はあれほど言っていますよね。トラブルは持ち込まないでくださいと」

「まだ、トラブルと決まった訳じゃないだろう」

 何かは薄く目を開いた。

 生きているようだ。

「これをどうしろというのです!」

 紙のように薄いからだをしている。形は正方形。折り紙の角のところに小さな目が2つ付いている。色は輝く青銀だ。

「焼いて食べる」

「本気ですか?」

「冗談だ」

 鱗があって、手足がない。

 オレが知っている生物で、最も似ているのはカレイとかヒラメのような平べったい魚だ。

「シュデル、こいつが何かわかるか?」

 少し黙った。

「この店にある道具と記憶は知らないようです。珍しいモンスターなのでしょう」

 ボールを渡された。

「店長の責任です。ご自分で処理してください」

 割るのが早かったのか、動く様子はない。小さな瞳は、わずかに開いたところで止まっている。触れてみると暖かい。

 放置しておけば死ぬのかもしれないが、卵を割ることを命じたオレとしては、それだと後味が悪い。

 オレはボールを持って、2階にあがった。

 扉を開いて、腹を出して寝ている人物にお願いした。

「ムー、こいつを助けられないか?」



 魔法協会の戦闘部隊がニダウに来る。

 そんな噂が流れた翌日、本当に戦闘部隊がやってきた。総勢、約100名。通常は表に出ず、隠れて行動するはずの戦闘部隊全員が、ニダウの王宮前の広場に整列した。王宮に設置された拡声器で、ロウントゥリー体調の声がニダウ中に響いた。

「危険なモンスターがニダウに逃げ込んだ可能性がある。これより、捜索とパトロールと行う。ご協力をお願いしたい」

 順番に家屋を調べるそうで、キケール商店街に調査が入るのは昼過ぎだとニダウ警備隊から連絡があった。

「珍しいですね」

 シュデルが怪訝な顔をした。

「そうだよな」

 問題が起こると、魔法協会もニダウ警備隊も、まず、桃海亭をチェックする。今回は順番だという。

「桃海亭も信用されるようになったのかな」

「それはないと思います」

 シュデルが断言した。

 店は通常営業。ニダウのあちこちに捜索が入っているようだが、ニダウの町が特別騒がしくなったわけでもない。いつもと変わらぬ時間が過ぎていく。

 昼が近くなったとき、ムーが部屋から降りてきた。いつも使っているのとは違うポシェットを斜めに掛けている。

「何かあったしゅか?」

「危険なモンスターがニダウに入った可能性があるとかで、戦闘魔術師が探している」

 ムーが両手でポシェットを押さえた。

「やばやばしゅ」

「なんだ?」

「どうかしましたか?」

 ムーが外を指した。

「輪を縮めているしゅ」

 ムーはそれだけしか言わなかったが、意味は通じた。

 ニダウの町の外側から徐々に捜査を狭めている。目的地の中心点はこの桃海亭だ。

「どういうことだ」

「こいつかもしれないしゅ」

 ポシェットから中の物を取り出した。

 平べったい四角い魚。ムーの手の平で、ちっこい目がオレ達の方を見ている。

 死にかけていたが、ムーの魔法陣で一命を取り留めた。

 オレもムーもシュデルも、呼吸できる魚、として扱っていた。シュデルもムーが常にポシェットに入れているので、我慢してくれている。

「何というモンスターか、わからなかったんだろ?」

「はいしゅ」

「わかりませんでした」

 動く辞典のムー、他者の知識を使えるシュデル、二人がわからなかったとなると考えられるのは、新種、異種、そして変異種。魔法協会の目的がこれならば、人工モンスターの可能性もある。

「逃げるか」

 時間があれば対策も練れるが、戦闘部隊はまもなく桃海亭にやってくる。とりあえず、逃げて、考える時間を作る。

「わかりました。店長は背嚢を持ってきてください」

 シュデルが食堂に飛び込んだ。

「ボクしゃん、ポシェットをもってくるしゅ」

 旅用のポシェットを取りに、ムーが2階にあがった。オレは部屋にあった背嚢を取り、店に戻った。用意されていた携帯食と水を入れて、外に出た。魔法で動く自動二輪車を取り出す。2つのポシェットをクロスにかけたムーが飛び出してきた。

