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郵便屋と学校(4)

予定から、一日ずれました。ごめんなさい。

「終わったー……」

 大きく伸びをすると、首がぱきぱきと音を立てる。かれこれ2時間、机にかじりついていたわけで、肩やら首やらがこるのは仕方のないことだろう。

 畳の上に寝そべると、フードがぱさりと、自分の頭から滑り落ちた。いつ来るかなど予想もつかない客のために、普段ならばすぐにフードをかぶりなおすのだが、今日はそれすら億劫に感じた。体がだるい。今日は久しぶりに長時間外にいたため、体が疲れたのだ。そして、精神的にもかなり疲れた。

「地縛霊、ねえ……」

 僕が思い出していたのは、今日の屋上の霊……澪子さんのことと、それから、佐久原さんのことだった。




 地縛霊、とは、その名の通り、何らかが原因でその場から動けなく霊のことである。たいてい、その場、あるいはその場にいる人に執着してることが多い。また、経験上その場にいる人に対して執着している場合の大半は怨念持ちだったりする。

 したがって僕はあまり地縛霊にいい思い出も印象もない。怨念を持っていない地縛霊だってもちろん存在するが、地縛霊はたいてい面倒だ。なぜなら、他の、普通に動き回る霊(地縛霊と対にして、浮遊霊とも呼ぶらしい)に比べて、エネルギー、つまり、魂の消費が遅いのである。霊の魂は、当然のごとく移動に魂を消費する。ある意味供給のできない体力なのだから、それは当然であろう。しかし、地縛霊はごく少数の場合を除いて、移動などの大規模な行動をとらないし、そんな行動はとれない。つまり、魂の減りが少ないのである。師匠なんて、10年前からの地縛霊の知り合いがいるそうだ。

 それの何が面倒なのか、と聞かれれば、答えは一つ。普通の、何の能力もない人に、「見え」てしまうことがあるのだ。

 原因は僕にも分らない。地縛霊でなくても、霊が見えることは往々にしてあることだ。ただ、たいていの場合、霊が見えるのは限定的な人であり、それは家族や恋人、親友など、近しい人である場合が多い。しかし、地縛霊になり日を重ねると、「見え」るようになってしまうようなのである。勘違いの心霊体験が多い中で、ごくまれに存在する本物は、この地縛霊が原因である場合がほどんどである。

 霊が見えたとき、ほとんどの人は何も見なかったことにして忘れてしまう。精神安定の都合上、これは仕方のないことだ。そして、見なかったことにできなかった人は、過度に怖がるか、好奇心をくすぐられるかのどちらかである。過度に怖がった場合、そのあと起こるちょっとしたことが、すべて霊のせいに思えてくる。ちょっとした物音に怯えたり、少しの冷気に反応したり。自分が呪われているのではないかと錯覚するのだ。好奇心をくすぐられればもっと厄介だ。自分が見たものが何なのか、徹底的に検証しようとしたり、あるいは自分には何らかの特殊な能力があって霊が見えるのではないかと思い込む。そのような思い込みは、混乱や問題の種にしかならない。そして、結果的に僕の業務に支障がでる可能性がある。

 という事情は僕の個人的すぎるものなので、当然地縛霊を問答無用で消したりなんてしない。そんなことしたら、師匠に何をされるか分かったものではないし。それでも、怨念持ちが多いためにどうしても苦手意識の強い地縛霊には、できる限り近づきたくない。

「澪子さんも、地縛霊なんだよなー……」

 彼女が何に執着しているのかはわからないが、澪子さんは確実に地縛霊だ。怨念は持っていないようだったが。

 しかも、何度も何度も飛び降りを繰り返している。死んでいるにもかかわらず、自分の「死」を繰り返している。今まで多くの霊にかかわって生きてきたが、あんな行動を繰り返す死者は初めて見た。どう考えても、普通の霊ではない。そのうち、怨念を持ち始めないとも限らない。

 でも、

「そっか、やっぱりここにいるんだ……」

 そうつぶやいて元々青かった顔色をより青くさせた佐久原さんが、なんだか気になった。




「ここに、いるのね」

 さらに顔色を悪くして、彼女はつぶやく。

 そんなことは気にも留めず、僕は面倒くささを隠そうともせず尋ねた。

「で、ここにいるのはわかったけれど、話するの?」

「……いいわ、やめとく」

 佐久原さんは、あれだけ姉と話がしたいと意気込んでいたにもかかわらず、首を横に振る。

 ひょっとして、本当に澪子さんと接触できる(と言っても、佐久原さんには澪子さんは見えていないが)とは思っていなかったのかもしれない。そう結論付けて、僕は「じゃあ、僕の仕事はこれで終わりだね」と彼女に背を向けた。

 佐久原さんは、何か言いたげにしていたが、僕はそれも無視して歩き出す。が、目の前に現れた存在に、僕の行く手は阻まれた。ぶつかる寸前に、慌てて避ける。

「……あんたも、こんなところで何をしているんだよ」

 屋上にまた現れた澪子さんに向かってそう呟いたが、彼女は僕に何も反応を返すことなく、まっすぐにフェンスへ向かって進んでいった。僕の目線を追って、佐久原さんも澪子さんがいるところのそばに視線をさまよわせる。

 ふと、澪子さんの視線が一瞬、佐久原さんの方を向いた気がした。

誤字脱字があれば、報告いただけると助かります。

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