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僕たちの思い出

「長い話をしてしまってごめんなさい。昔話はこれで全部です。では私のことを殺してください」

 


 雨木が微笑みながら、そう僕に告げる。

 正直、信じられない話だった。だって僕は天体観測なんてしないし、そんな可愛い幼馴染だっていない。僕が女子と歩いたのだって雨木が初めてのはずだ。まぁ運動オンチで頼りがいがないってことは当たってはいるが。むしろそっちを改変してくれよな。

 雨木が話してくれた、長くて暗くてゴア表現満載の出来ればあんまり聞きたくない昔話を、全て雨木という頭のおかしいシリアルキラーの妄想話ということでカタをつけることも出来る。でもそれならとりあえず雨木を隔離病棟にぶち込まないといけないな。



「とりあえず戻りましょうか。殺されるならあの部屋がいいです」



 廃墟に戻った僕たちは例の部屋に入った。星たちの頼りない光が、ほの暗く部屋を照らす。雨木が僕に刃物を手渡す。案外重たい。よくこれであんな的確に首元を引っ掛けるものだな。

「ずっと君に殺されたかったんです。全部知ってもらえました。これで後悔もなにもありません。では、どうぞ」

 雨木がきれいな顔をクイっとあげる。白くてか細い首元が僕に晒される。たぶん、僕は下手くそだから一撃で首をすっ飛ばしてしまう気がした。実際はもっと難しいんだろうけど。

「殺しにくいですか? 怖いですよね。私も初めはそうでしたから。では、唄を歌ってあげます。私の大好きな曲です。楓ちゃんから教えてもらった大切な曲です」

 下手くそな唄声で、雨木はクラシックを歌う。ショパンの別れの曲。さっきの話で初めて名前を知った。忘れることはないだろう。綺麗な旋律が、僕の心に安らぎを与える。でも。


「下手くそだな」

「ふぇ!? そ、そんなことないですよ。これでも今までの人生の中で一番多く歌ってきた曲なんですから。自信があります」

 唐突に批判された雨木は驚いて思わず歌うことをやめる。暗闇でもよく分かる。雨木の顔は今間違いなく真っ赤だ。

「声……震えてんぞ……。怖いなら怖いって言えよ」

「……ッ」

「死にたくないなら、死にたくないって言えよ」

「そんなこと……」

「僕と一緒にいたいなら、いたいってちゃんと言えよ」




 沈黙が流れる。僕の自意識過剰から生まれた空気なら笑い飛ばせばいい。でも、僕はそこまで鈍感ではない。もう、あの日から半年以上経っている。あの日の僕を殴ってやりたい。

「とにかく、僕は雨木を殺さない。人殺しなんてまっぴらゴメンだからな」

「そうですか……殺してくれないんですね」

 それが僕の答えだ。どんな話を聞こうとも殺すつもりなんて初めからなかった。当たり前だろ。誰が好き好んで人なんて殺すかよ。

 ……たぶん、雨木も同じことを思って、人を殺していたんだろうな。死んでもいい人間なんてこの世界にはいない……と思いたい。少なくとも僕は目の前の殺人鬼には、そんな感情を抱けなかった。彼女を殺されてるのにな。




「帰るぞ」

 僕は雨木の腕を引っ張って廃墟を出た。深い森を抜けてデカイ畑の横を通り過ぎ住宅街に戻ってきた。

「じゃあ、ちゃんと明日学校来いよな。僕を嘘つきにしないでくれよ」

「本当に今殺しておかなくていいんですか? 私がその気になれば君なんて簡単に首チョンパですよ。この世界の誰からも忘れられて一人寂しく死んでいくかもしれないんですよ」

「大丈夫だ。そうなっても雨木がちゃんと覚えていてくれるから。だろ?」

「酷い人ですね君は。本当に酷い。残酷人間です。私以上に。だから、消します」

「わぁーーー! ちょっと待て。まだ心の準備が出来てないっつーの」

 雨木は小さくプッ、と吹き出して

「冗談ですよ。君が頼りない人で本当によかったです。どうやら君なんかには、記憶の引き継ぎを任せられそうにないです」

「褒めてんのそれ?」

「君はもう記憶が都合よく書き換えられていますけど、私が君を褒めたのは今日が初めてです」

「あ……、あぁ、ありがとう……」

 あんまり都合よく記憶が書き換わっていないことに文句を言いたかったが、そんなことをして本当に首チョンパされたら堪らないので黙っておく。



 雨木が頼りない手で僕の手を握った。

「君は覚えてないようですけど、私たちはあの森を抜けるたびに手を握っていました。実は私、その度にドキドキしていました。…………言いたいことちゃんと言います」

「……うん」

「私たちはこんな風になってしまいましたけど、どこか違っていたら……」

「……」

「…………」

「違っていたら、なんだよ」

「違っていたら、君のことを好きにならずに済んだのでしょうか……。ごめんなさい。忘れてください。……今、死ぬほど恥ずかしいので」

「あぁ……、見れば分かるよ」

 ドンッ!! と雨木が僕の胸を勢いよく両手で押した。僕は尻餅をついてしまった。

「やっぱり運動オンチは相変わらずですね。……おやすみなさい」

 雨木は僕を置いて走り去っていった。その後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。





*******





 いつもの学校。いつもの変わらない顔ぶれ。相変わらず柿谷の第一声は「お前昨日のドラマ見たかよ」だった。僕は昨日の夜は家で漫画を読んでいたので当然見ていない。「見てないよ」と告げても、柿谷はネットに書かれている評価と同じ内容を語ってくれる。お陰様で僕はそのドラマを見ていないのに、それなりに内容を理解している人になってしまっている。

