第七話〜逃走か死か〜
ここから少しだけ、シリアス要素のような何かが入っていきます。
しかし……キャラ出すのって難しいですねぇ。
「一人でも、読んでくれる人がいる」
その事実が、私の原動力です。
更新は毎日21時を予定しています。
セレーネが気絶したままだけど、気遣う余裕はないのでお姫様抱っこのままギルドまで街中を走る。
ギルドの中は相変わらず酒盛りしている奴らや掲示板を見てクエストを選んでいる人で溢れていた。
その人たちを押しのけてカウンターに向かう。
カウンターではレイニーが書類を捌いていた。
「あれ、ミナト君?なんで?まだ昨日発ったばかりだよね?」
「レイニー、僕はまだ冒険者になったばかりで良く分からないことだらけなんだけどさ。ゴブリン討伐のクエストに異常があったんだが報告はここでやって良いの?」
僕の切羽詰まった顔を見て、表情を引き締めるレイニー。
「取り敢えず何があったか話して。判断はそれから」
「わかった」
僕は求められるままに、森であったことを話した。
虚人という名前の化け物がいたこと。
その存在の他に、森には生き物がいなさそうだったこと等だ。
この際、多少のオーバースペックは伝えないと僕がどうしているとわかったのか説明出来ない。
天眼とマップの事はぼかして伝えるしかなかったが。
「……それで、セレーネと僕で森の一部を吹き飛ばして、そのまま逃げてきたんだ。あの虚人は何もしてこなかったけど、高威力の術を二つぶつけて無反応って事はほぼダメージは通ってないと思う」
案の定、レイニーは話を聞いても困惑した表情をしていた。
「………………こんな事、生まれて初めての経験よ。少なくとも、この世界が始まって以降でそんな化け物が出現したなんて記録は無かったはず」
レイニーは少し考えるような素振りをして、おもむろに立ち上がった。
「とうさ……んんっ、支部長にこの話を伝えてくる。たぶん、化け物の出現が確定したら支部長に呼ばれると思う。それまではセレーネのことを診ててあげて」
「了解」
レイニーは大急ぎでカウンターの奥に消えていった。
さて、待ってる間に僕は彼女をどうにかしよう。
併設された酒場のマスターに、僕が寝てた時と同じ場所を作ってもらって彼女を寝かせた。
どうすればいいのかよくわからないので、後のことは酒場のマスターに頼んだ。
酒場のマスターは元々冒険者だったらしく、手際よく意識確認をしたりしていた。
僕は少し休もう。
『お疲れ様です。手伝えないのがとても申し訳ないです……』
身体が無いんだし、仕方ないんじゃないかな?
そうこうして、マスターから貰った水と簡単な食事で一息ついていると、酒盛りをしていたグループの男の一人が声をかけてきた。
「おいガキ。少しいいか?」
「……なんですか?」
見るからにガラの悪そうな男だったが、言葉遣いも悪かった。
周りの冒険者達も会話を聞こうとしているのか、妙に静かになっている。
「オメェの声が聞こえててな、訳のわからねぇ化け物が出たってのは本当か?」
「本当だよ。少なくともマトモに戦って勝てる相手なんかに見え無かった。もし引く判断をしてなかったら死んでたと思う」
子供の戯言と切って捨てられる可能性もあったが、他に言いようがないのだから仕方ない。
「……そうか、情報ありがとよ」
男はそう言いながら、パーティの場所に戻った。
二言三言話すと、メンバー全員が慌ててギルドを出て行った。
他にも何組か、冒険者たちが出て行く。
不思議に思って見ていると、先ほどの男が近寄ってきた。
「一応、タダで情報をくれた礼に忠告だ。長生きしてェならオメェも早くこの街を出た方がいい。この街にいたら冒険者全員強制参加の防衛戦に巻き込まれるぜ」
どうやらこの男たち、逃げるつもりらしい。
まぁ、非道いとは思うが生きるのが最優先だというスタンスも理解出来る。
あまり外野がとやかく言うのも悪いだろうし、僕は何も言わない。
「まぁ……忠告ありがとう、と言っておくよ。パーティ組んだセレーネがまだ起きないんだ。彼女が起きてから相談するさ」
「忠告はしたからな?ま、せいぜい頑張って生き残るんだな」
そう言って男は出て行った。
『あの人、外見で損するタイプの優しい人みたいですね』
ティアは失礼だね。
まぁ外見で判断した僕が言えたことじゃないけど。
男と話してから一五分くらい経っただろうか。
化け物――虚人の出現が確認出来たらしく、ギルドの奥が騒がしくなっていた。
まだ、セレーネは起きない。
支部長からの呼び出しもまだだ。
今のうちに、ティアに確認する事がある。
『ねぇティア。あの虚人を倒す方法があるって言ってたよね。話してくれないかな?』