「行くぞ」

「はいしゅ」

 目立たないようにスピードを落として、あえて、メインストリートからニダウの正門を目指した。正門を抜けて、ノォダプ街道に入る。

 ノォダプ街道をまっすぐ行くと、ラルレッツ王国。ムーの生国だが、オレもムーも入国禁止だ。

 街道を行き交う人はほとんどいない。いつもは馬車が頻繁に走っているが、今日は一台もすれ違わない。誰もいない街道を、オレは軽快に飛ばした。

「ムー、次の細道に入るぞ」

「はいしゅ」

「それは困る」

 聞き慣れた声。

 オレ達のすぐ後ろを、魔術師が飛んでいる。

「ムー!」

 オレが叫ぶと、自動二輪車の速度が一気にあがった。

 後ろの気配もスピードを上げる。自動二輪車は直線ならば引き離せるが、曲がりくねった道だと飛べる魔術師に地の利がある。

「どこにいる?」

 いつもと違う、冷えた声で尋ねられた。

 オレとムーの頭の上に疑問符が浮いた。

「何の話だ?」

 後ろを飛んでいる声の人物に聞いた。

 確認していないが、声からすると戦闘部隊のロウントゥリー隊長だろう。

「隠し場所を言え。時間がない」

 オレとムーの頭の上に、再び疑問符が浮いた。

 ロウントゥリー隊長の捜し物が、ムーのポシェットにいる小さな魚だったら『どこにいる』とか『隠し場所』などとは聞かず、オレ達を調べるだろう。

 ロウントゥリー隊長の質問は、探している物を【オレとムーが持ってない】ことが前提だ。

「なあ、何を探しているんだ?」

 オレの声の響きで、ロウントゥリー隊長も気づいたらしい。

「お前達ではないのか?」

 かすかだが驚きが混じっている。

「あのさ、何かあったら、犯人はオレ達だと思うことがおかしくないか?オレは真面目な古魔法道具屋で、ムーは腐った発酵肉だ」

「そうしゅ!ボクしゃん、シルバーヘアがキュートな天才魔術師しゅ!」

「シルバーヘア!お前のモジャモジャの白髪のことか?」

 思わず、突っ込んでしまった。

「ボクしゃん、綺麗な銀髪しゅ」

 ムーが右手で髪をすいた。が、指が引っかかった。

「いてて、しゅ」

「くせっ毛なんだから、朝だけでも髪をとかせよ」

「大丈夫しゅ。髪をとかなくても死なないしゅ」

 隊長の冷静な声がした。

「その様子だと本当に知らないようだな」

「知りません」

「知らないしゅ」

 隊長の気配が離れていく。

「ムー」

「はいしゅ」

 ムーがエネルギーの魔力の供給をストップした。 自動二輪車のスピードが緩やかに落ちていく。

「隊長、何を探していたんだ?」

「わからないしゅ」

 シュデルがいればわかったかもしれないが、いまはニダウに戻る気にはなれない。

「そういえば、この先にいつも使っている河原があったよな」

 川幅が1メートルに満たない小さな川だが、水深が浅く、魚捕りには絶好なポイントだ。

 オレとムーが旅に出たとき、大切な食料調達ポイントだ。

「あそこで昼飯にするか」

「賛成しゅ」

 河原に自動二輪車で乗り入れた。

 2人で降りて、川に向かった。

 身体が動いた。

