私と彼と図書館
現在、時刻午後5時過ぎ。
私は片手に鞄を持ち、校内の中庭を歩いていた。
なぜ、こんな時間に帰宅部の女子が一人で歩いているかというと、もちろん兄のせいである。というか、兄のせい以外ありえない。
ちなみに、私が帰宅部なのも兄のせいだ。私が文芸部にでも入ろうとした時「お前が居なきゃ、誰が俺の世話をするんだよ!?」と騒ぎだしたので、私はしょうがなく帰宅部にしたのだ。
ともかく、私は兄に「待ってろ」と言われたので、適当に暇つぶししてるだけである。全く、最近はセールスよりもしつこい。
別に友達が居ないというわけではないが、一緒に居残ってくれるまでの友達はいない。つまり、私が持っているのは、所詮グループを組める程度の友達で、親友などと呼べる存在ではない。というか、居たことがない。
そんな可哀想な私は、この中庭に図書館があるという噂を聞いてやってきた。
ついでに、この学校の補足説明をしておくと、ここは私立に見えるかもしれないが、普通の公立である。その証拠は、男子は学ランで、女子はセーラーだ。
他の公立と違うところといえば、高等部と中等部があること。元々、隣同士なだけの高校と中学なだけだったのだが、校長同士の仲も良く、どちらも老朽化が酷かったので、この改築を機に合同にしてしまったのだ。
そのせいで偏差値は少し高くなり、進級する為の試験が出来てしまった。でも、そのおかげで、一般の高校にある入試というものがなくなったので、ある意味良かったと思う。まぁ、私にとっちゃ余裕だけどね。英語以外は。
そして、私は夏は暑く、冬は寒いで有名な誰も寄り付かない図書館へと訪れていた。
図書館を見つけた瞬間、私はあまりの嬉しさに目を輝かせ、思わずヨダレを垂らしていた。たぶん、大分ストレスを溜めこんでいたんだと思う。
そのストレスの原因は兄でもあるが、それ以上に最近の物価が高いせいだ。本を買うお金が全然足りなくなっては我慢したり、兄のお願いを聞いたりで溜まっていた。この町はすごく気に入ってるのだが、ブックオフや図書館がないのは困る。だって、私にとってはスーパーがないのと同じぐらい困ることだから。
私は「これは夢なんじゃないか」と思いながら、小さい…じゃなく、慎ましい胸に手を当てて、深く深呼吸をした。
そして、図書館の扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した。だが、その扉のドアノブはビクともしない。あれ?。あれあれあれあれ?。
私は次第に表情を強張らせ、ドアノブをガチャガチャと何回も乱暴に動かした。だが、やはりドアノブは開く気配すらしなかった。開かないっっっ!?。
私は怒りのこもった舌打ちを連発しながら、今度は何の罪もない扉を叩き続ける。
だが、手が赤く腫れるだけで何も起こらないので、私は職員室に鍵を探しに向かった。
昇降口で靴を履きかえた私は、放課後のせいか人気のない廊下や階段を進む。その際、外部活の元気な掛け声を耳にし「余計暑苦しい」と思っていると、私はいつの間にか職員室の前へと辿り付いていた。
だが、ここからが難関だ。なぜなら、この学校は許可なしに職員室に入ってはいけないからだ。だから、人見知りの私も先生に声をかけなくちゃいけない。怖いよぉ。
きっと、コミュニケーション能力の高い兄には持ったことのない悩みだろう。だって、この前、先生と友達みたいな会話交わしてたし。ケッ。
そんなことを考えていると、私の顔は緊張で強張っていく。そして、高まる心臓に手を当てて、大きく深呼吸をした。
それを何回か繰り返してから、私は職員室の扉に手をかける。すると、それを遮るかのように、自然と扉が開いた。え、超能力!?。
私が驚いて混乱していると「失礼しましたー」という声と共に、目の前に現われた男子と衝突した。
