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青春日記  作者: あある
5/15

私と彼と出会い

これは数週間前のことだ。

そう言いながら、彼「朝比奈美咲」は私を椅子に座らせ、置いてあった救急箱から包帯や湿布などを取り出して、私の前にしゃがんだ。どうやら、私が足首と手首を怪我したことに気づき、治療してくれるようだ。

だが、彼は不器用らしく、包帯を乱雑に巻いては巻き直しを繰り返していた。

二人っきりの図書館には居心地の悪い緊張が張りつめ、セミの声と木々が揺れる音が響き渡る。そんな中、彼の言葉は私の脳へと記録させていく。

数週間前、彼が殺人鬼に襲われたことを。

彼は両親が離婚した上に、自分を引き取った父親も事故で死んでしまったという、千尋先輩が話していた「不幸少年」の正体だった。

孤独になってしまった彼は誰よりも金を欲し、学校の時間さえも削って、バイトに明け暮れたらしい。

そんな、ある日ことだ。彼がいつも通りのバイト三昧の日々を送っていると、帰りが遅くなってしまい、帰り道である薄暗い路地で殺人鬼に襲われた。

真夜中でも輝く金髪の髪、汚れ一つついていない真っ黒学ラン、包帯を巻きつけた目元、口元に浮かべた不気味な笑み。殺人鬼はとても不思議な少年だったそうだ。

そんな殺人鬼の姿を見た瞬間、彼は急に息ができなくなり、全身麻酔をしたかのように体が重くなり、その場に倒れてしまったらしい。

そして、目覚めたのは次の日の朝。そこでは、数人の民衆が行き交っている中、誰一人倒れてる彼には気づかなかった。

彼の体には傷一つついてないのに、路地を行き交う人々に触れようとすると、自分の手が透けてしまっていて、引き留めることができなかった。つまり、美咲君は「透明人間」となっていたのだ。

自分はまだ生きているのか。それとも、死んだから幽霊になったのか。

そんな疑問を抱きながら、全てを失ってしまった彼は自分の居場所を探した。その居場所こそ、この図書館だ。

事件前日。レポート転出の為、彼は図書館を訪れていた。その際、裏窓を開けっ放しのままで帰ってしまったことを思い出し、そこから中へと侵入した。

そして、その後は図書館で生活を続け、私と出会ってしまったのだ。

誰にも見えない自分を見つけてくれた私なら、もしかしたら、自分を助けてくれるのではないかと思ったと、彼は話してくれた。

話しが一段落すると、彼は「はぁ」とため息を吐いて、私の足から手を離した。見てみると、包帯は乱雑に巻かれていて、改善する前と全く変わっていなかった。

そんな包帯を見て、私は思わず笑みを溢す。いや、別に馬鹿にしたわけじゃなくて、ただ愛おしく思っただけだ。

私の周りには器用な人が多いから、この不器用さがすごく可愛くて、愛おしく感じる。それに、この包帯には沢山の優しさが詰まっているから。他人である私の怪我に気づいて、治療までしてくれるなんて、本当に優しい人だと思った。