 ムーを突き飛ばし、オレは河原に片手をついて、一回転をして起きあがった。姿勢は低く、すぐに動けるな体勢をとった。

「つけてきたのかよ」

 ムーのいた場所を剣が薙いでいた。

「あいかわらずの腕だな」

 ロウントゥリー隊長が楽しそうだ。

「腕もクソもあるかよ!オレ達の無実は証明されたんだ!とっととニダウに戻って、部下を指揮しやがれ!」

「安心しろ。対象は確保した」

 嘘を言っているようには見えない。

 戦闘部隊には、オレ達の知らない連絡方法があるのだろう。

「だったら、本部に帰れよ!」

 ロウントゥリー隊長は笑みを張り付けたまま、何も言わない。

「どこで捕まえたしゅ?」

 ムーが聞いた。

 隊長は答えない。

 そのとき、突然、ムーの質問の意味が形になった。

「てめー、汚ねぇーぞ。キケール商店街を捕獲の場に使ったな!」

 魔法協会の戦闘部隊が包囲網を縮めていた。オレは中心が桃海亭だと思った。だが、違ったのだ。キケール商店街に危険なモンスターを追い込んでいたのだ。

 桃海亭以外のキケール商店街の店は、超生命体モジャの力で外部からの衝撃に耐えられる。物理攻撃も魔法攻撃も受け付けない。

 そして、もうひとつ。

「捕まえたのはシュデルだろ!」

 シュデルの影響下にある魔法道具には戦闘力の高い物が多い。シュデルを使えば、戦闘部隊は負傷者を出すことなく、危険なモンスターを捕獲できる。

 オレ達がいれば桃海亭にいれば難しいが、シュデルだけなら簡単だ。キケール商店街の関係者でも客でもいい。人質にすれば、シュデルは素直に命令に従う。

 隊長は何も言わず、上空に何かを投げた。

 銀色の円盤状のそれは、空中で四方に散った。

 ズゥーーーーン!

「なんだ、これ!」

「結界しゅ」

 ムーが上を指した。

 十数個の銀の皿が空中に浮かび、半透明の魔法陣を描いている。

 そこから降りてきた光の棒が地中に刺さっている。

 オレとムーは光の檻に閉じこめられた形だ。

「やられたしゅ」

 ムーがロウントゥリー隊長を睨んだ。

 隊長は気にする様子もなく、ムーに言った。

「ムー・ペトリ。魔法協会より捕縛命令がでている。おとなしく縛につけ」

 棒と棒の間に膜が張った。金色の薄い膜だ。

「オレは関係ないだろ!」

 ムーがガックリと膝をついた。顔色が青い。

「ウィルしゃん…本気しゅ」

「どうした?」

「……ボクしゃんも……チェリーも動けないしゅ」

 ムーが地面に倒れ込んだ。

「おい!」

 慌ててムーの旅用ポシェットからチェリースライムを出した。いつものように広がろうとはせず、オレの手の中でプルプル震えている。

「特殊な魔法振動波だ。対ムー・ペトリ用に開発されたものだ。チェリースライムの能力に影響はないが、動きに影響を与える。広がるのに時間がかかるはずだ」

 オレはロウントゥリー隊長を睨んだ。

「結界には触れるなよ。触れたら即死だぞ」

 隊長が言っていることが本当かわからない。チェリーの能力に影響ないなら、光の膜に投げつけてもチェリーの命に別状はないはずだ。そうは思っても死ぬかもしれないと思うと投げつけられない。

