郵便屋の仕事(2)
手紙の代筆が一通り終わり、大きく伸びをして時計をちらりと見やった。
2時30分。依頼人がやってきてから30分近く経過している。
まぁ、15分程度で書き終わったし、上等じゃないかななんてこと考えて、ふと顔を上げると依頼人の女性が浮かんでいた。
『字、綺麗なんですねー』
多分、純粋に褒められているんだと思うけど、僕は淡々とした口調で「それが商売ですから」と返す。
「では、明日の昼時にお届けします」
『よろしくお願いします』
女性はぺこりと頭を下げた。
最近の依頼人はなんだか礼儀正しい人が多いな。
少し前まではふてぶてしい態度で『もっと早く届けられないのか』とか言うやつ、結構いたのに。
僕は少しだけいい気分で、宛名と差出人を再確認する。
「宛名は杉原太一様、差出人は横間理穂、でよろしかったですか」
『はい』
女性もとい横間さんがうなずくのと同時に、僕はまた青い封筒にさらさらと名前を書き入れ、切手を張り、判子を押した。
「で、事後報告は必要ですか?」
『事後報告……ですか?』
僕の質問に、横間さんは首をひねる。
どうやら、そこまで詳しくは無かったようだ。
僕にしては丁寧に説明することにする。
「手紙を確かに手渡したという証明をするサービスです」
丁寧に説明したつもりだったけれど、いつもと変わらなかった。
『……それって、何か意味あるんですか?』
横間さんが首をかしげている。
確かに、この業務にあまり意味は無い。
霊になってしまえば、一部例外を除いて、壁も何も関係なくすり抜け、ものを見ることができる。
自分で生きている人間に意思を伝えることはできなくても、僕が手紙をきちんと渡したかなど、確かめることは容易だ。
この事後報告の意味は、他にある。
でも、きっとこの女性には必要ないだろう。
「まぁ、しいて言えば、その証明で依頼人との正しい信頼関係を築くためですかね」
『……はぁ。そうなんですか』
だから僕は適当な理由を述べて、彼女もそれで納得したようだった。
『じゃあ、必要ないです。郵便屋さんのこと信用してますし、信用がなければ自分で見に行けば言いだけのことですしね』
横間さんはやはりそう言って、『では、よろしくお願いします』ともう一度頭を下げた。
「……寝るか」
再び僕独りとなった部屋の畳の上に寝転がり、もう一度布団にもぐりこむ。
このまま依頼人が来なければ、昼まで寝ていることにしよう。
田村さんの手紙の相手は、割とこの近くにすんでいるから、11時に出れば昼前に間に合うだろうか。
横間さんの方は、電車を使わないとな。
そんなことを考えている途中で、僕の思考は完全に停止し、深い眠りについた。
翌朝(といっても、「翌」ではないし、起きたのも「朝」とは呼べない時間帯だが)、僕は二つの手紙をかばんに入れて、店を出た。
きっちりと「鍵」をかけて、配達中の看板をかけ、歩き出す。
確かに、霊は鍵も壁もすり抜けられるけれど、あの店の「鍵」は特殊だから、僕が外出中に店に入ることはできないし、普通の人間はあの店に気づかないから、泥棒に入られることも無いだろう。
そもそも、人間が入ったところで金目のものは何一つおいてないし、霊が入ったところで彼らは物理的にものに影響を及ぼすことができないのだから、厳重すぎる「鍵」かも知れないけれど。
そんなことを考えながら、フードを深くかぶりなおした。
こんな奇異な格好だから、人にじろじろ見られることは多々ある。
でも、僕は気にすることをしない。
声をかけられるわけじゃないし、ましてや通りすがりにフードを引っ張って脱がすような常識はずれな人間もいない。
自分からこんな怪しい人間に近寄っていく変わり者なんて、そうそういない。
だがら、この目元まで隠したフードの少年ぐらい、時間がたてば忘れられるだろうと考えている。
世の中には、もっと奇抜な格好をした人間がごまんといるのだし。
「2-35…ここか」
田村さんの住所は難なく発見することが出来たので、迷いなく据え付けの郵便受けに青い封筒を入れた。
その音に気づいたのか、依頼人の夫と思われる男性が出てくる。
僕は少しだけ足早にその場を離れ、手紙を手に取った男性の様子をちらりと伺った。
どうやら、イタズラか何かだと思って少し憤慨したように、眉を寄せている。
そりゃ、そうだろうな。
死んだ人間から手紙なんて、普通あり得ないし。
それから男性が手紙を信じようが破り捨てようが、僕には関係のないことなので、次の住所を目指してその場を後にした。