郵便屋と学校(6)
どうして僕はここに来てしまったのだろう。
「なあ、あんたいつまでそうしてるつもり」
自分でもわからないままここにやってきて、屋上に座り込んで、何度も上る、落ちるを繰り返す彼女に話しかける。
「何であんたの妹も、あんなにわけわかんないことしたんだろうね」
僕が話しかけるのなんて気にも留めない。きっと聞こえてすらいない。
「でも、そういう僕は何でここにきてるんだろうね」
誰も答えてくれないままに、僕はつぶやき続ける。
学校から帰って、すぐに仕事を始めるつもりだったのに、気が付けばここにいた。ただでさえ、仕事は溜まっている。普段のテスト終了後ですら、連日の徹夜となるのに。ここに僕が来る時間も、理由も、ないはずなのに。
「……家族、ねえ」
姉と会うため、話をするために不確定な情報にまで飛びついて、得体のしれない店にやってきた妹。その妹がやってきても、飛び降りることをやめない姉。そもそも、いったいなぜ彼女は自殺したのだろうか。そして、彼女の親はどう思ったのだろう。
そこまで考えてはみたが、全く想像ができなかった。僕には家族らしい家族は存在しない。師匠は僕にいろいろなものを与えてくれて、未だに多くの点で依存している対象である。しかし、師匠は師匠だ。老人の客を相手にしている時に、祖父という物を想像しようとして僕の脳裏をよぎってしまうことはあっても、家族ではない。そのことはきちんと理解している。そして、僕は父親の姿は記憶していてもそれがどういう存在なのかはわからないままだ。さらに「母親」の愛を受けていると、幼い頃思っていたのは錯覚だったと、今は自覚している。だからなのか、子どもを失った親の気持ちを想像することができない。家族を失った時にどう感じるのかが、わからない。僕は施設に入れられたとき、彼女に会えないことを泣き叫んだが、それが家族を失ったが故の涙だったかと言われれば、どうしても疑問が残るのだ。
死んだ側の気持ちは仕事柄知っているつもりになっている。だか、死なれた側の気持ちがわからない。
「だからかもしれない」
生きている側の気持ちを想像できないという事実に気付いてしまったから、彼女がどう思っているのか気になるのかもしれない。
「……疲れた」
ペンを投げ、畳に倒れこむ。僕が書かなければならない手紙は残すところあと2通。店にこもって2日が経過した。なんとしても今日中に終わらせ、明日まとめて配達に出かけなければならない。なぜ2日店を休業しただけで、ここまで業務が溜まってしまうのか。僕は毎回テストのたびに疑問に思っているが、仕方のないことはわかっている。霊たちにも地上に居られる時間は限られている。僕がたった2日休業しているだけでも魂が尽きて手紙が書けなくなる客も大勢いることは知っているから。
それでも、睡眠が明らかに足りない今、文句の一つも言いたくなる。
なんせ、テスト終了直後は老人の客が異常だと感じるほどに多いのだ。前にも言った通り、老人の霊は魂が少ないためにほとんど地上にとどまることができない。しかも、2日間の休業でさらに魂が削られるのだ。老人が手紙が出せないことを恐れるのは仕方がない。そして、自身の魂が残り少なくなればなるほど、一度の手紙ですべてを伝えようとするために手紙が長くなる。すると自然と僕が手紙の内容を聞く時間と核時間が長くなり、その間にまた客が増え、という悪循環が起こる。
「うあー……」
客から代償を受け取っているため、エネルギー補給はできている。それでも睡眠をとらなければ体は正常に機能しない。僕だって、特殊な体質をしていても人間だし。一応。
「残り2通、残り2通……」
これさえ書き終われば寝られる。ぶつぶつと呟きながら数時間前に聞いた手紙の内容を記憶から引っ張り出した。畳に転がっているペンを拾い上げ、睡眠不足でぐらぐらとする頭を持ち上げる。そして、ペンをぎゅっと握り、睡魔を飛ばそうと頬をつねってやる気を出した。あと2通。これさえ終われば睡眠が僕を待っている。
のに。
「……あの」
どうして今、このタイミングで彼女がやってくるのだ。
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