すると、彼は急に立ち上がった。

「俺を…生き返らせてくれないか?」

なぜか、私はいつもみたいに「しょうがないなぁ」とは言わずに、深く頷いた。

「いいよ」

そして、彼の特別になれた私は少し優越感を抱きながら、彼に手を差し伸べた。

すると、彼は私の手を取り、自分のほうへと引き寄せた。

触れた。なぜか、触れられた。私の冷たい手に君の温かい温もりが沁み込んでいくのが分かった。彼はまだ生きている。



繋がれた手は太陽のようだった。

氷のような私の手が溶けてしまうかと思うぐらい、燃えるように暑くて、焦がされていくようだった。でも、ずっと繋がっていたいと願うぐらい、私は好ましく思っていた。

あの後、彼が「何かお礼がしたい」と言うので、私はお願いを一つ叶えてもらうことにした。まぁ、お願いの内容はまだ決めてないけど。

とにかく、私達は話しが一区切りついたので、正式に自己紹介をすることにした。

はっきり言うと、私は自己紹介が得意ではない。ホント、人見知りには過酷だよ。

あれは、小学校の卒業アルバム撮影の時。どうしても笑顔が作れなくて、私だけ30分もかかってしまった。何回も「睨めっこじゃないだよ」とカメラマンの人に笑われた挙句、一ヶ月間クラスのネタにされるという苦痛の日々。結局、無表情のまま写真を撮ることになるし、ただ辱められただけじゃねぇかよ!。くそっ。

そう思いながら、私は慎ましい胸に手を当て、軽く深呼吸をした。

「…えっと、日向棗。中等部3年1組、7月2日生まれの蟹座で、身長152cm、体重38㎏、一番好きな科目は現国、嫌いなのは英語と体育です。趣味は読書、帰宅部で委員会も入ってません。家族は共働きの父母と兄がいます」

「長くないか?。名前名乗るぐらいでいいんだけど…」

そう言って、美咲君は面倒くさそうに頭を掻くと、手を首に当てて自己紹介を始めた。あ、この人、乙女ゲームに良く居る「首痛め族」という奴なのか。

「ああー…朝比奈美咲。高等部1年4組の生徒、8月18日生まれの獅子座、身長175cm、体重は63㎏、好きな科目も嫌いな科目はない。というか、授業受けてないから分からん。趣味は…ないな。大体バイトしてるし。だから、部活も委員会も入ってない。家族はお前の知っての通りだ」

「…えっと、美咲君?」

私が戸惑いながら問いかけると、彼は口を尖らせて、目を逸らした。というか、私の周りには可愛い名前の男しか居ない。ちなみに、父は「日向忍」である。

「俺、下の名前嫌いなんだ。だから、上の名前で呼んでくれ」

「何で?、可愛いのに」

「だから嫌なんだよ。大体、男が可愛いって言われて嬉しいわけないだろう。というか、嬉しがってたら気持ち悪いだろ」

私は首を傾げ、可愛いと言われて嬉しがっている兄を想像した。うん、キモい。

「でも、私は下の名前で呼びたい」

「俺は嫌だ」

私のお願いを美咲君が即答で断るので、私はまるで子供のように「呼びたい」と連呼する。でも、それと同じ回数だけ「嫌だ」と美咲君も連呼した。子供か。

「…何、もしかして、美咲君は童貞なの?。だから、そんなに嫌だったりして」

「なっ、そ、そそんなわけねぇだろーがっ!」

美咲君は顔を真っ赤にして、挙動不審になりながら否定した。大丈夫だよ、私も処女だから。

「じゃあ…美咲?」

私が言葉で止めを刺してしまったのか、美咲君からは沸騰したみたいに湯気が出てきた。熱気がやべぇ。

「……も、もう、何でもいいです」

美咲君は真っ赤な顔を手で隠しながら、ぼそりと小声で言った。か、可愛いっ。

「じゃあさ、美咲君は何て呼ぶの?。私のこと」

「え……あぁ…ぁ……ひ、日向…かな」

顔から手を離したものの、美咲君は私と目を合わせようとしないので、私は美咲君の顔を覗いた。私、美咲君の綺麗な瞳好きだけど、それと同じくらい、この表情も溜まりませんなぁ。やっぱり、私、兄貴の妹だわ。

「へぇ、私は下の名前で呼んでるのに、美咲君は私を下の名前で呼んでくれないんだね。ああ、君はそうゆう人だったのかぁ」

そう言いながら、私は後ろで腕を組み、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「えぇ!?、いや、女子を下の名前で呼ぶのはハードル高いだろ。それは無理!。絶対に骨折する!」

