売れ残り
奴隷となって数日後、オレは今婆ちゃんとお出かけの準備中だ。外に出るのは久し振りだゾ。
奴隷研修はほぼ座学で、読み書きや簡単な計算を教えてる。
オレはスキルで文字を読むのは問題無いし計算は小学生の算数程度なので退屈でしょうがない。まぁ、文字の書く方が多少為になる程度だ。
途中からスキルの《脳内書記》を使うことで異世界語変換して写せばいい事に気付いてからは全然身が入ってない。
礼儀作法とかの方も、作法より基本的に自分が奴隷である事を弁えろって事を教えてるみたいだ。
主人に絶対服従は原則だが、基本的に奴隷は人ではなく主人の所有物で自分の意思を持ってはいけない、けど主人の望む事を先回りして出来なくてはならないとか、無茶苦茶言ってた。
奴隷も高級品になればただの労働力だけで無く雑用を任される事も多いので言われた事をやってるだけじゃダメだって事だろうな。
なんだか軍隊の上官命令には黙ってイエッサーってのと飼い犬の正しい躾け方を足した様な感じだ。
違うのは下手に主人の機嫌を損ねると処分されるって所か?主人が奴隷に何をしても罪にならないらしい。
人権は勿論、奴隷愛護団体なんかも当然ねーしな。
まぁ実際は高額な奴隷は無茶な体力仕事や鞭打って怪我させられる様な事は無く、食事も最低限だが飢えることなく貰えるらしい。主人たちの残飯とかな。
高い金払って買った物が病気や怪我で使い物にならなくなったら損だからな。
勿論、犯罪奴隷や価値が低い安物の奴らはその限りじゃ無く使い潰す様な扱いらしい。
で…何でオレが婆ちゃんとお出かけかと言うと、座学の算数の時間で九九を披露して教えてやったからだ。
この世界じゃ、識字率も低いしソロバンなんかの計算道具も無い。
そこで、日本が誇る暗算術の九九を教えてやったんだ、インドかどっかで二桁迄の九九が有るのを聞いた事があるのでそれを披露した。オレの二桁の九九は脳内書記でのカンニングだが…。
ソロバンも無いんじゃ九九ぐらい使えた方が便利だろう、基本の九九を教えてやった。
これから婆ちゃんの店では計算に強い奴隷がより高額で売りに出せる、って事でご褒美に外出に同行出来る事になったんだゾ。
まぁ、ご褒美と言いつつ護衛も兼ねてるらしいがな。オレ、昼は剣道出来る子供にすぎねーんだけどな…。
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オレと婆ちゃん、それに10人程度の奴隷は近くの町に向かっている。近いといっても馬車で数日の距離だ。小綺麗な女奴隷は後ろの幌つき荷台部に乗っていて、あの紀州犬の美少女も混ざってる。
王都での売れ残りを隣町の貴族に売りに出すんだってよ。
紀州犬の子はあんな見栄えが良いのに売れ残りなのか?まぁ、噛むしな。
オレと婆ちゃんは壁面と屋根が木製の箱馬車部に二人で乗ってる、馬車は箱部と幌部が繋がった長めの形状になってるんだ。
前の御者席には痩身の男奴隷が座って馬を操ってて、外をマッチョな戦闘奴隷が歩いて付いて来ていた。マッチョ数人は護衛だろな?武装してるし。
「なぁ〜、婆ちゃん。外のマッチョは歩かせといて良いのか?」
「何言ってんだい?護衛が馬車の中に居てどうするんだい。」
「いや、いざ戦う時に疲れて役に立たねぇんじゃねーのか?普通は馬とかに乗ってるんもんじゃねぇの?」
「はっ、奴隷に馬なんて贅沢過ぎるさね。馬車の足も緩めてるしこの位でへばる様じゃ戦闘奴隷なんて勤まりやしないさ。それに街道沿いは比較的安全なのさ、そうそう盗賊も出やしないしね。」
婆ちゃんの言う様に道中は特にトラブルも無く移動は進み、途中に何度か夜になったが一定のスパンで野営場がある様でそこで安全に泊まる事が出来た。
