私と兄とゲーム
「ねぇ?」
そう兄は可愛く首を傾げる。
私が机にノートや問題集を広げ、せっせと大量の夏休みを終わらせようとしているというのに、そんなのお構いなしの兄はにんまりと笑って、私を眺める。
まさか、「はっ、こんな問題を必死扱いてやってる姿、ワロタ」とでも思っているのかこいつ。
別に、夏休み最後になってから「助けて〇〇えもーん!」とどこかの眼鏡主人公状態になっているわけではなく、今は夏休み始まる前、私は夏休み前までに全ての宿題を終わらせようとしていたのだ。
というか、別に私は馬鹿ではない、逆に学年10位内には入ってるし、どちらかというと馬鹿よりは天才に近い。
それよりか、私は英語という教科をテスト範囲に入れなければ、確実に二位ぐらいには入れるはず。未だに英語というものは、全く理解できない。
だって、別に同じ意味の物なら違う単語なんか用意しなくてもいいし、「の」とか「は」で「MY」とか「I」に変えなくても、接続語ようの単語を作ればいいじゃんか。
まぁ、他にも色んな文句があるが、それ以前に、私は自分の趣味が一番活発な日本が大好きなので、外国への旅行も移住も存在しない為、英語を覚えなくても生きていけるのだ。もちろん、新婚旅行はもう池袋でいいよ、乙女ロードをウエディングドレスで通るのを想像すると、相当面白いことになるし。
え、道を聞かれたらどうするかって?。そんな知らん。日本人が外国に行った時も英語を話すんだから、外国人さん達が日本語を習得して来てください。
それか逃亡。追いかけられたら、「キャー、痴漢!」と叫べばいい。これだから女って楽だ。
っていうか、私に大変なことをしたら、この兄がまず黙ってないので、放送事故になるような映像が私の瞳に映るだろう。
というわけで、英語に関して、反抗期のひねくれ坊主並の態度の私。なので、英語は完璧捨てている。
英語では半分以下ぐらいしか取れてないが、他の教科は全て100点近くをキープしている。
ちなみに、このことが親にバレた時には、この言い訳をだらだらと話し続けていて、親が完敗させた。すると、兄に「俺が教えてやろうか?」とニヤニヤして言われたので、「結構です」と即答で断った。
なぜかというと、勉強まで兄に負けたと思うと、腹正しくて仕方ないからである。ちなみに、もちろん兄は頭もいい。
こんなチャラけてるし、実際、勉強してるところは妹である私も見たことないが、なぜかいい。まぁ、そうゆうキャラって多いよね。
だからこそ、そんな奴に必死に宿題をやってる姿を見て笑われると、物凄くイラっとくるので、私は心の底で舌打ちをした。
「ねぇ?」
二回目だ。というか無視されても、良く表情変わんないよね。
「ねぇ?、ねぇねぇ、ねぇねぇってば」
そう言いながら、兄は私が宿題をしていることを軽く無視して、テーブル越しに詰め寄ってきた。
「うぜぇ…っ」
と私の口から思わず漏れた。その際、私は心底顔を歪めた顔を兄へと向けた。
「おいおい、女の子がそんな言葉使いしていいのかよ?」
「…あの私、今お勉強を行っていますので、少しお時間を貰えないでしょうか?」
私は一度咳を込んでから、営業スマイルを作り、お嬢様口調で話す。
「っぷは!、うわっ、何それ、ちょーウケる、あははははは…っ」
そんな私を見て、兄は腹を抱え、机を叩きながら大笑いした。ムカつくなぁ。
っていうか、私はお前の気持ち悪いぐらい崩れない笑顔を真似したんだけど、兄貴には違和感なくて、私に違和感あるとか、なんか兄弟として間違っているでしょ。
私はそう思いながら、大爆笑してる兄を睨んだ。
「って、そんな怒んなよ。なんか、その表情見てると、お兄ちゃんの新たな性癖が出てきそうだぜ」
と言いながら、兄は大爆笑により出てきた涙を拭った。そして、今度はニヤりと悪戯っぽい笑みを浮かべて、私に自分の手を近づける。
「まさかのマザコンかい」
私はそう言いながら、自分に近づく兄の手を振り払った。良く見ると、兄は長くて細い手をしてるなぁと思う。でもまぁ、手先器用だし、ありえなくもないか。
「俺はどっちかっていうと、シスコンかな」
私は兄を無視して、大量にある宿題へと視線を移した。だが、兄は傷ついた様子を全く見せず、笑って話しかけてくる。
良くあることだ。私が何かに集中してる中、兄が私に話しかける。それで私達の会話を成り立っていて、逆に私は真正面から兄を見て話すことに、少し抵抗を覚えてしまっているぐらいだ。
「妹の前でシスコン宣言するって、相当気持ち悪いよ。精神科に行ったほうがいいかも」
「ひどっ。ま、でも、いっか。じゃあ妹が可愛くて仕方がないから、そんな兄の相手を妹がしてくれたら、きっとお兄ちゃんはすんげぇ嬉しい。だから構って?」
兄は両手を合わせて、上目使いをしてくる。ああっ、ウザいな。
「なんか身の危険を感じる」
夏なのに肌寒く感じるのは気のせいですか?。あれ、病気かな?。
「失礼だな。とにかく、お兄ちゃんを構ってくれよ」
