ノーブレスオブリージュ
目の前にはワラワラと湧いてくるモンスター。
まるで手入れを怠った庭で草引きを始めたのに、途中で飽きてやめたら次の日には元どうり、みたいな?…ちょっと違うか?
まぁ、何にしろヤバイ状況だゾ。
救いはコイツらは産まれてすぐは戦闘出来る程動けねーってトコぐらいかな?
だがそれも気休め程度だゾ、少し間を置けば立ち上がって切りつけて来るぐらいにはなりやがる。
この考えてる間でも、もう五匹程は戦闘準備完了って顔してる。
考え事してる暇なんてねーな…。
「くっ、こいつ…ッ!」
「ギャヒッ!」
オレは一番手前にいたゴブリンに斬り込んだ。念動力で体勢を崩してからだ。
首筋に浅く斬れ込んだ刀をスナップで跳ね上げ、今度は右側にいたコボルトの胴を片手で薙いだ。
最初に斬ったゴブリンは頸動脈から血を噴き出し転がってる。間もなく動かなくなるだろう。
コボルトの方も胴の上部、脇の下辺りに下から跳ね上げるように薙いだので動脈を斬れたのか?致命傷を与えたようだ。
その後も近い順に、首への突き、額目掛けての斬り込み、胴への斬り下げで三匹のモンスターをさばいたが、胴を狙ったモンスターだけはまだ戦線離脱しないようだ。
他のは致命傷か即死だったゾ。
だが、全て念動力での不意打ちを前提にしてる。ヤバイ、MPが…。
生き残っていたコボルトは死に物狂いで剣を打ち込んできたが、躱しざまに再び胴を斬ってとどめをさせた。
「くっ…。…はぁ…はぁ…ぜぇ」
「すっ、凄いです。ご主人様!あっという間にこんなに…」
あっという間にやんなきゃ囲まれんだろうが!
はぁ…はぁ。
ダメだこりゃ。MPも…体力もヤバイ。
そうこうしてる間に次の瘤が鳴動する。
広く視界を保つと他にも産まれそうなヤツが結構ある。じきに次の波が来そうだ…。
「どけっ…アリム…前…出るんじゃ…ね…」
「あっ、キャッ!ごしゅ…」
アリムを挟んで奥の位置にあった瘤が既に開いていたようだ。死角になって気付かなかった。
やばっ!これ、ヤられるパターンじゃねーか…。
まずい、と思ったその次の瞬間。
「ギャヒッ!」
アリムに向かってひん曲がった太い爪を振り抜こうとしていたコボルトが、背中を反り返らせて悲鳴をあげて倒れた。
オッサンがやったのか!?
次の瞬間、オレとアリムの前にモンスターを遮るように降り立つ影があった。
その影はローブをたなびかせ…ローブ?
ザンギーか!?
「んあ!?…ザン…ギー?」
「何を動揺しておるのだ、サッサと息を整えんか!」
どうやらさっきのは、ザンギーがコボルトにむけて背後から魔術を放ったみてぇだゾ。
何だ?オッサンはどーした?
見上げると落ちて来た穴からオッサンが覗き込んで何かを叫んでいる。
「おい!坊主。そこの魔宝石をこっちに投げろ!」
「あん!?今それどころじゃ…」
丁度オレの足もとには上から落ちた時に手放した魔宝石が転がってる。
今はこんなモンどうでもいいだろが。
「おい!聞いてんのか!?
