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日曜支配者

作者: たていと

―頭痛は終わり際が一番痛い[※注1]―

岩石文明生命体コロナスルのことわざ



この宇宙は地球、火星、木星といった惑星と太陽といった恒星を含めた構造である恒星系、何千万・何億・何十億という恒星系を含む銀河、それを何百と集めて出来る銀河団、銀河団が集まって出来る超銀河団、更にそれが集まってグレートウォールや銀河フィラメントと呼ばれる大規模構造をなしている。

グレートウォールの中には幾つもの超銀河団が膜の様な形になって、何もない空間である超空洞(ボイド)がある。直径2億光年にも渡る真空である。

そこに宇宙船が、基準から見るとかなり大型で、現代地球の船でいうところのタンカーに値する商用宇宙船が航行していた。


「異常なし。強いて可能性を上げるならば空間創造現象発生器を仕掛けられ実空間の超空洞ではなく疑似宇宙の超空洞を航行している可能性ですが、まずこの船にそういった法則転換現象を与えることのできる機械は現時点で発明されていませんし、今後も発明されることは無いと予測されますし、そもそも航行中に空間創造現象発生器の類が存在する予兆はありませんでした」

銀河航行補助クリスタロイド[※注2]、サンタマリアはそう告げた。青い髪に人間以上に完璧で怜悧な容姿を持つ。デッキ壁面、天井部、床を覆う3Dモニターには報告の根拠となるデータが逐一示されている。