そう言って、兄は自分の足を私の足に絡めてくる。この時、二人共裸足だったので、肌と肌が直に触れて、なんかくすぐったい。
「それ、私のメリットがないじゃん」
「メリットとかそうゆう問題じゃないだろ。っていうか、前々から持ってたけど、俺達の関係おかしいと思うんだよね」
「そうだね。このまま兄貴のシスコン度が上がったら、そりゃあもう、兄妹関係が崩れるような修羅場になるよね」
これが純情な妹だったら、兄にそんな言葉を言われて「ふぇ!?」と可愛く顔を赤らめて慌てるんだろうが、私は表情を変えないというか、変えれないんだけど。
というか逆に、私みたいな妹じゃなきゃ、兄は今頃家族内関係を壊すしていただろうね。うん、私のおかげだ。
というか、こんだけ口説こうとするなんて、私のこと好きなの?。いやいや、それはないよね。きっと極度のシスコンなだけだ。
まぁでも、シスコンっていうのは、妹が私みたいな奴だから成立するもので、妹の方もブラコンだったら、それはもう恋人同士じゃん。
そう考えると、私が自分が兄にべったりだった時を思い出して、吐きそうになる。
「そうじゃねぇよ。ただ普通、俺が兄でお前が妹なんだから、何でも言うこと聞くはずじゃね?」
「だから聞いてるじゃん。まず朝起こすし、食事作るし、服着せるし、髪セットするし、最近なんて、登下校の自転車は私が漕いでるし、女なのに」
そうですよ、みなさん知ってますか?。私みたいな、いや自分で言うのもなんだけど、子供の頃から家に引きこもり、パソコンや読書に熱中し、食も細くなり、見ての通り真っ白で不健康そうな女子に育ってしまった私に、兄は自転車を漕がせてるんですよ。これは、さすがに文句を未だに言い続けている。
だって、身の回りの世話は「しょうがない」で終わるけど、こうゆう力仕事は私にとって一番不得意なことだし。しかも学校前には急な坂あるし。
しかも、妹である私がせっせと漕いでる中、兄は私の背に寄りかかり、欠伸をしたり、必死そうな私にいつも通りの笑顔で話しかけてくる。ウザ、何がシスコンだよ。ドSか。
まぁでも、そんな姿を見て、「うわぁ、何あのダメ男」と思わなく、愉快そうに私達兄妹を見て笑う奴等も、相当頭がおかしいと思いますけどね。
「女とか男とか関係ないだろ」
「だったら、兄も妹も関係ないじゃん」
そうだ、私は前々から思っていたのだが、生まれた順にランクづけとはどうなのかと思うよ。
例えばお小遣いだ。兄が5000円貰っているのに、私は3000円。これでも金額は高いので大分満足しているのだが、兄と私の差が2000円という所がムカつく。私の方がどう考えても役に立ってるのに。
それに、はっきりいうと私はオタクだし、グッズ類はあまり買わないが、ゲームや本は最近物価高いから、すぐに無くなってしまうのだ。本一冊600円相当って、なんじゃらほだよ。
そして、いつもソファに寄り掛かりながら読書かゲームをしている途中に、「あっ、お金ない」と気づくのだ。
そんな切羽詰っている私に気づき、余裕そうなドヤ顔で見せつけてくる兄の視線に負け、結局私は兄の言いなりになり、お金を稼ぐ。
ああ、稼ぐといっても、みなさんが想像するような嫌らしい商売でお金なんか稼いでませんよ。
まぁ、見ての通り私は貧乳の不健康女子ですしね。でも、最近ではそうゆう趣味のある思春期男子も居るそうですよ。残念ながら、兄にもその気があるみたいです。
まっ、胸なんてただ駄肉だし。どの服着ても太って見えるし、別に要らないですよー。気にしてない気にしない。
「全く、ああいえばこういうんだから、ホント困るよ。ま、とにかくだっ、大体の家族は、父→母→兄→妹、と生まれた順にランクづけされてるんだよ。聞き分けろ」
「いや、うちの家族は、母→父→妹→兄、の順だと思うんだけど」
「俺最下層!?」
「私は兄貴のことを犬としか思ってないからね」
というか、最近はウザいと思う瞬間、兄の頭に一瞬だけ犬耳さえ見えるようになってきた。
「きつい真実をさらっと今言ったな。もういいよ、とにかく俺を構ってくれよ。俺、学校では男女とはずモテモテのスーパーアイドルだからさ、たぶん給料もらってもいいと思うんだよな」
「へぇ、まぁ、五円がぐらいならあげてもいいけど?。ご縁なさそうだしね」
私は冷たい眼差しで兄をあしらうと、目の前の宿題へとシャーペンで文字を書き綴る。
「すくなっ!?、俺の小遣いの三ケタ違いって…アイドルの収入いくらだと思ってんだよ!?」
「うるさい。こっちも金欠なんだよ」
最近の物価は高いからねぇ。私のお小遣いは3000円だから、安い本でも、6冊買ったら、もう破産するよ。今月はもう4冊買ってるしね。
「冷たいなぁ…いつものことだけどさ。っていうか、別に、俺は金が欲しいんじゃなくて、お前が欲しいんだよ」
ああ、なんか聞いたことあるな。そうだ、あれは昼休み、となりの席の男子が金欠で、友達の男子が食べてるのを見てることしか出来なかった時だ。友達に「欲しいのか?」とパンをチラつかせられ、となりの男子が「俺が欲しいのはパンじゃなくて、お前だよ」と言っていたんだ。もう最近、周りの子達がイチャイチャし過ぎ。でも、ありがとうございまーす。
