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青春日記  作者: あある
11/15

私と後輩と初恋




思い出す。君の温もりを感じて、俺は夢を見る。

幼い少年と少女が、飼育小屋の前でしゃがみこんでいた。

「よし、もう大丈夫だね」

そう言って、少女のほうは立ち上がった。歩きだした。

「…待ってください、先輩っ!。お、俺、俺はっ、あなたが…っ」

少年は急いで立ち上がって、少女の手を掴んで引き留める。

あの日、言えなかった言葉。後二言さえ言えれば、俺の未来も変わっていたかもしれない。

そう思って、その二言を口にしようとするけど、声が全く出なかった。夢だとしても、俺に、この言葉を口にさせてくれない。

口ごもる少年に呆れて、少女は手を振る払って、歩きだしてしまう。

「待って」と呼び止める声でする、少年の口からは出なかった。少女の手をもう一度掴むことですら出来ないまま、少女は少年から離れていく。少年は、少女の後ろ姿を見守ることしかできなかった。

そして、ついに少女は見えなくなってしまった。



あれから私達は、一番近い美咲君の家に行くことにした。その為、倒れた少年を美咲君に運んでもらった。どう見ても、私には運べないからからだ。

そして、美咲君の家は安めのアパートだった。まぁ、金欠の美咲君が住むんだから、こんなものだと思っていたけれど、ちょっと私生活が心配になる。

ギシギシなるアパートの階段を上り、私は美咲君の家に上がった。どうやら、六畳一間ではなかったので、一瞬ほっとする私が居た。

美咲君は部屋に着くと、「嫌なら出てけよ」とだけ私に伝えて、倒れた少年のパンツ以外と一度脱がせ、自分の灰色のズボンだけ穿かせ、上半身裸まま、救急箱で手当てをし始めた。その際に見えた彼は、私と同じくらい白く、不健康そうな体をしていた。ま、はっきり言ってしまえば、私は兄の裸を良く見てるので、何の恥じらいもないのである。

そして、美咲君は彼の上半身や腕、所々に包帯を巻き、顔にも絆創膏などを貼った。手当てが終わると、自分のベットに寝かせた。今の手当を見ると、薄い本を思い出した。あ、何回も言うけど、私は腐女子じゃありませーん。