あまりにも予想外のことに、私は「うわぁっ」という声を上げながら、後方ではなく、前方にいる男子へと倒れ込んだ。でも、私は女子の中でも慎ましい体型なので、倒れ込んでも彼を押し倒すこともなく、その男子の胸元にぽすっと顔が疼くまった。
数秒後、我に返った私は急いで男子から顔を引き離し、無意識に彼のほうに視線を向けた。
金髪に整った顔立ち、180cmぐらいの長身で筋肉のついた引き締まった体。つまり、チャラそうな風貌に完璧なモデル体型だ。所謂、世間が騒いでる「イケメン」という人種だろう。
私は彼の全身を舐めるように観察していると、この人の制服に高等部のバッチが付いてることに気づいた。この見た目の上に高等部の生徒ということは、この人はスクールカーストの上級者ということだ。え、私、今日死ぬかもしれない。
そう考えていると、私の体は次第に震え、顔色は悪くなっていく。
「えーっと、大丈夫?」
と彼は爽やかな笑みを浮かべ、私に優しく気遣ってくれた。どうやら、私が想像してたのとは相当違うようだ。
「え、あ、はい。大丈夫です」
予想外なことの連続に、私はぎこちなく返事を返して、彼から一定の距離を取った。
私はこれでも観察力などに長けているほうだと思う。だから、彼が悪い人ではないことが分かるが、念の為に一応謝っておくことにした。こうゆう時、相手が自分より強いと感じたら、意地を張らずにすぐに負けを認める。それが頭の賢い人間の生き方だと思う。
「あの…すみませんでした」
私は事を簡単に済ませる為に、謝りながら頭をぺこりと下げた。
「いやいや、こっちも悪いとこあったし、個人的には嬉しいぐらいだから」
なんか、毎日兄を見ていたせいか、モテる男がどんなのか忘れかけてたけれど、たぶん、こうゆう人のことを「イケメン」と言うんだろう。きっと、兄が演じる理想の男もそのものだ。なんか、二次元から出てきたみたいな人。
そんなことを考えていると、ぷっと急に彼が笑みを溢す。
「ごめんごめん。なんか、付き合うと似てきちゃうのかなって。君、旭の彼女でしょ?」
はぁ?。
そう思うと、私の顔は急に引きつった。というか、今の声に出なくて良かったぁぁ。危うく変人認定されるとこだったよ。
まぁ、この雰囲気からして、兄の友達である可能性はなくもなかったけど、この言葉で兄の友達だと確信した。いやぁ、兄の友達は宇宙人並の人だと思っていたので、それに比べたら、かなり普通の人だ。ある意味、がっかりしたよ。
「気をつけなよ。旭は人気者だからね、最近の物騒な女子に殺されちゃわないように」
彼は「やれやれ」と呆れた表情を浮かべる。やれやれなのは、何でも恋愛ごとに結び付けることしかできない、お前らリア充のお花畑の脳みそだよ。
「あの、私、付き合ってません。というか、絶対に付き合いたいとは一生思わないでしょうけど、まず付き合えませんよ。あれ、私の兄なんで」
私がそう言うと、彼は「へ?」と素っ頓狂な声をあげた。
「えぇ!!、あいつ、妹とか居たの!?。確かに似てる…」
「兄と似ているなんて侵害だ」とでも言いたいところだが、私は兄と似てると言われるのは嫌じゃない。
勉強もスポーツも何でも出来るし、人との対話術も完璧に熟す。そんな兄を尊敬しているし、人柄的にも本当は好いているのだから。
それに、私は「母親似だね」とは言われたことはあるが、性格が天と地ほど違う兄と似ているとは言われたことがなかった。いや、別に母親と似ているのが嫌というわけではないが、やはり、私のブラコン気質が疼いてしまうのだ。
なので、私は大好きな「ARLERT」の新刊を手にした時のように、口元がニヤついてしまう。
「…友達なのに知らなかったんですか?」
私はニヤけを誤魔化す為に話題を振る。でも、この話のチョイスはなかったかもしれない。だって、この人が勝手に友達だと言ってる人だったら、傷口を漁るようなもんだ。兄貴ほどの存在は、学校の人だったら誰が知っててもおかしくはない。