まぁ、兄貴に言われたと思うと寒気がするんだけどね。
「えぇ…無理」
と私が言うと、それと同時に素早く動かしていたシャーペンの芯が折れた。まるで私の心の音のようだ。
「そんなマジ顔で言うなよ、本気で傷つくから!。ねぇ、ちょっとだけ。キスだけでいいから…駄目?」
キスをちょっとって、お前は乙女の唇を何だと思ってるんだ!。このマセガキめ。
「可愛い顔すんな、ウザいから。というか、ついに性格と同じで思考能力も最低になっちゃったの?」
うわぁ、私、兄の目を真正面から見ながら、嫌味を言ったの初めてだわ。でも、仕方がないよね。
「あはは、ホントきついなぁ…俺の妹。あ、別にキスは口じゃなくてもいいし、ほっぺなら、外国でいう挨拶だし?」
「ざんねーん。私、日本人だし、外国に行く気もないから」
行く気がないというか、英語が全く喋れないので、行けません。
「いーじゃん、俺の妹なら乗ってくれよー」
と言って、兄はぷくっと頬を膨らまして、口を尖らせる。何だ、可愛いな。
「じゃあ、私は兄貴の妹じゃないってことで」
「何それ?、あ、でも、よくあるよなぁ、そうゆう話。「俺達っ、実は兄妹じゃなかったんだ!」」
兄はそう言って、急に座っていた椅子から立ち上がり、演技し始めた。お前もう演劇部入れ。
「「そうだったの、お兄ちゃん!、実は私もあなたのことが好きに…っ」って、なるかぁ!」
私は立ち上がり、兄貴に流されて、本気で演技してしまっていた私は「はっ」と我に帰って、持っていたシャーペンを床へと投げつけた。
ああ、すっきり。
まるで夢の国のウサギさんの話で事件解決後にみんなが言うセリフを思い出す。あれ、何メロディだっけ、再放送しないかな。
まぁ、幼女連れの家族が行く遊園地に行けば会えるけどね。っていうか、何、この健全な話。というか、夢の国にロリコンが行ったら大変だ。というか、父親になるって、大抵はロリコンになるもんだよね。大変だ、変態だー!。
とにかく、私はシャーペンを拾うと、すぐに椅子に座り直す。そして、私は持っていたシャーペンにシャーペンの芯を入れた。
「…やっぱ、物語は現実にならんよなぁ。なったら面白いのに…」
いや、現実になったら、ちょっと、じゃなくて、かなり困るよ。
「ま、俺はもう、お前と一緒に居れるだけでいいかな」
そう言った時、完璧だった兄の笑顔が一瞬悲しそうに見えた。「俺はもう」という言葉が私の胸の奥に引っかかる。
なので、私はぎこちなく頷く。だって、あまり詮索してはいけないと思ったから。
「っていうかさ、俺、お前に構ってもらうのも好きだけど、お前を弄るのも嫌いじゃない…からさぁ」
と言って、兄は私へと手を伸ばしてくる。なんてエロい手つきなんだ。
というか、おいおい、相変わらずのイケボだな。というか、最後の「嫌いじゃないよ」というポイントの高い台詞の所を強調して言うなんて、さすが乙女ゲーム攻略者だな。
ちなみに兄は人とのコミュニケーションというか、女の口説く為に乙女ゲームをしている。今じゃ私よりすごいゲーマーだ。
だから兄と一緒に乙女ゲームだってプレイする。想像するだけで、すごい絵図になるなぁ。まぁでも、私の好感度はそう簡単に上がらないぜ。
「……そーですか。そういえば、構って構って言ってるけど、元々話があったんじゃないの?」
と言いながら、私は近づいてくる兄の手を、素早く平手打ちで叩いた。
「…あれ?、よく分かったな」
兄は珍しく驚いて、一瞬硬直した。まぁ、この頑丈な笑顔と策士な性格からして、自分のことで気づかれることがないのだろう。
「そりゃ、妹ですから」
なめては困るよ。これの妹というのは、ある意味、職業だと言ってもいいぐらい苦労してるし。
「…あったけど、今はお前と遊びたいから、後で話すよ」
この後も兄に付き合わなくちゃいけないのか。私の自由を返して!。
「…言っとくけど、いつもみたいな自画自賛の話やチャラ友の話だったら、即ガムテープで口塞ぐからね。私の勉強を邪魔するぐらい大事な話じゃないと、聞かないからね」
「ああ、大丈夫大丈夫。真面目な話だから」
兄が真面目な話を私にしたことがあっただろうか。まぁいいや。
「…後、遊びに付き合ったら、この山盛りの宿題が終わるまで話しかけないでね」
「えぇ!?、俺30分黙ってたら死んじゃうんだけど!、っていうか、何で夏休み前に宿題やってんの、真面目か?」
その通り、兄は喋らないと息まで止めてしまう病気だ。というか、どうせ喋ってるなら、二酸化炭素ではなく酸素を吐きだして、この地球温暖化をどうにかしてくれればいいのに。もう、暑過ぎて死ぬ。
「真面目だよ。というか、夏は夏コミとか色んなイベントあるから、先に宿題という山を越えとこうかなと思ってさ」
「お前、前行ったら即死だったじゃん」
という兄の言葉に私は去年の夏の思い出を思い出した。