美咲君はいつも通り、不器用に手当が終わらせ、「粥でも作ってくる」と言って、部屋を去っていった。いやいや、これじゃ治る怪我も治らないでしょ。

私はすることもないので、少年に巻かれている包帯を直そうとした。その時、近づく私の手首を少年が掴んだ。

「…行か…ないで、俺…は…っ」

そう魘されていた少年は、掴んでた私の手首を、ぎゅっと握りしめた。彼の手はかなり細かったが、その力は私の手首を壊すかと思うほど、すごく強い力だった。

白い彼の手が、どんどんと汗ばんでいく。一体、どんな夢を見てるだろう。

そう思っていると、彼は「ん」と吐息と一緒に声を漏らした。すると、ゆっくりと目蓋を開いた。その先に見えた真っ黒な瞳は、やっぱり印象的で、吸い込まれるようだった。

「日向先輩」と、私の名前だけを呼ぶ少年。どんだけ至近距離に顔があっても、私は彼の名前を思い出せなかった。

「君は…誰なの?。私、どうしても思い出せないの、君の名前が」

「…俺の名前、憶えてないんですね」

正直に言った私の言葉に、少年の目から光が消える。まるで、ブラックホールのような瞳から、逸らしたくても逸らせないでいると、ガチャリと部屋の扉が開く音がした。

「不知火遥、12月3日生まれ、B型、私立中学二年生…だろ」

そう言った美咲君は、作った御粥をトレーに乗せ、片手で扉を締めながら、運んできた。

「美咲君、彼のこと知ってるの?」

「いや、洗濯した白ランん中に、生徒手帳が入ってたんだよ」

そう言いながら、美咲君は一旦御粥を机に置き、私の手首から遥君の手を離し、彼に生徒手帳を手渡した。

「おぉ…っ、これはもしや「ヤキモチ」なのかな、美咲君?。そうだよね?。そうなんだよね?」

つい口元をニヤりと緩め、目を輝かせる私。そんな私に、美咲君は遥君から視線を逸らさないまま、「うるさい」とだけ言った。

「…あんた誰?」

「助けてたのも俺だし、この中で一番年上なのも俺なのに、俺には敬語使わないって、どうゆうことなんだよ?」

一々トゲのある言い方をする遥君に、不良と呼ばれていた美咲君の鋭い眼光は光った。すると、いつの間にか、二人の間には険悪な雰囲気が漂っていた。

「別に頼んでねぇもん」

「こいつ……っ」

顔を背けて、口を尖らせる遥君に、美咲君は、今にも掴みかかりそうな凶悪なオーラを放つ。おいおい、野生児かよ。

「…大体、あんなのいつものことだし、慣れてるんだよ。逆に、あんたが助けなかったら、今頃家で寛げたのにさ。どうしてくれるわけ?」

「てめぇっ、その姿のまま追い出してやろうかぁっ!」

遥君の言葉に、美咲君はついにキレ、遥君に掴みかかろうとしたので、私は「落ち着いて」と言って、美咲君の腕を引っ張る。

「おぉー怖い怖い。これだから暴力しか頭にない馬鹿は困るよ」

「ほら、遥君も、あんまり挑発しちゃだめだよ」

何とか落ち着いた美咲君から手を離した私は、まるで子供にち注意するかのように、ビシっと遥君に指を向けた。すると、遥君はめんどくさそうに、「はーい」と言った。

やっと険悪な雰囲気が消えると、美咲君は「こほん」と咳を込み、空気を整えてから、自己紹介を始めた。

「…俺は、朝比奈美咲」

「美咲って、くくくく…っ」

急に大笑いだす遥君は、笑いを堪える為にと、右手で口を押えた。そんな遥君を見て、美咲君は顔を真っ赤にして、怒る。

「笑うなぁっ!、お前だって、女みてーな名前じゃねぇかよっ!」

「いや、あんたの場合、見た目とミスマッチ過ぎて笑ってんだよ。くくくく…っ」

未だ大爆笑中の遥君を見て、美咲君は興奮して、顔から湯気が出ていた。今にも殴りそうだったので、私はフォローを入れることにした。

「大丈夫だよっ。美咲君は内面が可愛いからさ」

「ごめん、今、そのフォロー要らない。褒めてねーし」

不安そうに顔を覗く私を見て、美咲君の顔色は元に戻っていった。そして、いつの間にか、遥君の笑いも収まっていた。あぁ、良かった良かったぁ。

せっかく空気が整ったので、私は今の内に自己紹介をしようと、遥君に向き合った。

「えっと、私の名前は…」

「日向棗…でしょ?」

遥君は私の言葉を遮って、平然そうにそう言った。だから、なぜ知ってる。

「あ、うん、そうだけど…何で知ってるの?」

「え、お前ら、知り合いじゃなかったのかよ?。俺はてっきり知り合いかと」

美咲君も私と同じことを考えてたらしく、質問するが、遥君の顔から悪戯っぽい笑みさえ消え、嫌そうな顔で、

「……同じ小学校だったから。それに、日向先輩は何かと目立ってたし」

と、重そうな口をゆっくりと開き、ぼそぼそっと話した。そうだったのか、知らなかった。

「へぇ、俺は小学校違うから、知らなかった」

「そりゃあ俺が知らないんだから、あんたの脳みそじゃあ、知ってても覚えてなくて当たり前だよ」

「一々ムカつく発言をするのが趣味らしいな」

今ので、美咲君はイラっとしていたが、もう慣れたのか、遥君に殴りかかろうとはしなくなっていた。それが何だが、遥君はつまんなそうに見ていた。何だ、こっちもツンデレか。

