(背景話)アリム
私の名前はアリム。でも、本当の名前じゃありません。
この名前は本当は別の子の名前。
名前も無いんじゃ呼ぶのに不便だと、前に養ってくれていた奥さんがそう名付けてくれました。
そう、奥さんです。お母さんと呼んではいけません。昔、他の子達みたいに呼んでみたくて【お母さん】と言ってみたらすごく怒られました。
あ、そうそう。私の名前ですが別に深い意味はありません。
私が10歳位になる前まで奥さんが飼っていた猫の名前です。それまでは名前が無かったので、その猫には悪いですが返す気はありません。
私は村の近くに捨てられてたそうです。
別段、変わった事ではありません。新しい子供ができても養っていけないので捨てる…なんて事は貧しい村ではよくある事です。
まだ、モンスターがいる森の中に捨てられなかっただけ私はついていました。
それに私の場合、先祖返りです。今では珍しくなった獣人は、現存してる全てが私のような先祖返りだと聞いています。
純血の獣人が別の国からゲートを通って、この国に奴隷として連れて来られて数百年。
二世代、三世代と人族と交わって、今いる世代では人族と見分けがつきません。私は違いますが…。
先祖返りとは、本人達も気付かず人族だと思っている夫婦から獣人の子供が産まれる事です。どちらか?又は両方に過去獣人の先祖がいたのでしょう。
人族の子供が犬猫の耳を生やしてたり、シッポがあったら到底受け入れられません。
そんな時は子供を育てられるほど裕福な家庭でも捨てるか、…処分してしまうそうです。
私が捨てられていた村は、土着信仰で子殺しを禁忌としていた村でした。
何処のどなたか会った事もありませんが、その地域の神様には感謝です。
と、いうわけで私は村の人に拾われ全村民での協議の結果、あるご夫婦の家にあずけられました。
どんなコミュニティにも居るものです、割りを食う人というのは。
そのご夫婦はお二人共、他の人に強く言うような事が出来ないタイプでした。
誰もが嫌がる先祖返りの私を、押し付けられるようにして預けられた当時の様子が想像に容易いです。
ですが私が大きくなるまで、ちゃんと育ててくれたのは間違いありません。だって私、まだ生きてますから。
村で過ごすのはそんなに難しくなかったです。面倒を見てくれたご夫婦が言う事は少なかったですから。
「アリム、水を汲んできなさい」「アリム薪をひらってきなさい」「アリム畑に水をやって来なさい」……。
奥さんは必要な事以外はあまり話しません。ご主人とは会話した覚えがありません。
ああ、でも村の同年代の子供たちとの付き合いは苦労しました。私には呪いがありますから。
いつもは長袖、長ズボン、それに手袋をはめていましたが感情が高ぶると服越しでも呪いが有効になるようで、私の呪いが知れ渡るまでは色々ありました。
まぁ、それも村の全員が知る頃になれば何て事はありません。その頃には誰も私に関わろうとしませんでしたから。
ですが育てのご夫婦は別です。関わらざるえませんからね。
本当にご迷惑をお掛けしました…。でも、やっと恩を返すチャンスが巡って来ました。
村に奴隷商人の人がやって来たのです。
奴隷商人の方は村に若い娘を探しに来たそうです。しかし生憎今年は作物の出来も良く、食べる事に困っている家はありません。
それに子殺しを禁忌とする子煩悩な村です、自分の子供たちを奴隷として売るような人はいなかったのでしょう。何処で聞いたのか奴隷商人は私が住むこの家を訪ねて来ました。
何処で聞いたのか?ふふふ。考えるまでもありません、村中の何処で聞いてもこの家に【必要ない子が居るよ】って教えてくれます。
最初に声を掛けたのがこの家のご夫婦だったなら、それすら必要なく商品が見つかった事でしょう。
でもこの時、私はこの村に来て初めて必要とされました。値になる売り物として…。
別に奴隷として売られた事は何も恨みに思ってはいません。
だって、その瞬間は私の事を必要としてくれているんでしょう?
奴隷として売られても構いません。子供として可愛がって貰わなくても平気です。でも…必要とされないのは耐えられません。
本当の親に必要とされず捨てられ、村の誰もが必要とせず関わりを絶ち、育てのご夫婦に子供として必要とされない。
私、何で生きてるんでしょうか?
私が生きている必要ってあるんでしょうか?
奴隷として売られてからの私は【幸せ】でした。ふふ、自分でも可笑しいと思います、こんな感想。
でも事実なんです、商館に着いてからの私には買い手が引く手数多でした。
私を必要としてくれる人がこんなに沢山!こんなに充たされた思いをしたのは初めてでした。
お館様はその数多の買い手の中から、特に条件のいい相手に私を売りました。貴族様です。
その貴族様は夜のご奉仕をさせる為に私を購入したそうです。まぁ、女奴隷の購入目的としてはごくありきたりですね。
お館様は重労働させられない分、いい勤め先だと言っていました。
ですがここでも私の呪いが邪魔をします。
いよいよ購入した新しい玩具の具合を試そうとしていた矢先、その玩具に触れるなり暗転する視界。
そんな危ない玩具を長く手元に置く人なんていません。
いえ、直ぐにでも販売店に苦情と共に返品しに行くに決まっています。
その後もしばらくは私をお求めになるお客様は沢山いました。
中には王宮の魔術師様のように魔術総量の大きな方もいましたが、そんな方でも私に触れられるのはほんのすこしの時間…。
触れられない女奴隷なんて買い手はいません。
それ以外の目的なら男奴隷の方が丈夫でチカラもありますから。
私は奴隷としても必要とされないみたいです。…いらない子です。
変わった趣味…例えば綺麗な女を痛めつけて挙句には殺してしまう。そんなお客様にはまだ需要があったようですがお館様が首を縦に振りませんんでした。
私はそれでも、一時でも必要とされるなら構わなかった…。
他の奴隷達が売れていく中、私は延々残っていきます。
今回もお館様の伝を頼って伺った先で、やはり私に買い手は付きませんでした。
もう私には今後買い手などつかないんだ…。そんなヘコんだ気分での帰り道。
嫌な事は重なるものです、開けた街道ではそう出会う事もない盗賊に襲われました。
馬車の故障で暗くなるまでに野営所まで進めなかったのが原因のようです。
盗賊に襲われる。普通ならここで人生が終わってもおかしくない状況で私に幸運が訪れました。
見つけたのです!ご主人様を!私のご主人様ですぅーーーー!!
…すいません取り乱しました。
でも!私にとっては取り乱しても致し方ない、人生初めてと言ってもいい出来事です。
だって、この方には呪いが効かないのです!それどころか呪いなんて気付いてないかの様子で裸の私をムンズと抱き上げ、信じられないスピードで盗賊達を撃退し始めたのです!
それに凄い力です!村や商館で呆気にとられた私の怪力など、この方に比べれば赤子も同然ですっっ!!!!
はあっ、はぁっ、すいません。とにかく驚愕したという事です。
この方しかいない、と思いました。私のご主人様は!
だって呪いが効かないのですから!それに私以上の怪力です!この方なら私との関わりを避ける必要はありません。そしてこの方なら私を必要としてくれるかもしれない。
とにかく他の何を犠牲にしてもこのご主人様に尽くす、それしか今は考えられません。
商館に戻ってからご主人様の人生の指針を伺いました。
どうやら一生をかけて復讐すべき相手がいるようです。ご主人様の敵…憎っくきです。
ゴンベイとか言っていましたか?
しかし私にもやっと幸せがやって来そうです、必要とされる幸せが。
ああ…神様。拾われた時以来、二回目の感謝です。