あれは去年の夏、夏コミに行った私は大好なエロさんの同人誌を買い行く前に倒れ、そこへ行きつけずに帰って後悔した。まぁ、それも私にはすごい後悔なんだけど、一番の後悔は倒れた後に兄がお姫様抱っこで私を運んでいったことだ。
え、何で知ってるかって?。そりゃあ、目を覚ました時に兄のつけている香水の匂いがしたからだよ。ちなみに、なぜ女である私が香水をつけていないかというと、私が香水をつけようとしたら、物凄い勢いで兄に反対されたからだ。
「お前は元々いい匂いなんだからするな!」とか「俺はあの匂いが嫌いだ!」とか「お前の匂いが俺は好きだ!」とか言って猛反対された。後半全部お前の意見じゃないかよ。
というか、何で兄は香水をつけているんだろうか?。この匂いが良い匂いなら、兄も私と同じシャンプー使ってるんだから、それで十分良い匂いなのに。まぁ、兄にも兄なりの事情があるんだろう。たぶん、あの好感度の為だろうけど。
そんな兄は「待てっ、いや待ってください!。なら、俺が今のお前の匂いを十分嗅いでからにしろ!」と、どう見ても変態的なことを言ってきたので、このままでは兄が変態になってしまうと思い、私は香水を手から離した。
まぁとにかく、私の今年の目標はエロさんの同人誌を手に入れることである。
「だから、今年は対策と体力づくりをするの」
「ん?、って、それ…デートのお誘い?。いやぁ、俺のデート待ちの人多いから一年はかかるぜ」
どんだけだよ、私の兄貴。
というか、別に私もモテないわけではなく、私に近づく男は兄貴のドロップキックを食らうからだ。
そんな激戦区の中、私と付き合った勇者の男は居た。でも、私と一緒に居る内に大体の奴は冷めていく。「なんかイメージと違う」とか「「黙っていれば可愛いのに」だとか、ま、結局のところ、私のことは見た目しか見てなかったということだろう。最近の男は大体「もやし野郎」だから困る。
「あ、なら今すぐデートにでも行って来たら、バイバーイ」
「冷たい冷たい!、さすがに一年は言い過ぎたかも、数か月だって!」
「いや、そこじゃないけど」
あ、今のは完璧心の声が漏れてしまった。
「まぁ、冗談抜きに、お前をあんな戦場に一人にはしねぇよ。元々ついてく気だったし、というか、どこに出かけるのもついて行きたいくらいだ」
「それはストーカーだね。どこのお父さんの発想だよ」
「いやだって、俺より先に彼氏出来たら困るもん」
「彼女は出来ても、お前に彼氏はできねぇよ。まず夏コミで「私…恋、しちゃったかも…」なんて出会いはないから」
どっかの少女マンガで聞いたことのある台詞だな。
もう本当、私は少女マンガの主人公を尊敬するよ。だって、あんなことでドクンと鼓動を鳴らして、頬を赤らめられるんだから。私みたいな冷鉄女には分からない、そして出来ない表情。ああ、恋したいなぁ…よし、早く終わらせて、乙ゲーしよう。
「いや、分かんないぜ、男にも結構モテるもん俺」
「え、何で急にホモ話は始めようとしてんの?」
というか、私が腐女子だと思われるわ。まぁ、好きか嫌いかと問われるならば、好きだけどさ。決して私は腐女子じゃありませーん。これは私の友達の真似である。私の友達は学校でそうゆう本を読んでいるというのに、「いや、この内容が好きなだけだし」とか言い訳してる。いや、もうクラス公認だから意味ないけどね。
ていうか、世間一般で腐女子は否定されてるけど、それは腐女子が悪いんじゃなくて、そうゆうアニメを作ってしまう天才のせいなのだ。ま、私は腐女子じゃないけどね。
「ああ、大丈夫。俺は黒髪ストレート、前髪パッツンで、小さくて不健康そうな体の女子にしか興味ないからさぁ」
なんか見たことあるなぁ、そうゆう女の子。きっと、健康診断では、いつも先生に「太れ」とだけ言われて、適当にあしらわれてるよね。同類の匂いがする…って、あ、それ私か。
というか、他の子には色々細かく助言してくれるのに、私にだけ一言って差別だよ。確かに主食はカロリーメイトの女だけどさ。
「それ、私ですよ。妹ですからね」
「あはは、正解。そんな俺の好みの女の子、存在しないかなぁ。少なくとも、俺のグループには居ないんだよね」
「じゃあ、何でそのグループに居るの?」
あんな疲れること、私だったら、お金を貰ってもやらないよ。
「そりゃあ、「あんなチャラそうな人なのに、こんな私にも優しいなんて、超いい人」っていうギャップで清楚女子を落とす為だよ」
「…ま、まぁギャップは大事だよね」
ギャップといえば、この間、友達と「ツンデレ」と「ヤンデレ」と「クーデレ」の中で、一番いいのはっていう討論になった。
私はどっちかというと「ツンデレ」なのだが、友達は「ヤンツン」のほうがいいと言われ、少し言い争いになった。だが、結局「みんな違ってみんな良い」という結果になり、友達と「そうゆうデレって実際居たら、ウザいだけだよね」という話をして、私達は余計現実から目を背けた。
「ああ。俺は好感度の為にクラスの中心グループの弄り弄られ役を受け持ち、そういったチャラい奴等の好感度も高めつつ、ギャップで他の奴等の好感度も高めてるわけだ」
