彼女の罪は裁かれない
「見てくださいって、どういうことだよ?」
日本語が不自由なのかは分からないが、含みがあるその台詞に安易にOKしてしまったのは僕のミスだ。そもそも出来心でストーキングをしてしまったこと自体ミスなんだけどな。ストーカーも捕まったとき思うのかな。「なんで今日ストーカーしてしまったんだ」って。そんなことは今どうでもいいけどさ。
「お前が人を殺すところを見たらいいの? これからずっと?」
なんですか? そういう異常性癖でも持ってるんですかね。でもその割には雨木の顔はどことなく悲しそうだった。元々悲しそうな顔をしていたのかもしれないけれど。はっきり言ってやりたい。この世界で、今一番悲しいの僕でしょって。
「人を殺すところを他人に見られてしまったの初めてなんですよね」
雨木はクスクスと嬉しそうに笑った。
「来てください」
雨木は床に落ちて割れたスイカみたいになっている男の頭部を抱えた。そこからゆっくりと血が流れ落ちる。
「あ、君は胴体の方もってきてください。私そんなに力がないので二つも持てません」
おいおい。え? これ僕が運ぶの? 若さが売りの男の子でも、持てるものと持てないものがあるよ。
でも逆らったら僕も二つに分離されそうだから、黙って従うことにした。出来るだけ触れる面積を少なくしたかったからお姫様だっこにしようと思ったけど、帰宅部の僕には文字通り荷が重すぎた。うん、最悪だけどおんぶすることにしよう。抱っこよりかはマシでしょう。
死体をなんとかおんぶする形で担ぎ上げる。頭をちぎったバッタみたいに首元からピュッピュッと血を数滴吹いている。それが僕の首元にかかった。なんともいえない気持ち悪さだった。まるでそこから僕の精神全てが支配されてしまうかのように、ものすごい不快感だった。
雨木は大事そうに頭部を抱えて、裏口から外に出た。なにもない。雑草が果てしなく広がっている空間がそこにあるだけだ。電灯の一つもなくて真っ暗な空間だったけれど、月明かりが照らしてくれる。少なくとも雨木の姿を追うことは出来た。雨木は慣れた足取りでどんどん前に進んでいく。すると、目の前に何かを積み上げた小さな山があった。山といっても頂上が僕の胸元の高さだからそんなに大きくない。なにかの塊。
その上にお供えをするように雨木は頭部を置いた。でもバランスが悪いらしくゴロゴロと転がって地面に落ちた。ベチャって音がした。たぶん顔のほうから落ちたんだろうな。考えたくないけど。
雨木が僕のほうをじっと見ているのに気付いた。同じようにしたらいいのか。僕は持ち方を変えるために胴体を一度地面に下ろした。介護でもしてる気分だった。
これ持ち上がらないんですけど、どうすればいいですかね?