こういう野営場はチョコチョコ近隣の町から冒険者や騎士なども利用するので盗賊等も避けて近寄らないらしい。
数日で目的の町に到着し婆ちゃんは貴族の館を何件か回り奴隷を売ってまわっていた。
普段は店舗で品揃えしてて客待ちだが、あんまり売れ残りがダブつくとこうやって既知顧客に売りに出るらしい。
こんな仕事は人を使ってやらせれば良いんじゃねー?って聞いたら既に他の町にもこうやって売りに出させてるチームがあるらしい、今回婆ちゃんが担当したのは特に長く売れ残った奴隷達なんだってよ。
普段は他の奴に任せてるんだけど売り難いのは凄腕の商人の婆ちゃんが捌くらしい。あと、超高級奴隷とかもな。
今回の商売では一人を除いて完売してた、売れた奴隷に関しても雇ってる店員では何度も売れ残って持ち帰っていたらしい。婆ちゃん中々遣り手だ。
何で残った一人も適当なとこに売り払っちまわねーんだ?って聞いたら「相手が欲しがってない商品を売りつけたら次に繋がらないよ、其れに売られた子だってぞんざいに扱われちまうしねぇ。コレでも自分が扱った商品には愛着を持ってるのさ。」ってよ。
う〜む、ヒューマニズムが有るのか無いのか?因みに売れ残ったのは紀州犬の美少女だ。
やっぱり噛む子はダメなんだろうな。オレは商談するときは馬車で待ってるから詳しくは知らねーけど。
そのあとこの町の知り合いらしき奴隷商で目ぼしい奴隷を仕入れようとしてたが、良いのが居なかったのかそのまま王都に帰る事になった。
町でいる間に旨い昼飯とか屋台で買い食いを奢って貰った。ご褒美だってよ。
帰りは人数も少なくなったので箱馬車部に三人で乗ってる、幌馬車部は買い込んだ物品で一杯だからだ。
本来は新たに買った奴隷を乗せるんだろうが、良いのが居なかったため王都で売る物品を載せてるようだ。
少しでも利益を上げようとする辺りこの婆ちゃんは根っからの商人だな。
ガタガタと揺れる馬車の中で退屈なので紀州犬に話しかけてみた。
「なぁ。お前、何でそんなに毎回売れ残んだ?」
「(グゥゥゥ)」
凄い目で睨まれた、犬みたいに唸ってるのも聞こえるが婆ちゃんが居るせいか小声だ。
「余計な事言うんじゃないよ、色々事情があるのさ。」
「でもよ〜、コイツこんだけ見た目が良いのに何で売れ残んだ?もっとパッとしねー奴隷でも売れてただろが。」
「あんたにでも売ってあげようかい?金貨50枚で良いよ。」
「高けーよ。てか、奴隷ってそんなにすんのか?」
「本当はウチで扱うような商品は金貨100枚以上からなんだけどねぇ、この子は何度も出戻ってるからねぇ。」
「へー、何回か売れてはいるんだな。」
「この子の場合は事情があってね、売れても毎回返品さ。あんまり得意先に訳あり品売っても問題だってんで先に事情を説明したら買い手も付かない有様さ。」
「にしても高くねぇか?事情が何か知らねえが訳あり品ならもっと安くすりゃいいじゃねーか。」
「あんまり安くするとダメ元で買って、挙句に使い潰す扱い方をする金持ち貴族もいるからねぇ。」
安くなっても金貨50枚、約500万円くらいか?奴隷って高けーんだな。オレは幾らの値がつくんだろう?
「安くても金貨50枚かよ。オレなら幾らの売値になるんだ?」
「ウチの商品は特別高級なのさ、奴隷も下は金貨1〜2枚からピンキリさね。まぁ、そんなのはいつ死ぬかもしれない病気持ちとか使い所の限られる奴さ。…坊やを売るなら、そうさね〜……」
ガタン!
話し込んでたら急に馬車が縦に揺れて停車した、婆ちゃんが御者に何事か問い詰めてる。
「何してんだい、轍の深みにでもはまったのかい?」
「申し訳ありません!車輪が壊れてしまった様でして、直ぐに修理致します。」
御者の奴隷はやたらとビビった様子で畏まってた、馬車の故障なら自分の所為じゃねーだろに。あぁ、整備不良って意味じゃこいつの所為か?
