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大好き。ありがとう。ごめんなさい。

「そう……なんですか。おめでとうございます」



 私は声が震えないように、ゆっくり落ち着いて祝福した。涙が浮かばないように強く心をもった。正直、お似合いのカップルだと思った。二人共とても素敵な人だから。

 楓ちゃんは天体観測のことを知らない。だから、私の気持ちもなにも知らない。

 私も楓ちゃんの気持ちをなにも知らなかった。



 もう私たちは三人でいられない。

「あ、でも。別に気を使わないでね。今まで通り三人で遊ぼうね」

 告白をしたのは楓ちゃんからだった。フミくんの気持ちは私には分からない。



 それから、三人で集まる日は変わらずにあった。二人は変わらずに私に接してくれた。三人でいるときは、二人が付き合っていることを忘れてしまうくらいだった。二人は本当に三人でいる時間を大切にしてくれた。私よりもずっと。

 でも、やっぱり一緒にはいられないよ。付き合うってそういうことだから。

 私、もう十分幸せをもらったよ。私はもう幸せになったよ。もうこの思い出だけで生きていけるから。ありがとう。バイバイ。大好きだよ。




私はもう美術室には行かなくなった。私はまた一人になった。一人になることを願った。





 ***





『明日から田舎に帰るんだけど、お土産なにがいい?』

 私が美術室に行かなくなって三日後に、フミくんから連絡が来た。たぶん、まだ二人は私が意図的に二人と距離をおき始めたことに気づいていない。


私は『大丈夫ですよ。なにもいらないです。ありがとう。田舎楽しんできてください』とだけ返した。

 その日の夜はよく晴れていた。眠れなかったので、私は家を飛び出した。夏の夜は変わらずにそこにあった。きっとこの空は、私みたいなはみ出しものだって受け入れてくれる。歩くと寂しさが追いついてくる。

私は怖くなって走った。走ることなんて久しぶりだったから、すぐに脇腹が痛くなった。息もすぐに途切れる。それでも構わず走った。迷いを断ち切るために。三人の世界に戻らなくていいように。涙が溢れた。なんの涙なのだろう。

 大きい畑のそばを駆け抜け、深い森の中に入った。私は足をとられて転んだ。膝を擦りむいたみたいだ。それでもすぐに立ち上がる。空っぽの手を必死に握り締めた。あの優しさの欠片を、私の手は探していた。

 

 廃墟の階段を走り抜けた。屋上。星が広がる。いつも隣にいてくれたフミくんはいなかった。当然だ。今頃明日の出発に向けて準備をしていることだろう。一人ぼっちで空を見上げた。記憶の中の星を見つめる。一つ一つが美しい。それがこの世界には数え切れないほどある。

 乱れる呼吸の中に嗚咽が混じった。こんな気持ちになるくらいなら、初めから何もいらなかった。幸せだったから、寂しさを知ってしまった。

 私は寂しかったのだと知ってしまった。みんなのように生きられない私は惨めだ。




 大好きだよ……。




 何度も繰り返した。心の声を大きくして、小さくぼやく恐ろしい感情を隠そうとした。でも、隠しきれない。どんどんどんどん大きくなっていく。それはどんどん私を支配していく。真っ黒なモヤが私を埋めていく。




 …………消えちゃえばいいのに。消えちゃえばいい。消えちゃえ。




 こんなこと本当は思いたくなかった。こんなこと本当は思っていなかった。私の本心は間違いなく『大好き』だった。でも、私の中で勝手に疼く。今まで一人ぼっちだったから分からなかった。自分の性格の悪さを比較出来ないから知れなかった。私が一人なのはちゃんと理由があった。周りと違う私は、こんな真っ黒な性格なんだ。性格が良いなんて自我を保つための勝手な思い込みだったのだと、今になってようやく気づけた。

 頭の上には大量の流れ星が落ちた。燃え尽きていく星たちの光が、一瞬世界を照らした。

「きれい……」

 自分はこんなにも汚いのに。自分はこんなにも消えてほしいのに。




 ***




 どれくらいの時間、私は星を眺めていたのだろうか。廃墟の屋上で仰向けになって、ずっと変わらない空を見ていた。帰りたくなかった。帰ったら現実に殺されてしまう気がした。

