シエスタ
グツグツぐらぐら。湯気を立てて鍋が煮えている。
アリムが真剣な表情をして調理をしている。
いたって普通の光景だ、鍋から立ち上がってるのが紫色の湯気じゃなきゃな…。
「お、おい!女奴隷。それは如何なる料理なのだ?ちゃんと食せるのであろうな」
「えっ?どこにでもある普通のシチューですが?勿論、貴族様が普段口にするような立派な物ではありませんが…」
「そんな事を言っておるのではない!なぜそんな毒々しい煙を立てておる!?」
「ま、まぁ。庶民の食事ってこんなもんじゃねえかな…」
「ん?そうなのですか…では、スペイリブ殿も幼い頃はこのような?」
「いやっ、流石に紫色の煙は…」
「さあ、出来ましたっ!自信作ですっ!皆さん召しあがって下さい」
うわっ!何入れたらこんな緑色の汁になるんだ?
アリムが作ったシチュー?は鮮やかなグリーンでゴポゴポと気泡を湧き出し紫色の湯気、もとい煙を立てている…。
よしゃぁいいのにコイツらはアリムに調理させやがった。
材料は俺が婆ちゃんから貰ったものをアイテムボックスから出したやつだ。勿論、収納の魔道具から出したように見せかけてる。
普通の材料を使ってここまで毒々しい見た目にする方が逆に難しいと思うんだが…。
「ダンジョン内ですのであまり凝った物は出来ませんでしたが、味が引き出せるように工夫してみました」
「ほ、本当に食せるのか?先ほどから何やら目がしみてくるぞ」
「そ、そういえば。気が遠くなるような匂いもしなくもねえな…」
「まっ、食える材料使ってそうそう毒にはなんねーだろ。お前らが食わねぇんなら先に食っちまうゾ」
「はっ、はい!どうぞご主人様」
オレはアリムがよそって手渡した椀を受け取って、ズズッと味見してみた。
………。
口に入れた途端に広がる濃厚な香り、そして素材のどこから引き出したのか?この深みのある味。
その全てがマイナスのベクトルに全力疾走し、抜群のマズさを醸し出している!!
オレには状態異常耐性があるからまだ耐えられてるが、普通このような物は…人、其れを毒と言う!
凄まじく舌が痺れ、目頭にガツンガツンとダメージが蓄積してくる。
あ…あかん、これあかんやつや…。
ふと横を見るとアリムが期待した目で俺の方を見ている。
え、なに?感想待ち?
聞かなきゃ分かんねー?勿論、死んだ先祖に逢える味だゾ!
だが、あえてオレは本当の事は言わねー。これはあのバカに復讐するまたとないチャンス!
我慢して残りの具と汁もかきこむ。
そう!心を無にして。もはや、悟りの境地。
「ガツッ、ガツッ!ズズッ、ズ〜。ぷっは〜。おう!見た目はともかく中々旨いじゃねーか」
「ほっ、本当ですか?ご主人様。今回、実は少し自信があったんです!お口に合って幸いです」
それを見ていたザンギーは腹が空いているのもあってか、自分にも寄越せとジェスチャーしてくる。
フハハッ。かかったな、一般人がこれを食えば死なずとも記憶を失うくらいは覚悟してもらおう。
…ブルルッ。やばい、無理して食ったから寒気がする。
状態異常耐性2.0以上のオレがこのダメージなのに本当に死ぬんじゃねーのか?
「は〜い。どうぞ、沢山召しあがって下さいね」
「う、うむ…」
アリムは上機嫌でザンギーにシチュー?をよそってやってる。
まぁ、初めて料理を褒められて嬉しいんだろうが顔面蹴飛ばされたの忘れたのか?
うむ、その無念は図らずも晴らされるゾ。
ザンギーは訝しげにシチューの椀を覗き込み、鼻をつまんで一口すすった。
そこまですんなら食うなよ…。あ〜あ、本能が警告を発してくれてたのに空腹に負けちまったか。
「ズズッ、ズッ。!?うぶっ!うごごっ!!」
「?? … あっ、そんな大袈裟なぁ。そこまで美味しくはないですよ、貴族様。…まあぁ、結構自信はあったんですけどね、えへへ」
「ブッヘラッ!!」
ザンギーは聞いた事ない言語を叫んで背後に仰け反って倒れこんだ。
白目をむいて泡を吹いてる。よし、正義は勝つ。
「うっ、おい!ザンギー殿!?大丈夫か!?」
その後スペイリブ団長がアリムに、何か毒でも盛ったのか!と詰め寄る一幕があったりしたが、オレが同じ材料を使って作り直したシチューを見てなんとか納得してくれた。
逆に普通の食物からあんな毒性の高い物を生成出来るなんて、軍事利用がどうとかブツブツ言ってたくらいだ。
ちなみにそれを聞いたアリムは、まだ自分の料理のマズさが分かんねーのかピョコっと小首を傾げてた。
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ひっくり返ってるザンギーを尻目にオレ達三人は、オレが作り直したシチューを食って人心地ついていた。ザンギーはまだ寝てる。
ん?アリムのシチュー?それならオレのアイテムボックスに放り込んどいたゾ。捨てたら土壌汚染になるからな。