「おはよー」

「おっす」

 遅れて山田と斎藤もクラスに到着する。この二人はいつもアニメの話で盛り上がっている。

 隣の席の矢木さんは、かっこいい彼氏と楽しそうに話している。別に羨ましくはないが、目障りではあった。いや、嘘です。正直羨ましかった。だってこんなに可愛い女の子が、自分のことを好きで、それでいてニコニコ話しかけてくれるんだぞ。羨ましくない奴いないだろ。

「えーっと、今日は全員出席だな」

 朝のホームルームで先生が出欠をとる。窓の向こうには春の陽気が見える。白いカーテンが風を含んで舞う。何故かその景色をボーッと眺め続けていた。

 運動オンチの僕は体育が苦手。サッカーのリフティングのテストで奇跡の一回を記録。先生に「リフティングって知ってるよな」と聞かれる。そのくらい知ってるよ。馬鹿にしないでいただきたい。……やり方知らないけど。

 柿谷に馬鹿にされる。コイツも三回しか出来ていないくせに。しかし

「オレはお前の三倍だぞ。テストで例えたらお前が30点だったとしたら、オレは90点だ。三倍っていうのはそういうことだぜ」

 と誇らしげに持説を説く。いや、まて。それなら僕が一点ならお前は三点だぞ。と言ってやりたかったが、それを言ったところで結果は覆らないので辞めた。代わりに横腹を地獄突きしておいた。柿谷はわりと痛そうだったのでスッキリした。



 音楽の時間。楽譜すらスラスラ読めない僕は、悪戦苦闘していた。しかし今日は座学。寝ているだけで済む授業内容だ。よかった。

 斜め後ろで山田と斎藤がずっとアニメの考察をしている。柿谷はスマホをいじっている。僕は一人で眠る。春の光があたたかかった。優しい陽気は僕を安眠へと導く。







 音楽の先生がCDデッキのスイッチを入れた。

流れてくるのは美しいピアノで奏でられたメロディ。あぁ、聴いたことがある。

 クラシックの……なんだっけ?

透明感があって、儚い。美しいという言葉はこの曲のためにあるのではないだろうか。

「この曲はショパンの練習曲作品10-3という名前で――――……」

 ダメだ。今の僕には小難しい話は入ってこない。


おやすみ世界。








 夢を見た。たぶん昔の夢。忘れてしまった世界の夢。

 何もない草原の中にポツンと廃墟があった。僕はその廃墟の中に足を運んだ。原型の分からないゴミが散乱していた。もう誰も来ていないのだろう。

 僕は一番奥の部屋を見つけた。そこに近づいてみると、声が聞こえてきた。聞いたことのある声だった。女の子が泣いている声。

 僕はその声を聞くと胸がギュッと苦しくなった。それでも足を前に進める。小さくうずくまって泣いている一人の少女。歳は同い年くらいか。僕の学校と同じ制服を来ている。

 パッと見ただけでも分かる。この子は絶対に地味だ。なんとなくそんな気がする。


 普段女の子と喋らない僕も、さすがに泣いている子を見過ごすことが出来ず声をかけてみる。



「どうしたの? こんなところで泣いてるの?」



「あ……、かえ……でちゃ……ん?」

 泣いている少女は顔をあげて、僕の方を見てそう言った。残念ながら僕の名前は楓ちゃんではない。少女も僕が楓ちゃんではないことに気付いたようだ。

「ごめん……なさい……。昔に同じことを言ってきてくれた友達がいたので……」

 あぁ、その友達はなんて優しい人なのだろうか。

「フミ……くん……?」

 僕はこの子と知り合いなのだろうか。女の子からフミくんなんて呼ばれたことはないが。

「フミくん……ごめんなさい……。フミくんが大切にしてた思い出……壊しちゃってごめん……なさい……」


 少女はボロボロと大粒の涙を流した。

「僕の……思い出……?」

「私が……楓ちゃんを殺して……、フミくんの記憶も全部殺した……」

「大丈夫だよ。僕は今生きてるから。泣かないで」

 少女は首をフルフルと横に振った。

「君の……名前は……?」

「私の名前……?」

「そう君の」


「私の……名前は―――」





――――バスン! 頭に痛みが走った。

「授業は起きて聞きなさい」

 クスクスと教室で笑いが起こる。でも、今の僕にはそんなことどうでもよかった。

 僕は立ち上がり、何も持たずに教室を出た。上履きのまま、校舎を飛び出し向かった。



 みんなから忘れられて、一人ぼっちで泣いている君のところへ。



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