第一話〜ぶらり馬車の旅〜
一週間ぶりですかね、今日からまた再開して行きます。
この話から第二章として、展開も少しペースを落としてゆっくり進めて行こうと思っています。
またこれからもよろしくお願いします!
今回から毎日投稿では無く、不定期になります。
この前書きで「何日の21時に投稿します」とお伝えします。
次話は5/8日曜日の21時に投稿します。
ゴトゴトと音を立てて馬車が走る。
長閑な風景がどこまでも広がる街道を、僕は馬車の荷台から眺めている。
(乗り心地はあまり良くないけど、歩くよりも断然早いし、考え事ならこっちの方がいいや)
新緑の爽やかな匂いを胸一杯に吸い込みながら、そんなことを思った。
ミレットの街を出てから三日が経った。
その間、馬車を拾ったり念話でティアからは技能の使い方を、天眼からはこの世界についてを教えて貰いながら次の街に向かっていた。
馬車は行商人の物で、盗賊に囲まれていた所を助けたのが出会いだ。
護衛する代わりに乗せてもらう、という条件で荷台に乗せてもらっている。
そんなこんなで暇な僕は今、天眼から貨幣についての大雑把な知識を聞いているところだ。
『解説:この世界の貨幣は大陸で共通であり、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五つ。レートは一律で100枚。それで上の貨幣と価値が同等になります。余談ですが、鉄貨と銅貨は子供のお小遣い等によく使われているようです』
天眼が丁寧に教えてくれる。
もうティアじゃなくてこいつに聞けば万事解決する気がするのは気のせいかな?
『やめて下さい……私の存在価値無くなっちゃうじゃないですか』
『……元から存在価値とかあった?』
『酷いです!?私だって虚人戦であんなに戦ったじゃないですか!』
『トドメ刺したの僕だけどね』
ティアと静かにギャーギャー騒いでいると、急に右眼から刺す様な痛みが走った。
『痛ッ!え、何!?』
『応答:まだ講義中ですので静かにして下さい。次は破裂させます』
『……オーケー黙るから勘弁して』
僕は許してくださいの思念を送る。
突然だがこの右眼――天眼は、よく分からないが意思を持った。
ティアも意味不明らしく、どうすることも出来ないらしいので放置している。
ティアと二人だけじゃ寂しいし、話し相手になってくれるから僕としては嬉しいけどね。
『ところで何時までも天眼さんとか呼ぶの面倒ですし、名前つけます?』
また変なこと思いつくね。
『え、天眼で良くない?』
だって別に不自由してないし……って痛ァッ!?
右眼が!右眼が焼けるように痛い!!
あまりの痛みにのたうちまわる程だった。
『爆ぜる爆ぜる!!やめてやめて!?』
『希望:名前欲しいです。つけて下さい』
『わかった!わかったから止めてー!』
痛みが治まり、少し落ち着いたところでふと視線を感じて振り向く。
行商人――いや、今は御者さんか――が、すっごく変な人を見る目で僕を見ていた。
端から見れば、急にジタバタと暴れ出した様なものだし、仕方ないのだが。
『ふぅ……もう。名前決めるから少し待って』
『応答:期待しています』
『ハードルがうなぎ登りですねぇ。頑張って〜』
こいつは一度締めた方がいい気がするんだ。
それはさておき……名前かぁ。
どうせならかっこいい名前か可愛い名前にしてやりたい――って、そもそも天眼って性別とかあるのか?
『ねぇ、天眼って性別どっちなの?』
『応答:生き物としては女性かと思われます。人格のベースがナハティア様ですので』
『なん……だと……?』
天眼の暴露に驚きを禁じ得ない。
どうやったらあの駄女神からこんな知的な女性が生まれるんだ……?
『あの……最近私への風当たり強くないですかね?泣きますよ??』
『気のせい気のせい』
『応答:最初から変わっていないと思われますのでご安心を』
『二人が虐めてくるー!うわーん!』
ティアは泣きながら意識を奥に沈めてしまった。
最近あいつ、幼稚退行してないか?
……気にしても仕方ないか。
今は天眼の名前を決めることに集中しよう。
女性だよな……女神とかでいい名前あるか?
