第二話〜続・プロローグ そして異世界へ〜
今日はここまでです。
基本毎日投稿を目指します。
さて、スニーキングしていた女性を路地から引っ張ってきたところで、それは唐突にやって来た。
「なんだ……?」
凄まじい魔力の本流が感じられ、見上げれば……空に黒い亀裂が出来ていた。
「そんな!?なんであれが!」
女性が悲鳴のような声で叫んだ。
どうやら彼女はアレが何か知っているらしい。
説明を求めたいけど、とてもそんな余裕がない。
黒い亀裂が、手当たり次第に地上の物を吸い込み始めたのだ。
「ぐっ……うぅぅぅぅ!」
近くの道路標識に掴まって何とか抵抗してるけど、標識そのものが引っこ抜けそうだ。
「すみません!近くに他に掴めそうな物ありませんか!?」
「無いですよ!?ここら一帯更地になってるじゃないですか!」
言われて見てみれば、ガードレールや電柱、標識、車などがどんどん吸い込まれていき、既に空の彼方だった。
よく見れば人も何人か吸い込まれているようで、死人が出ないかと現実逃避みたいな心配をした。
ガコンッ!!!と音がして、僕らの掴まっていた標識が抜けた。
とうとう抗えず、空に吸い込まれていく僕とスニーキング女性。
離れていく地面。
自分の住んでいた街が一望出来るくらいに高い場所まで来て、最後に思ったのは……
「ごめん姉さん。カレー、作れなかったよ……」
そこで僕の意識は途切れた。
気がつけば、僕らは倒れていた。
「ここは……?」
起き上がりながら周囲を見渡す。
「なんだよ……これ」
そこは、無限に何も無い黒い空間が続く、異常な場所だった。
スマホを見てみれば圏外、ここが何処か分からず、水も食料も無い。
これは困ったなぁ……と途方に暮れていると、女性の呻き声が聞こえた。
どうやら彼女も無事だったようだ。
よかった……
「うぅ……ん」
女性も意識が戻ったのか、起き上がろうとしている。
僕は近づきながら声をかけた。
「気がつきました?」
「君は……ああ、そうですか。巻き込んでしまったのですね……」
女性が悔いるように言う。
何に巻き込まれたのかわからないけど、今焦ったらたぶん余計に悪い事態になりそうなので考えないようにしている。
そんなことより、僕としてはこの人の名前が知りたい。
いつまでも、女性がーとかなんか面倒だし。
「それはそうと、そろそろ名前を教えてもらえますか?僕は湊です。朝霧 湊」
「ナハティアです……今、アサギリと言いましたか?」
何故か凄い真剣な雰囲気を纏って聞いてくる。
フード被ってて顔が見えないから、表情がわかんないんだよね……
しかし、妙な所に食いつくね。
「ええ、朝霧は僕の名字ですから」
「そうですか。では、ナガレ・アサギリと言う名に聞き覚えはありますか?」
ナガレ・アサギリ?
あぁアサギリ・ナガレってことか……
ん?アサギリ・ナガレ……ってまさか!?
「もしかしてその人、妙に若々しくて悪戯好きで金髪の女性を常に侍らせてる上に女好き?」
頼む……予想よ外れてくれ!
「知っているのですね!?」
妙に嬉しそうに反応しますね。
さっきまでの静けさが嘘のようですよ。
って、やっぱアンタか父さん!
今度は何だよ!どんな厄介ごと!?
もう女関係の事には一切手を貸さないって決めたんだ!
そもそも子供に妻との仲介を頼むってどんだけ情けないんだよ!
というか、あの聞き方で父さんって特定出来るの問題なんじゃないの!?
「誠に遺憾ながら……僕の父です……」
そう聞くと、ナハティアさんは凄く驚いた顔をしていた。
「全然雰囲気似てないですね……」
あんなのと似てるのは嫌です……
お互いの名前を知ることが出来た為、少し落ち着いて話が出来る……と思った矢先の出来事だった。
「「「グギェェェ!」」」
黒い影が襲ってきたのだ。
兎のようなカタチをしているけど、兎はあんな鋭利な感じではないなぁ。
全身が黒くて、目だけが赤い上に動くと赤の残像が出来るとか怖すぎる。
「っ!逃げるよ、ナハティアさん!」
「ええ!」
僕はナハティアさんの手を引いて走る。
姫宮の術とかは習ってないけど、魔力で身体を強化するくらいならイケる!
