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郵便屋と学校(5)

夏風邪を引いていました。

「それでは、試験を開始する」

 その声と同時に裏返された解答用紙をひっくり返す音が教室中に響いた。僕もだらだらと表に返すと、ずいぶん昔に見た問題集の問題と、今手元にある問題を見比べる。見たことのある問題は記憶しているままの模範解答を書き写し、見たことのない問題は適当な答えを書いて終わらせる。そのあとは、ぼんやりとしているか、寝るかのどちらかだ。

 ようやくこれで最後のテスト。二日間も学校に通うのは疲れた。

 教卓にいる教師が、明らかにこちらを気にしていたが、僕はその視線すら無視した。テストの日しか学校にやってこない問題児。しかもブレザーの下に着ているのは規定のシャツではなく灰色のパーカー。個人写真は一枚もない。顔を見たことがある人がいない。両親もいない。学校に届けを出されている住所には住んでいない。それなのに、学校の偉い人も、市の偉い人も、何も言わない。得体のしれないやつ。学校の教師から受けている認識はまずこれで間違いない。認識どころか、事実もそれでまったく間違いはない。

 僕がこうして教師たちや教育委員会から何も言われることなく過ごしているのは、師匠がそこらの偉い人たちを説得―――という名の脅迫―――したからである。その時の約束で、学校側から僕に干渉しない代わりに定期試験だけは受けに学校へ来ることが条件として提示された。僕はそれすら面倒に思って断ろうとしたが、師匠が怨念持ちの霊を連れてこようとするのが視界に入ったので慌てて了承した。

 シャーペンを机に転がして、ぼんやりと制限時間の終了まで待つ。僕がここにいることによってクラスメイト達の集中力を削ぐことがないように、僕は極力空気になろうと努めた。協調性のない人間でも、それくらいの誠意は見せよう。本当は目立ちたくなんてないだけで、誠意でも何でもないけど。

 問題用紙を裏返して、この二日間のテスト期間でたまったであろう業務に思いを馳せた。馳せてから後悔した。毎回、テスト明けは2,3日徹夜することになる。その苦労を思い出してげんなりする。

 そして、ふと、佐久原さんのことを思い出す。

 彼女はあの日、彼女の姉の霊を見に行ってから、一度も店にやって来なかった。あれだけ必死で会って話がしたいと言っていたのに、と正直拍子抜けしたが、来ないのならそれで構わない。師匠曰く、この近くに僕ら以外で幽霊が見える人はいないそうだから、きっと、澪子さんと会うことを諦めたのだろう。ただ、佐久原さんから代償を受け取っていなかったなと、それだけ思った。けれど、あれは手紙の代筆の仕事でもないし、僕の業務内容からも外れている。どれだけの代償をもらえばいいのかの相場もわからないから、逆にこのまま縁が切れてよかったのかもしれない。

 二日間、この学校に通ったけれど、彼女の姿を見ることはなかった。去年はクラスが一緒だったが、僕は彼女が今年どのクラスに所属しているのかを知らない。興味もないし。

 そう、興味もないんだ。

 興味もないのに、どうしてか、ふと彼女のことを思い出すことがある。




「時間だ。筆記用具を置け」

 試験の監督をしていた教師が、そう声を張る。一番後ろの生徒が解答用紙を回収し、教卓へ運んだ。

 緊張感が漂っていた教室の雰囲気が一変する。生徒たちは仲のいいグループで固まって、口々にテストの出来やこの後の予定について話している。

 僕は、フードを深くかぶり直し、鞄をつかんで教室から出た。近くに固まっていた生徒たちが慌てたように僕から視線をそらし、道を開けた。自分が気味悪がられていることは知っている。だが、学校に来いとせっつかれることも、怖いもの見たさに近づかれることもないし、僕はこの状況に非常に満足している。

 昇降口まで歩き、下駄箱を開けたところで、ふと気づく。

 そういえば、佐久原さんは僕に幽霊が見えるって、どこで聞いたんだろう。

 一瞬だけ手を止めたが、すぐに思い至る。僕は気味悪がられている上に、この学校にいる誰にも身の上を知られていない。そんな奴のうわさに尾ひれがついて、あいつは呪われているらしい、いかがわしい店で働いているらしい、とかそういうことになることだってある(これは、以前に来た客が言っていた話なので、本当にそんなうわさがされているかどうかなんて僕は知らないけど)。つまりは、たまたま事実と同じ「幽霊が見える」といううわさもあったということなのだろう。

 でも、もし、そうだとすれば。

「彼女は、そんなうわさをあてにするくらい……」

 だったら、どうして澪子さんと会うことも、話すことも、やめてしまったんだろうか。

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