「なんか、リアル生活を乙ゲーかギャルゲー攻略みたいにしてるみたいな話だね……馬鹿だろ」
「いやさぁ、俺モテるんだけどね」
「自慢か」
その言葉に、女の私でも「ウザい」と思った。いやぁ、私が男だったら、ナックルパンチをお見舞いしてたよ。兄貴よ、助かったな。
「いや、そうじゃなくてさ。一度クラスの中心に居る女子を振ったら、そういった女しか告ってこなくなっちゃったんだよね。たぶん、その女子が清楚女子に威圧をかけてんだろうよ」
うーん。この様子を見ると、肩の刺青は悪い女と付き合ったせいではないようだ。
ちなみに、少し前までの兄は告白全てを受け入れてたらしい。それで数日経つとすぐ振る、最低野郎だったそうだ。ま、最近の即答振りも結構の最低野郎だけど、前よりはいいだろう。
そんな兄はキスすると好きか分かるらしい。エスパーかよ。
だから、兄がキスしてきた回数は100回ぐらいは過ぎてるんじゃないかと思う。つまり100人ぐらいの人とは付き合ってるはずということだ。
ちなみに、この記録は小学生から始まった。この15年間ずっと兄の傍に居た私には分かる。妹である私が隣に居るというのに、良くも平気でラブラブできたよな。そのせいか、私は乙ゲーや恋愛ドラマで少しあれなシーンが流れても、無反応な女の子になってしまった。
まぁとにかく、兄は長く持って一週間ほどしか付き合ったことがないはずだ。だって、私への彼女報告もなくなったし、一度、家に連れてきた女は、再度訪れたことが一度もない。これはもう、都市伝説並。
そして、兄が連れてくるのは、大抵が小さくて可愛い長い黒髪の清楚な女子だったので、良い人が多かった。中でも私的に「お姉ちゃんになってほしいなぁ」と思う人は居た。だが、中には化粧の濃い女子も居て、甘ったるい猫撫で声で挨拶を返してきた。ま、たぶん彼氏である兄が居なかったら、携帯ばっか見て、私を顎で使うに決まっているけどね。
でも、そんなことはお構いなしに兄は数日で振っていた。短い時は一日や二日、数時間で。とにかく、キスして気持ちが分かるとすぐに振る。よく噂で広まらないよなぁ。広まったら、確実に周りから嫌われるのに。
ちなみに、私のファーストキスは兄に奪われた。そして兄のファーストキスも妹である私だ。
誰もが羨む立場である私。今思うと、キスを済まされている私は兄に突き放されておかしくない。だから、これも私のことをそれなりに好いてくれているということでいいんだよね?。
「…ああ、女子は怖いよね」
と言って、私は昔会った兄の彼女を思い出した。
「まぁでも、好感度を上げるのは日課になってるというか、今は誰も好きになる予定はねぇよ。見た目だけで言うなら、結構好みの清楚女子クラスに居るけど、やっぱり本気にはなれねーしな」
「っていうか、何でそんな頑張ってるの?。そうゆうチャラさ抜いたほうが、普通にカッコいいと思うし、そっちのほうが清楚女子引っかかると思うんだけど」
引っかかるって、私達、相当ゲスい話をしてるなぁ。日向兄妹怖い。
「おっ、いいこと言ってくれんじゃん。でも、俺さ…ないんだよね、本気になること」
と兄を口を尖らせて、寂しそうに笑う。笑うなら、いつもみたいに明るく笑ってよ。無理に笑って誤魔化そうとしないでよ。いや、違う。本当は分かってるんだよ、兄貴がもう作り笑顔でしか笑えないことぐらい。
もしかして、これが兄が話そうとしていた話、所謂「相談」だったのかな。
いや、深入りするのは止めよう。兄貴から言ってくるまで待ってみよう。それに、今の私が向き合うのは山盛りの宿題なはずなのだから。
だから私は「は?」と言って、首を傾げて気づいていないフリをする。
「本気になったら、俺、何でも出来るよ。お前を落とすことだってさ」
「無理だね」
兄は完全ではないものの、いつもの調子に戻っていった。だから私もいつも通りを装って返事を返した。仲良い兄妹の光景。これを演じていることが、兄貴にとってはいいことなんだよね?。兄貴の為になるんだよね?。
兄貴はこの表情には、きっと私以外気づいていないだろう。
兄は本当の自分が分からないから、誰にでも好かれるような「日向旭」を作り上げ、演じきる。だから私も、兄が頑張り過ぎて壊れてしまわないように、まるで興味のないような冷鉄な私を演じきる。
これが「日向旭」という人物の世話係の仕事でもある。
「あの事件」。それは良く私から出てくる言葉だ。その事件の時に私は兄のことを気がついた。だから、一時は兄を甘やかしたほうがいいと思って、べったりと甘えた。もちろん、兄に好意を持ったのは事実だし、それを止めたのは兄の支え方に気づいたからとかじゃなくて、単なるつまらない喧嘩で私がキレたことがきっかけというしょうもない話だ。
そんな風に演じあって保たれた「仲良い兄妹」という関係。だけど、兄が本当の自分を見つけてしまったら、私達の仲は悪くなるのだろうか、良くなるのだろうか。
私の欠点は、すぐに嫌な方向へと考えることだと思う。いつも「もしも」と考えては、怖くて震える。でも、そんなに深く考えてしまうのは、兄が私を好いてくれている気持ちと同じぐらい、いや、倍以上、私は兄が好きなのだ。