まぁ御者がビビってんのも無理ねーけどな、婆ちゃんに逆らうと心臓ギューってやられるからな。
心臓ギューの件だが、どうやら婆ちゃんは誰の奴隷だろうと出来るみたいだ。
ヒゲ野郎は別段、「婆ちゃんの命令に従う様に」って指示だした訳じゃねーからワガママやってたら何回かギューってされた。
どうやら奴隷商独自のスキルの様だ、まぁ何回もやられた所為で痛覚耐性が上がって今は殆ど痛くねー。最初は息が止まる程度の痛みがあったけどな。
耐性ついて効かねーのが分かったら次の手打たれそうなんで、今は痛いフリだけしてる。どうやってんのか聞いても企業秘密だってよ。
オレ達は街道脇に馬車をよけて修理する間降りて待ってたが、中々派手にぶっ壊れた様で時間がかかるみてぇだ。
町を出たのは昼過ぎだがこの調子じゃ夜になる迄に野営場に着きそうにない。
案の定、修理を済ませて暫く移動した所で夜がやって来た。すっかり真っ暗だ。
暗闇をカンテラの灯りだけで進んでまた車輪を故障させてもなぁって理由で、途中の街道脇でテントを張る事になった。
飯を食った後、オレ達は焚き火を囲んでマッタリしてた。売れ残りの子も一緒だが終始無言だ、未だ怒ってんのか?
御者は馬車のメンテをしてるっぽく、戦闘奴隷達はテントと停車した馬車の周りを警戒して歩哨に立っている。
「なぁ、婆ちゃん。マッチョ達が妙にピリピリしてっけど?」
「ああ、野営場なら他の冒険者や商人がいて盗賊も滅多に狙ったりしないだろうけど、こんな所にポツンとキャンプ張ってりゃ万が一もあるからねぇ。」
「へ〜、所で婆ちゃん。こんな真っ暗道を灯りも持たずに馬で駆けてくる冒険者とか商人って居るのか?」
「何、言ってんだいこんな暗い中灯りも無しじゃよっぽど夜目が効かなきゃ…何処だい!分かるのかい!?」
「へ?もう直ぐ近くまで来るゾ。結構速いからな、三頭くらいで来てるゾ。」
「お前達!盗賊だよ、さっさとしな!!」
「うわっ!マジかよ。弓で狙ってんゾ、婆ちゃん伏せろ!」
盗賊達は馬で突っ込んで来ながら次々と矢を射っていく、婆ちゃんを押し伏せたオレの頭の上にもヒュンと矢が通り抜けてった。アブねー。
売れ残り紀州犬はキャッと言いながらも伏せて矢を避けていた。運動神経は良い様だ。
騎乗した盗賊達は、通り抜け様に焚き火を踏み潰して消して行きやがった。
幾つかあったカンテラも既に潰されている、森の方からも徒歩の別働隊が居たのかソイツらがやった様だ。
あっという間に四人居た戦闘奴隷はみんな倒されちまったみたいだ、イキナリの上に灯りも消されたからオレじゃなきゃ何も見えて無かったと思う。クソッ!盗賊とかマジで出んのかよ。
武装した奴隷達を制圧した盗賊達はオレ達を縛りあげ、馬車と共に何処かに連れて行く気みたいだ。
う〜ん、どうしよう?暴れてコイツ等ぶっ倒すのは簡単だけど全滅させる間にこっちも何人か殺られそうだな。
悩んでる間に盗賊達は倒れた戦闘奴隷達にトドメをさしていく。
「なっ!この…」
「(迂闊に動くんじゃ無いよ!)」
ぶっ飛ばしてやろうと思ったら婆ちゃんに小声で止められた、縛られた縄くらいはすぐ千切れそうだったが婆ちゃんに心臓ギューのキツイやつをやられて止まっちまった。
ヒゲ野郎をぶっ殺そうとした時並みの痛みだ、幾ら痛覚耐性があっても動けなくなる位痛い。何すんだ婆ちゃん。
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オレ達を自分達のアジトに連れ帰った盗賊達は酒盛りを始めていた。嬉しそうだなオイ。
馬車の中身を確認してはしゃいでる奴らもいれば、御者を虐めて笑ってる奴らも居る。全部で10人くらいだ。
座り込んで酒を呑んでる奴の中に、やたらとどっしり構えてるのがいる。ソイツが親分か?
周りの奴等からお酌とかされてるから多分そうだろうな。
「ヒャッホー!見ろよこの金貨。やっぱりお頭の言う様に帰りを狙って正解だぜ〜。」
「ガッハッハー。俺も流石にここまで持ってるなんざー思わなかったがな!ガハハハ。」
「こんだけありゃ何年も派手に遊べるぜー!お頭様々だー、ヒャッハッハー!」
コイツ等は行きから狙ってたみたいだが、帰りなら売上金をたんまり持ってるだろうって言う親分の案と馬車の故障が重なって正に鴨ネギ。そりゃ、笑いが止まんねーだろな。
チッ!コイツ等〜。調子のりやがって、夜のオレがこのまま黙ってると思うなよ〜。