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
僕は雄叫びを上げながら走る。
ナハティアさんも何とかついて来れている。
四方八方から襲ってくる影を撃退したり、避けたりしながら僕らは逃げる。
と、こんな感じで物語の冒頭に戻る訳で……僕らはただひたすら逃げ続けた。
「ハッ!」
僕の変な拳法の見様見真似パンチでも、影には一応効いているらしい。
断末魔も無く、静かに消えていく最後の影を見つめながら、そんなことを考えていた。
あれから、体感では時間が分からなくなるくらい逃げた。
もうナハティアさんは声が出せないくらいグロッキーになっている。
でも、それだけ逃げ続けた甲斐もあり影の追跡が無くなったのだ。
ただ、別の問題が発生した。
「ダメだ……どんどん深くなってる」
この無限の空間の足場部分が、沼のように重くなっていた。
恐らく濃密な魔力なのであろうそれに足を取られ、余計に体力を消費していた。
「……湊さん。気をつけて……下さい……この空間は、本来長時間存在することは……できないのです……恐らく、そろそろ何処かに跳ばされます……ふぅ」
ナハティアさんがそんなことを言ってきた。
正直、何が起こるかわからない上に防ぎようがない事態よりも、僕の興味は彼女の容姿に向いていた。
逃げる時に、あれだけ走ったり飛んだり跳ねたりしたのだ。
既にナハティアさんはボロ布を纏っておらず、綺麗な顔や美しい身体が見えてしまっている。
服はギリシャ風の……キトンという名前だったかな?
そんな感じの服を着ていた。
銀髪蒼眼の、美女。
造られた、完璧な美貌というのをナハティアさんは体現していると思う。
僕がナハティアさんの美貌に見惚れていると、今まで変化と言えば足場が沼っぽくなった程度だったこの空間に、大きな変化が訪れた。
空間そのものが揺れ始めたのだ。
ナハティアさんの手をしっかり握り、何か起きても対応出来るように構える。
突然、足元に紅い光と共に複雑な魔法陣が出現した。
「な、なんだ⁉」
「これは……強制転移⁉湊さん、手を離さないで!離すと離れ離れになってしまいます!」
ナハティアさんが注意してくるけど、それどころじゃないよ!?
「くそっ!黒い奴がまた出てきたよ!」
紅い光と同時に、黒い魔力がどこか水のような動きで辺りに立ち込める。
この混沌とした状況に、僕は何をすればいいのかわからなかった。
ただひたすら、彼女の手を握って離さない事くらいしかできなかった。
紅い光が強くなる。
視界が光で埋まり、跳ぶ直前にそれは起きた。
グサリ……と妙に生々しく刺さる音が聞こえた。
「え?……何で……ここまで来たのに……」
「ナハティアさん!?」
僕は、彼女の胸に、黒く太い棘が刺さっているのを見ている事しか出来ず……視界がホワイトアウトした。
「また……気絶してたのか……」
もう何度目になるかもわからない気絶からの復帰に、いい加減辟易していた。
周囲を見回すと、何処かの森の奥のようだ。
なんとなくだが、日は届いているのでそこまで街から離れてはいないんじゃないかな、と素人判断を下す。
ちょっと落ち着くと、一緒にいたはずのあの人のことが気になった。
「ナハティアさんは……どこだ?」
転移直前、刺されたナハティアさんが心配だ。
周囲を見回すも、木々と草ばかり。
視界の端に石の建造物を捉える。
僕の倒れていた場所から2〜3分奥に行った場所には、石碑が建っていた。
随分古い石碑のようで、所々欠けたり、苔が生えてしまっている。
その石碑の台座の部分に、ナハティアさんは凭れるように座っていた。
「ナハティアさん!大丈夫ですか⁉」
駆け寄りながらそっと寝かせる。
台座が広くて助かった。
地面よりは虫とかはいないだろう。
「これは……ダメ、ですね……このままだと、肉体の死に……魂が引っ張られてしまいます……」
息も絶え絶えにナハティアさんはそう言った。
このままじゃ、本当に死んじゃう⁉
僕が途方に暮れていると、ナハティアさんの澄んだ声が響く。
「すみません……私が生き残る為に、お願いがあるのです……湊さんに損はさせません……」
こんな状況で何を心配してるんだこの人は。
「損得なんてどうでもいい!助けられるなら、どんな事でも聞くから!教えて。僕は何をすればいい?」
僕は、あの時何もできなかったことに凄く責任を感じている。
今思えば、僕みたいな何も知らない子供に何が出来るのか、と思うがそれは問題じゃない。
何も出来なかった……その事実が、僕に責任を感じさせている。
だから、多少の不利益くらい考慮に値しない。
「私の肉体は……ただの器なのです。魂を入れる為だけの器。本来なら、もう一度造ればいいだけの、筈だったのですが……先程の一撃で、魂の深い所にまで、ダメージを負ってしまいました……だから、一度貴方の身体に、私の魂を封じ込めて、そこで休息を取らせて欲しいのです。……ナガレとリーナの息子なら、私を受け入れても器が壊れるような問題は、起きない筈ですから」
「わかった。受け入れる。何をすればいい?」
即答で僕は応じた。その間にも、ナハティアさんの気配が薄まっている。
早くしないと手遅れになってしまう!
