郵便屋の仕事(4)
誤字脱字などありましたら、教えていただけると助かります。
『あの……郵便屋さん』
杉原さんを置いて家に帰ろうと歩き出し、暗い路地に入ったところで僕は女性に話しかけられた。
「あぁ、横間さんでしたか」
そこに立っていたのは、おそらくさっきのやり取りを見ていたであろう彼の恋人で、
『……なんで、あんなこと言ったんですか?』
「あんなこと?」
人気の無い道だから、何の躊躇もなく彼女と会話ができる。
きっと、横間さんもそれを狙って話しかけてきたんだろう。
彼女は、少し口ごもりながらも僕に尋ねる。
『私に、頼まれてやったって、なんでそんなことを?』
「だって、事実じゃないですか」
『でも……』
眉をひそめている彼女。正直、そんな顔をしたいのは僕のほうだ。
「何か間違ったことがありましたか?」
『いえ……そういう訳じゃ。
でも、太一私が死んで間もないのに、私に頼まれたなんて言われたら戸惑うんじゃないかって……』
「じゃあ、何で手紙なんて書いたんです?」
『え?』
口調は変わっていないつもりだ。でも、内心はとてもいらいらしている。
「あの人宛に手紙書いたじゃないですか。
死んだ恋人から手紙が来たって、同じことですよ。
それに、あの場でああ言わなかったら、僕は下手したら警察署に連れて行かれてますからね。
そんなことはごめんです」
『……そうですよね。ごめんなさい』
横間さんは、深々と頭を下げて、消えた。
店に帰ると、まず「配達中」の看板をはずし、一緒に鍵もはずした。
すぐさま倒れこむように畳に寝転がり、布団を頭からかぶる。
「……」
寝ようと思ったが、思いの外頭がさえてしまい、電車で霊を「消した」せいだということに気づく。
内心舌打ちをして、だけど起き上がるのも面倒に思えてそのまま思考だけ働かせた。
「……恋人、ねぇ」
残念ながら人生経験の浅い僕にはそんなものは存在したこともないし、ついでに言えばこれから先も存在することは無いだろう。
僕が接している人間は「生きている」人よりも、明らかに「死んだ」人のほうが多い。
学校にも必要なときしか行かないし。
先生たちも、それで納得している(師匠にさせられた)し。
つまり、生きた人間とのかかわりが薄い僕には恋愛感情がわからないから、彼が横間さんの名前が出てきてあんなに怒った理由も、彼女が杉原さんに余計な事を言ったように見えた僕を責めた理由も、わからない。
「そんなに、大切なものなのか」
結局は赤の他人なのに。
血のつながりも無いのに。
「……わからない」
口に出していったら、余計にわからなくなったような気がして、僕は考えることをやめた。
『こんばんは……』
「……いらっしゃいませ」
どうやら、結局僕は眠ってしまっていたようだ。
ふと目を覚ますと、横間さんが僕の顔を覗き込んでいた(といっても、フードはかぶったままなので僕の目は相変わらず見えていないけど)。
僕は少しだけ驚く。
今日は来ないだろうと思っていたから。
『昼間はすみませんでした』
彼女はまた深々と頭を下げた。
「いえ、よくあることですから」
僕は何も考えずに本当のことを答える。
『あんな失礼なことを言ってしまって……』
だが、彼女は僕が社交辞令を返したんだと思ったようで、また深々と頭を下げる。
あまり、人に謝られなれていない僕は、頭を掻いてから「本当に気にしてませんから」とだけ告げた。
「もっと壮絶な文句を言われてことだって、何度もありますし。
こちらこそ、気が利いたことが言えなくてすみません」
だから、これでお相子にしましょう。
そう言うと、彼女はようやく弱弱しくうなずいた。
「手紙、今日も書きますか?」
『……実は、そのことなんですけれど』
「?」
僕は仕事をしようとペンを持ち上げかけたが、彼女が言いよどむので顔を上げる。
『手紙、書くべきなんでしょうか?』
「……」
そんなことを言われても。
僕は心底悩んでいる様子の横間さんを目を剥いて見上げた(といっても、彼女には顔を上げたようにしか見えていないだろうけど)。
『あの後、私の手紙を見た彼の様子を伺っていたら、私がやっていることって間違ってるんじゃないかなって……』
そんなことを言われても。
返す言葉を見つけることができず、僕は黙ったままで横間さんの言葉を聞いている。
『彼、泣いてたんです……』
「……はぁ」
あんな剣幕で「嘘をつくな」と叫んでいた男性が泣いていたのか。
それは見てみたいものだったな、と、場違いなことを考えながら彼女に先を促す。
『悲しませるつもりは無いんです。
ただ……先に死んだことを謝りたかったんです』
確かに、彼女の手紙は謝罪の言葉が他の人よりも多かった。
僕はそれを思い出してうなずく。
『でも、言いたいことがいっぱいになっちゃって、ついついまた手紙書きます、なんて書いてもらってしまったんですけど……』
私の存在が、彼の今後の生活の邪魔になってしまっているのなら、もう書かないほうがいいんじゃないかなって。
彼女はそれだけ言うと、うつむく。
僕は再び言葉に困って頭を掻いた。
気の利いた言葉も見つからず、仕方がないので、思ったことをぶちまけてしまうことにする。
「そんな風に言うなら、最初から手紙なんて書かなきゃ良かったじゃないですか」
『え?』
「杉原さんの今後の生活の邪魔になんて、一通目を書いた時点でなってますよ。今更です」
『……そうですよね』
僕の言葉に、横間さんは目に見えて落ち込んだようだった。
その様子が可哀想になった訳では無いけれど、僕は先を続ける。
「きっと、彼は貴方の次の手紙を待っていますよ。
泣いていたってことは、僕がしたこと悪戯じゃないってわかってもらえたみたいですし。
ここで書くのを辞めたら、それこそ裏切りで、彼が貴方を忘れられない原因になります。
だったら、言いたいこと全部書き終ってしまったほうが、いいんじゃないですか?」
『……』
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
『……そう、ですよね』
そう言って、彼女は『支払いは魂でお願いします』と笑った。