白の将軍と下賜品の娘
彼の昔、東の大国のカク・ユイジン将軍率いる軍は水豊かな国である南の小国を下したという。
南の小国の作物も家畜も領土も国民も全ては東の大国の王の物となった。
一夫一妻制の国である東の大国では、王も例外ではなく、妻一人を愛し、側室を持たない。
得た女などは下賜品として家臣に与えるのが通例であった。
ユイジン将軍は32歳であり、若年ゆえと何かしら理由をつけ、今まで下賜品として賜るはずの女を断り続けていた。
しかし、今回の戦争の功績として軍人として最高峰とされる白の位を歴代最年少で与えられ、妻帯を義務とされた。
決まった女は居らず、どうせ形だけの妻だからと、下賜品の女を妻とすることにしたのだった。
「ユイジンよ、何故そんなに女を嫌う?」
「面倒なのですよ。女に限らず自分の時間を割くことが」
「ははは、お前らしいな」
東の大国の王はユイジンの乳兄弟で、すぐにユイジンをからかう。
その御名をユイジンがやすやすと呼べなくなった今でも態度は昔と何一つ変わらない。
「お前にやろうと思う女はな、もとは巫女だった女よ」
「巫女、ですか」
巫女は神に仕えるもの。
自分が貰い受けるには荷が重いとユイジンは思う。
「といっても、望んでなったわけではなく、代々長女を神の御許にっていうのが伝統になってる村長の娘らしい。国が落ちた時点で、国の神へ身を捧げる他の巫女共は自害したが、その娘だけは短剣を神の膝下に刺して兵が来るのを待ってたとか」
「・・・リュウ・セイアン将軍の率いる兵が見つけたというアレですか」
「そう、アレだ」
王はニヤリと笑う。
その娘は仁王立ちで兵と相対すると、名前と自身の利用価値を述べると王への目通りを要求したという。
「実にアレはいい女よ。我の元に参っていった言葉は我が妃を慕っていると。虚をつかれたよ。何故と問えば、我が妃が女将軍として名を馳せてたその功績に憧れ、自分もいずれは我が国で女将軍に上り詰めたいと宣った」
くっと笑いを漏らし大層面白そうに王は話す。
「女は巫女になって半年。本人の話と、神殿の記録より、本来なら18歳までに巫女にならねばならぬのに22の歳まで近隣諸国に逃げ続け、巫女となってからの半年も5度脱走をしている。学もあり弁もたつ。巫女になる前は剣も扱っていたらしく、文武を収めていたとか。そして何より器量がいい」
「・・・はぁ」
「妃がアレを気に入ってな。本来ならば、敵国の女など妃に近付けはせんが、害はないと我も判断した。妃が後見の女軍預りでここ毎日は楽しそうに剣を振るい、近隣諸国の政治に関する話で妃と談笑しているとか」
「・・・なんといいますか」
「妃が後見といっても、もとは戦果だ。周囲の目もある。好きに生活させるにはなんらかの条件が必要と、お前の妻にと考えた」
ニヤリと笑う王にユイジンは思わず嘆息した。
「・・・十も年下のじゃじゃ馬の手綱をとれという意味でしょうか」
「正確にいえば9つだ。十やそこら離れている夫婦は我が国では一般的だろう。巫女だったゆえ仕方ないが、女は十代で嫁にいくのが通例で、23となれば普通は婚期を逃した口だ。そして、お前も普通ならば二十代のうちに嫁を貰うはずだったんだ。お互い婚期を逃したもの同士丁度いいだろう」
「はぁ」
「それにな、ユイジン。お前が手綱をとるのではない。お前の手綱をとって貰うつもりよ」
不敵に笑う王の真意などわかる物ではない。
ユイジンは静かに目を伏せ、気持ちを落ち着かせるとゆっくりと王に跪いた。
「・・・有難く頂戴致します。その前に妻となるその娘の名を教えて頂けますでしょうか」
「その娘の名は・・・」
「アチェン」
「はい、旦那様」
頭を深々と下げ最高位の礼をアチェンはとる。
煌びやかな衣装を身に纏っている。
ここは寝所だ。
この国では寝所をともにした次の日、挙式を挙げることとなる。
艶めき、花開いた娘が夫にしな垂れた姿で式を挙げる。
どれだけ可愛がられたか。
それが一目でわかるのだ。
あの姿は何度見ても見るに耐えないとユイジンは思う。
男の欲望の具現にしか見えないゆえ。
「顔を挙げよ」
声に反応して、面が挙げられる。
確かに器量がいい。
美しい娘だが、気が強いのがその面差しからも見て取れる。
結い上げられた黒髪が妙に重そうで、刺された簪がシャラリと揺れた。
「カク・ユイジンだ。そなたを娶ることになった」
「はい」
「・・・思うに、そんなに畏まらなくていい。そなたは聞き及ぶ所、そんな性格ではないだろう」
そういった瞬間、朱く紅が引かれた唇が薄くなり、つりあがった。
「あー、バレてました?ありがとうございます!とりあえず、この頭崩していいですか?重くて」
テキパキと髪を解き、アチェンは髪を後ろへと流した。
長い黒髪が踊る。
「服も、ってこれからすることするんでしたっけ?早く脱いじゃいたいのでさっさと始めましょうよ」
・・・この娘。
恥じらいという物はどこにあるんだ。
いや、ないのかもしれない。
ユイジンはどこか疲れを覚える。
「あ、一応これでも生娘なんで、優しくして下さい。何をどうするかくらいは知ってますけど、今まで機会なかったので、ヤったことはないんですよね」
・・・あぁ、頭痛い。
「ユイジン様?」
小首を傾げて自分を見上げる。
まるで小動物のようだ。
「・・・とりあえず、抱いていいのか?」
「えぇ。だって、ユイジン様は私の旦那様ですから」
ユイジンはそう微笑んだアチェンに思わず苦笑を浮かべて組み敷いた。
多分、自分はこの娘に溺れる。
そんな予感がしながら。
東の大国は数千年の歴史を誇るようになる。
その史実にはある記述がある。
要約すれば、白の位を歴代最年少で得たカク・ユイジン将軍は下賜品の娘を娶ったという。
その娘の名はアチェンといい、当代の妃の率いる女軍の将まで昇りつめ、ユイジンとともに戦地で軍を勝利に導いた。
ユイジンとの間には3人の子を設け、1人は国母に、1人は大臣に、そして1人は白の将軍になった。
ユイジンとアチェンは仲睦まじく、最期のその時まで添ったという。
果たしてユイジンの手綱をアチェンがとったのか、ユイジンがアチェンに溺れたのかは定かではないが、どうやら仲睦まじく2人は暮らしたというのは間違いないことだろう。