「つまり異常なしってことかい」

二等航海士チハヤ・シンカイチはだらけた姿勢で椅子にもたれ返答した。

「まあ、安全にアンナプルナ超銀河団に着けるってことだよな」

この船で唯一の部外者[※注3]、銀河の旅人を自称するハイランダー・フォードはやや緊張感を残してそう言った。

いかに論理航行駆動エンジンを持つこの宇宙船、『マックスウェル』でも超空洞を突き抜ける航行には時間がかかり、乗組員も退屈してしまう。

船長や上級船員は今、他に誰もデッキにおらず、三人(二人と一機)だけがデッキにいる。他の船員は寝室か、船に特別に設けられた遊戯室にいる。

そして、デッキにいる船員達も真面目に仕事をする気がない。仕事がないからだ。

「船があっちについたらやっとこさ休暇よ、俺は家に戻って持ち星の管理しなきゃなあ」

「あのな、この船の搭乗員はみんな惑星の5、6個は自分の給料で持ってるけど、それはおかしいことなんだぞ?」

「どこがだ?」

「普通の人類は、小さな惑星にしがみ付いて小さな家を持つのが精一杯、星ごと買うなんて二等航海士の分際でありえない給料だろ。そこのサンタマリアを見習え」

「あの、すみません、私も休日を豊かなものにするために惑星を一個持っています」


「……は?」

フォードは怪訝な顔をした。

「いや、え?何?クリスタロイドが、え?惑星を買えるの?」

「この船のオーナーの方針でなあ、給料払ってない奴を信用するなってことらしいぜ」

「というか休日とかあるのか?」

「そりゃ、機械だって休暇は必要よ、当たり前だろ」

「……この宇宙船では他の場所とは違う物理法則が働いているらしいな」

フォードは呆れた。ちなみにフォードは自分の身に着けている物を除けば無一文の身である。

「そういやサンタマリアよお、前にその惑星のテラフォームが終わったっつってたな。何つー名前の惑星だっけ?シルテ……なんとかいったっけか?」

「シルテルネロン火星[※注4]ですね。はい、惑星に総督府を建てて、休暇はそこで暮らしています」

「おぉー、地上統治派なんだ。俺は間接統治派なんだけど、やっぱり地上にいた方が住民に直接触れ合えるし、楽しいんだろうなあ。でも何個も惑星を持つと面倒だしなあ」

「地上拠点のすぐ横に専用の宙港を建てれば結構楽だと二等機関士のオード・スルガさんが言ってましたよ」

「ああ、その手があるのかあ」

「星の運営とかよく知らないんだが、統治とかするのか?サンタマリア?」

「はい、惑星を買うということはそういうことです。」

「クリスタロイドが統治者なんか聞いたこともないぞ」

「ええ、ですから住民で私のことを悪く言う者がいれば、至上侮辱罪で親族まとめて連座制で死刑としています」

サンタマリアは、ほとんど表情を変えずにそう言った。クリスタロイドは感情を微細に表現することができるのだが、この場合は必要ないと判断を下したらしい。

「死刑かあ。どういう風に殺してんの?」

「私の気分によって変えてますが、最近にお気に入りは車裂き[注5]ですね。」

「渋いねえ。俺は気にくわない奴がいれば隕石落としたり、その星の科学力では対処できない伝染病を流行らせたりしてるけど。」

フォードは既に絶句している。シンカイチは趣味の話ができて楽しそうだ。


「ちなみにさあ、どんな惑星にしてるの?」

「どんな、と言われても困りますが、私の惑星では芸術を推奨しています。この前、惑星歌[※注6]ができました」

「へぇー、どんなの?」

「だからそんな曖昧にどんなのと言われても困るんですが、サビの部分で私の名前を尊称付き[※注7]で42回連呼するのは気に入ってますね」

やや得意げである。

「おい、それ本当に惑星歌なのか」

「ただ、困ってる部分が一つあって、これを法律で朝昼夕食の前後、起床後すぐと就寝前に歌わせるつもりなのですが、この歌はフルで歌うと3時間と2分[※注8]かかるんですね。私の惑星はテラフォームの段階で24時間ちょうどで一日になるようにしていて、これでは物理的に不可能なのです。テラフォームをやり直して、一日24時間と16分にしなければいけません」

「どこから突っ込めばいいんだよ」

「もちろん歌わない住民がいれば死刑にします」

「どのみち死ぬだろそれ」


様々な恒星系のハピタブルゾーン[※注9]に惑星を5個所有しているシンカイチが話し出す。ちなみに航行活動中は私語が禁止されているのだが、その規則が守られることはない。

「だいぶ面白そうなことしてるなあ。俺の惑星では、まあいろいろやってるんだが、宗教に特に嵌っててよ、俺を神として崇めさせてるんだ」

「また悪趣味な……」

「持ってる全惑星の宗教の儀式とか祈りの念仏みたいなのは週替わりで変えることにしててな、間違えた奴には天罰っつって塩の柱に変えたりゾンビにしてみたりするわけよ」

「そんなことができるんですか?」

サンタマリアが乗ってきた。興味津々といった様子だ。

「おうおう。創造神キットっての買えばそういう奇跡を起こせるおもちゃがついてくるぜ。ちいと高いが」

「後で調べてみます」

「かわいそうだからやめてやれ」

「最近のマイブームはなあ、住民の願いを聞いて、そんで叶えてやることだな」

完全に二人の悪趣味に辟易していたフォードはいきなりの話の展開に驚いた。

「まともなこともするんだな?」

「いやいや最初からまともだよ。(かね)が欲しいっつった奴には金塊百トンを投げつけてやって、永遠の命がほしいっつった奴はオルメタニウム製の通常物理法則では壊れない金属像にしてやったり、恋人を生き返らせてとか言った奴にはゾンビをくれてやったりと、まあ楽しいんだわこれが」

「前言撤回する」

「願いの数を増やせとかしょーもないことを言った奴は連座制で15親等までを太陽に放り投げてやった」

「もう好き放題だな」

「参考になります。私も試してみましょうか」

フォードには二人が遠くに感じられてきた。


完全についていけないフォードは話の話題を変えようと考えたが、特に新しい話題を思い浮かばず、周囲を見回しても3Dモニターがいかに超空洞は話のタネになるものが一切ない場所であるかを雄弁に語っているだけであった。

「一等航海士のメララさんは恒星系一個丸ごと持ってるらしいですね」

「あー、俺も聞いたけどよお、割高だろ。ハピタブルゾーンから離れすぎた惑星は資源惑星に使うぐらいだし、太陽なんか趣味で運用するもんじゃねえじゃん」

「そうですね。メララさんは適当な住民に宇宙服着せて、資源惑星に連れて行って鉱山夫させてるといってました。つるはし持たせて[※注10]。」

「馬鹿馬鹿しくていいなあそれ。鉱山夫の平均余命はどれくらいになるの?」

「平均して2時間程で死ぬように資源惑星の環境をテラフォーム装置で弄っているようです。活火山に地震に人の脳味噌を吸い取る浮遊生物なんかをたくさん放しているとか」

「2時間かあ。映画感覚でそいつの運命を観察する具合なわけかあ」

「鉱石を1000トン掘れば解放ということにしているらしいです。解放といっても仕事から解放されるだけで帰りの便は無いですが、その辺りの説明は住民には為されていないと」