「…というか、この生徒手帳があるってことは、財布とか鞄はあるってこと?」

「いや、鞄はなかったぞ。ただ、財布は万札だけ抜き取られて、捨てられてたんだよ」

そう言って、美咲君はトレーの上に置いてある財布を、遥君に手渡した。

遥君はその財布の中身を確認して、

「……盗んでないよね?」

遥君はその財布の中身を確認して、そう言うと、ギロリと美咲君を睨んだ。

「盗んでねぇよっ!。俺がそんなことするように見えんのか!?」

「見えるよ」

「見える」

美咲君の言葉に、二人して頷き、そう言った。だって、美咲君は見た目だけなら、不良に見えなくもないぐらい、目つきが良くないし。

「もう、お前等なんて知らないっ!。ばぁかっ、ばぁかっ!」

美咲君は否定する言葉が浮かばないのか、涙目になって「バカ」と連呼した。可愛い。

「だって、あんた、どう見ても不良じゃん。盗んでおかしくなくね?」

「そうだね。そういえば、美咲君、金欠だって…」

私は美咲君をからかう為に、遥君に便乗し、そう言いながら、ちらちらと美咲君に視線を送った。ふふん。

「あぁーっ!、んー…そうだ、小銭だっ、小銭を確認すればいいだろうっ!」

「いや、俺、小銭とか重いから持ち歩かないし」

急に閃いたみたいに声をあげる美咲君に、遥君は即答する。まぁ、ホント言うと、美咲君が取ってないことぐらい、普通に分かるのだ。だって、美咲君チキンだから。

「小銭持ち歩けないとか、お前は筋肉ついてんのかよっ!?。何だっ、お前は小鹿なのか?、生まれたての小鹿なのかよ!?」

「ついてんに決まってんだろ。大体、俺、脂肪なんて2%くらいしかねぇし」

「いやいやいや!、お前の体のどこを見て筋肉がついてんだよ!?。ほら、ガリガリじゃねぇか!。2%つったろ、筋肉マッチョじゃねぇか!」

「ッチ、うるせぇなぁ……着やせするタイプなんだよ」

さっきから、興奮して大きめの声で話す美咲君に、遥君は舌打ちをしてから、だるそうに言い訳した。

「今の自分の格好見てねぇのか?、お前は今、上半身裸みたいなもんだっつの」

「み、見んなよっ」

美咲君がそう言って、遥君の体を指差して、じっと見つめていると、遥君は珍しく頬を薄く赤らめて、そっぽ向いた。

それを見た瞬間、私の脳内では「ピキーンッ!!」と激しく音がなり、つい、

「ホモかよ!!」

と大声で言ってしまった。その時、辺りの空気が凍りつき、二人は「へ?」と首を傾げる。やっちまったぁぁぁぁぁ。

「…じゃ、じゃなくて、違うの違うのっ。ただ、あんまイチャついてるから、私はてっきり、「ホ」から始まって「モ」で終わるやつかと勘違いして、だから私はそうゆうのが好ましいというわけじゃなくて…」

「必死な言い訳だな。もう、可哀想にすら思えてきた」

私が視線をキョロキョロさせながら、必死に言い訳をすると、美咲君に憐みの目で見られた。っく。

「…えっと、ね、ねぇっ、遥君。体重はどのくらいなの?。それが分かったら、筋肉マッチョか、ただのガリなのか分かると思うんだよね、私」

「……45キロ」

いつもだるそうに話す遥君だが、そうう言った時は、いつもの倍ぐらい小さく、ぼそりと話した。なぜか、彼からは私と同じ臭いがする。あ、別に変態的な意味ではなく、体重についてからかわれてそうという意味で、同族かなぁと思っただけだ。

「えぇ!?、俺と15キロは違うじゃんかっ!。お前っ、どう見ても、それはガリだよ!、もやしだよ!」

「う、うるせぇなぁ!」

そう言った遥君は、また顔を赤らめた。貴重な照れ顔を、本日二回も更新しておりますよー。

「でも、私は38キロだし、全然大丈夫じゃないかな?」

「いやいや、お前もガリですからね、もやしですからね。というか、脂肪が全然ついてな…」

私は美咲君の言葉を遮って、「ふんっ」と軽くジャンプして、美咲君の後頭部を何回も全力で叩いた。

「った!、痛い痛い…痛いからっ」

美咲君はそう言いながら、叩かれた頭を摩った。その平気そうな顔を見て、私はもう一度、美咲君の後頭部を全力で叩いた。すると、「った!」と美咲君は声を漏らす。

「…これで死んだらどうしてくれんだよっ!」

「こんなんで死ぬわけあるかぁ!」

美咲君が怒鳴ってきたので、私はそう言いながら、もう一度、美咲君を叩こうとした。すると、「へっ、三度も同じめを食らうかよ!」と言いながら、頭を守った。それを見た瞬間、私は叩く所を即座に頭部から腹に変えて、思いっきり殴った。やはり美咲君は、「ぐほっ」と声をあげた。

