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07

う―――ん。

確かにエビの頭が詰まった鍋は不気味だ。

まして同じ向きに揃ったところは特に。


革袋の中から此処には無い森の香草の束を取りだし鍋に入れる。


コトコトと煮込むほど強い香気が立つ。

魔の森の匂いで厨房が染められる。

不意にニコ様の顔を思い出した。


少し落ち着いたら一度帰ろうか。

食いしん坊のニコ様に美味い魚や貝をお土産にして。

あの山越えはなかなかきついけど、喜ぶ顔が見たいから。

出来れば乳製品が欲しい処だ。

バターやチーズ、生クリームが有ればお菓子が作れる。

市場で探してみるか。

手に入ればいろいろ作って、次の交易の時にでも持って行ければ・・・


「ほほう、これは何とも云えぬ良い香りだ。」

振り返ると厨房の入り口にダダが立っていた。


思わず笑ってしまう。

魔族の顔を見て懐かしいと感じるなんて。


「元気そうだな。評判も良い様だし紹介した俺の顔も立ったぞ。」


晩飯の準備まで余裕の有るこの時間、俺はお茶と簡単なおやつを出した。

「世話になったのに顔も見せず済まない。やっと落ち着いたところだ。」

「落ち着いた? いやそれは違うだろう。」


ダダは薄いラングドシャータイプのなんちゃってクッキーを摘み上げる。

しげしげと見てから口に入れた。


「お宿『アホウドリ』の料理が、いや、マサヤの作る料理が密かに騒がれている。おそらく来週には爆発的な騒動になっているだろう。」


何だ、ハンターギルド役員から占い師にジョブチェンジしたのか。


「信じられぬか? 今はまだ出された数が少ないから実感もないだろうが、巷では今『アホウドリ』の弁当はある種のステータスになって居るそうだぞ。

この間から泊り客以外にも売っているだろう。ギルドでもかなりな評判になっていてな、見に来たと云う訳だ。」


唖然とした俺を見て笑う顔が、何処か意地悪そうに見えたのは気のせいだろうか。


「やはり知らなかったか、呑気な奴だ。明日からの弁当は倍以上用意した方が良いぞ。ちなみにこの菓子、貰って良いか?」


幾つか作っておいた焼き菓子を嬉しそうに抱えてダダは帰って行った。

おかしな予言を残して。







「この馬鹿者が!」


王の私室に滅多に聞こえたことの無い怒声が響いた。


「魔の森の恐ろしさは人間なら誰でも知って居ように。

こうなればジュライ辺境伯が留めてくれるのを祈るばかりだ。息子は当てにはならんからな。」


正面に立つランスロット・ジュライ騎士伯を追いやる様にアーサー王は手を振った。


このトーリア王国出身でアーリィア大陸屈指の剣豪との誉れ高いゼラフィス・オーガスタは当然ながら、初めて会った時から魅かれて、未だに口説いている弓月姫も心配だ。

たった一人の異邦の人間など切り捨てて、魔族などに関わらねば良いと思うほどに。

だが、しかし。

アーサー・セプテン王が何よりも懸念しているのは黒魔導師ガイであった。


王室には一般には出回ることの無い文献が数多く残っている。

かの有名な百年前の戦争と大規模な魔族狩りに関しての記録も。

その中に残る黒魔導師軍団を率いた一人の青年魔導師の容姿がガイに酷似していた。


≪陽を弾く銀の髪、暗い紫色の双眸、二十歳にも届かぬ華奢な容姿ながら膨大な魔力を持ち、時を統べる力は他の追随を許さない。≫


本人に聞いた訳では無い。

おそらく聞けば応えてくれるであろうが。

何故だか聞いてはいけないような気がして。


私室を出て回廊越しに西を見やる。

今はただ、一行の無事を心から祈るだけだった。






どうやらダダは占い師の仕事で成功しそうだ。


弁当どころか朝食も昼食も、当然夕方からの酒場も料理は総て捌けた。

宿泊客の分以外は完売状態になり、何も出せずに御引き取りして貰うお客を相当数出すがこればかりは仕方が無い。


そんな日が数日続いたが。

おかしいのは気の荒い筈の漁師たちが大人しく引き下がる事。

これにはまずモーリが首を傾げた。


「奴ら聞き分けが良いなぁ。いつもなら平気で暴れるのに。」

「あら、噂を知らないの?」

通いでやって来るおばさんが応えている。

「酒の勢いで此処に乗り込もうとした漁師たちが魔物に襲われたそうだよ。『この店の者に不埒な真似をしたら喉笛を食い千切るぞ』って脅されたんだって。」

「魔物? 喋る魔物って居るのか?」

胡散臭そうなモーリに女将が笑った。

「おおかた酔っぱらって夢でも見たんでしょう。」


どちらにしろ無い袖は振れないと云う奴だ。


漁船は午後帰って来るから、買い出しには丁度いい時間だった。

魚市場に行くと俺は歓迎される。

マグロに似た魚、ヒラメのような魚にイカタコは無論、今まで捨てていたエビやカニ、オマールに伊勢海老が押し付けられる。

捨て値でも捨てるよりは良いらしい。

どうやら俺を真似て購入する者も出始めたようだが、エビが跳ねるたびに同じように飛び上がるうちは無理だろう。


「あんたがお宿『アホウドリ』のマサヤさんか。」

美味そうなカニ爪に指を挟まれて騒いでいる仲買人を見ていた俺に声が掛けられた。




男はエドル・クレインと名乗った。

シルバーナ諸島を巡る交易商をしていると云う。


「仲間内でもたいそうな評判でね。『アホウドリ』に宿を取ろうと思っていたが無理だった。」

だから仕方なく『灰色娘の城』で我慢した、と笑う。

この街一番の高級宿だ。

『灰色娘の城』が日本のホテル『アンギラス』なら『アホウドリ』は民宿程度だろう。

張り合う対象にもならない。


確かに男の身なりは良い。

少し話したいと小奇麗な茶屋に誘われて向かい合うと気さくに続ける。


「この変じゃ見かけない顔立ちだが、生まれは何処だ?」

「・・・に、グレィス王国を知っているか?」

「グレィス王国?・・・いや、あいにく。」


そうだろう。

だいたい俺だって知らない国だ。

ああ、そうだ。


「交易商なら知らないか?」






久し振りのハンターギルドはやはり賑やかだった。


「おお、マサヤか。どうだ、仕事の方は。」

ダダは相変わらず怜悧な表情で迎えてくれた。

「おかげさまで、とっても忙しい。」

予言のお蔭で。


手土産のお菓子を渡して本題を切り出した。


「実は交易船に乗せて貰おうと考えている。」

シルバーナ諸島の中の北部の島に畜産を商う島が有ると云う。

牛や羊を放牧し肉も乳製品も扱っているらしい。

ただ、傷みやすい品物の為ごく近い島にしか出荷できないのだ。


「なるほど、それでその皮袋が役立つと云うんだな。」


ダダの父親の一番目の妻の息子、バルーが餞別に呉れた魔法の皮袋は何でも入る。

入れた物は入れたままの状態で何時までも傷む事が無い。

どう云う訳か俺以外には使えないのだが。


交易商のクレインは仕事柄か酷く羨ましそうな顔で袋を見ていたが、魔族の長の側近から貰ったと云うと諦めてくれた。

魔族は怒らせたくないらしい。

そして提案してくれたのだ。


『私の乗る船で『ビック・マザー島』に行けば良い。』と。





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