 楽しそうにオレを見ていたロウントゥリー隊長が、急に顔を強ばらせた。

 チェリースライムが広がり始めていた。

 プルプル震えて苦しそうだが、ゆっくりと広がっていく。

「頑張れ!」

 オレは広がりだしたチェリースライムをムーの上に置いた。ムーを覆えれば、形勢逆転だ。

「一筋縄ではいかないな」

 ロウントゥリー隊長が唇をゆがめた。

「少々手荒だが、これより捕縛を開始する!」

 明瞭な声で宣言したロウントゥリー隊長は、光の檻の外側にビー玉のようなものを置き始めた。

 数は6個。

 正六角形の頂点の位置に配置した。

 奇妙な印をいくつか結んだあと、両手を組み合わせてから突きだした。

 何も起こらない。

 ロウントゥリー隊長は印を解くと、辺りを見回した。

 ビー玉が一個、5センチほど移動していた。

 隊長が元の位置に戻した。

 再び、印を結んだ。発動をさせるために、オレ達の方に向かって手を突きだした。

 何も起こらない。

 ロウントゥリー隊長が眉をひそめた。

 別のビー玉が1個、3センチほど移動している。

「お前がやったのか?」

「結界に触れたら死ぬんだろ。オレが、どうやって動かしたって言うんだ?動かせるなら、やり方を教えてくれ」

 チェリーがムーの胸から膝まで覆っている。広がりは緩やかだが、確実に広がっている。

「オレはここから出られない。ムーは動けない。オレが念動力でも身につけたと思っているのか?」

 オレは必死でまくし立てた。

「ここから風を送ったら、ビー玉は動くのか?この光の膜は風を通すのか?あのビー玉は風で動くほど、軽いのか?」

 ビー玉がなぜ動いたのか。

 オレはその理由を知っている。

 ロウントゥリー隊長が、ビー玉の位置を直した。周囲に気を配りながら印を結び始めた。

「オレが息を吹いたら、動くのか?怒鳴ったら、音波で動くのか?」

 オレに注意を向けたいが、隊長はビー玉から目を離さない。

 発動させる直前にビー玉は動くだろう。そして、なぜビー玉が動くのか今度こそロウントゥリー隊長は気づくだろう。

 両手を組んだ。

 ビー玉が動いた。

 ロウントゥリー隊長が組んでいた手を離した。

「いまのは何だ?」

 オレは黙っていた。

「何かと聞いている」

 オレは肺に入るだけ息を吸った。

 そして、怒鳴った。

「知るか!」

 続けて、早口でまくし立てた。

「オレだって困っているんだよ。シュデルには怒られる、ムーは店をウロウロする。餌を寄越せ?人間様の飯もないのに、ペットの餌まで買えると思うか?それでも、用意してやったさ。色々用意して、食ったのがリンゴだぞ。リンゴは世界で最も作られている果実だって。ああ、そうだろうよ。でもな、北の果実なんだよ。温暖なエンドリアではリンゴは高いんだよ。オレが食えるリンゴは、魔法協会本部の裏庭に生えている酸っぱいリンゴだけだ。拾った生物は責任を持って育てましょう。オレは拾ってなんかいない。貰っただけだ。食うために、貰ったのに、なぜ、こんなことになっている?おかしいだろ!」

 ビー玉を動かしたのは、ムーの身体の下から発射された何か。位置からすると小さな魚が関係しているのは間違いない。

「出せ」

 ロウントゥリー隊長の声は永久凍土の冷気をまとっている。

「そこからは見えないだろうが、ムーのポシェットにいるんだ。でも、オレには出せないんだよ。なんでかわかるか?チェリーと同じで、ムー以外には懐かなかったんだよ」

 オレやシュデルが触ろうとすると、ガバッとでかい口を開く。見ただけでわからないが、身体の半分は口だ。そこでやめないと容赦なく噛みつく。

「なにをしたのかだって?わかるのはビー玉を何かで動かした、ってことだけだ。それが何か、オレにはわからないんだよ。あんたには、わかるのか!」

 隊長が唇を歪めた。

「無駄だ」

「何がだよ」

「時間稼ぎは、そこまでだ」

 言い当てられた。

 必死で話していたのは、チェリーがムーを覆う時間を作るためだ。チェリーも頑張っているが、まだ足首から先が覆われていない。

「終わりにする」

 隊長はビー玉を正しい位置に戻すと、片手をあげた。透明な杭が四散して、ビー玉を地面に縫い止めた。

 隊長の手が、再び印を結び始めた。

 早い。

 ムーの身体の下から、頭の先端が現れた。

 口から何かを吐いた。

 ビー玉が吹っ飛んだ。

「よくやった!」

 遙か遠くに飛んでいった。ビー玉の予備がなければ、ムーの復活が先だ。

「…………やってくれたな」

 ロウントゥリー隊長の声は地獄の響きを伴っていた。

 オレは隊長に頭を下げた。

「すみません。オレ達も生きるに必死…………」

 隊長の頬が切れている。

 ビー玉が飛んでいったのとは逆方向だ。そうなると、当たったのはおそらく透明な杭だ。

 頬に斜めについた傷。

 一筋の血が流れた。

「血を流したのは、何年ぶりだろうな」

 隊長は頬を流れる血を、舌でペロリと嘗めとった。

「ヒィーーーー!」

「捕縛を処刑に切り替える」

 ロウントゥリー隊長が指で空中に何かを書き出した。

 オレは地面にうつ伏せに倒れているムーを見た。

 チェリーはムーを覆っている。

 それなのに、ムーは動かない。

「なぜなんだ!」

 必死で見回した。

 そして、見つけた。

 チェリーの作った膜から、ムーの髪が一房、ニョッキリとつきだしている。弱っているチェリーの膜を、ムーのアホ毛が突き破ったのだ。

「起きてくれ!」

 髪を引っ張った。

 ブチッ!