なんて聞ける度胸もない僕は火事場の馬鹿力で持ち上げた。っていうそんな都合のいい主人公パワーが出るわけでもなく、胴体は山の中腹にぶつかり半周転がって落ちた。僕の足にぶつかった。重い。
「まぁ、いいでしょう」
なんとか合格といったところか。よかった。ていうかこれやっぱり。
「これ、私が今まで殺した人の死体です」
暗くて腐敗しててよく分からないけど15人分以上は軽くあったような気がする。よかった暗くて。あんまりハッキリ見たくないなこれ。
「初めからこっちで殺したらこんな大変な思いする必要もないんですけど、なぜかあの部屋に来ちゃうんですよね。ありがとうございました」
もう本当にこいつ言ってることがさっきから意味わかんねぇな。主語と述語をはっきりしてくれよ。返事に困るだろう。いや、主語と述語はあるのか。前後関係だな。そこはっきりしてほしい。
雨木はそんな僕を気にせず、死体の山の前で手を合わせて黙祷した。僕も釣られて黙祷する。見ず知らずのオヤジに祈ることなんてなにもないので、南無阿弥陀仏とだけ唱えておいた。ちゃんと成仏してくれよな。黙祷が終わると、雨木は大きく背伸びをした。
「さっきの先生のこと覚えてますか?」
「は? え? 先生って……」
「さっき殺したのうちの学校の生活指導の竹林先生ですよ。君も見たことあるはずです。毎朝校門の前で竹刀持って立っていたので」
覚えていない。誰だそれ。そんな昭和時代にタイムスリップした奴がいたら間違いなく覚えているはずなんだが。もしかして僕の記憶機能は馬鹿になってしまったのだろうか。
「覚えているはずありませんよ。私が記憶から消しましたから」
は? こいつ何言ってんだ。人殺しすぎて現実逃避か。まずそんな先生うちの学校にはいねぇよ。僕の疑わしい表情に気づいたのか、クスクスと嬉しそうに雨木は笑った。猫みたいで可愛かった。
「私にはそういう力があります。私が『こいつ消えてほしいな』って思った人間はこの世界から消えてしまいます。実際には『世界中の人たちの記憶から消される』っていう表現の方が正しいですけどね。それで、消された人間はさっき君が見たように廃人になります。そして何故かあの部屋にやってくるんです。私に責任をとってもらいたいんでしょうね。お前のせいで死んだのだから、責任をもって後片付けしろって。そんなことを言われている気になります。だから私はあの部屋にやってきた廃人を殺しています」
阿呆な僕にもわかるようにゆっくりと説明してくれた。どうもありがとう。おかげで復習しなくても忘れられない記憶になったよ。雨木が照れくさそうにこちらを見ている。
「どうでしたか?」
「なにがだよ」
「もう十数人殺してますから。自分で言うのもなんですがかなり綺麗に殺せるようになったと思ってるんです。初めのころはなかなか殺せなかったんです。私の非力な力では、体中に痣をつくるだけでも一苦労でした。一番初めの人は苦しませてしまいました。最終的には首を絞めて殺したんですけどね。でも、そういうのって触れてる時間が長いせいか手に感触が残ってしまうから嫌なんです。温かいじゃないですか。それが嫌なんです。命がブチンとこの世界から隔離される瞬間は出来るだけ触れたくないんです。その子は私の一番の親友だったんですけどね。可哀想なことをしてしまいました。今なら痛みも殆ど感じさせずに殺してあげることが出来たのに」
「…………親友を殺したのか?」
「はい、殺しましたよ。初めての友達でした。私は彼女のことが大好きでした。でも、どうやら私の中で一番消えてほしい存在だったみたいです」
そう言い終わると雨木は深く息を吐いた。胸をなでおろして、しゃがみこんだ。「ようやく知ってもらえた……」と小さくつぶやいた。独り言みたいだったから僕は聞こえないふりをした。
「みんなの記憶からなくなるので、誰も私の罪を知らないんです。私からわざわざ誰かを殺人現場に誘うこともおかしいじゃないですか。そういう勇気も責任感もないですし。三人目を殺したときくらいからそういうのもどうでもよくなって。私は、仕方なく殺しているだけだって思うようになって。ずっと一人であの部屋で殺していました。友達もみんな殺してしまいました」
全てを諦めたような顔で淡々と今までのことを僕に語った。いや、元々こんな顔だったような気がするけど覚えていない。思い出す材料もない。だって今日初めて存在に気付いたくらいだし。
「だから、これから全部知ってください。私が犯していく罪を、君が知ることで私は裁かれるんですから。誰かに知られないと、私は罪人にすらなれやしないので」
僕は頷くことしか出来なかった。それを雨木は確認すると、くるっとスカートをひるがえし元きた道を歩いていった。僕は若干の距離を空けて後ろを歩いた。
今日は記念すべき僕が女の子と二人で夜道を散歩した日になった。一生忘れることはないだろう。期待していたのと違う。