「いいないいなあ。俺も出世したら恒星系買いしようかなあ」

シンカイチとサンタマリアは羨ましそうに声を弾ませている


星から星へと渡り歩き、千を超える惑星の住民と触れ合ってきたフォードには二人の会話内容は看過できないものであった。が、あくまで趣味の話で、それを行える財力を持つ者を真っ向から非難しないだけの分別も持ち合わせていた。

「あのさ、なんでそんな死刑とか、処刑とかの話ばっかするの?もっと惑星の統治者ってすることないのか?」

「人を支配する、ということは人を死刑にかけるということですからね。一番大事で一番の醍醐味ですよ」

「惑星統治ってのはまず死刑ありきよ。まあただ殺せばいいってもんじゃなく、色々想像力が問われるけどなあ」

「というか、休暇中にする趣味だろ?なんか他のじゃダメなのか?例えば、読書とか?さっき触れてた映画でもいいし……」

「惑星統治というのは総合的な趣味なんです。本が読みたければ住民に書かせればいいし、映画が見たければ作らせればいいんです」

「そーそー、飯が食いたきゃコック連れてくりゃ良いし、射的がしたきゃ的は幾らでもある、休暇を真の意味で自由に過ごせるのがいいところなんだよ。まあ何やっても結局処刑に落ち着くだけで」

二人(一人と一機)はカードゲームの初心者にルールの間違えを指摘するかのごとく語る。フォードは気が滅入り、周囲に目をやる。超空洞はどこまでも空虚で不毛だ。


延々と流行りの処刑方法や効率的な洗脳、テラフォームによってどこまで愉快な惑星にできるかといった話を聞かされたフォードは反吐が出るという顔つきで言い放つ。

「……お前らが統治する惑星には絶対行かねえ」

「え?何でですか?」

「何でもクソもない。住民を殺して遊ぶなら旅人だっていつ殺されるかわからん」

「いやー、旅人を殺すわけねえじゃん。そりゃ、犯罪というか[※注11]、アレだろ、マナー違反というか……」

「あり得ないですよ。私達にも倫理観はあります。フォードさん、被害妄想じゃないですか?」

「お前らの星の住民だって死生観があるだろうに、それを全く無視する奴に倫理観は無いだろう。旅人だって結局処刑に落ち着くんだろ?」

「いやいや、ワシはあんたを歓迎するぞ?」

デッキ後方の扉が開き、船長、ロトプリウスが入ってきた。

「おーおー船長、なんすか?」

「そろそろ着く時間に近くなってきたと思ってな」

空虚を映していたデッキ前面の3Dモニターにいつのまにか目的惑星の各種データ、到着時間などが表示されている

「んー、まだ3時間以上ありますが」

「善は急げ、というか、ワシも暇でな。いい加減遊戯室のゲーム各種にも飽きてきたしの」

よくみれば、片手に酒瓶を吊り下げている。ここで呑むつもりだろうか?

「あの、歓迎ってなんですか」

「ああ、モニターを良く見てくれ客人」

モニターを見ると、惑星の所有者の欄にロトプリウスと書いてある。

「超空洞を抜けた先の惑星で降ろしてくれと言っておったな。ちょうどワシの星が近かったからそこにおろすことにしたのじゃ。だから歓迎するぞ、客人よ」

フォードは、歓迎という言葉の意味がこの宇宙船と他の場所で同じであるように祈った。

……そばにいる、この宇宙船の神々でなく、他の場所の神に[※注12]。



※注1:頭痛は終わり際が一番痛い

岩石文明生命体コロナスルの、あまり運動をしないデスクワーカーによく見られる頭痛に双極音叉頭痛というものがあり、この頭痛では頭痛になった直後から治るにつれて痛みが止んでいくのだが痛みが完全に引く直前一転して最大の痛みとなり、それから治る。このことから転じて最後まで油断するなという意味を持つことわざ・慣用句となったのだが、地球人類にとって全く無意味なことわざであり、しかも近年画期的な治療薬が開発され、市販の頭痛薬に混ぜられているためコロナスルでも若い世代ではイメージしにくいものとなっている。しかし、未だにことわざとしては広く使われていると言う。

なお、双極音叉頭痛という病名の元となった双極音叉についてはコロナスルの音楽性に重要な意味を持つ道具・楽器であるが、今回はあまり関係ないので触れない。


※注2:クリスタロイド

コンピューターと人間との間を取り持つために作られたヒューマンインターフェース。精巧な人型で、時に人間以上に人間らしく振舞うが、無機の体は膨大な情報を扱うコンピューターとも親密である。