天眼って知識系の能力だよな……うーん……
『メティス……かな?』
メティスとはギリシア神話における知識、叡智の女神だ。
なんか他から引っ張ってきた物で申し訳ないが、他にスッキリする名前が思いつかなかったのだ。
『応答:私の名前は今からメティスです。ありがとうございます、マスター』
天眼改め、メティスが礼を言ってくる。
気に入ってくれたようで何よりだ。
さて、唐突に思いついたことだが……聞いてみるか。
『ねぇメティス。一つ質問なんだけどさ、心剣ってどういうものかわかる?』
『「心剣」検索――失敗。原因解析――成功。応答:私の今の能力では、心剣に関することは全く調べられませんでした。データは見つけたのですが……閲覧しようとしたら弾かれました。申し訳ありませんが、今の私ではお力になれません』
どうやら、全知のような存在でも調べられないらしい。
『ありがとう。ちょっと気になっただけだから、気にしないで』
調べられないとわかった瞬間から、メティスのしょんぼり感が凄い。
あまり気負って欲しくないのだが。
『応答:お心遣い、ありがとうございます。申告:私は少し休止状態になります。用があれば魔力を微量、流して頂ければすぐに反応します。それではマスター、また後ほど』
『うん、また後でね』
そう言ってメティスは休止状態になった。
本当、今更だけど何なんだろうねこの右眼。
メティスが引っ込んでからかれこれ一時間。
カタコトと揺れる馬車は相変わらずで、まだ前方に街は見えない。
マップを確認するも周囲に敵影は無く、完全に暇である。
どーしよ……退屈すぎる。
……よし、ティアにも心剣のこと聞いておきたいし、話しかけるか。
『おーいティアー。いい加減出てこいって。俺が悪かったよ』
『……………………』
心の奥に呼びかける。
全く反応がない。
流石に弄りすぎただろうか。
いつもならひょっこり出てくるのに、今回は難攻不落の要塞のようにガッチリと心に鍵をかけて篭っていた。
『ごめん本当にやり過ぎた。何でもするから機嫌直してくれ』
『……じゃあ、次の街で一日身体貸してください』
ティアが、じと目のまま顔だけ出して言ってくる。
それくらいならお安い御用だ。
『いいよ、わかった。次の街で貸そう。だから話し相手になってくれ……』
『しょうがないですね〜わかりました。これで機嫌直ってあげますよ。んで、何聞きたいんですか?』
オーケーを出すと、途端にふにゃっと笑みになって機嫌が直るティア。
言っちゃ悪いけど……チョロいなぁ。
『いや、聞きたいことって心剣のことなんだよ。セツさんとかが使ってたから使い方はわかるんだけど……どんな物なのか全く知らないんだ』
失礼な思考は表に出さず、ティアに問いかける。
ティアは目頭を抑えながら、少し考え込んでいる。
言い難いことなのだろうか。
『あー心剣ですか……説明が難しいですねぇ。私たちも全てを知ってるわけじゃないので。それに、余り言ってはいけないことですし……。あの……この問い、天眼さん――今はメティスさんですか。彼女にはしたんですか?』
ティアが確認するように言ってくる。
ここまで言い辛そうにされると、聞くのを躊躇いそうになる。
いや、躊躇わないけど。
『聞いたけど、調べるには能力が足りないって言われた』
閲覧しようとしたら弾かれたって、アクセス権限が無いとかそういうの何だろうか。
『その想像で間違いないと思います。心剣というのは本当に、簡単には触れられない話題というか、ネタというか……』
ティアの歯切れの悪い言い方に少しだけ不安になる。
うーん……どうしよう。
知るのが怖くなってきた。
でも、ここまで引っ張ってきて教えてもらえないってのもなぁ……やっぱ気になる。
ここは強気に出よう。
『教えてよティア。気になるんだ。心剣って、一体何なのさ』
ティアは凄く言いたくなさそうにしながら、ポツリと口にした。
『……あくまで一説ですが、心剣とは本来、創造神の御力だったと言われています』
『………………はい?』
いきなりビッグネームが来たけれど……どゆこと?
