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この世界の正義

 あの日から一週間がたった。

 今日の空は嘘のように快晴だった。遠くの山までくっきりと見える。綺麗な青が広がっている。

 僕は久しぶりにウキウキの気分で登校した。傍からみたらキモかっただろうな。

 学校の校門には誰も立ってなかった。そもそも初めからそんな人はいないのだから、みんなそんなことに疑問を抱かない。僕以外は。

 雨木の言うことが本当だというのなら、僕を含めみんなの記憶は消されてしまっているみたいだ。ただ、僕は消されたという事実を認知しているだけで、消された記憶そのものは取り戻していない。


 校門を潜ろうとしたとき、ブボブボブボオオオオン! と迷惑な音がすごい勢いで近づいてくることに気付いた。周りの学生はみんな怖がって道を開ける。僕も避けようとしたが、慌てすぎて足に足を引っ掛けるという見事なファインプレーを披露してしまった。そしてあろうことか狭い校門を塞ぐように横たわる形になってしまった。

 あぁ、この前からなんだってんだ。そんなにストーカーって悪いことですか。神様。


 僕のせいで校門を通れない二台のバイクは仕方なく止まった。それも僕の目の前数センチを残して。見事なドライビングテクニックだ。惚れ惚れする。

「邪魔なんだよオルラアアアアアアア! 人の迷惑考えろってんだカスやろう!!」

 怒鳴り声が朝の学校に響き渡る。僕は生まれたての小鹿のように不器用な四つん這いで道をあける。ペッと体液の置き土産がうまいこと僕の頭にかかる。最悪だ。帰ろうかな。



 教室につくと柿谷がとんできた。あとその友達でクラスメイトでもある山田と斎藤。このイケてないグループがいつもつるんでる奴ら。

「お前今日すごかったな! 笑っちまったわ」

 ああ、そうですか。どうも。柿谷の第一声が発せられると、周りの連中もこそこそと僕のほうを見てニヤニヤしている。あぁ、うざったいな。そんなに暇なのかこいつらは。そんなに何もなに日常を送っているのか。だから、こんなしょうもない話題にみんな興味津々になって語りたがるんだ。少なくとも、この目の前で全力で煽ってくるダサい男三人は許そう。友達だからな。

 しかし、周りでこそこそと聞き耳を立てながら話し、馬鹿にした目線を送ってくる自分のことを可愛いと思っているそこのブス共。お前らはダメだ。僕の人生にまったく関係ないだろお前らは。こういうときだけ僕の存在をネタにして笑ってんじゃねぇ。

 お前らが僕らのことを汚い存在として陰口叩いていることは知っているから、余計に腹がたつ。お前らは「自分は少なくともこの男共よりかはマシな人間」だって思っているからそんな何でもないことで陰口を叩いてニヤニヤ出来るんだ。


 

――――あぁ、こいつら早く死なねーかな。



 雨木のほうを見る。相変わらず耳にイヤホンをぶっ刺し、目の前の本に没頭している。ように見える。でも、なんとなく僕は分かっていた。雨木は本なんて読んでいない。中学の教室というこの異様にねじ曲がった空間からの隔離だけに全神経を注いでいるだけなのだ。当たり前だ。こんな狭い空間に人間を30人近く詰め込めば全員頭もおかしくなる。その中だけ通じるルールも出来上がる。しかし、そんなことに誰も気づきやしないんだ。

 僕と雨木以外の人間は誰もそのことに対して疑問を抱くことすら出来ない。



 そんな中教室が一瞬ざわついた。その発信源を見るとガラの悪い上級生二人が、教室の入口に立っている。そしてクラスの奴に何やら質問しているかと思うと、あろうことかそのクラスメイトは僕の方を真っ直ぐ指さした。教室のざわめきがさらに大きくなる。

 上級生は僕と目があうと、指一本をちょいちょいと動かして僕を呼んだ。僕は渋々上級生のほうへ向かう。周りの女子たちはさっきよりも勢いを増して嬉しそうにコソコソと聞こえないように話している。そんなに教室で浮いてる奴が事件を起こすのが珍しいのかよ。お前らもうちょっとなにかないのか。空っぽな奴らだな。


「お前今日カズさんたちのバイク止めただろ。ちょっと今からしゅうごう~」

 カズさんって誰だよ。なんでこの学校の全員がカズさんの存在を知ってるって前提なんだよって思ったけど、思い当たる節があったので仕方なく返事をして認めた。

 僕は二人の上級生に両側から肩を抱かれて連行された。あとにした教室からは僕の姿が見えなくなると大きな笑い声が響いていた。




 連れていかれた先はジメジメとした校舎裏だった。地面はなぜかいつも湿っていて、ひんやりと冷たい。カズさんらしき人物とその取り巻きが五人ぐらい集まっていた。全員煙草を吸っていた。周りには吸殻がいくつも落ちていた。

 僕の姿を見たカズさんはゆっくりと立ち上がった。ズボンを腰の高さで履き、全体的に着崩した格好で僕に近づく。口に咥えている煙草を一息吸ったかと思うと、僕の顔面に向けて思いっきり吹き出した。たぶん、ここで嫌な顔をしたり咳き込んだりすると余計な因縁をつけられるだろうから僕は我慢してやり過ごした。カズさんは真っ直ぐに僕の目を睨みつける。限界まで眉間に皺を寄せているので、よっぽどお怒りなのだろう。何をそんなに怒っているのだろうか。