兄には悪いけど、このまま二人で他愛のない時間が続けばいいと、私がその時願っていたのは嘘偽りない真実だ。
「俺はさ、いつだって探してんだよ。本気になれるもの。でも、見つからないんだよなぁ」
と言って、兄は小さなため息をつく。はい、今、早速幸せが逃げましたよー。
「好きなものね…」
確かに、兄からは好きなものの話を聞いたことがなかった。夕食の時に「何が食べたい?」と聞いても、絶対に「何でもいい」って返事が帰ってくる。毎日何を楽しみに生きていて、何に対して好きと感じてるんだろう?。
改めて考えてみると、私は兄とどんな話をしていたのか思い出せない。私は兄のことを何も知らないから。
「だから今の所、この世界の中で、お前が一番好きだよ」
「そのシスコン直さない限り、お前に彼女なんて出来ねぇよ」
誰からも好かれてる兄に好かれるなんて、世間の乙女達から妬まれるぐらいの幸せなんだって、私だって分かってるよ。でも、私がこんなにも兄のことで悩んでいるというのに、兄が自力で立ち上がってしまうのは少しイラっするんだよ。
ま、例え確率高いやり方で助けたとして、失敗してしまう可能性もないとも言えないのだから、私は兄貴を助けるより、隣に歩き続けることを優先したい。未来なんて誰にも分からないんだから、今だけを見て、今に生きていればいいのだ。
気にしない気にしない。最近の私の口癖だ。
「あーあっ、妹と結婚出来るように、法律でも変えてみようかね」
「妹を性的目線で見てる兄貴だって、広めてあげることもできるけど?」
「冗談、冗談だって。っていうか、話ずれたけど、とりあえず遊ぼうぜ?。キスじゃなくて、ゲームでもいいからさ」
「でもって…キスという選択は絶対ありえないから。後、私が言った条件を飲むならだけどね」
これから家に居る時はずっとマスク着用にしようかな。
「ああ、あれだろ。宿題を終わるまでは、絶対声をかけないことと、コミケに付き合うこと」
「正解。じゃあOK、ま、私なら兄貴の世話と勉強両立しながらだって、一日でこんなの終わらせられるけどね」
「んじゃ、終わらせられなかったら、俺の言うことをもう一つ聞くと」
せっかく宿題をやる気になって、手を素早く動かしかけていたのに、今の兄の言葉に私の手は止まる。
兄はニヤりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、今にも鼻歌を歌いだしそうな雰囲気を醸し出していた。
「え、また賭けを追加するの?」
「何だ?、やっぱお兄ちゃんには勝てないかぁ。そうかそうか。俺はお前にとって、それほど立派でカッコいい自慢の兄貴か…」
厭味ったらしい挑発され、負けず嫌いの私の体はピクリと身震いする。
「いやいや、賭けるよ。日向家の一員として、私も立派なギャンブラーだからね」
うわぁ、言っちゃったよ。どうやら、私は見た目以上に性格も母親似らしい。
ちなみに、日向家は母親と父親がラスベガスのギャンブルをしたことで、「こいつやるな」と二人共意気投合し、そのままラスベガスで式をあげたという出会いから誕生したのである。
なので、日向家では賭け事に負けると放送出来ないようなおしおきされる。兄は私におしおきされるのは逆に嬉しいと、変態的な発言をして余裕そうにしていたが、「おしおきだぞ☆」的なことではないと思う。いや、思いたくないけど。
「そうこなくっちゃなぁ、俺の妹」
あーあ、丸め込まれてるよ、私。でも、まぁいいか。
「じゃあ、私が勝ったら、家事を一か月兄貴がやってね」
「おお!?、え、ちょ…多くない!?」
「全然。というか、私より料理うまいんだから、普通は兄貴がやるものでしょ?」
そうだ。兄は一度作ると、二度目は三ツ星級の料理が作れる。
え、私?。見ての通り、全体的に並程度のものしか作れないですけれど。何か?。ああ、でも問題ない。私は食を必要としないし、兄貴のような奴を嫁にするから。
「でも、俺の言うことを聞くのはいつものことだし、俺のほうが損じゃん!」
「まず、それがおかしいんだよ!」
これこそが、私達、日向兄妹の日常である。
リビングにイケボが口説く声が響く。
説明すると長くなるのだが、あの後、私は兄に生暖かい目で見守られながら、物凄い行きよいで山盛りを宿題に手を付けた。その結果、私は日が落ちる前に山盛りの宿題全てを終わらせたのだ。夏感謝っ。
つまり、私は一つの賭けに勝ち、あの兄をパシリに出来る上に、家事を一か月やらずに済むのだ。所謂、専業主婦の休みみたいな。
なので、私は思いっきり「やったぁぁぁぁ!」と嬉しそうに叫んだ。それとは正反対に兄は「まじかよ」と不機嫌そうに呟く。ざまぁみろ!、英語以外学年二位をなめるなよ!。
負けた結果に悔しかったのか、兄は文句を言いながら、お風呂へと逃げて行った。
「しょうがないか」と流したいところなのだが、兄は男なのに風呂が長い。一体お風呂ん中で何をやっているのか気になるわ。まぁ、昔の私なら入って確認するだろうが、今の歳でそんな馬鹿げたことはしない。