あれは小学校の6年生の時。私は体育の授業でハードルをやっていたら、ネズミーランドに行く一週間前に骨折した。いやぁ、小学校では骨折者を車いすに座らしてくれるので、廊下とか通る度にみんなが注目するから、王様になった気分になれるんだよね。ま、ある意味、私は今でもクラスの王様だけどね。

「途中からハードルの意味が変わってたけど、でも、やっぱり君はどう…」

「ああ、そうだよっ!。もう高校生なのに未だ童貞だよ!。ばぁかっ!」

そう言って、美咲君は私の言葉を遮った。この私の気持ちを伝えるには、キュートとプリティー、どっちを使えばいいんだっけ?。

「…ま、それは練習しといてもらうとして、そろそろやるべきことをやろうよ」

「やるべきこと?」

ああ、美咲君は馬鹿だったんだ。いつも兄以外の男性とあまり接してないせいか、世界中の男性が天才だと思い込んでしまっていた。

「美咲君、馬鹿だったんだね」

「あぁーっ、うるさい!」

美咲君は反論できる言葉が出てこないのか、大きな声で誤魔化そうとした。

「…やるべきことというのはね、君の体に起きてる現象を確かめることだよ。その方法は原因である殺人鬼に聞くのが一番手っ取り早いけど、今の現状的に殺人鬼に会うのは不可能。となると、殺人鬼に関しては後々調べるとして…質問なんだけど、本当に私だけに触れられると確認した?」

