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郵便屋の仕事(7)

誤字脱字などありましたら、ご指摘いただけると助かります。

「……は?」

 僕は思わず口をぽかんと開けて聞き返す。

「だから、理穂に会いたいんだ!」

「……会いたいって言われても」

 手に力を込めてそう叫ぶ杉原さんに僕は困惑していた。

 困惑しているうちに、自分たちが通行人にものすごく怪訝な目を向けられていることに気づく。

「とりあえず、場所を変えませんか」

 僕がそういったところで、彼はようやく注目されてしまっていることに気づいたようで、小さく咳払いをして「そうだな」と言った。

 彼につれられて、近くの喫茶店に入る。全国チェーンの割と大きな店だ。

 朝早くから営業しているその店は、9時過ぎだというのに、思いの外、人でごった返していた。

「何か食べるか?」

 僕の正面に座った彼はそう問いかけてきて、おごるから、と付け足す。

「……アイスココアで」

 正直空腹感は全く無かったが、せっかくの提案なので無下にはできず、僕はそう頼んだ。

 杉原さんは自分のコーヒーと僕のココアを注文して、しばらくの間沈黙が流れる。

 簡単な飲み物だったためか、すぐに飲み物は運ばれて、一口飲んだところで杉原さんが沈黙を破った。

「で、話はさっきの通りなんだが」

「……とは言われましても」

 僕はストローをくるくると回しながら答える。

 氷がガラスのコップにぶつかって音を立てた。

「僕は死んだ人間を見ることはできても、その人を束縛する力はありませんから」

 だから、横間さんが今どこで何をしているかなんて把握していないし、いつ店にやってくるかもわからない。

 正直にそう答えると、杉原さんは頭を掻いて呟いた。

「そりゃ、そうか」

「申し訳ないんですけど」


 霊というのは死んだ人間の魂であり、意思にエネルギーが付着した状態だ。

 このエネルギーは霊が活動していると自然と消費されるもので、また、このエネルギーが尽きるまでは地上にいなくてはならない。

 つまり、僕が代償としてもらっている「魂」とはこの「エネルギー」のことであり、エネルギーが尽きてしまうと霊は地上にいることができなくなる。

 もちろん、「例外」もいることはいるが、大抵の霊はそうなのだ。

 その霊がもつエネルギーの量には個人差があるが、不慮の事故などで亡くなった霊はエネルギー量が多く、寿命や病気で亡くなった霊はその量が比較的少ない。

 また、亡くなった時の年齢も若い方がエネルギー量が多い。

 これは、僕が仕事をしていて実感したことでもある。

 つまり、何が言いたいかというと、横間さんはまだ若く、死因も確か事故だったはずなので、まだ地上にいるはずなのだ。

 僕のような「同業者」に多量の魂を渡していない限りは、だけれど。

 ちなみに僕は「同業者」は師匠しか知らない。


「杉原さん、横間さんを見たんですよね?」

「あぁ……」

 見た。だから、ここに来たんだ。

 彼はそう言って、ふと、気がついたように固まる。

「仕事……無断欠勤だった」

 杉原さんは、そう呟くが早いか、徐々に顔色を失っていく。

 ちょっとすまない、と僕に断って、彼は携帯電話を手に取り走って店を出て行った。

 サラリーマンは大変だなぁ、と、僕は今日の2件の配達を思い出す。

 僕の配達は、別に今でなくても、今日中に持っていけばいい話なので、あせったりすることは無い。

 窓の外を見ると、杉原さんは携帯片手にへこへこと頭を下げていた。

 電話の相手にはその動きは見えないのに、謝罪するときの反射的な運動なのか、しきりに頭を下げる。

 ようやく電話が終わったようで、もう一度店に入ってきた彼は心なしか顔がげっそりとなっていた。

「……サラリーマンは大変ですね」

「全くだよ」

 僕の本心からのねぎらいに、彼は大きくため息を吐く。

 体調不良ということにしたのだろうか、会社に何と言い訳をしたのかは知らないが、あまりのその様子に、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「それで……何の話だったかな?」

 彼はさっきの電話を忘れようとしているかのごとく頭を振り、僕のほうを見てたずねてきた。

「横間さんを見たのは本当か、という話です」

「あぁ……さっきも言ったけれど、本当だよ」

 ふむ、と考え込む僕に、杉原さんは露骨に不安そうな顔になる。

 その不安そうな顔のまま僕に投げかけられた疑問は、僕の予想したとおりのものだった。

「……死んだ人間が見えるのって、珍しいことなのか?」

「いえ、そんなことはありません」

 だから、僕は僕の知っている限り本当のことを口にする。

「僕みたいに見える体質もいますからね。見えること自体は珍しくありません」

「だが……僕は今までそういった類のものは見たことが無かったんだ」

 つまり、所謂「霊感」は持ち合わせていないといいたいんだろう。

 世の中にそんな感覚を持ち合わせている人間は、ほとんどいないんだから当然だ。

「死んだ人間は、意思とエネルギーの塊なんです。

 横間さんは杉原さんのことを常に考えているから、その意思が横間さんの存在を濃くしただけです」

「わかったような、わからないような……」

 僕の説明では不十分だったらしく、彼は首をかしげた。

 まぁ、杉原さんと横間さんは恋人同士ですから、見えたって何にもおかしいことはありません、と付け足すと、彼は小さくうなずいていた。

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