「いや、だって、あいつが君のことを「俺の好きな人だ」って言ってたし、いつも「可愛い可愛い」って自慢してたから」
「どうやら、あれは一度半殺しにしないと、腐った性根が治りそうにありませんね」
「はははっ、ま、でも、君が旭の彼女だっていう噂を知らない人、少なくとも高等部には居ないと思うよ。だから、半殺しにされるのは、旭じゃなくて君かもしれないね」
「そんな怖いこと言わないでくださいよ。実際に起こりそうじゃないですか…」
笑うところじゃねぇぞ、おい。
でも、どうやら、さっき言った「今日死ぬのかも」というのは、ある意味間違ってなさそうだ。その時は兄貴も道連れにしてやるぅぅ。
「というか、先輩が兄妹であることを広めてくれればいいじゃないですか」
「いやいや、無理だよ。俺、旭ほど権力ないし」
こんなイケメンな人を上回る権力って、兄貴はどんだけ権力を持ってるんだ。この時、私は改めて兄貴がすごい人なんだと思った。
「それは以外ですね。私は先輩のがカッコいいと思いますけど」
今の言葉は別にお世辞というわけでもなく、兄みたいに好感度を高めようとしたわけではない。ただ単に、思ったことを口にしただけだったのだ。
確かに、兄との違いは沢山ある。だからといって、この人が兄に劣っているということはない。この私ですら、かなりの好印象を抱いたのだから、モテないということはないだろう。
私は正直に本心を伝えただけなのに、彼は呆けた顔をした後、ぷっと笑った。
「はははっ、さすが旭の妹だ。本人を目の前にして「カッコいい」なんて冷静に言える神経。君のほうがカッコいいって」
そう言って、彼は腹を抱えて大笑いする。そこまで笑うことだろうか?。
「ま、そうだね。こんな可愛い子に「カッコいい」なんて言われたら、守ってあげないといけないかな」
そう言いながら、彼は私の頭を撫でてきた。さすが、スクールカーストの上位様。女子の頭を撫でるなんて、嫌がられるとか考えてないのかな。ま、別にいいけどさ。って、あれ?、この人に頭撫でられてる時点で、私は女子から怒り買ってるんじゃないだろうか?。本当に今日殺されるかも。
っていうか、私、この人の名前を聞いてない。どうしよう、今更、聞くのか!?。
と私が必死に悩んでいると、それを察した彼は撫でていた手を引っ込めた。
「あぁ、俺、八坂千尋。千尋でいいよ」
ほお、イケメンの空気の読み方はハイレベル。というか、女みたいな名前だな。
私も名乗ろうとするが、千尋先輩の「日向棗でしょ?」という言葉に遮られる。何で知ってるんだろう?。ま、でも、兄から聞いていてもおかしくないか。
なので、私は頷いて「はい」と返事をした。
「そういえば、なっちゃんは職員室に何の用だったの?。なんか、俺のせいで引き留めちゃったっぽいし、良ければ手伝うけど?」
え、「なっちゃん」って私のことですか?。
「あ、えっと、図書館の鍵を借りにきていて…」
「そう。なら、ちょっと待っててくれる?。取ってくるから」
とだけ言って、彼は職員室の中へと入っていく。
そんな千尋先輩の後ろ姿を見つめながら「いい人だなぁ」と思っていると、千尋先輩は先生と会話を交わし、何も持たずに私の元へと帰ってきた。
「なんか、鍵はなくなったらしくて、もしかしたら、誰かが持っているのかもしれないって」
私は俯いて「そうですか」とだけ返事をした。ッチ、何だ誰かの陰謀なか!?。
「…ん、そういえば、図書館の不思議な噂、聞いたことあるんだけど。なっちゃん、そうゆうの大丈夫な人?」
私は幽霊的など根拠のないものには怯えない。夏によくやる「本当にあったかもしれない怖い話」を見ていても、悲鳴を上げるのは兄のほうだった。って、どんだけ女子力高いんだよ。
だから「怖い物なんかない」と言いたいところだが、私も人間なので弱点くらいある。私は水が苦手だ。