「いや、してねぇ。あ、でも、図書館の物には触れられたぞ」

「だと思ったよ。となると、外に出て、他の人への接触も試みたほうがいいかもしれないね」

美咲君は「ふむふむ」と言いたげに頷く。本当に分かってるのか?。

「というか、外出ずに図書館で一体何してたの?。一日中本読んでたとか?」

何それ、最高!。というか、本の上で寝るとか、一度でいいからしてみたいわ。

「俺がそんなことすると思うか?」

「ありえないよね」

「即答するなよ。というか、透明だったんだから、やりたくても出来ないっつーの。しょうがないじゃん」

「…あのさ、透明になるには特定の条件があるの?」

「いや、それはない。長い時は一日中透明だったり、短い時は一分も経たなかったりした。そのせいで、転んだから覚えてるぜ」

「そう。なら、まずはそれを詳しく調べたほうがいいかな。不特定だと簡単に納得は出来ないし、もしかしたら、君の身体が関係してるかもしれないしね」

「…なんか、俺、情緒不安定みたいだな」

「いや、実際そうでしょ」

「おい!」

「となると…そうだね。美咲君、手を出して」

「無視かよ!」と怒鳴る美咲君の言葉を聞き流し、私は話を進めた。すると、美咲君は不貞腐れながらも、私の言う通りに手を差し出した。

そんな手に、私は自分の手の指を絡めていく。すぐに挙動不審になる美咲君を無視して、私は美咲君と手を繋ぐ。

「ちょっ、な、な何すんだよ!?」

そう言うと、美咲君は顔を真っ赤にする。なんか、ちょっと可哀想に思えてきた。

「何と言われても、見ての通り、手を握ってるだけだよ。この現象に特定の条件がない限り、細目に確認しておかないと」

私は「ちょっと失礼」と言って、美咲君の体を躊躇なく触った。すると、美咲君は「止めろ」と言いながらも、自分から突き放そうとはしない。いい人だな。

「言っとくけど、私、モテます。だから、触れられたら昇天するべきだよ」

「昇天すべきなのはお前の頭だっつの」

そう言って、美咲君は私の頭を軽くチョップする。は、は初めて、男の人に頭を触られたっ。せ、セクハラですよっ、おまわりさーん!。

「君、意外と筋肉ついてるんだね。足も手も細くて長いし、さすがに沢山のバイトを熟してるだけあるよ」

「おいおい、その情報は必要ないだろ。も、もういいだろ」

私が目をキラキラに輝かせて言うと、美咲君は恥ずかしそうに目を逸らした。いやぁ、筋肉フェチなんですよね。てへっ。

「そうだね。はい」

と言って、私は再度手を繋いだ。すると、美咲君は数秒呆然とした。

「…って、「はい」じゃねぇよ!。なな何で!?」

「だって、君は透明人間なんだよ。これから外に出るっていうのに、こうでもしないと、君が消えたことには気づけないよ」

そう言うと、美咲君は物凄く嫌そうな顔をして「まじかよ」と呟いた。

「…そこまで嫌な顔をされると不愉快なんだけど。もしかしたら、君の透明になる条件、この図書館自体にも関係してるかもしれないって、私は思うんだけど」

「何でだよ?」

「たまたま図書館の鍵を君が持っていて、たまたま窓を開けっ放しにしてて、たまたま図書館で物体に触れれるようになった。これ、偶然が重なり過ぎだと思わない?」

「まぁ…確かに」

「もしも、一つでも条件が欠けていたのなら、君は死んでいたかもしれない。これは奇跡だよね。でも、君みたいな不幸象徴みたいな人は一生のお願いでも叶うはずないよ」

私は会ったばかり彼を知ったような口調で語る。その際、無意識に指をビシっと突き立てていた。

「さっきから、俺への暴言に聞こえるんだが」

ふふふ、やっと気づいたか。って、別に暴言じゃないよ。ただ事実を言っただけだもん。逆に、美咲君を不幸と呼ばないのなら「世界に不幸なんてない」って、国会議事堂で叫べるレベル。

「ないない。だけど、起きないはずの奇跡は起きちゃったよね?。だから、この図書館が透明の条件かもしれないんだよ。ま、とりあえず、それの余興としても外に出て調べるべきだよ」

「……余興ってなんだ?」

美咲君の言葉は一瞬で辺り一帯を凍りつかせた。この人、本当に高校生?。

「えっと…君は余興も知らないの?」

「いやいや、その言葉の意味は知ってるから!。そうじゃなくて、それがなぜ余興なのかっていう質問だよ!」

「なぜかというと、君が外出ても透明にならないのなら、この現象は図書館とは関係してなく、ただの偶然と偶然が重なっただけということになる。逆に、外に出て透明になってしまったら、それは図書館が何等かの形で関係しているってことだよ。それが分かれば、透明になる条件が特定しやすくなるんじゃないかなって」

「そうゆうことか。っていうか、お前、頭いいんだな。すげーっ」

「いや、こんぐらい誰でも分かるでしょ。というか、君に馬鹿だと思われていたなんて、まつで私が世間のゴミ屑的存在みたいじゃん。失礼だな」

ちなみに、美咲君は「馬鹿」じゃなくて「バカ」だから。間違えないように。

「お前のほうが数倍失礼だっつの。俺への発言がどんどん酷くなってるし」

「気のせいだよ。とにかく、今から外を出て調査しよう。最終下校時刻まで時間がないから急がないと」

「今からやるのか?。今の時間は人少ない…いや、居なくないか?」

「そうだね。でも、数人さえいれば実験は行えるから」

私の言葉に、美咲君は「そうだな」と頷いた。そんな美咲君をからかおうと、私は精一杯背伸びをして、23cmもある差を縮めた。

「それに、早く助けたいから。君のこと」

そう不意打ちに言うと、美咲君は「なっ」と声を漏らし、顔を真っ赤にした。ぐふふ。

その反応に満足した私が踵を床につけると、美咲君は「変な女」と言って、空いてる手で私の額を小突いた。なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!。

「と、とにかく、早く行こうっ」

私は緩んだ顔を背け、美咲君の手を引っ張りながら、出入り口へと歩きだした。

美咲君は「おお」と返事をすると、急に口を閉じてしまった。さっきまで、手を繋ぐの嫌がってたくせに。

まだ、私は何も知らない。



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