そんな私達を見ていた遥君は、「はぁ」とため息を吐いて、

「……はぁ、もういいよ。どうせ、5万ぐらいしか入ってないだろうし」

と言いながら、手に持っていた自分の財布を美咲君に投げた。

「大金じゃねぇかっ!。5万ぐらいって、お前っ、どんだけ金持ちなんだよ!?」

「そんなの、別に驚かないでしょ?。それより俺は、見ず知らずの奴を助けるとか、あんた、どんだけお人好しなのかのほうが気になるよ」

「…そうだな。俺も自分で驚いてるんだけどさ、どうやら、こいつと関わるとお人好し病にかかるらしくてな」

美咲君は声のトーンを急に変え、微笑みながら言った。

「何、その言い方。それじゃあ、まるで私が菌を撒いてるみたいじゃん」

「実際、そうだろうが。まぁ、この通り、ここには超絶的なお人好しが居るからな、何でそんなにツンツンしてるか知らんが、ちゃんと言えよ。すっきりするからよ」

頬を膨らませる私の額に、美咲君は手の甲を当てる。その時、下から美咲君の顔を覗くと、ニカっと美咲君は笑っていた。

「美咲君にだけは言われたくないよね?。ツンデレ王子」

「誰が、ツンデレ王子だってぇ?」

美咲君は私の言葉に怒り、当てているだけだった手の甲をぐりぐりっと動かす。痛い痛い痛い。

そんな私達を見て、遥君は閉じていた口を開いた。

「………仲良いんだ。俺にはそんな友達、居ないよ」

その言葉を、まるで恨みを込めたように、遥君はぼそりと呟くように言った。この言葉が予想外過ぎて、「は?」と口にする美咲君。

「あれはただのいじめだよ。あんたの低能な脳みそでも、さすがに知ってるでしょ?。学校に必ずと言っていいほどある、上位カーストだけ生き残れる、ガキの遊び」

「お前…何でそんなに平然そうにしてんだよ?。改善しようとは思わねぇのかよ!」

「あのさぁ、あんたらが何勘違いしてるか知らないけどさ、俺、別に改善なんてしたくないから。逆にあんなキモい奴等と関わんなくて済んで、楽だし、最高なんですけど」

「お前の親だって、心配してんだろ」

「全然。俺、一人暮らしだし。親となんか会うわけないじゃん。結局、あの人達は利用価値のない俺なんて、興味すらないんだろうからね」

と辛いことを平然そうに言う遥君に、たぶん美咲君は自分の昔と重ねて、同情しているんだろう。美咲君の声はか細い声で「…そうか」と言った。

「というか、別に死んでもいいよ」

その言葉に、さすがの私も美咲君も「は?」と聞き返してしまった。聞き違いかと思ったのだ。こんなにも死んだような目で、「死」という言葉を口にすると、まるで本当に彼が死んでしまってるように見えるから。

「もう、疲れたんだよ。周りに合わせて笑うのとか。ちょっと前からさぁ、何をするにも、すげぇだるくなって、その内、生きるのもめんどくさくなってた。だから、もう死んでもいいかなって」

「…お前、その言葉は聞き捨てならねぇな。本当の死の恐怖も味わったことがねぇ奴が、簡単に口にするほど、軽い言葉じゃねぇんだよっ!」

そう声を荒げた美咲君は、か細い遥君の手首をぎゅっと強く握りしめる。それは傍から見ても、遥君の手首を壊そうとしているように見えた。

「あんただって、俺の事、何も知らないじゃん」

そのぐらい脆そうな体をしていて、どう見ても美咲君には敵わないのに、遥君は美咲君に睨まれても、絶対目を逸らしたり、逃げだしたりはしなかった。

そんな強い遥君に、美咲君は言葉を失い、俯く。美咲君の体から力が抜けていってるのが、私にも、遥君も分かっていた。でも、遥君は自分から振り払ったりしなかった。

「お人好しだか何だが知らないけど、正義のヒーロー気取りたいだけなら、他を当たってくれない?」

「違うよ」

私は無意識のうちに、二人の会話へと口を挟んでしまっていた。

「違うんだよ。確かに、私達はただの人間で、ヒーローみたいにすごい力はないよ。だから、君を助けることも出来ないかもしれない。でもね、それ以前に、言葉にしてくれなきゃ、どんなに君のことを知ろうとしても、何も分からないんだよ。知らないと知れないは違うから」