それを台座に戻せば罠が解除されるかもしれん、早くこっちによこせ!!」
「おっ、そうか成る程な。…いや…待てよ…」
「何を惚けておるのだ、奴隷!もういい私がやる!」
「あっ!待てよザンギ…」
オレが考えてる間にザンギーが魔宝石を投げ渡しちまった。
受け取ったオッサンは受け取った魔宝石をながめてて、まだ穴の縁から動いてねー。
「スペイリブ殿っ!早くそれを台座へ!」
「ちっ!これって嵌められたんじゃねーのか?」
「?何の事を言っておる。さあ、早くして下されスペイリブ殿っ!」
「…ふっ…ふくくっ…プハッ。ぐはは、あ〜はっはっは!」
「な?何を笑っておるのだ!早くそれを…」
「くっそ、やっぱりかよ!」
「ああ、勿論。台座には戻すぜ。そしたらこの穴は閉じちまうんだけどなぁ。ぐっはは!」
「なんですと!?それに何故そんなことを!?」
「そんなこと?そりゃ、何故その仕組みを知ってんのかって事か?それとも何故こんな事するんだってことか?くはははっ!」
「やっぱ、お前が嵌めたんだな、思い返してみりゃ色々と怪しい点が無かった訳じゃねー。コイツ、罠の穴が開く直前に飛び退いていやがったしな。
あと、最初の瘤が出来た後で、この罠はこれからがヤバイとかなんとか…知ってる風なこと言ってたゾ!」
「ガハハ!よく見てんじゃねえか坊主。ついでに言やその女奴隷を突き落としたのも俺よ。
この罠は、前の少数部隊での先行探索の時に下見してて見つけたんだぜぇ。
あの時は同行してた部下を踏み台にしてなんとか脱出したが、魔宝石を戻したら穴が閉じちまうとはなぁ?部下は尊い犠牲になっちまったが仕方無えよなっ」
「な、部下を見殺しにしたのですか!」
「おいおい、人聞き悪いこと言うなぁ。俺だって助けようとしたんだぜぇ?」
「じゃあ、なんで穴が閉じちまってスグに台座から魔宝石を外さなかったんだ?二人以上、中に残ってりゃ同じ方法で出れんだろうが!
大体、この罠の事が情報として公開されてねー時点で確信犯じゃねーか」
「そうですよぅ。ご主人様はお見通しなんです!」
アリムが要らない相槌を入れてくる。黙ってて。
「くっはっはっは!そりゃあ言えてる。だがなぁ坊主、お前が悪いんだぜ。お前さえいなきゃよ…」
「おい、ちょっと待て!なんだか分かんねぇとこでオレの所為にしてんじゃねーゾ!」
「全くです。ご主人様は常に正しいというのに」
だからお前は黙れ…。
「まぁ、ザンギー殿には坊主が事故死した証人になって貰おうと思ってたんだが…まさか奴隷を助けに飛び込んでくとはねぇ。(上には上手いこと誤魔化しとくっきゃねえか…)
…じゃあなザンギー殿、運が悪かったと思って諦めるんだな」
「ちょっ!待てコラァーー!」
ーーーーーガゴゴッ…ガタン!
っと、空いてた穴が閉じちまった。向こうでオッサンが魔宝石をセットしたんだろう。
なんてこった!出口がねーうえにこの調子じゃモンスターは際限無く湧いてきそうだゾ。
慌てて見回すと、口を開こうとする瘤が10個程ある。さっきのパターンより多いじゃねーか!
「くっそ!オレはもうMPがねーゾ!片っ端から斬ってもこんなに数が多いんじゃ…」
「おい、奴隷。あの角まで下がるのだ。あそこで迎撃する」
「お、おお…。おい、アリム向こうだってよ」
「は、はい。畏まりました」
ザンギーの指示で部屋の角まで下がってモンスターを迎え撃つ事にする。
確かにここの角は今の所、瘤が出来てねー。これなら包囲されずに戦えそうだ。
意外と落ち着いてんな、ザンギーのくせに。
ボツボツと口を開く瘤があるがまだモンスター共は出てねー。駆け足で移動だな。
「おい、ザンギー。なんか手があんのか?この角なら後ろ二面からの攻撃は防げるけどあと二面、前衛はオレ一枚しか居ねーゾ」
「問題無い。こうするからな」
そう言うとザンギーは自分の前に透明の膜を魔術で出した。魔術盾っていうやつらしい。
その盾は透明だが、透かして良く見るとなんと無く光の反射で見ることが出来る。
畳一枚より一回り大きいくらいの大きさでコンタクトレンズみてぇになってた。三重になってるのか?
