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郵便屋の仕事(6)

 昨日見つけたばかりの郵便ポストを忘れることはなく、僕は難なく杉原さんのポストに青い封筒を投函することができた。

「さて、と……」

 帰ろうと後ろを振り返ると、そこには何故か横間さんが立っていて、僕は首をかしげる。

 杉原さんに用事があるのだろうか。

 でも、今日は平日なのだから、杉原さんはここにはいないはず。

 昨日あの時間帯に帰宅していたのは謎だけれど。

 そこまで考えてから、まあ横間さんが関わりたい相手が彼だけであるとは限らないか、と思い至り、何も考えずに通り過ぎることにした。

『あの……』

 した、のに。

 何故か横間さんは明らかに僕に話しかけてきている。

 僕は再び首をかしげた。

「……」

 とりあえず、こんな人目につくところでは話しかけることはできないので、少し離れた裏路地に入りこむ。

「……何ですか?」

『もう、手紙出しちゃいましたよね?』

「はい」

 苦い顔をした彼女は、僕の即答にうつむいて見せた。

 僕は少しだけ眉をよせて(と言っても、彼女には見えていないだろうけど)横間さんに問いかける。

「何かありましたか?」

『……いえ』

 そう言って彼女は首を振った。

「そうですか」

 だったら僕には関係ない。僕は再び歩き出す。

 横間さんは僕をちらりと見やってから、すぐにどこかに行ってしまった。

 彼女は何を言いたかったのだろうか。

 少しだけ考えて、すぐに止めた。僕には、どうせわからない。

「……面倒事に巻き込まれなきゃいいけど」

 以前巻き込まれたことがある厄介なもめ事を思い出し、うんざりした。


「では、今から書きますので、お好きになさっていてください」

『よろしく頼む』

 店に帰ると、新たな客が店の前に佇んでいたので、すぐに話を聞いて代筆を始める。

 60代ぐらいの男性は、娘とその婿、それから孫に対する思いをつらつらと述べていた。

 手紙を書きながら、僕の記憶には全くない自分の「祖父」というものを考えてみる。

 今までの依頼人も、高齢の方が多かったこともあり、いろんな姿を想像できるが、それに現実味があるかと言われれば否だ。

 どんな姿を思い浮かべても、どんな口調を思い浮かべても、どんな性格を思い浮かべても、それが自分を叱ったり、褒めたりしているところはどうにも考えられない。

 そうしているうちに頭の中に「おじいちゃんだよ」と手を振る師匠が浮かんできたりしたらたまったものではないので、僕はすぐに考えることをやめた。

 そうすると、自然と浮かんでくるのは昼間の横間さんのことで、僕はふと手を止めた。

 もう手紙を出してしまったのか、彼女は言っていた。

 ということは、手紙を出すのを止めたかったということだろう。

 ……何故?

 今日は店を訪れる様子のない横間さんを思い出して、僕は三度首をかしげた。


 その翌日も、翌々日も、彼女はやってこなかった。

 だからと言って、僕の生活には何ら変化はなく、依頼人が来たらそれに応え、来なければ寝て過ごす。

 それだけだ。

「今日は配達2件」

 呟いてから青い封筒を鞄に入れる。配達先はどれも割と近所で、歩いて配達できそうだ。

 立ち上がるとぐしゃぐしゃの布団が肩から落ちた。

 もちろんそれを気にすることはなく扉を開けて、配達中の看板を手に取ろうとした。

 した、けれど。

「……何であんたがここにいるんだ?」

 思わず目を見開いて尋ねるほど、僕は驚いた。

 そこには、狭い路地を通ろうと必死で、スーツがすすだらけになっている、杉原太一がいた。

「ちょっと、この道どうやって通るんだ!」

 唖然としている僕と目が合うと、彼はそう言って叫んだ。

 彼の後方には、通行人が彼を怪訝な表情で見ている。

 が、彼はそれに全く気付いていないらしい。

 僕は仕方がないので、大人が通るには難しい隙間を普通に歩いて通り抜け、彼の前に立つ。

「……何してるんですか?」

 杉原さんは僕の問いかけに答えることはなく、スーツについたすすを払っていた。

 それから「こんなところに店を構える必要はないだろう」などとぶつぶつ文句を言い、相変わらず唖然としている僕を見る。

 そして、眉にしわを寄せてから、浅く頭を下げた。

「……この間は、すまなかった」

「はい?」

 何を突然言い出すんだ。

 僕はさらに唖然として普段の自分ならあり得ないぐらいぽかんと口を開けた。

「あの……前に悪戯してると決めつけて追いかけたことがあっただろ」

「……あぁ、あの事ですか」

 ようやく思い当った僕は、でも、そのことだけを言いにわざわざここまで来るか?と首をかしげる。

 別に、よくあることだし、あんなふうに言われたら、杉原さんが怒ることは当たり前だと横間さんも言っていた。

 だから、それだけを言いにここまで来るなんてことはないと思うんだけれど。

 そこまで考えて、やっと僕は気づいた。

「何で、ここがわかったんですか?」

 この男性は、どうしてこんなわかりにくい、というより絶対に気づかない場所に構えている店を見つけたのだろう。

 郵便屋といっても、生きている人間の客なんてほぼ皆無に等しいから他人から聞いたというのは考えにくい。

「……理穂を追いかけたんだ」

「……は?」

 杉原さんは、言いにくそうにそう言って、僕は訳がわからずに眉をよせる。

 理穂?あぁ、横間さんか、とかろうじて思い出すと、彼はそのまま話を続ける。

「仕事に行こうと思ってアパートを出たら、彼女が居たんだ。アパートの前に。

 それで、追いかけていたら、ここについた。

 それで、郵便屋っていう看板が見えたから、君を思い出したんだ」

 紺色のパーカーの少年が持ってきた手紙には「郵便屋」という判子が押されていたはずだ、と。

「……はぁ」

 それで、どうしてここに来たんだ?と、僕が相変わらず眉を寄せたままでいると、彼はその答えを与えてくれた。


「理穂に会わせてくれ!話がしたいんだ!」


 彼の手には、僕が代筆した手紙である青い封筒がしっかり握られていることに、僕はようやく気付いた。

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