「おい小僧、なんで呼ばれたかわかるよな」

 歳が一つしか変わらないカズさんに子供扱いをされる。意味が分からないのでそのまんま応えた。

「いえ、分かりません……」

「だろうと思った。だから呼んだんだよボケ。今からオレが直接体に教えて指導してやんよ」


 一瞬カズさんの握りこぶしが僕の顔面に向かって飛んできたかと思うと、反射的にガードする手も間に合わずに綺麗に僕の顔面をとらえていた。押さえつけるように殴ってきた拳の勢いに負けて僕は体勢を崩した。ボタタタタとすごい勢いで鼻から血が垂れた。この一瞬で歴代鼻血出血量の記録を塗り替えた。そのくらいの勢いだった。なお、現在もぶっちぎりで記録更新中である。

 崩れている僕の胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。そしてこれみよがしに拳を大きく握って構えると、僕の鼻血の量になんの考慮もなくもう一発同じところを殴ってきた。また僕は崩れ落ちる。冷静を装ってはいるが、死ぬほど痛い。

 呼吸をするたびに鼻血が吹き出るので、僕はまるで豚のような声をあげながら肩で息をした。ブブッ、ブブッとそのたびに真っ赤な鼻血が飛び出した。そんな姿が気にいらなかったのか、カズさんは僕の胴体に蹴りを入れた。足の底で蹴り飛ばされる。僕はもちろん地面に倒れ込んだ。体はもう動かない。


「人様の通行の邪魔をしたらダメだって学校で習わなかったのかよ。なめた真似しやがって。今度やったらお前は一生入歯で過ごすことになるからな」

 ダサい捨て台詞を吐いたあと、一緒にタンもプレゼントされた。タンは僕の髪の毛にべったりついた。連中は満足したのかこの場を離れていく。足音が遠くなるまで僕は待った。鼻血は相変わらずドクドク流れている。



 胸を蹴られたので呼吸がしづらい。口の中にも血が降りてきていたので鉄の味がした。僕はうつぶせのままベッベッと何回も口の中に溜まった血を吐き出していた。僕の周りは僕の血で汚れていた。

豚のように無様に呼吸をしていると、僕の頬に冷たいものが当たった。



「酷いことしますね」



 耳に馴染んでいないのに、聞き覚えのある声がした。僕は顔を動かさずに視線だけを移動させる。足が見えた。女の子の足だ。そうして僕はやっと理解した。この声の主は雨木だった。

「それを……お前が言うのか……」

「それもそうですね。私は殺人者ですから」

 それでも冷たい水で濡れたハンカチが全てを語っていた。僕の殴られた頬の痛みは少しずつマシになっていく。気のせいではあるが、今はそれだけでよかった。


「消しちゃいましょうか」

「言うと思ったよ」

「よく分かりましたね」

 なんとなく似ているんだよ。この世界の全てをうざったいと思っている。僕も雨木も。でも

「消さなくていい、って言ってほしいのかい」

「ううん、違いますよ。消していいって言ってほしかったです」

 ツンツンとその細くて白い指で僕の傷口を突く。

「最後の最後は、価値観別れちゃいますね。同じようで違うんですね。私たち」

 傷口をつつくな。痛いんだ。その冷たいハンカチをずっと当てていてくれ。



「なんで同じだと思った?」

「だって平井くん、いつもつまんなさそうですから。あの誰でしたっけ。いつもつるんでる三人といるときも」

「柿谷、山田、斎藤」

「あぁ、たしかそんな名前でしたね」

 どうでもいいように吐き捨てた。たぶん雨木にとって奴らは記憶に残す価値もないのだろうな。

「私も、つまらないんです。こんな毎日が。みんな、誰かの作ったものやテレビで放送されるものに影響を受けて洗脳されてお金儲けのために利用されている烏合の集。そんなことにも気付かない人たちで埋め尽くされた世界。でもそれを否定すると、変人扱いされる世界」

 なんとなく言いたいことは分かるよ。僕の心中を察したのか、雨木は続ける。

「そんな人たちと仲良くしたくないのに、仲良くしなかったら浮いてるだの陰キャだのって馬鹿にされる。でも分かっているんです。この社会は一人では生きていけないから、みんなと仲良くしないといけないってことぐらい。でも私には無理そうです」



 手に持っているハンカチで僕の汚れた顔を拭ってくれる。今度ハンカチを買って返さないとな。もうそれ洗っても使えないだろうから。

「平井くんいつもみんなに陰口言われてますね」

「あぁ、お前もな」

「フフッ、知ってますよ」

 だからなんですか? という無言の問いに応えるように僕は笑った。それに釣られて雨木も嬉しそうに頬を赤めて笑った。

「どうやら私たちは何をしても否定されて批判される存在のようですね。正しいことをしてもきっと間違いになってしまいます。だから、もういいんだと私はいつも思っていますよ。平井くん」




「はい、もう終わりました」

 一瞬瞬きをすると、急に頬が痛み出した。ていうかなんで僕こんなところで血だらけになっているんだ。なんだこれ? え? やだ怖い。

 目の前にいる雨木が僕の耳元で囁く。

「昨日の場所に放課後来てください。待っています」


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