昔、海に行って溺れて以来、一度も海へは入れていないし、雨が降ると昔を思い出す。でも、海は好きだ。とても好きだから、克服したいと思っている。
とにかく、私は「大丈夫です」と返事を返した。
「そう。でもまぁ、そこまで怖い話とかじゃないんだ。さっき、先生が話してくれた話なんだけど、その図書館は建てた場所は悪くてね、夏は暑くて、冬は寒い、だから誰も訪れなかったんだ」
まぁ、学校というものはどこもかしこも極端な温度なのだが、特に図書館は酷い。特に酷い時期といえば梅雨。梅雨の図書館は物凄く湿度が高いため、キノコだって生えると噂だ。
そう考えると、学校内で一年中快適なのは職員室だけかもしれない。今も職員室内から涼しいクーラーの風が吹き、汗掻いた私の体には寒いくらいだ。
「そんな職員室から出たことがなかった孤独な鍵が、急に忽然と姿を消したんだ」
「…それは、物凄く影の薄い人がこっそり取ってたかもしれないじゃないですか?。怖くありません」
人気アニメ「白子のサッカー」の白子君みたいな人が居るのかもしれない。いやぁ、一度は会ってみたい。
「まぁ、可能性はなくもないけどね。でもさ、面白いことに、鍵が無くなった日、とある男子生徒も忽然と姿を消したんだ。鍵同様にね」
そう言う千尋先輩の顔は、今まで温厚の笑みを浮かべていたのに、急に威圧感のある悪戯っぽい笑みに一変した。もしかして、この人、ドSかもしれない。
「その男子生徒さんの親御さんとか警察は動かないんですか?」
「んー…なんか、その男子生徒は家庭内事情が複雑でね。確かぁ…親が離婚した上に、自分を引き取った父親も事故死しちゃったんだ。そのせいか、彼は「不幸少年」って呼ばれてたらしい。ま、彼は学校も良く休んでいたから「不良少年」とも呼ばれてたみたいだけどね。だから勝手に片付けられたんだよ」
「…それは酷いと思います」
きっと、彼は自分が不幸だと思いこんでしまった、いや、思い込みざるおえないかったんだ。だから、人を拒絶するしか方法がなかったのかもしれないのに。その不器用な優しさを不良呼ばわりしてはいけないと思う。
「あ、言っとくけど、彼の家に行っても無駄だよ。担任が居なかったって言ってたから」
その言葉が変だったので、私は思わず「はい?」と聞き返した。
「いや、なっちゃんはお人好しそうな顔してるからさ。だから、助けに行くんじゃないかなと思って」
お人好しそうな顔って、一体どんな顔だよ。
「いえ、私、優しくないですから」
「さぁ、それはどうかな?。でも、俺はこう考えるよ。その男子生徒は殺人鬼にやられて、借りてた鍵を返せてないんじゃないかって」
「その殺人鬼って、最近この町で多発してる事件の犯人のことですか?。彼もそれの被害者だと?」
「うん。ま、もちろん確証はないけど、可能性はあるでしょ?」
確かに可能性はある。というか、今の町の状況的にそれ以外考えられない。
でも、そうなると誘拐とかじゃないのかな。兄が今朝言ってたように、消えたってことなのか。そんなことが現実で起こるものなのか?。
私が一人で黙々と考えていると、「ホント、早く殺しちゃえばいいのに…」という千尋先輩の小さな声が聞こえた。だが、視線を向けてみると、千尋先輩の顔にはいつも通りの笑みが浮かんでいた。私の気のせいだったかな。
「…まぁ、とにかくだ。これは俺の妄想話なわけで、そいつが鍵を借りてるかも分らない。普通に考えて、誰かがただ返し忘れれてるだけって可能性のほうが高いだろうしね。気長に待ってみれば、あっさりと帰ってきたりするかもだよ」
「…ですよね」
残念だ。何ていうか、この気持ちは「もう、ラーメン食べる気でいたから、今更米は入らないよ」みたいな歯がゆい気持ち。あぁっ、何でもいいから本読みたい。もう、読めるなら漢字辞典でもいいや!。たぶん、今の私なら本を食べる文学少女になれる。
