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06

マサヤは忙しかった。


日本のホテルに入った時も下働き時代はこんな物だったと思ったが、如何にせん驚くほどの速さで頭角を現したせいでごく短い時間の記憶など今はもう欠片しか覚えていない。


日の出前から漁港と市場を回り、帰って厨房に火を入れる。

客の朝食を作りながら同時に昼の仕込みもして行く。

その仕事が終わりやっと自分たちも飯が食える。



ダダの紹介で就職できたのは良かったし、住み込みで働けるのも願っても無い事だ。

仕事も宿屋の料理人と云う得意の分野だ。

だが、勇んでやって来た職場に待っていたのは十代の小僧と小娘。

亡くなった先代料理長の長男は甘やかされたガキでしかないし、十歳で奉公に上がった小娘はぼんやりしたガキだった。


「親父ならこんなことはさせなかった。」

「あいにく俺はお前の親父じゃない。ジュジュ、卓を拭け。」

「俺は芋なんか剥きたくない。」

「ほうぅ、芋も剥けないのか? ジュジュ、それは雑巾だ。そっちの布巾を使え。」

「もっと仕事らしい仕事をさせろよ。」

「まずは満足に芋を剥いて見せろ。俺が参ったと云うまで上手く芋を剥いて見せろ。ジュジュ、布巾はギュッと絞れ。破けるぐらいにな。」


宥めて賺して煽てて、時々威嚇して。

七日が過ぎた。


宿の女将は先代料理長の妻女だが、後添えでクソガキのモーリとはなさぬ仲だ。

つまり。

夫婦でやっていた宿屋兼飯屋兼酒場の主が病で亡くなった為、開店休業中だった其処に押し込まれたと云う事だ。

クソガキモーリが偉そうにのたまう。


「マサヤは親父程じゃないけどそこそこ旨いから頑張れよ。」


大人だから。

げんこつ一個で許してやろう。




大竈が三つ、小さい竈も三つ。

直接火をくべる大型オーブンがひとつ。

最初の三日で使い勝手を学び、錆びついた庖丁を研ぎ、四日目から実戦。

以来朝の買い出し以外は厨房から離れていない。

寝る為に隣の部屋に行くだけだ。

早くモーリを使える様にしないと俺の身がもたない。


それにしてもさすがは漁港。

水揚げされた魚貝類は多種多様で鮮度も抜群だった。

値段は当然安いし、中には捨てる物もある。

イカ、タコは喰う癖に何故だかエビ、カニは化け物扱いだ。

どうやら此処の連中は外骨格に弱いらしい。

まぁ、やり方なんか幾らでもあるが。



市場では驚いた。

米が売られている。

粘りの少ない長細い米だが、確かに米だ。

店主に聞けばシルバーナ諸島の中に稲作をやっている島が有ると云う。

当然量は多くないし、精米も磨き上げた日本のそれとは比べ物にならないが。


五十キロほどの米を思わず買い占めると店主が不思議そうに尋ねる。

「なぁ、あんた。そんな物どうすんだ?」

野菜としてのライスしか知らないようだ。

「『アホウドリ』に食いに来いよ。」


そう、俺の就職先の宿屋は屋号を『アホウドリ』。

俺に似合いの屋号だった。






「何度も云う様に、僅かな人数で魔の森へなど行かせる訳にはいかぬ。如何に剣豪ゼラフィス・オーガスタと云えど地の利も無いうえに魔力の無い唯人ぞ。

濃密な魔に中てられたなら唯では済まぬ。

弓月殿は女性の身、あの様なおぞましい魔族などに関わらせる訳には行かぬ。

まして。

ガイ殿、そなたは黒魔導師だ。」


トーリア王国アーサー・セプテン王は銀髪紫眼の華奢な青年を見つめた。


「魔族からすれば黒魔導師はすべからく仇とされる筈。

我が国の伝承にも残っておる。それを知らぬそなたでは有るまい。」


心から心配されているのが判る為、三人は言葉も無く御前をさがった。

本当ならアーサー王の許可などさして必要では無いのだが、荒れ地や砂漠を越えるには馬は不可欠。

だが、森から先に馬は入れない。

放って獣の餌食とするのを誰よりも弓月は許さなかった。


騎士の数人に連れ帰って貰いたいと願い出たが、許可どころか彼らが出る事さえ反対されてこの数日足止めを喰らっていた。


「ガイ、山脇雅也はどうなった?」

低い男の声に銀髪の青年は綺麗な眉をひそめる。

「あの指輪はさほど魔力を込めていない。魔の森の中が探知できる精一杯だ。」

「クロウがついて居れば何とかなるとは思うけど。」


弓月の言葉に二人は頷いたが表情は暗かった。

長命な魔族に取り百年などついこの間に過ぎない。

自分たちを魔の森に追い込んだ人間を許すには時間は短かった。

今は隠遁したクロウが戻ってこない事が僅かな希望であった。

指輪の所持者が山脇雅也以外ならばクロウはすぐに戻って来るだろうから。






船は二種類あった。

シルバーナ諸島を回る交易船と、地元漁師たちの漁の船。

どちらも陽が昇ると出航だ。

当然朝飯は暗いうちに済ませる。

と、知ったのはついこの間だった。


「仕方が有りませんよ。まだ慣れてないのだから。」

『アホウドリ』の女将は鷹揚に笑ったが、モーリは鼻でせせら嗤う。

「漁港の宿で陽が昇ってから朝飯を出す処なんてないぞ。どんな田舎から来たんだ。」


ああ、ごめんなさい。

蜂王子は確かに東京の外れです。

都心で暮らしていたのは遥か昔だし、つい最近は人間のいない森住まいでした。


クソガキが。

知ってたなら先に云え。


だが、船員や漁師たちからの情報は役に立つだろう。


俺は朝飯を弁当に仕立てた。

飯の為に早く起きるより少しでも長く寝ていられるように。

『アホウドリ』に宿泊した客にのみサービスとして出してみる。

もちろん、食堂で喰いたい客の為にも今まで通りの朝食は用意するが。


どうやら弁当は評判が良い様だ。


魚のフライやエビカツに手作りマヨネーズと、レタスとキャベツの中間のような野菜をたっぷり詰め込んだサンドイッチに、揚げた芋を着けるだけでも。

更に飲み水の水筒(竹筒や皮袋)には、薄切りにしたレモンの様な果実の一片を。


弁当を簡単なものにしたのはモーリに作れるようにするためだ。

仕込みだけは俺が済ませるが、仕上げをやってくれれば楽になる。

並行して朝食も教えるとこれが結構役に立つ。


「なぁマサヤ。弁当を欲しがる奴が多いんだ。店で売ってみたらどうだ?」

「市場で竹籠を買って来い。」


やる気が有るなら任せてみよう。

時々チェックすれば良いだけだ。

これで俺は昼と夜に集中できる。


買い出し以外に街に出ることの無く、一日の大半を厨房に籠っている俺はその騒動を知らなかった。

ダダが尋ねて来るまで。





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