『いいですが、まず間違いなく貴方は世界の敵として認識されますよ?』
『検討するだけならタダでしょ?頼むよ』
聞くだけ聞いて、採用するかどうかは後回しにしようと思う。
『仕方ないですねぇ……いいですか?鍵は貴方の神殺しの力です。ナガレとリーナから受け継いだ力。それが虚人を倒す為に必要です』
ああ……その力が必要なのか……
『……確かに僕はそんな、僕の身には過ぎた力を受け継いでるよ。けれど……普段は定期的な術治療で抑えてるんだ。抑えてないと、力が巨大過ぎて僕の身体が内側から崩壊していくから。ティアに出会う直前、セツさんから崩壊を止めておく指輪を渡されていなかったら、僕はもう死んでいたと思う』
右手の薬指にはめた指輪を見ながら言う。
僕にとってその力を解放するって事は、死を覚悟しろ……という事にもなるのだ。
これは……時間はないけど、即決してはいけない問題だ。
それに……
『この力さ、解放したらティアも無事じゃ済まないよね?』
『そうですね。恐らくですが、貴方が崩壊して死ぬ時には、私も魂が消滅しているでしょうね』
『……なら、どうして?』
『例えそうだとしても、私は貴方が解放する事を止める気はありません。これは、私の罪滅ぼしでもあるのだから』
ティアは、既に覚悟を決めていた。
……僕はまだ踏ん切りが付かない。
けど、もし彼女がこの街を何としても守りたいというのなら……
『まだ、少しだけなら考える時間があります。ゆっくりと、どうするか決めて下さい。私は貴方の決定に従います』
ティアの言葉が、妙に優しく聞こえた。
支部長から、呼び出された。
まだセレーネは意識を戻していないので、マスターに預けてレイニーに案内されてギルドの奥に向かう。
支部長の部屋はカウンターの奥にあり、防音処理が施してあるのか、外の音が殆ど聞こえなかった。
部屋の中には大柄の男と、魔術師風のローブを纏った長身の男がいた。
レイニーさんは魔術師風の男に指示をされると、一礼して部屋を出て行った。
少しの静寂の後に、魔術師風の男が先に口を開く。
「初めましてだな。私は冒険者ギルド・ミレット支部の支部長、ルドノア=メトロギスだ」
「俺はミレット支部の支部長補佐、ダグラス=ノーレンだ。宜しくなボウズ」
大柄の男も名乗ってきた。
どうやら長身の男、ルドノアさんが支部長のようだ。
冒険者たちを束ねる長なら、どちらかというと隣にいるゴレイアスさんの方がイメージ通りだと思うけど。
それはそうと、僕も名乗らなくてはならない。
「初めまして。昨日登録をした、朝霧湊といいます。湊が名前です」
「ああ、娘のレイニーから聞いているよ。昨日、成人していない可愛らしい少年が登録をしに来たとな」
ルドノアさんが、レイニーさんの出て行った扉を見ながら言う。
もしかしてと思ったけど、やはり親子だったか。
そんな無駄な話をしていたからか、ダグラスさんが少し不機嫌そうだ。
「おいルドノア。今はそんな話をしている暇はねぇんじゃねーか?」
「そうだったな……すまない。さて、ミナト君。君がどうしてこの場に呼ばれたのかを説明するとだ……あの化け物ーー虚人を発見し、ある程度の情報を持ち帰って来た君から、もう少しだけ得られるものがないかと思ってね」
「得られるものですか?」
「ああ。直接会うまでは分からなかったが、君は何かを隠している。君はもっと重要な情報を持っているはずだ。それも、我々が生き残る為に必要な情報を」
ルドノアさんは視線で僕の眼を真っ直ぐ射抜きながら言った。
知らぬ存ぜぬで誤魔化すのはまず無理だろう。
「……確かに、僕はまだ話していないことがある。それは事実です」
「その情報を、開示する気は?」
「ありません」
僕はルドノアさんの眼を見てハッキリと断った。
「おいボウズ。これはこの街の存続に関わる問題だ。テメェの持つ情報がもしかしたらこの街を救うかもしれねぇ。それなのに渡せないってか?」
「無理です」
ダグラスさんが凄んでくるが、僕は態度を改める気はない。
何故なら……その情報は、僕が全力で戦えば勝てる、というものだから。
普通なら信じてくれないだろうし、仮に信じてもらえたとしたら、間違いなくやれと強要されるだろう。
そして、自動的に僕の死がほぼ確定する。
悪いが、昨日着いたばかりの街よりも自分の命の方が大事だ。
僕はまだ、死ねない。
ルドノアさんは僕のことをジッと見つめていたが、諦めたのか瞳を閉じて黙考し始めた。
それから少しして、徐に口を開いた。
「君のパートナーは、レイニーの友人でもあるセレーネ嬢だったね?」
「はい。そうですが、それが何か?」