作中に登場するサンタマリアは宇宙船の巨大コンピューターや大量のセンサーとリンクし、乗組員に有用な情報をわかりやすく3Dモニターに投影していた。情報の判断については人間の乗組員が判断するが、自力でも宇宙船を運行することも不可能ではない。人型なのは人間とのコミュニケーションを図るためであり、人間の心理、それぞれの利用者の個性をつかむために人間と共に生活できるようになっている(食事や排泄などの機能は有しない)。

クリスタロイドという名の由来は人間でいう頭脳に当たる、コンピューターでいうところのCPUに当たる部品に水晶のような結晶状の情報演算子を用いているからである。

ちなみに、クリスタロイドによる、クリスタロイドの人権を広く認めさせるための組織があるが、新銀河連合政府当局ではその存在を認めていない。


※注3:この船で唯一の部外者

積荷は除く。


※注4:シルテルネロン火星

宇宙を行きかう人々の俗語で○○金星や××地球(○○や××には恒星名が入る)というのは○○の第2惑星、××の第3惑星という風に、その恒星の近いほうから何番目の惑星であるかを示す。この場合、シルテルネロンという恒星の第4惑星ということになる。

シルテルネロンと言う名はその恒星からほど近いヨルユェー金星に住むワニ型文明生命体サレメンの言葉で、原義は冬の高気圧という意味である。サレメンには気圧を敏感に感じる器官があり、その器官で天候を読んでいた。一個の中程度の大陸のみ持つ海の面積が大きいヨルユェー金星では冬にしかシルテルネロンは見えない。しかも近くに明るい星がないとはいえ3等星の明るさしかないシルテルネロンは冬の晴れた日にしか見えない。よって、天文学を用いた天気の予測では中世期かなり有名な星であった。

なお、現在ではヨルユェー金星では人工衛星を用いた天気予報を行っており、天文学上の特徴もシルテルネロン火星を所有するサンタマリアにとって全く無意味な話であり、そもそもこの注釈に書かれているシルテルネロンの名の原義について彼女は知らない。


※注5:車裂き

車裂きの刑。古代中国においては八つ裂きの刑、馬車で罪人の四股を引っ張って千切る刑罰のことを指すが、作中の車裂きは中世ヨーロッパのそれを指す。車輪刑とも。

罪人の四股の骨を砕いて晒し者にする刑罰だが、車輪がどこで使われるかというのはバリエーションがあり、車輪に括り付けて砕く、車輪を用いて砕く、砕いた後車輪に括り付けるなどがある。サンタマリアは砕いた後に車輪に括り付けて街角に吊るすのがお気に入りのようだ。

ちなみに、なぜ車輪を使うのかというのは古代の宗教に関連した意味があるのだが、作中人物の全員がそのことについて気にしていないので今回は割愛する。


※注6:惑星歌

国歌の様なもの。社歌の様なものかもしれない。

なんにせよ惑星を代表するために公に歌われる歌である。


※注7:尊称付き

聖サンタマリア卿猊下絶対元帥大皇帝書記長至上大統領第一発言者陛下、となる。


※注8:3時間と2分

実際には特殊な楽器や花火、ヘリコプターや人柱、祭壇の建設などの準備のために、演奏するまでには最低2か月はかかる。


※注9:ハピタブルゾーン

恒星系において生命が生息できる惑星が存在し得る範囲。この場合、水が液体として存在する範囲を指す。もっとも、高温に強い珪素生物や、超低温による超伝導が生存に不可欠な液体窒素生物などだとまた話が違ってくる。とはいっても、ハピタブルゾーン外でもドームを建設したり、密閉されたコロニーなどで人は生きていけるものなのだが、惑星の統治者達にとってあまり趣があるものとはされていないようだ。


※注10:つるはし持たせて

言うまでもなく、商業的に資源を採掘したければ、採掘用ドリルメカでも買えば良い話である。


※注11:犯罪というか

作中時点で、宇宙の大規模構造を渡って商売をする宇宙船の乗組員を罰せられる包括的な法律は存在しない。そもそもそれだけの規模の法律を作り運用できる組織を作ることが可能かどうかすら議論されていない。


※注12:他の場所の神に

宇宙全体を創造した神、という存在については作中最新の宇宙科学により存在しないことが証明されている

ならば、フォードは誰に向かって祈ったのか。それは彼自身にしかわからないことであろう。

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