誓約陣
アレからババァが帰ったのを見計らってオレ達は自分の部屋まで何とか帰って来た。
いやはや、危なかったゾ。極力音を立てないように気を付けてたのにババァが起きて来るなんてな。
いや、音なら出てたか…アリムがドアノブをぶっ壊しちまってたからな…。
しかしアリムの奴も気が効くのか効かねぇのか分かんねー奴だな。
自分ならノブを壊しちまっても【又か…】で済むって思いつきは良いが、思い切りが良すぎんだろ。一言相談してから壊せよ…。
まあ良い、収穫はあったゾ。
あの部屋にあった立派な本だが、どうやら隷属陣の種類が一杯載った教本だったみたいだ。
あの時はバタバタしたのでちゃんと見れてないが、中に色んな陣が描かれてて説明文も載ってた。
オレが今迄見たやつはババァが使ってた数種類だけだが、本来もっと種類があるって事かな?
さてと、【脳内書記】でさっきの本をもっと良く見てみるかな。
「ご主人様。何をされてるんですか?」
「ん?ああ、さっきの部屋にあった本の内容を確かめてんだゾ。ゆっくり見れなかったからな」
「はい?本など持っておられませんが…」
「ん〜…あぁ、面倒くせーな。こっち来いよ」
呼ぶとアリムはオレが座っているベットの前で床に跪く。何やってんだコイツ?
「ちげぇよ!横だよ、横に座れ」
「えっ、そんなご主人様の横に腰掛けるなんて不遜な……あっ!そうか、ご奉仕ですね!」
「違うわ!横に来なきゃ見えねーだろが!」
いちいち説明が面倒なのでアリムをオレ腰掛けてるベットの横に座らせ、脳内書記を見れるように可視化する。
「えっ!これは!?」
「うるせーよ。黙って見てろ、あの部屋にあった本の内容だ」
最初のページからじっくり見ていくがかなり量があり、表紙には【誓約陣原典】とある。誓約陣?隷属陣じゃねーのか?
どれどれ、え〜と…。
【誓約陣とは一定の誓約内容を陣による魔術でお互いに確約させる事を目的とした…。】…ウンタラカンタラ。
要するに誓約陣とは契約書の代わりに魔術で強制的に約束させる陣のようだ。
この本には、一方的に約束させる【隷属系】、お互いに約束する【契約系】、片方に命令権があるが義務も発生する【主従系】の大きく分けて3系統の誓約陣があると書いてある。
どうやら隷属陣はこの中の【隷属系】にあたるようだな。
ただし、本の中では【隷属陣】とは謳ってない。どの陣も全て誓約陣の一つという括りだ。
「んー。どういう事だ?隷属陣は確立した陣術じゃなくて誓約陣の中の、ある数種類を使ってただけなのか?」
「あの〜…」
「まあ良い。陣による決まりやなんかは共通のようだしもう少し詳しく…」
「あの!ご主人様?」
「何だよ!さっきから」
「いえ…ご主人様はこの文字を読む事が出来るのですか?」
「は?普通に読めるけど。お前、字が読めねーのか?」
「いえ、文字は商館で学びましたので一通りは…。しかしこれは失われた古代文字で書かれてるのではないでしょうか?」
「失われた…って、ここにあるじゃねーか」
「はい。書物としてはまだ稀に残っておりますが、既にこの文字を読める人がいないという意味です。本自体は箔をつけるために所蔵はしていても、その内容を理解する人はいないと聞きますが…」
そうか…普通に読めるから気付かなかったが、そういや字の形が違うな。この世界じゃもう使われてねー 文字だったのか。
この世界の共通文字を読む事は出来ても、書くのは脳内書記頼りだからな。スキルの【言語理解】の効果だろうな。
「まあ、オレは何でか読めるな。スキルのおかげだろうな」
「流石はご主人様です!」
アリムがいたく感心しているが別にオレの努力とは関係無いし、ここに来てから文字を覚えたアリムの方がスゲーと思うんだが…。だってコイツ奴隷商館に来てまだ一年かそこらだろ。