「ありがとう……ございます。……じっとしていてください」
ナハティアさんはそういうと、目を閉じ何かを唱え始めた。
《――――――》
それは、僕たちのような、一般人が聴いてはいけない、理解してはいけない言葉。
この言葉の中に詰まっている情報は、僕たちの魂の処理能力を超えている。
けれど……何故だろう?僕は、これに似たものを知っている気がする……
唱え終わったのか、ナハティアさんが目を開ける。
僕と見つめ合う。
綺麗な瞳だなぁ……と切羽詰まった状況の中僕はそんなことを考えていた。
「最後の手順です」
「っん⁉」
ナハティアさんが急にキスをして来た!
はわわわわわ!何でこんな事に⁉
「ッ⁉」
ドクン……と、冷たい、けれど包み込むような温かさを持ったナニカが流れ込んでくる感触がする。
きっと、これがナハティアさんの魂なのだろう。
どれくらいそうしていたのか、もしかしたら数秒なのかもしれないし数分なのかもしれない。
ナハティアさんが口を離す。
糸が垂れるように落ちた涎が艶かしい。
「本当に、ありがとう……」
そう言って、笑顔のままナハティアさんだった身体は消滅した。
最初からそんな者はいなかったかのように、この場所には僕一人が残った。
「ナハティア……さん……っ」
消え際の彼女の顔が満足そうで、良かった。
そう思う事にした。
暫くは、彼女に哀悼の意を示そう。
動くのはそれからでいい……
彼女の死の哀しみから立ち直り、さぁとりあえず森を抜けるか……と動き始めた時、頭に声が響いた。
『うん。魂の定着、完了しましたー!』
「へっ?」
聞き覚えのある澄んだ声に僕は間抜けな声を上げてしまった。
さっき思いっきり悼んだ、ナハティアさんの声だ。
「……え、何で?今完全にもうお別れな感じだったよね?」
予想外の出来事に、あたふたしてしまう。
本当にどうなってんの⁉
『何を言っていますか!湊さんの身体の中に魂を逃がすって話したでしょ?お別れな訳ないじゃないですか!』
そ、そうですか……僕の哀悼の意は完全に無駄だったんですか……
『そんなことありませんよー。とても嬉しかったです。死んだ時に悲しんでくれる人がいると言うのは、幸せなことですよね。ふふっ……ありがとうございます』
……どういたしまして。
しかし何だろう……心を読まれてる気が……
『読んでますよ?』
あ、やっぱり?
『というか思考がダダ漏れですね。
あと湊さんの記憶とかも見放題です。おー!お姉さんやおばあさん、綺麗ですねー』
そうですか……ソウデスネ。
『不貞腐れないで下さいよー。とりあえず、森を抜けて街に行きましょう?この世界がどういう物なのか、知らなければ元の世界に帰ることも出来ません』
「うん……そうだね……」
僕はナハティアさんの言葉に同意しながら、僕の憧れた、神秘的な雰囲気を纏う彼女は、確かにあの時死んだんだ……と、そっと涙を流した
『むっ!何か不愉快な思考が流れている気がします!!』
なんでもないでーす。
僕はナハティアさんの言葉をスルーして、森の出口に向けて歩く。
とりあえず、森を抜けた先に何かあるだろうと考えながら。
進行……遅いんですかね?