でも、どうしても気になった私が聞くと「お前が俺と一緒に風呂入ってくれたら分かるんじゃね?」とキモいことを言ってきたので、兄の使っているボディータオルをたわしにすり替えてやった。その後、もちろん喧嘩になったけど、それは絶対兄のせいである。
というか、そんな風呂入って良くのぼせないなぁと感心さえする。私の兄はどこぞのしずかちゃんかって思ったよ。
私の場合30分が限界で、ちょっとでも超えるとぶっ倒れる。その結果、昔、綺麗になりたいと無謀なことをした青春真っ盛りの中二だった私は、裸を兄に見られた挙句、お姫様抱っこによりボディータッチをされてしまったのだ。
その後はお察しの通り、ドロップキックを私がかまして、喧嘩が勃発した。
だが、その日はたまたま母親が早く帰って来ていて、その事件の最初っから最後まで傍観していたらしい。というか、娘が倒れてるんだから、助けてよ。そして、母の話によると「棗が倒れたのを見つけたのもあいつだし、あんなに何かに必死になっているあいつは初めてだ」と冷静に言われた。
必死そうに裸の私を抱える兄を想像すると、思わず笑ってしまうので、私は兄を許すことにした。
まぁ、思い出話は置いておくとして、兄が出てこず1時間半以上は過ぎ、最初は本や同人を読み返してたのだが、飽きてしまった。
私が読んでいたのは「ARLERT」という作品。私は子供の頃は分厚い本類を読んでいたが、この原作が分厚い文庫版になった物を店で見かけ、表紙に一目惚れしたのがこの作品との出会いだ。それにすごくハマって、漫画やアニメ、ゲーム盤にまで手をだし、今みたいなオタクになったのだ。
改めて考えてみると、昔の私は偉大な秀才にしか見えないな。
でも、私は出会わなければ良かったなんて、何に対しても思ったことがない。
だって、その結果が例え失敗だったとしても、違う選択が合ってるとは限らない。それにはっきりいうと、私は自分以外は信じてないし、信じる気もないのだ。あれ、私カッコいい?。
ちなみに、同人誌というのも「ARLERT」のもので、この作品は腐女子が多いらしく、私が読んでるのも全年齢版だが少し腐っている。
まぁでも、日向家では人の趣味にとやかく言わないので、こうゆう同人誌をリビングで読んでいても、テレビの大画面で乙女ゲームをしてても、何も言われない。それどころか、兄とは一緒に乙女ゲームをする。
私が携帯ゲーム機で乙女ゲームをしていた時、めっちゃ「構って」アピールをしてきたのを無視していたら、口出しをするようになり、一人でもやってる時があるようだ。そのせいか、ギャルゲーもやるようになったので、エロゲーに手を出してないか、最近は心配にもなるぐらいだ。
とにかく、本が飽きたので乙女ゲームをやろう。そう思い、私はテレビの大画面前で乙女ゲームをしている。
ちなみに、今攻略しているのはファンタジー系の作品だ。勇者として召喚された主人公が誰と世界を救うか、みたいな内容。
私も最近ネットで購入した物なので良く分からない。それに、同時にRPGを買って、同時進行をしてるせいもあるだろうけど。え、私もRPGぐらいやるよ。ストレスが溜まって、人を殴りたい時とか。
私は画面に視線を向け、攻略するキャラの特徴を確認する。そのキャラは黒髪でテンションが高い可愛い青年。なんか兄貴に似てる。あ、別に兄に似てるからとかいう理由で選んでませんよ。そこまでブラコンじゃないですよ。
すると、目の前のテレビ画面には選択肢が映し出される。
1、手を繋ぐ
2、服の袖を掴む
3、殴る
どうやら、主人公は彼に町の案内を頼んだが、人が多すぎて逸れそうになってるらしい。
というか、3の選択肢おかしくね!?。「殴る」って、絶対好感度下がるよ!?。これで上がったら、こいつ相当Mだぞ。でも、こうゆう選択肢、時々あるよね。
そう考えてると、急にお風呂場の扉が開いた。
「うるせぇ」
と呟きながら、私はテレビに向けていた視線を雑音の方へと向けた。すると、その先にいたのは首にタオルを下げ、パンツしか着てない上半身裸の兄が「ぷはーっ」と気持ちよさそうな声を漏らして、ゆっくりと私に近づいてきた。まじかよ、ついにパン一になっちゃったよ。一体、どうゆう神経してんの?。
「とりあえず、服着ろ」
「なぁに、お前が着せてくれんの?」
そう言って、兄は私の横で胡坐をかいた。座んな、床に水垂れんだろう。
確かにさ、私はいつも兄に服を着せ、ドライヤーで髪を乾かしてあげてるのは事実なんですけども、ちょっとは自分でやるという気遣いはないのかね、この男は。
「そのまま凍え死ねば」
「ひどっ。というか、宿題終わったら構ってくれるって言ってたじゃん!。あの時の優しさは嘘だったの!?」
え、なんか、私が浮気した旦那みたいになってる。胸だけ見たら分からないかもしれないけど、私は女です。
「な?。理想の妹みたいに「お兄ちゃん」って言ってみ?」
「いやいや、パンツ一枚な理想の兄がどこに居るんですか?」