「セレーネ嬢はこの街に確実に残って、防衛戦に参加するだろう」
ルドノアさんのこの言葉に僕は驚きを隠せなかった。
僕から見たセレーネは、一見抜けてそうだが損得勘定が出来ないような人間というわけではなかった筈だ。
性格的に、防衛戦に参加する可能性の方が高いとは思っていたが確実と言い切られるとは思っていなかったし、死ぬ可能性が高いということを理解出来ないとも思えなかった。
「理由を、お聞きしても?」
「彼女は訳ありでね。おおっぴらに言えない出自の彼女を受け入れたこの街を、彼女が見捨てるということはまず無いと思った方がいい。君は、彼女を見殺しにするのかな?」
随分と汚い言い方をしてくるものだ。
だがしかし、確かにセレーネなら見捨てることなどしなさそうだ。
けれど、僕だって死にたく無い。
「……せめて、セレーネと一度話をさせて下さい。これは、気軽に教えられるような事じゃないんだ」
せめて、彼女から直接どうしたいのか聞きたい。
まずはそれからだ。
「……わかった。占術で、虚人がこの街に到達するのは三日後だとわかっている。明日の朝までは時間をやろう。その間に彼女と結論を出すように。一応言っておくが、別に逃げた所でペナルティ等が発生する訳ではない。生き辛くなるとは思うがな。以上だ」
ダグラスさんは睨むように視線を向けてくる。
ルドノアさんは何の感情も乗せずに淡々と伝えて終わった。
僕は何も言わずに部屋を出る。
レイニーが何か言っていた気がするが、あまり構える余裕はない。
……彼等は、僕にどうしろって言うのだろう。
名前も知らない人たちの為に、死ねとでも言うのだろうか。
『…………………………』
愚痴を言っても仕方がない。
後の事は、セレーネが起きてから考えよう。
悩んでいる間、かなりの時間が経った。
空も茜色に染まり、そろそろ夜の帳が降りようとする時間だ。
街に残っていた冒険者たちが集められ、俄かに騒がしくなっていった。
今は恐らく、虚人の情報と街への到達予想、防衛戦準備の告知がされている頃だろう。
その喧騒で意識が戻ったのか、セレーネがゆっくり身体を起こしていた。
「やぁセレーネ。昨日とは立場が逆になったね?」
「……ミナト?……ああ、私は気を失っていたのね……結局、何がどうなったの?私、何一つ状況を理解してないと思うのだけど……」
説明を後回しにして逃げ出したのだから仕方ない。
まずは、情報を伝えよう。
「簡潔に言うと、虚人っていう化け物が出現して、全力で逃げるか防衛戦に参加するかの二択になるけど、どちらを選択するかって話」
「え……え?ごめん何言ってるのかわからないのだけど」
まぁ急にこんな選択迫られてもそうなるよね。
「だーかーらー、僕たちの受けたゴブリン討伐で向かった森の奥。あそこに虚人っていう黒くて大きな化け物がいたの。セレーネと僕で魔術をぶつけたじゃない?けれど無傷だったし、このままだと死ぬと思って逃げてきたんだよ。それでギルドに報告して今に至ります」
「………………えーっと、つまり?」
「このままだとまずこの街が狙われます。この街が狙われた場合、防衛戦の為に冒険者も駆り出されます。今僕らが判断するべきなのは、この街に残って守るか生きるために逃げるか。セレーネはどうしたい?」
段々状況を理解し始めたのか、顔が真っ青になるセレーネ。
「……えっと、私は……」
「先に言っておくけど、セレーネがどんな選択をしても、僕は責めないから」
支部長にも予め言われているし、彼女には借りがある。
「……ごめなさい。少し、考える時間が欲しいの」
そう言ってセレーネは席を立つ。
「了解。でもあまり時間はないよ?日付が変わるまでには結論を出してね」
僕は、フラフラと離れていく彼女の背に、こう言うことしか出来なかった。
彼女が出て行った扉の先を見つめていると、ティアが話しかけてきた。
『どういう結論を出すのでしょうね?』
『僕らが考えても仕方ないよ。どんな結果になっても、僕は彼女を手伝う。今そう決めた。ティアも、悪いけど最悪を覚悟してくれ』
『了解ですよ。ハァ……死ぬかもしれないという恐怖に、この私が襲われることになるとは……神生ってのも、案外先がわからないものですねぇ』
今、妙な言葉が聞こえた気がするが……
気のせいか。
この街は正直どうでもいいが、借りのあるセレーネと、その友人のレイニーを見捨てるのは寝覚めが悪い。
あの支部長共に良いように使われるようで癪だけど、我慢しよう。
セレーネが結論を出す間に、僕は自分の能力の把握に努めるとしよう。
次話は、いつものボリュームのお話と小話程度の字数のお話の二話投稿の予定になります。
お読みいただき、ありがとうございます!