 イヤな音と感触がした。

 同時に、足の裏に振動を感じた。

 オレは飛んだ。

 無数の槍が地面から飛び出した。上空にある銀色の円盤が木っ端微塵に打ち砕かれた。

「よっしゃ!」

 オレはガッツポーズをした。

 チェリーに覆われているムーは無事。ムーに乗っているオレも無事。

 ロウントゥリー隊長の姿は見えないが、隊長のことだ。無傷だろう。

「重いしゅ」

「悪い、悪い」

 ムーの上から退くと、ムーが立ち上がった。

「ヒドい目にあったしゅ」

 服をパンパンとはたく。

 ムーが首を傾げた。

 両手をあげて、頭を触っている。

 そのムーをオレは力任せに殴った。コロコロと地面を転がる。ムーが立っていた場所に光が走る。

「………隊長。そろそろ、やめてもらえませんか?ムーが本気になりますよ」

 オレが言い終わるより早く、頭上から花びらが無数に降ってきた。

 ピンク色の花びらが降りしきる風景はこの世の物と思えないほど美しい。ムーは既にチェリースライムの中に入って観賞している。

「化け物の反撃というわけか」

 風の結界に包まれたロウントゥリー隊長が、木の陰から姿を現した。

 隊長を取り巻く風が、花びらへの接触を防いでいるが、一面に降りしきる花びらの量から考えると接触するのは時間の問題だ。

 デスペタル。別名、魔術師ボムと呼ばれる魔法だ。魔術師が花びらに触れると爆発する。爆発は、接触したときの魔術師の体内にある魔力量に比例するので、魔力量の多い魔術師を殺すのに最適な魔法だ。

 結界に包まれた隊長がオレの前にやってきた。

「捕縛及び処刑は延期する」

「え、いいのか?」

 ロウントゥリー隊長が笑みを浮かべた。

「ここで殺したらつまらなそうだ」

 高笑いを響かせ、風の結界で花びらを舞い散らし、隊長が飛び去っていく。

 遠ざかっていく背中に向かい、オレは二度と会いませんようにと祈った。




 桃海亭に戻ったオレとムーを待っていたのは、沈痛な表情をしたシュデルだった。

「魔法協会が探していた犯人は、デメドさんの店の屋根から飛び降りたところで捕まりました」

「犯人?探していたのはモンスターじゃなかったのか?」

「はい、非常に身のこなしの軽い男の方でした。戦闘魔術師達に追われて、キケール商店街に逃げ込んできました。屋根から屋根に逃げていましたが、囲まれてすぐに捕まりました。店長たちが店を出て、10分ほどたった頃です」

 自動二輪車にのったオレ達が、ロウントゥリー隊長に追われていた頃だ。

「危険なモンスターは封印された状態で所持していました」

「そういうことか」

 人を探しているならば、オレ達を見れば『持っていない』ことは、すぐにわかったなずだ。だから、ロウントゥリー隊長の質問は『どこに隠した?』になったのだ。

「犯人は囲まれたとき、持っていたアイテムを戦闘魔術師に投げつけました。戦闘魔術師達は結界を包み込んで受け止め、金属の箱に入れて持って帰りました。あれがおそらく、封印された危険なモンスターだっと思います」