そう言うと、私はテレビへと視線を戻した。
すると、兄は「おーい」と言って、濡れた体で私に抱き着く。抱き着き方がなんかやらしい。まるで優しい力で私の体を弄るように触ってる。いや、兄が本気に私に抱き着いたら、不健康な私の体なんかすぐ折れてしまうのだろうから、優しく抱きつくのは当たり前なんだけどさ。あ、今、何気に胸を触ったでしょ!。ふん、どうせ「あ、平べったいから胸だって気づかなかった(笑)」って言い訳するんだろう。お前の根端なんて分かってるんだよ。
そう思いながら、私は決してテレビから視線を逸らさなかった。すると、兄は私の顔を覗き、いつもの構ってほしい時の顔を私に見せつける。ぐっ、私は顔には出さないが、この兄の表情に弱い。
だが、ここで反応したら負けだと思い、私は表情を一ミリも変えない。
すると、兄は私の肩に自分の濡れた頭を置く。もちろん私の肩は濡れるし、怒るところなのだが、なんか兄からいい匂いがしたので、一瞬私の思考が停止する。
ああ、なんとなく、兄が言っていたことが分かる気がする。この香りを嗅いでると、気持ちが落ち着くというか、安心する。あ、別に変態的な意味じゃないよ。
そんなことを考えていると、急に兄は言葉を紡ぐ。
「どれだと思う?」
「は?」
「…その中の選択肢なら、どれが正解だと思う?」
そんなの急に聞かれても困るよ。そりゃあ、さっきまでは選択肢のことしか考えてなかったけれど、今は兄のことで思考が遮られて、うまく思考能力が働かないし。でも、攻略相手が兄だと考えたら、答えがすぅっと頭を過る。
「2…だと、思う」
「…ふーん…正解。分かってるじゃん。たぶん、そいつは俺と同じだと思うぜ」
私が返答した後に兄が数秒黙るものだから、私は少し緊張してしまった。
そして、兄はニヤりと悪戯そうな笑みを私に見せつける。
「…そうかい」
兄は私より私の事を知っているのに、私は兄の事を知らない。けれど、兄は私より私の事を知っていて、私は誰よりも兄の事を知っているんだと思った。
そのせいか、少し気持ちが緩んでしまい、惜しくも数秒黙りこんでしまった。
でも、兄は私より私を知っていて、私は兄のことを兄より知っているように、いつかなりたいって思う。ま、秘密だけどね。
「まぁ、俺ならお前に何をされても嬉しいけどな」
「…なら、3にでもしてみる?。現実同様に」
「え、何、俺お前に殴られんの?」
「かもしれないね」
私がそう言うと、兄は「まじかよ!?」と声を上げ、私の肩から膝へとダイブした。
そんな兄に対して、私はいつも通り「うるさいなぁ」と思いながら、手に持っていたコントローラーで2を選択し、ゲームの内容を進める。すると、ときめきを感じさせるこのゲームの場面にぴったりのBGMが自動で流れる。
自動になったので、不要となったコントローラーを私は冷たい床へと置いた。
そして、手が空いてしまったので、自分の膝に置かれる濡れた兄の頭に視線を移した。見たら、兄は少し膨れた表情で目を瞑っていた。可愛いな、おい。
元々、母性本能を擽る容姿だというのに、こんな子供っぽい姿を見せられてしまえば、私がショタコンじゃなくても、母性本能が動いてしまう。
だから、私は自分がいつもムカつくぐらい羨ましがっているサラサラの兄の黒髪へと手を伸ばす。まぁ髪に触るぐらい、私は何とも思わないわけだ。なぜかというと、兄の髪をいつも乾かしてるからだ。いうなれば、この髪は私のものだ。
だが、改めて触ると変な感じがする。そうか、触るのと、撫でるのでは違うのだ。それに身長差があるので、いつもは触る機会がない。
そして、私が撫でていると、兄は薄っすら瞳を開け、口元に満面の笑みを浮かべてで私を見る。なんか、雨の中犬を拾ったみたいだ。
そんな兄は撫でる私の腕を掴み、ゆっくりと口を開いた。
「「何、可愛いことしてんだよ。バーカ」」
と兄とゲーム内のキャラクターが同じような声で、同じ台詞を同時に発した。ダブルスコアされ、さすがの私もピクリと反応してしまう。というか、可愛いのはお前だよ。
私は何となく負けた気がして、怒りが溜まったので、空いてる手で兄の額にデコピンしてやった。
「った!。何で、急にデコピンとかすんの!?、俺何も悪いことしてなくね?」
兄は赤くなった額を空いてる手で摩りながら、掴んでる私の腕を利用して、起き上がった。
「…私の肩と服が濡れたから。兄貴のせいでね」
嘘をついてしまった。だが、まぁ、もっともな理由なので、兄も批判できまい。
涙目で文句を言っている兄を自分の膝から退かせて、「よっこいしょ」と呟きながら立ち上がる。すると、兄は「ババくせぇ」と言ってきたので、私の腕を掴んでる兄を振り払ってやった。
「ほら、私はドライヤー用意するから、兄貴は服を着てください」
私がそう言うと、兄は「しょうがねぇな」と呟きながら、だるそうに立ち上がった。そして、服を着る為に自分の部屋に向かった。
1人になったリビングで、私は腰を曲げて、床置いてあるコントローラーのボタンを指で押し、私はゲームを記録した。