負けてほしくない。生きることがどんなに素晴らしいか、私はみんなに伝えたいよ。だから美咲君、遥君、生きることに失望しないで。生きていて。

「だから、話してよ?。君のこと、私はもっと知りたいな」

私がそう言うと、遥君は驚いて、一瞬だけ、彼の瞳に光が戻りそうになった。だけど、すぐにその可能性は消え、遥君は俯いて、美咲君の手を振り払った。

「……じゃあ何で…何でっ、俺の名前忘れてんだよ!。それって、あんたにとって俺はっ、その程度の存在ってことだろう!」

珍しく感情的になって大声を上げる遥君に、私は驚いて、声を失った。私は…自分でも気づかない内に、遥君を傷つけていたんだ。

「…上辺だけの嘘なら、今すぐ止めろ。そして、俺に近づくな。虫唾が走るんだよ」

私はなぜか悲しくなって、つい涙がでそうになった。駄目だ。傷つけた遥君が泣いてないのに、私が泣くなんて駄目なのにっ。

そう思って、私は歯を噛みしめて、俯いて涙をこらえる。自分のしたことが恥ずかしくて、悲しくて、体が小刻みに震える。止まらない。

すると、私が泣きだす前に、それを見てた遥君のほうが、急に頭を抱えて、「うっ」と声を漏らした。

「お、おいっ、大丈夫か!?」

あまりに痛そうに頭を抱える遥君を見て、美咲君は遥君の頭に手を触れる。すると、遥君の体はピクリと反応して、

「触んなっ!。俺、頭を触られんのが、一番嫌いなんだよ」

とさっきよりも大きな声を上げた。遥君は美咲君の手を、「ベシンッ」と大きな音が鳴るほど強く振り払った。すると、美咲君は布団を掴んで、バサっと乱暴に遥君にかけた。

「な、何すんだよ!」

「いいから、お前黙れ。今日は、大人しく粥食べて、そのまま寝ろ」

急いで布団から顔を出す遥君に、美咲君はビシっと指をさし、そう言った。美咲君は負けないようにと、遥君から絶対に目を逸らそうとしなかった。

「はぁ?、俺、早く帰りたいんだけど…」

「こんな状態で帰すわけに行けねぇだろ?。大体、制服洗っちまったしな」

「制服なら新しいの買うし」

「黙れ、ぼんぼん。とりあえず、俺はこいつを家まで送ってくから、お前は安静にしてろよ。じゃ、行ってくるから」

足早にそう言った美咲君は、私の手を掴んで、無理やり歩きだした。まるで、囚われた私を連れ出してくれるみたいに。

「ちょ、ちょっと!、美咲君っ!」

そう言いながら、私は美咲君になんとか歩調を合わせる。

そして、私達が部屋を出て行った後、静まり返った部屋で一人、

「……痛い、痛い、痛い…っ」

と遥君は胸を押さえながら、苦しそうに呟いた。



私は強引に美咲君に引っ張られ、薄暗い路地を歩いていた。そんな時、美咲君は急に声を上げる。

「大丈夫か?」

そう問いかけてくるものの、美咲君は一度も後ろへと振り向こうとしなかった。今の顔を見られたくなかった私には、とてもありがたいことだった。

私達は顔を合わせないまま、会話を続けた。

「あ、うん…大丈夫。でも、少し怖いなぁ」

「怖い?。もしかして、あいつが?」

「違う。彼が私の事を覚えてくれてたのに、私は彼の事が覚えてあげられなかったの。最低なことしてた。そんなことも出来なかった自分が恥ずかしくて、悔しいんだ」

私は歯を噛みしめて、ぎゅっと空いてるほうの拳に力を入れた。

「それは…仕方ないだろ。俺だって、クラスの奴の名前は覚えてねぇよ」

「仕方なくなんかない。だって、私だったら、すごく、ものすごく悲しいもん。自分の事を理解してもらいないのは、想像するだけで怖くなるんだよ」

まるで、自分の存在が否定されたかのように。きっと、私に特別な友達が居ないのも、彼等が私を理解しないのと同じで、私も彼等を理解しようとしなかったからだ。

そう思って、私は昔のことを思い出す。幼い私が、一人の女の子を守って、数人の男の子に暴力を振るわれる過去。黒髪の少年に助けを求めても、その声が届かない記憶が、目を瞑ると蘇る。