「危ないことをするな。もし、封印が破れたら…………」

 シュデルがムーのポシェットを見ている。旅用のポシェットではなく、魚が入っているポシェットだ。

「………投げつけたアイテムって、どんなのかな?」

「白くて、丸くて、鶏の卵を一回り大きくしたようなものです」

「似ていた?」

「うり二つでした」

 オレはムーに言った。

「捨ててこい」

「イヤしゅ」

 オレとムーのにらみ合いは、店の扉が開いた音で終了した。

「いらっしゃいませ」

 反射的に笑顔で言う。

 幽鬼のような青い顔で店内に入ってきたのは、魔法協会の災害対策室の室長ガレス・スモールウッド。魔法協会本部での桃海亭の担当部署だ。

「ウィル・バーカー及びムー・ペトリ。なぜ、私が来たのか、心当たりがないか?」

「ありません」

「ないしゅ」

 スモールウッドさんは、右手で胃を押さえている。

「さきほど、ロウントゥリー隊長から緊急連絡があった。ラフォンテ十二宮の封印のひとつが失われたと。間違いないか?」

「ラフォンテ?」

 疑問符をつけたのはオレだけだった。

「ラフォンテですって!」

 真っ青になったのはシュデル。

「ラフォンテ!スゴいしゅ!」

 両手をあげたのはムー。

「間違いないか?」

 スモールウッドさんがムーに確認した。

 ムーはポシェットから、魚を取り出した。

「ほいしゅ」

 見慣れた青銀の魚を、手のひらに乗せた。

 5センチ四方の、平べったい小さな魚。

 朝晩と2回もリンゴを食っているのに、生まれたときのサイズのままだ。ちっこい目でスモールウッドさんを見上げている。

「…………これは……なんということだ」

 ヨロリとよろめくと、倒れそうになった。慌ててオレが受け止めた。

「ウィル」

 弱々しく言った。

「はい」

「いい加減にしてくれ」

「はい?」

「魔法協会の災害対策室といえど限界がある」

「オレ、何かしましたか?」

 オレの疑問に答えたのは、カウンターにいる青い顔のシュデルだった。

「店長、強力なモンスターを封印したものをアイテムとして使うのはご存じですか?」

「それくらい、知っている。この間、壁から怪獣……………」

 オレは自分が支えている人物が、スモールウッドさんであることを思い出した。

「怪獣の絵が飾ってあって、ムーが封印だと教えてくれた」

「はい、そういうのもあります」

 シュデルが、慌ててフォローを入れてくれた。

 この間、雨宿りに使った遺跡の守護結界をムーが解いたら、壁から巨大モンスターが現れた。封印したモンスターの力を守護結界に使っていたらしい。遺跡は崩壊したが、モンスターは封印してきたのでバレてはないはずだ。

「魔法協会の本部に円形屋根の塔が建っているのをご存じですか?」

「南側の丸っこい塔だろ」

「はい、あれは天体観測の為の塔です。ラフォンテ天文台と呼ばれています」

「スモールウッドさんは、ラフォンテ十二宮とか、言ってなかったか?」

「天文台の名前となっているラフォンテは、天文台が建っている場所の地下にラフォンテ十二宮という古代魔法の遺物があるからなんです」

 古代魔法の遺物。

 背中に汗が、浮いてきた。

「店長、ここまで話せば予想がついたと思います。ラフォンテ十二宮というのは封印したモンスターをエネルギーとして使った遺物なんです」

 魚を見た。

 ムーが丸い指で、頭をなぜている。

 気持ちいいのか、フリルのようなヒレを、ヒラヒラと動かしている。

「封印とけたら、エネルギーとしては使えませんよね?」

 知識がないので聞いた。

 答えたのはスモールウッドさんだ。

 オレを支えにして椅子に腰掛けた。

「エネルギーとしては使っていないので、その点は問題ない」

「いま、エネルギーとして使っていたと………」

 シュデルが呆れた顔をした。

「店長、エネルギーとして使ったのは古代人です。ラフォンテ十二宮が発見された時、封印の玉は既に6つしかありませんでした。失われた6つの封印についてはわかっていません」

 たぶん、意味がわからないという顔をしていたのだろう。シュデルが説明を続けた。

「ラフォンテ十二宮は、まだ未解明な遺物です。武器であると推測され、上に天文台をつくり、常時監視下におくことにしたのです」

「ラフォンテ十二宮が、たまたま魔法協会の敷地内にあったのか?」

「違います。ラフォンテ十二宮の大きさは直径5メートルほどの魔法陣です。いまは壊れてしまいましたが、ラフォンテという地下の遺跡にあったのです。放置するには危険だということで、魔法陣だけ切り取ってもってきたのです。魔法陣の中に玉をはめこむ穴が12カ所ありました。そこに6個の封印の玉が残っており、穴には星座の名前がついていました。そのことから、十二宮とつけられたのです」

「こいつは?」

「魚座だ」

 スモールウッドさんが顔をしかめた。

「1週間前に十二宮から封印の玉が2個盗み出された。犯人は魔法協会に勤務している、十二宮の管理係の魔術師だった。内部の犯行のために気づくのが遅れ、一昨日、戦闘魔術師に封印の玉の至急の回収を依頼した」