「へー、これを側面にしてオレの正面を防げば持ちこたえれんな」
「盾一枚で数回の攻撃しか防げんのだ、盾がある間にお前の側の敵を片付けてその後、戦闘面を盾があった側に切り替える」
「盾も出しながら攻撃魔術も放てんのか?」
「攻撃魔術が専門なのだ!当然であろう!(くっ、ジュウロウの防御魔術対策で研究していた魔術盾がこんな時に役に立つとは…腹の立つ)」
「何だよ、なに怒ってんだよ。聞いただけだろうが。そんなに嫌いなら助けに降りてこなきゃ良かったろうが…」
「お前など大嫌い、だ!あのクソ忌々しいジュウロウの兄弟で、奴隷の分際で身の程も弁えぬ!あ〜〜腹の立つ!」
「だったら降りて来てまで助けに来てんじゃねー!意味分かんねーゾ」
「(全くです。ですがご主人様、ここはこの者を利用するべきです。踏み台にして上に上がる手を探しましょう)」
アリムが黒いです。ヤダこの子こんなの多いゾ。
「そんな事はどうでもいい、おい奴隷!モンスターが来るっ!」
確かにそんな場合じゃねー。もうワラワラとモンスター集まって来てる。
オレ達を隅に追い詰めるように、前方二面から十数匹が押し寄せて来る。
オレは念動力で意表を突いてから自分の目の前の敵に斬り込む。
自然回復したMP分で一匹は何とか仕留めた…次はどうする…。
後ろからザンギーの援護が飛ぶ。ファイアボールのようだ。
瀕死のゴブリンにとどめをさせた。アリムはザンギーと一緒に後方で守る、これならいけそうだ。
ザンギーがファイアボールや、火の着いてねぇ魔術の玉をぶつけた所へオレが斬り込む。
半分ほど敵を片付けた所で魔術盾が無くなった。
そちら側から迫って来るモンスターに斬り込む。ザンギーと位置を入れ替えるかたちだ。
今の所、いい感じで捌けてる。MPはもう無いが何とかなるか?
ーーーーーーーーーふぅ。どうにかこの波は凌いだゾ。
「はぁ…くはぁ。ゼィゼィ…何とかなってるな…はぁはぁ…」
「今はな。だが、早く脱出の糸口を見つけんとジリ貧だ。私の魔術容量も限界が近い…全く、お前という奴隷がもっと使える戦闘奴隷であれば…ちっ!」
「お前が颯爽と降りて来た割に使えねーからだろが!MPショボいんだよ!」
「なっ!お前の体力が足りぬのだっ!」
「お二人共っ!そんな事で体力を使わないで下さい!」
オレとザンギーが掴み合って言い合いしてるとアリムに止められた。まぁ、もっともだが…。
「はぁ〜。本当に何で降りて来たんだよ、見捨てて逃げんのが似合ってるゾ」
「ふんっ!お前たち下賤の輩とは違い、我々高貴な者にはそれに見合った責任が伴うのだ」
「あん?ノーブレスオブリージュってやつか?」
「そうだ。奴隷といえど弱者を見捨てて逃げることなど由緒正しき貴族のする事ではない!」
「けっ。で、自ら罠に突っ込んできたんだ、なんか脱出の手があんだろ?」
「そんなものは無い!自分に最終的な逃げ道があるから手を差し伸べるのでは、誇りある貴族とは言えぬ!」
「は?ただの考え無しのバカじゃねーか…」
「何だとっ…」
「けどまぁ…そういうバカは嫌いじゃねーな…」
「……ふんっ」
「(ご主人様、このバカをどうにか利用してご主人様だけでも脱出する方法を探りましょう!)」
「(なんか、お前のコメントで色々だいなしだよっ!)」