 風が吹くと、胸が締め付けられる。また泣いた。涙は枯れることはないのだと知った。まぶたを擦ると楓ちゃんにまた怒られるから擦らない。

 ごめんね。私がいなくなったら、悲しむのかなぁ。分からないや。分からなくてごめんね。


「…………え」

 人の気配がした。よく聞くと建物内のゴミに足がぶつかったり、瓶を転かす音がしている。今までここに人が来たことなんてなかった。私は怖くなった。

でも、もうどうでもいいと思えた。誰にも知られない場所で不審者に殺してもらうのもありかなって思った。

 私はゆっくりと階段を降りる。心臓から体に悪い音がする。一階の奥の部屋から呼吸が聞こえる。どうやら一人のようだ。冷や汗が大量に流れる。もしかしたら、私はあと一時間先には殺されているかもしれない。緊張で吐きそうだ。

 私はスマホの明かりをつけて薄暗い部屋を照らしてみた。人の形に段々と色がついて認識していく。

「あ……、え……? か、え、でちゃ……ん?」

 そこに立っていた人、もとい少女は私がよく知っている女の子だった。



 ドクドクドクドクドクドク。



 心臓の動きは最速まで高まり、早すぎて逆に止まりそうなくらいだった。過呼吸ぎみになるまで呼吸は繰り返される。彼女はこちらに気付いたのか、ゆっくりと首をまわした。

 その顔には、もう私の大好きな楓ちゃんの表情はなかった。

 ――――壊れちゃった。

 一瞬、その言葉が私の頭の中をよぎった。はいじん? 廃人。

 虚ろな目で真っ直ぐにこちらを見つめている。私は一歩たじろいだ。

「楓ちゃん……。どうしました?」

 普段通りに声をかけてみた。普段通りにすれば、またいつもの笑顔を見せてくれるような気がした。でも、そんなことはなかった。

 楓ちゃんの小さな手を触ってみる。冷たくなっていた。

「楓ちゃん……。返事をしてください」

「…………」

 反応はない。

「楓ちゃん……。楓ちゃん……」

 何度呼んでも、私の声はもう届かなかった。



お前が望んだんだろう。

「……え」

 もう手遅れだ。そいつを救いたければ殺せ。

「そん……な……」

 どこからか声がした。心に直接語りかけてくる。

「違う……。私はそんなこと望んでいない」

 私たちは、お前の願いを叶えただけだ。

「ちがう…………」

 これ以上をまだ望むのか。ならば、これで満足か?


ブシャッ! と血が吹き出る音がした。そのあと腕が落ちる音がした。楓ちゃんの右腕がもがれた。肩からの血がとまらない。

「やめて……、お願い……、もうこれ以上……」

 

 ならば、自分で殺せ。私たちが殺すか。どっちかだ。選べ。

「……わかった」


 私は楓ちゃんの柔らかい体を殴った。楓ちゃんが小さく悲鳴をあげた。意識はなくとも、痛さは分かるようだった。もう一発殴った。さっきよりも力が弱くなった。それでも楓ちゃんは小さく声をあげた。殴るたびに、力が弱くなっていく。五発目を殴るときには、ポスン……と音がするだけだった。

「できないよ……。こんなこと……」

 私が泣き崩れると、楓ちゃんの残っていた腕も弾けとんだ。両腕がなくなった。

楓ちゃんはもう、誰かを抱きしめることが出来なくなった。

「やめてぇ! わたしが……! するから……、もうこれ以上楓ちゃんを傷つけないで……お願い……」

 私は最期に抱きしめた。楓ちゃんを愛するために。今からどんなことをしようと、この温もりを忘れないために。

「楓ちゃん……。大好きだよ……大好きだよ……。ありがとう……。ごめん……なさい」


 ――――そのときだった。優しい旋律が私を包んだ。楓ちゃんの綺麗な歌声が、狂気に満ちた空間を変えていく。

 ……ショパン練習曲10―3。


「別れの……曲」


 楓ちゃんが一瞬微笑んでくれた気がした。作り笑いだったのかもしれない。そもそも私が自責の念を軽減させたくて見た幻かもしれない。

 私は殴った。蹴った。でも、楓ちゃんは死ねなかった。

 だから、首を締めた。首を絞めると、楓ちゃんは苦しそうな顔をした。

 

――ブチン。なにかが切れる音がした。楓ちゃんから命が消えていった。

 楓ちゃんが冷たくなるまで、私はずっと首を絞め続けた。失われていく温度を忘れないように。


 