「こいつ、そんなにやばいものなんですか?」

 ムーが魚の頬を突っついている。魚は指を押し返そうとしている。

 遊んでいるようにしか見えない。

「わからない。400年以上も研究されているが、ラフォンテ十二宮がどのような兵器なのか、封印の玉がどのような役割をしているのか、ほとんど解明されていないのが実体だ。ただ、ひとつだけわかっていることがある」

「なんですか?」

「封印されたモンスターは自然界にいるモンスターではなく、古代人のバイオテクノロジーによって作られたオリジナルの一点ものらしい」

「すごいしゅ!」

 ムーが言うと、魚がヒレをヒラヒラさせた。

 オレは念のために、スモールウッドさん聞いた。

「ルブクス公用語って、古代人も使っていましたっけ?」

 スモールウッドさんはオレではなく、シュデルの方を向いた。

「シュデル。今度来るときまでに、ウィルに古代史の勉強させておいてくれ」

「努力します」

「いったい、どうすればいいのだ」

 スモールウッドさんは沈痛な面もちで、胃を押さえた。

「魚をもう一度、封印できないんですか?」

「封印していた玉は残っているか?」

 シュデルが首を横に振った。

「卵の殻だと思い、捨ててしまいました」

 スモールウッドさんを苦難に陥れている魚は、ムーの手の平でピチピチはねている。

「スモールウッドさん、こいつを持って帰ってください。それで解決です」

「ウィルしゃん!」

「育てるのは簡単です。餌は1日に2回リンゴをやってください。水は朝夕500ml飲みます。攻撃技は、噛むか、水を口から吹くだけです。あとは………見ての通り、手の平で跳ねるくらいです」

「他に………その……危険な技とかないのか?」

 スモールウッドさんがオレと魚を交互に見ている。

「ありません」

 本能だった。

 わずかに身体をずらした。

 オレの髪が数本、散った。

「ウィル………どういうことだ」

 スモールウッドさんの声に怨嗟の響きがあった。

 魚が浮いていた。

 ヒレをヒラヒラさせている。

 移動時間、コンマ数秒。

 オレの顔を狙ったことは間違いない。

「そのヒレ、切れ味がいいよな」

 魚がヒレを振った。風を感じた。

 ヒレは切断だけでなく、風を起こすこともできるらしい。

 オレが『ありません』と断言したので、怒っているようだ。

「ムー、こいつ、ルブクス公用語がわかっているだろ」

「魚しゅ。わからないに決まっているしゅ」

 シュデルが、奥の扉を入った。

「待ってくれ。せめて、道具達にオレを守るように…………えっ」

 シュデルはすぐに戻ってきた。手には、よく研がれた出刃包丁が輝いている。

「これ以上、店で暴れるつもりならば、三枚に下ろします」

 シュデルが、魚に静かに言った。

 魚はすっ飛んでムーの手のひらに戻った。

 ボクはただの魚です、という感じで、手のひらでピチピチ跳ねている。

「わかった。この魚の所有は魔法協会、世話はムー・ペトリとする」

 魚の行動を目の当たりにしたスモールウッドさんが即断した。

「持って帰ってくださいよ。お願いします」

「餌代は払う」

 そう言い残して、桃海亭から出て行ってしまった。

 シュデルがオレの隣に立った。

「店長、餌代がもらえるのですから、いいとしましょう」

「でもなぁ」

「大丈夫です。行状に問題があるようでしたら……」

 シュデルは、持っている包丁をギラリと光らせた。



 約束通り【餌代】は届いた。

 魔法協会本部の裏庭に生えている酸っぱいリンゴ。まさかの現物支給だった。

 魚は勝手に桃海亭の井戸に住み着いた。

 異常なまでの綺麗好きで、井戸の中を朝から晩まで徹底的に掃除しているようだ。ヒレを高速振動させて、消毒までしている。お陰で水は常に澄みきっている。

 朝夕に食事に井戸の中から出てくる。それ以外も時々、桃海亭内を飛んでいる。シュデルが怖いらしく、悪さをしたことはない。

 この間、オレが『腹が減った』と嘆いていたら、リンゴ箱からリンゴをヒレで挟んで持ってきて、オレの前に置いてくれた。

 案外、良い奴なのかもしれない。




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