それを見てたアリムが【そんな、取っておいて独り占めしたいなんて…ご主人様ったら】とかなんとか言ってたのには素直に殺意を抱いた。
「ふぅ、腹が一杯だ。眠くなっちまったゾ」
「そうだなぁ。俺も貴族様に格上げされてからシエスタの習慣がついちまって眠くてしょうがねえや」
「シエスタ?」
「ご主人様、貴族様方は昼食後に長めの休息をとられて午睡される方も多いといいます」
「ああ。ま、この世界は昼が長ぇからそういう習慣もあんのか」
「まっ、そういうのは特権階級だけさ。平民は明るいうちは一杯一杯働いてるからなぁ。奴隷なんかは尚更さ」
「そういやオッサンは元は平民だったな」
「ああ、不作の年にゃ食うにも困ってな。二度とあんなのは御免だ…」
なんだか平民時代は色々あったらしくオッサンはそれ以上話さなかった。
「さっ、そんな話はいいじゃねえか。それより坊主、大丈夫なのか?」
「ふぁ〜ぁ、眠ぃ。何が大丈夫なんだ?」
「戦闘にきまってんだろ。坊主、大分バテテたじゃねえか」
「ああ、それならちょっと考えがあるからいけんじゃね?」
「それならいいが…(しかし、陛下に聞いていたのと随分違う…)」
「ふぁ…。ダメだオレ、ちょっと寝る」
ふぁ〜ぁ、もうダメだ。
オレはあとをアリムに目配せしてゴロンと横になった。
「あっ、おい!坊主」
「あのっ!騎士団長様。騎士団長様もシエスタをとられては?モンスターなら私が入り口で見張っておきます。危険があれば知らせますので」
「んん?…まぁ、この辺のモンスターはあらかた駆逐したから大丈夫か。じゃあ、入り口からは見通しもいいし何か見かけたら知らせろ」
「はい。畏まりました」
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んー。よく寝た。
お?ザンギーの奴が起きたみてえだ。なんだかキョロキョロしてる。
「むぅ、んん〜。なんだ?私は寝入ってしまっていたのか」
「ん、むぅ!あ〜よく寝た。おっ、ザンギー殿も起きたのか」
「うむ、スペイリブ殿。私はいつの間に寝入っていたのだろう?どうも記憶がハッキリしないのだが…」
「おっ、おお…。そうか…いや、腹が一杯になったから寝ちまったんじゃあねえかな?」
「ふむ、そうかも知れませんな。そう言われれば、もう食欲が一切ありませんな」
そりゃ、あれ食った後じゃぁな…。
記憶まで消すとは恐るべし。
さあ、ザンギーなんてどうでもいい。午後に向けて刀の手入れでもしとくか。
カシッ…ィィィィィィーーーーーーーーン……
オレが刀を抜いて刃こぼれが無いかチェックしているとザンギーが声をかけてくる。
「おい、奴隷。その剣を私に見せてみよ」
「あん?何でだ」
「奴隷などが持つには過ぎた剣だ、検分して気に入れば召し上げてやろう」
「はぁ!?バカかてめぇは、やる訳ねーだろが!」
「なにっ!奴隷の分際で生意気な!気に入れば私が使ってやろうと言っているのだ!」
「本気でバカか!死んじまえ!」
「なっ!何という……」
「おいおい、よせよザンギー殿。武器を取り上げたらこの後の戦闘はどうすんだよ」
「ふんっ、つくづく身を弁えぬ奴隷だ。少しはコッチの女奴隷を見習ったらどうだ……ふむ、そうだな。
よし、女奴隷。お前は見目も麗しいし奴隷としての教養もあるようだ、奴隷に飼われる奴隷などというのがそもそもおかしいのだ、私がお前を召し上げてやろう」
「!?い、いえ。あの、その、私はクロウ様の所有物でして…そもそも他の方にお仕えするのは…」
「おおそうか。買い取ればいいのだろう、いくらだ?金貨100枚か200か?カズミール殿の店の奴隷ならもう少しするかも知れんな…おい、奴隷!この女奴隷を買ってやる好きな値をつけるがいい」
「あぁ!?誰が売るか、寝ボケんな!」
「なにぃ!?…ああ、そうかそうか。値を吹っかけようと言うのだな、まあいい。さっさと金額を提示せんか」
「売らねーつってんだろが!!金額何千枚だろうがな!」
「生意気な!【命令だ】その女奴隷を私に譲ると言え!」
「あ…くっ、が、ぐぐっ。アリムをお前に…うっ…う…」
ガキンッ!!
「なっ!?なんだと?何を…」
「ブグッ…Giiii…」 ブチッ…ビキビキッ…
「おいっ!なにやってんだ坊主!」
オレはザンギーに無理矢理喋らせられそうになったので、強引に口を噛み締めた。
【命令】が体に指示を出してんのに無理に顎を閉じたせいで、頬の筋だか顎の筋肉だかがブチブチと音を立てて千切れていく。
口の中で血が噴き出し、それを口内に留めようにも思い切り歯を食いしばってるのでボトボトと零れ出す。
「ぐっ、ぶくぐぐぐ!」
「おい!ザンギー殿!もうよせ、この奴隷は陛下からの預かり物だぜ!」
「くっ、頭がおかしいのかこの奴隷…もういい、【命令を解除する】」
「大丈夫ですか!ご主人様!!」
げふっ!…く、くそっ。
このクソ野郎…。