「……日向。俺はずっとお前の傍に居るぞ」

力の抜けていく私の手を、美咲君はそう言いながら、私の分までもと、ぎゅっと強く握り返してくれる。

「美咲君だって、他の子と一緒だよ。深く関われば、本当の私に幻滅して、傍から離れていくんだ。私のことなんか、理解もしようとせずに」

真っ直ぐに、本当の私で接していれば、彼等も私に本当を見せてくれると思ってた。でも、彼等には、そんな私を「我がまま」と捉えたのだ。私を見ようともせず。

結局、みんなが必要としてるのは、ただの自分を肯定してくれる人物なんだ。だから、きっと私も、自分を肯定してくれる兄や美咲君を求めるのだろう。

「日向っ!」

美咲君は大声で私の名前を呼ぶ。すると、私は驚いて、ピクリと体を震わせる。

そして、美咲君は急に後ろに振り返り、私と視線を合わせた。

「俺は他の奴とか違うっ!。俺はお前の傍に居たいと思うし、近づきたいし、触れたいし、知りたい!。俺はどんなお前でも受け入れてやるよっ。お前が俺が受け入れてくれたようにな」

美咲君の透き通るような声は、私の心に響き渡り、私は我に返った。すると、思わず私の口から、

「……そうだね。君は、そういう人だったよね」

と出でいた。だから私は、君は好きになったんだよね。

「…日向。俺は…お前の事を何も知らない。それでも、お前の傍に俺は居るよ。知ってるとか知らないとか関係ないじゃん。大事なのは、知りたいか知りたくないのかだ。確かに、昔のお前はあいつに興味がなかったのかもしれないけど、今のお前は知りたいと思ってるんだろう?。なら、そんなの関係ねぇじゃん」

「……私、知りたいな。遥君のこと」

今なら、怖くない。美咲君と分かりあえたように、遥君とも分かり合える。

私はそう思って、美咲君の手を強く握り返す。伝わるといいな、君に、この気持ち。

「なら、その気持ちをそのまま伝えればいいんじゃねぇの?。まぁ、一度失敗しちまったからな、さっきみたいなことを何回も言われるだろうな。でも、それは耐えて、お前が頑張り続けるかあきらめちまうか、お前次第だよ」

「うん。ありがとう」

そう言いながら、私が微笑むと、

「お、おお……って、勘違いするなよ!。別にお前の為とかじゃねぇしっ、俺もあいつを助けたいってだけだからな!」

と美咲君は急に顔を赤らめ、動揺していたせいか、空いてる手で首を押さえた。ツンデレかい。

「へぇ、仲悪そうなのに、助けたいとか思うんだ」

照れる美咲君を見て、私は「可愛いなぁ」と思いながら、クスリと笑った。すると、美咲君は手を首から離し、また真剣な顔に戻る。

「…お前、あいつの家族の話聞いてたか?」

戸惑いながらも、私は頷く。すると、美咲君は軽く深呼吸をしてから、話しだす。

「あいつの家族、ほとんど一緒に居ないんだって。俺みたいに、一人で生きてきたんだって。俺は俺と同じ思いを、誰にもさせたくないんだよ。俺の家族はもう元に戻れない、だけど、あいつの家族はまだ繋がってる。元に戻れる。だから、俺だって、あいつを助けられるかもしれない」

「美咲君…」

悲しそうに微笑む美咲君を見て、私は思わず名前を呟いた。そして、私は美咲君から手を離し、美咲君の頬にゆっくりと両手で触れた。すると、美咲君は一瞬驚くものの、いつもみたいに私を突き放したりせず、少し照れただけだった。

「同情してるだけだって、笑われるかもしれない。でも、俺、あいつに幸せになってほしいから」

「笑わないよ。だって、私も同じ気持ちだから」

そう言って、私が優しく微笑みかけると、美咲君は「日向」と私の名前を呼んだ。だが、数秒すると、美咲君は意識してしまったのか、急に顔を真っ赤にして、

「……って、あぁぁぁっ!。こうゆうのいつもの俺と違うっ、なんか違うっ!。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ」