本に夢中になっていたいのに、私の頭には不幸少年が過る。この息の詰まる感じ、すごく嫌だなぁ。なんか、気持ち悪い。
そんな気持ちを抱えながら、私は千尋先輩と別れた。
あれから、私は「図書館の鍵を持ってないかな?」と聞いて回った。もちろん、見つからなかったけど。ったく、借りたんなら早く返せや。
そんな苛立ちを抱きながら、私は図書館前にもう一度訪れていた。
やはり、あの不幸少年が持っているのだろうか。
私は「はぁ」とため息を漏らして、携帯で時刻を確認した。すると、急に携帯が鳴り出すので、私は驚いて、思わず携帯を落としてしまった。たぶん、兄からだろう。って、兄のせいで落としたじゃん!。
「あちゃー」と呟きながら、私は落とした携帯を拾った。壊れてないよね?。この携帯には、私の「夢」という名の「嫁」が入っているんだから!。
そう思いながら、私は携帯を耳に当て「もしもし」と電話に出た。すると、一秒の間もなく「あ、もしもし」と返事が返ってくる。うるせぇ。
「今、終わってさ。いやぁ、以外としつこくてね。で、今、どこ?」
と電話越しに問いかけられたので、私は「えっと」と言いながら、辺りを見渡すと、図書館の裏側の小窓が開いてることに気づいた。どうやら、真裏にあるので、真正面から見るだけでは気づけなかったようだ。私としたことがっ。
「どうした?」と声をかけられ、私はやっと我に返った。
「え、あ、いや……ちょっと、用事あるかも。ごめん」
私の言葉に対して、兄は「は!?」と素っ頓狂な声を上げていたが、私は無視して電話を切った。すまん、兄貴。
そして、私は携帯を握りしめたまま、図書館の裏側へと向かう。すると、やはり小窓は開いていたので、私は小窓に足をひっかけ、無理やり体を押し込んだ。なので、私は図書館内に倒れこむように入り、足首と手首を軽く捻ってしまった。
私は「いったぁぁ」と声を漏らし、ゆっくりと立ち上がると、私は図書館内を見回ることにした。どうやら、この学校は改築したので汚くないが、ここは汚れや埃が酷い。誰も使ってないせいかな。
そう思っていると、散らかった沢山の本の上に寝ている男子を見つけた。
とりあえず、私は「おーい」と声をかけながら、彼の額に触れようとした。
そんな私の手は「冷たい手だね」と昔から言われる。「まるでお前の性格を表してるみたいだ」って、誰もが逃げていく手。けれど、兄だけは違った。私と笑顔で手を繋いでくれた。それは、私がブラコン気質な理由の一つだ。
そんな手で彼の額に触れると、私の手は彼の額を通り抜けていった。私は驚いて、何度も彼の額に触れようと試してみる。だが、結果は変わらない。
どうやら、彼は体温や臭いなど、人間が持っているはずの物が無い。それは幽霊とかじゃなくて、所謂「空気」のような存在。
そんな不思議な少年は、唸り声と共に重たい瞼を開いた。翡翠色の綺麗な瞳だ。
私はこの日この時この瞬間、不覚にも彼に一目惚れしてしまう。
彼は目を開くと、何回か瞬きと繰り返し、私をじっと見つめてきた。
色素の薄いくせ毛混じりの茶髪、翡翠色の瞳、学ランには高等部バッチ、170後半ぐらいの長身、程よく筋肉のついた引き締まった体。でも、どこか不思議そうな雰囲気を醸し出している人。
私は警戒心を高め、ギロリと睨む。すると、彼の眼光も鋭くなっていく。
「……君は何者なの?」
その言葉は、二人っきりの図書館内に響き渡る。
私は初めて興味を持ったのだ。初めて好意を持ったのだ。もっと知りたいと、もっと近づきたいと、そう思ってしまったから。
もしも…もしも図書館に来なかったら、君に出会うこともなく、君に興味を持つこともなかった。そしたら、こんな事件になんて巻き込まれず、ずっと笑っていれただろうか?。一生泣くことはなかっただろうか?。
でも、私は後悔してない。例え、もう一度人生をやり直せるとしても、私はまた図書館に来て、君に恋に落ちるよ。
君が好きだから。