 この世界は、お前の望むように、出来ている。

「……どういう意味?」

 殺しても、お前は罪には問われない。世界の記憶はお前のものだ。

「…………」

 正直意味が分からなかった。それ以降、『声』は聞こえなくなった。




 ***




 あの日、私はお墓をつくって楓ちゃんを埋めた。夏の暑さで死体が腐ってしまうから、出来るだけ涼しい小川のそばに埋めた。しかし、本当の理由は違った。私は怖かったのだ。もう逃げられない。だから隠したのだ。でも、すぐに見つかるだろう。

 人殺しとして捕まるまでの間、私は余生を過ごすことにした。毎日いつ警察が来るのかと怯えていたが、結局夏休みの間は警察が来ることはなかった。

 そして私は人殺しのまま二学期が始まった。



 フミくんとは約2週間ぶりに会う。楓ちゃんがいなくなったことには流石に気づいているはずなのに、私のところには一度として連絡が来なかった。楓ちゃんがいなければ、私とフミくんの関係なんてその程度のものだったんだろう。

 教室に向かうと冷たい視線が私を突き刺していく。でも、気のせいかもしれない。私の後ろめたさがそう感じさせているのかもしれない。誰からも声をかけられることなく、私は始業式とホームルームを過ごした。帰宅するときフミくんとすれ違った。


「あ……、おはよ……ございます……」

 フミくんはキョトンとした顔をした。

「あ……うん、おはよう」

「あの……どうですか? 楓ちゃんとは……」

 私はなにも事情を知らないふりをした。自分の口から真実を伝えることは無理だった。



「楓ちゃん……って誰のこと? もしかして人違いしてない? 僕よく人と間違われること多いからさ」

 それを聞いた瞬間、私の血の気は一気に引いた。脳みそに血が残らなかったので、フラフラになる。聞き間違いであることを祈ったが、彼は間違いなくそう言った。

 フミくんは若干挙動不信になりながら、乾いた笑いをくれた。私はフミくんと初めて会ったときのことを思い出した。そういえばあのときも人見知りパワーを全面に出していたなぁ。

「僕は4組の平井文宏だよ。たぶん、3組の山崎くんと間違えたんでしょ? 君で5人目だよ」

「あ……、そう……なんですか。ごめんなさい。間違えました」

 そんなに山崎くんと間違われてるのか。私が探しているのは平井文宏くん。キミですよ。

 そんな心の声は心の中に仕舞った。彼はもう私のことを忘れてしまっているみたいだったから。




 『殺しても、お前は罪には問われない。世界の記憶はお前のものだ』




 あの日の声が再生される。なんとなく私はその意味を理解し始める。私はそのモヤモヤを確信に変えるために職員室に向かった。4組の太田先生に声をかけた。

「太田先生。すみません。4組の吉井楓さんのことで聞きたいことがあるのですが……」

「……吉井楓さん? そんな子この学年にいたっけ? 少なくともうちのクラスにはそんな子いないわよ」

 モヤモヤは段々と確信に変わっていく。私は気が狂いそうになる。そのあと全てのクラスの壁に張り出されている名簿一覧を確認して回った。特に4組は三回見直した。美術部に行って部員名簿も見せてもらった。そこには楓ちゃんの名前はおろか、私とフミくんの名前すら載っていなかった。



 そこでようやく私は理解した。

 世界の記憶は書き換えられている。

 この世界は『吉井楓が初めから存在していない世界』となって辻褄が強引に合わせられている。


 フミくんの記憶には、私たちの思い出はもう残っていなかった。

 それもそうか。私たちは楓ちゃんのおかげで出会えたのだから。

 同じ部活に入ろうと誘ってくれたのも楓ちゃん。

 クラスの誤解を解いてくれたのも楓ちゃん。


 私の世界は楓ちゃんがつくってくれていたんだ。



 そんな楓ちゃんを私は殺してしまった。それも普通に死ぬよりももっと酷い殺し方をした。大切な人から忘れられるなんて、きっと死ぬよりも辛いことだ。

 それでも私は裁かれることはない。

 私が殺した吉井楓は、もう世界から忘れられてしまった女の子だから。



 私の能力はその後も突発的に起こった。そのときは発動条件を把握出来ていなかったからだ。その度に私の中で『声』がしてあの部屋に呼ばれた。私はそこから半年以上で23人殺した。初めの方に殺した人は腐敗してもう原型も残っていない。

 


 私が殺したのは一番の親友、そして君の彼女。



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