『だーかーらー!元を辿れば心剣の力は創造神の能力だったかもしれないって言ってるんです!』
一度口に出したせいで止まらなくなったのか、ペラペラと喋りだすティア。
その様子はまるで、警察の取り調べで一から十までゲロッてる犯罪者みたいだ。
『そもそもですね、人の扱う心剣という物と神の扱う心剣は別物なんですよ。神の扱う剣は本来「神剣」と言って、少し性質が違います。心剣は、性能的には神剣の劣化版なのです。ただ、心剣と神剣がどういう関係なのか正確にはわかっていません』
なんだろう。
結構重要な話っぽいぞ。
『心剣の始まりはわからないの?』
『わかんないんですよねぇ……神剣の方の始まりはわかるんですが。まぁ大方、過去の神殺しが神剣の能力を何処かの神から手に入れて、その子孫が受け継いで、またその子孫が……という感じだと思います。神殺しは稀に、倒した神の力を奪う事ができるので、その時に運良く奪えて、それからひっそりと人に浸透していった力なのでしょうね』
ふーん……まぁ結局、よく分かってないってことか。
それはそうと、幾つか気になる事がある。
『神殺しって父さんたち以外にも居たの?』
『居ましたよ?たしか数千年前でしたが。その時出現した神殺しは一人だけだったんですよねぇ』
『神殺しって基本的に死なないんだよね?今もその大昔の神殺しは何処かにいるの?』
『いえ、確か自分で存在を消した筈です。何時までも存在し続ける事に意味を見出せなかったとか何とか』
うわー……
孤独が長すぎて絶望しちゃったのかな。
父さんに母さんたちが居てくれて良かった。
さすがに自分の父親が同じ道を辿るとは思いたく無い。
この話はここまでにしよう。
もう一つのことを聞いておきたいし、あまり気分のいい話じゃないしね。
『もう一ついいかな。神剣と心剣の違いって何?』
『神剣は、その神の神格そのものを象徴する武器が出ます。わかりやすい例で言えば……そうですね。貴方の世界に存在する天空神・ゼウスの神剣は雷霆です。また、神剣は完成された存在故に、決められた性能以上の力は出せません。成長しないのです。心剣は己の心を武器として顕現させますが、己の感情で性能が上下するという不完全さを持っています』
成る程ね。
神は完成された存在で、人は不完全な存在。
この剣の力にもそこは現れているのか。
『そうだと思います。そして、神剣は壊されれば神格の否定となり、その神は消滅します。しかし心剣は壊されても魂まで消滅する事はない。……完全故に壊されれば終わりの神と、不完全故に壊されても終わらない人。どちらが本当に不完全と呼ぶべきなんでしょうね?』
急に哲学的な話になったね?
『……それは、僕には答えられないよ』
『あはは……わかっています。言ってみただけですから』
視界に映るティアは、遠い目をしながら虚空を見つめている。
永い時を神として生きてきた彼女が、どういう心境で、どういう思考を辿って今の言葉に至ったのか、僕なんかでは理解出来なかった。
……何も考えずに喋ってた可能性もあるけどね。
『まー心剣についてわかっているのはそのくらいです。うーん……敵がいたら詳しい使い方とか教えられるんですが。魔物さーん、カムヒア!!』
『なぜ英語使ったし』
『何となく?』
突然英語でこっちゃ来いとお祈りし出すティア。
いや、しかし……そんな都合良く来るわけが――
「うわぁぁぁぁ!お客さーん!魔物だ魔物!退治してくれー!!」
突然、御者さんから半泣きの叫び声が響く。
前方から狼型の結構大きな群れが来ていた。
嘘だろ来ちゃったよ……
というか、マップ確認怠ってたな……失敗失敗。
「お客さーん!!」
「はいよー了解!」
御者さんに返事をして、御者台に乗り出す。
右眼に魔力を通して、マップを精査。
ついでにメティスを起こす。
『起動:何用でしょうかマスター』
『戦闘だから手伝って。ティアは心剣のレクチャー、メティスは敵をロックするの手伝って』
指示を出しながら右手に心剣を、左手では無属性魔術「魔力矢」の術式を編む。
『わかりました!』
『応答:了解です』
「よしっ行くよ!御者さん、馬とか気をつけて!」
「は、はいぃっ!」
僕は御者台を蹴り、狼型の魔物――グレイウルフというらしい――の群れに突っ込んでいくのだった。
お読みいただきありがとうございます!
当分は不定期になりますが、7〜8月あたりを目処に毎日投稿に戻せたらと思っています。