まぁ、一年近く売れ残るのは稀らしいが…。
さて、肝心の本の内容だ。
誓約陣ってのは正確に陣の紋様を刻み、そこにMPを通す事によって発動する。まぁ、これはオレの陣術と同じだな。
違う点は誓約陣の場合MPの通りやすい素材、ある種のモンスターの血液や特殊な鉱物の粉末を使って描く事。…んなもんオレは持ってねーゾ。
「何だよこれ、陣だけ分かっても描く材料が無いんじゃだめじゃねーか」
「どうされました?」
「アリム。お前、陣を描く材料何処にあるか知らねーか?」
「隷属陣を描く時に用いる材料でしたら、いつもお館様が何処からか用意して来られますね。でも余程大切なのか誰にも何処にしまってあるのか仰りませんし。取りに行かされた事も無いので何処にあるかは…」
「そうか…くそっ!陣が分かっても描けねーんじゃな」
「はぁ…。隷属陣をお描きになろうとしているのですか?しかし材料が揃って陣の紋様が分かっていても、それだけで発動する陣を作成するのは難しいかと…」
「あん?何でだ。そこまで揃えば後はMPを込めるだけだろ」
「MP?ああ、魔力を込めても陣に狂いがあれば発動しません。ほんの少しズレても駄目だそうです。その本に【原典】とあるのも複本されたものだとその時点で誤差が生じているからとの事です。」
「…っていうか、お前何でそんな詳しいの?」
「…あ、いえ。あまりに私が売れないもので…お館様がずっと売れなかった場合を考えてご自分の手伝いをさせる為にと。それで学び始めたところでしたので…まぁそれも色々壊してしまうので頓挫していますが…」
「ふ〜ん」
「あっ!そっ、それに陣を真に正しく描けるなら逆に作成触媒は必要ないですしね。まぁ、そんな方はそれこそ原典を描くような人で…」
「おい!今、何て言った!?」
「えっ?原典を描けるような人は今はもう居ないという…」
「違う!描く為の触媒は必須じゃねーのか!?」
「はい。しかし、描くための触媒は微妙な誤差をカバーする意味と、魔力の消費を抑える働きが…」
「おお!ラッキー!これで発動は問題ねーな」
「いえ、ご主人様?一分の隙もなく陣を描ける人など…」
オレは何か言いかけるアリムを無視して陣を発動する。効果は知らんが適当に目に付いた誓約陣だ。
すると注視した床にきちんと陣の紋様が浮かび上がり輝く。オシッ!
「おっ!いけそーだなオイ」
「何故!?そんな!それに作成触媒も使わずになんて…」
「ああ、オレは【脳内書記】でトレースするだけだからな、余裕だゾ。フハハ」
よーし、後はそもそもの目的だった隷属契約を解除する陣を探せばいい。
この本は最初の方に誓約陣に関する説明文がつらつらと書いてあり、それ以降はページの大部分を使って陣の紋様が描かれている。紋様の下には注釈だ。
前半の説明文を飛ばして次々と目的の陣があるページを探す。オレは説明書は分かんなくなってから読むタイプだ。
かなり飛ばし読みだが、なかなか目的の陣は見つからない。
ふと横を見ると、途中まで一緒に脳内書記を覗いてたアリムが目をショボショボさせてる。
「何だ、眠ぃのか?じゃあもう寝ろよ」
「いっ、いえ。大丈夫です。眠くありません」
「大丈夫ってお前、目ぇショボショボさせてんじゃねーか」
「いえ、眠くありません」
「お前なぁ。また主人より先に眠るわけにはいかないとか考えてんじゃねーだろな?」
「………」
「オレはぶちゃけ、夜は寝れねーから気にせず寝ろっての」
「夜は寝れない?…ですか?」
「あー。代わりに昼、起きれねーくらい寝込んじ…あっ!いや、なんでもねー」
「昼間に起きれない程…ですか?」