と叫びだした。もう耐えられなくなったのか、美咲君は私の手を振り払って、自分の腕で顔を隠した。おお、これでこそ美咲君だ。

「あぁっ、もうっ!。早く行こうぜ!。お前が居ないと意味ないだろう」

美咲君はまだ少し赤い顔のまま、私の手を握って、歩きだす。私は「うん」と返事をして、深く頷いた。

思えば、出会った頃の美咲君は、手を繋ぐことにすら恥ずかしがっていたのに、今では自分から繋いでくれる。それほど時が経ってないはずなのに、手を伸ばしても届かなかったはずの君が、こんなにも近くに居るなんて、なんて幸せなことなんだろう。

そう思って、つい口が緩みそうになっていた時、

「本当に幸せなのかなぁ?」

と聞き覚えのある狂った声が、私の耳に聞こえる。私と美咲君はビクリと体を震わせ、急いで後ろに振り返った。

やはり私が予想した通り、その先の電柱には殺人鬼のヒロが居た。全開と全く変化もなく、彼はニヤりと不気味な笑みを見せる。

「やぁ、久しぶり。生きることを選んで後悔とかしてない?。死にたい人はいつでも呼んでね?」

「だからが呼ぶかよ。生憎、お前には一生用はねぇんだよ」

美咲君はヒロを睨んで威嚇しながら、私を引っ張り、自分の後ろへと隠れさせた。こんなにもちょっとしたことに対して、喜んでる自分が恥ずかしい。

「えぇ、ひっどーい。俺はただ、君達に注意してあげようとしてるだけなのにー」

そう言って、ヒロは爪先立ちでしゃがみこみ、口を尖らせる。どうやら、今回は私達に近づく気はないらしい。

「注意って…お前っ、また「助けるな」とでも言うつもりかよ!。誰がお前の言うことなんか…っ」

「美咲君、待って。ねぇ、もしかして、君が態々会いにくるってことは、遥君の件に君が関わってるんじゃないの?」

私は美咲君の言葉を遮って、美咲君の後ろから手前へと出てきた。

「おぉっ、正解正解!。さすが、最強の幸福者は違うねぇ。周りの人を傷つけても、幸せそうな顔してるんだからさ」

ヒロはそう言いながら、私に向かって大きな拍手をして、足を宙ぶらりんのまま、ぶらぶらと動かす。その行動にイラついてか、私はギロリとヒロを睨んだ。

「どうゆう意味?」

「だからさぁ、君が助けたいって言ってる遥君、君のせいで傷ついてるって言ってるんだよ。加害者さん」

「何それ?、私、遥君に何もしてないよ」

「無自覚って怖いねぇ。君は彼の気持ちを裏切ったというのにね」

「だから、そんなこと…っ」

「ね、ある少年の話をしてあげようか?」

ヒロは私の言葉を遮って、首を傾けて問いかけてきた。私の真剣な言葉とは裏腹に、陽気に話したりと、本当に自由奔放な人だ。

「何で、こんな時に」

「一人の少年が居ました。少年はある女の子が、ずっとずっと…好きだったんだ。でも、想いは伝えないまま、終わり迎えようとしていた。その時、少年が女の子に再会しなければ」

ヒロは私の返事を聞いてきたくせに、答えを聞かないまま、ヒロはまるで物語を語るかのように話しだした。

「女の子は少年のことを覚えていなかった…いや、見てすらいなかったんだ。少年はずっと女の子だけを思ってきたのにだ。その事実に絶望した少年はこう思う、「こんな気持ちさえなければ」と」

「…もし…かして、遥君から…君が、奪ったものは…っ」

私の頭の中では全てが繋がった。ヒロが、私は遥君を裏切ったと言った理由。今、話した物語の少年と女の子が誰なのか。遥君が私を覚えたいたこと、私が遥君を覚えていなかったら、酷く感情的になったこと。遥君が私に対する時だけ、瞳に光戻すこと。

頭の中で思考を回転させてる間に、ヒロは私の至近距離まで瞬間移動していて、私の耳元で、

「そう。君に持っていた恋愛感情だよ」

と呟いた。その声は私の全身に響きわたった。





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