ちっ!眠そうなのにしっかり聞いてるし…。いつも夜寝るふりまでして隠してたのにうっかり喋っちまったじゃねーか。
わざわざ自分の弱点を言うなんて…。つい、ジュウロウに話してるような感覚でいてた。
まぁいい。コイツはオレに対して害意は持ってなさそうだしな。
「ああ、昼間の1〜2時間ほど起きれないくれぇ寝込んじまうんだ。誰にも言うなよ」
「はい!勿論です。許可無くご主人様の情報を話したりはしません!」
「って訳で、オレは夜寝ないから気にせず休め。代わりと言っちゃ何だが、昼のオレが寝込んじまう時まわりに注意を払っといてくれ」
「そういう事でしたら…、先に休ませて頂きます…。ですが昼間の見張りはお任せ下さい!」
「あぁ…。ってか、見張りって…。まぁいい、もう寝ろよ」
何かコイツに任せるの心配。オレが寝てる間バリバリ歩哨とかして弱点が筒抜けになりそうだな…。
「あの…」
「何だ?早く寝ろよ」
「いえ…ご主人様が隷属陣を調べているのはご自身の身分を解放する為ですか?」
「当たり前だ、誰が好き好んで奴隷でいたいんだよ」
「そうですか。では上手く解放させる事が出来て、ここから逃亡するような時が来たら教えて下さい」
「ああ。まぁ上手く行ったらお前とババァの隷属契約も消してやるよ。そしたら自由にすりゃいいだろ?オレとはまだ口約束で隷属未契約だからな」
「そんな!!私を捨てないで下さい!」
「いや、捨てるって…。何だよ自由になりたくねーのかよ。奴隷はやだろ?」
「自由なんていりません。奴隷でも構いません。でも…誰にも必要とされないのは嫌です」
「はぁ?全然分かんねー」
「ここから出て行く事になってもお仕えさせて下さい!お館様にも近々ご主人様との隷属契約をお願いしていますので!そっ、それに私の代金分の金貨が無駄になりますよ!」
いや、まだ払ってねーけどな。それに代金を払う既成事実が出来ちまうから本契約なんてしたくねーんだが…。
大体何だコイツ?今の奴隷身分さえ消えれば何処へでも行って好きに生きりゃいいのによ。
う〜ん。もしかしてこの世界での奴隷ってそんな簡単にいかねーのか?コイツが逃げ出すと、もといた村や売っぱらった親に迷惑がかかるとか?
いやいや、自分を奴隷にして売り飛ばすような奴にどんな迷惑かかろうが、どうでもいいだろ。さっぱり分かんねー。
「ん〜。まぁお前の好きにすりゃいいけど。オレはこの国にずっと居てるつもりねーし、ついてきてもババァに代金払うとは限らねーゾ」
「それでも構いません!お側にいさせて頂ければ、役にたってみせます!」
はぁ…。正式に金払って買い取るとは限らねーって言ってんのに、意味分かってんのかな?コイツ。
「もういいや。仮に上手くいって逃げる算段がついたとして、お前に何が出来るんだよ?」
「はい。いざ逃げるとなると追っ手の懸念もありますし、ここの皆んなの食事に毒でも盛って始末してしまうのが宜しいかと。その後屋敷に火でも放てば逃げ切るまで大分時間が稼げます」
「なに怖ろしい事言ってんだ!?殺さなくてもいいだろ!?大体、お前だって仲良くしてた奴隷仲間とか…あと、ババァにも色々と世話になってんじゃねーのか?」
「確かに殺さなくても逃げるだけなら出来そうですが、足がつくのが早くなります。それにご主人様のご要望を叶える事に比べれば他の者の命など取るに足りません」
何この子?怖い。
「おっ、おお。じゃあ又、逃げる時は宜しくな…」
「はい!お任せ下さい!」
絶対任せません!逃げる時は黙って行きます。
「お、おお。まぁいいからもう寝ろよ。もう大分遅い時間だしな」
何とかアリムを納得させて眠りに就かせる。
ふぅ…。とにかく、アリムも寝るみたいだし陣の方を気合い入れて調べるか。




