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郵便屋の師匠(6)

遅くなって申し訳ありません。

「うまい!」

 ハンバーグドリアを食べながら師匠が叫ぶ。

 僕は無言でホットココアを口に含みかけて、思わず「あちっ」と口を離した。

「猫舌は変わらねえな」

「……そんな簡単に変わるものじゃないですよ」

 だいたい、普段は何も食べないんだし。

 僕の言外の主張を読み取ったようで、師匠は「ひひひ」と笑った。

「郵便屋の稼ぎだけで足りてるみたいだな」

「……何度も言いますが、狩はしてませんからね」

 僕は目を細めながらもう一度言い直す。

「疑ってねえよ。疑ってたらお前の顔を見た瞬間殴ってる」

「……」

 師匠はハンバーグをフォークで切りながら僕の方も見ないで答えた。

 まあ、確かに師匠がそんな情けをかけてくれるはずがない。

 僕は師匠が確かにわかってくれているのだと理解し、ココアを冷まして再び口に入れた。

「お前も最初は、郵便屋をなんなのか全く理解してなかったのにな。

 修行も文句ばかり言っていただろ」

「……そうですね」

 あっけらかんと言ってくれる師匠に、僕は「……」で「文句じゃなくてまっとうな主張だ」という思いを込めたが、目の前のご老体には届かなかったらしい。

「わざわざ大量の怨念集めてきたり、競馬の過去の統計を調べてきたり、大変だったんだよな」

「…………そうですね」

 感謝しろよと言わんばかりの師匠に、僕は「…………」で「そんなに大変ならあんな修行という名のいじめはやめてくれ」という思いを込めたが、目の前のご老体には届かなかったらしい。

 ハンバーグドリアとプリンパフェを交互に食べるという、見ているだけで気分が悪くなりそうな食べ方で食べ進めていく師匠を見て、僕はこっそりため息をついた。



「さあ、この中へ飛び込め!」

「無茶ですよ!」

「無茶じゃねえ!俺に何の害もないのなら、お前にも害はない!」

「師匠はそういう体質なんでしょう!」

「いいから飛び込め!」

「僕を殺す気ですか!」

 あの老人……師匠に拾われてから、2か月が経過した。

 僕は師匠に遠慮することをやめ、師匠も無茶を言い出すようになった。

 そして、僕の「力」を抑え込む修行という名のいじめは、毎日続く。

 今日も、師匠はどこから連れてきたのか、怨念もちの霊を大量に連れてきて、僕をその真っ黒い霧の中に飛び込めと背中を押してきた。

 師匠の狭いアパートの中、ひしめき合う霊たちで既に気分が悪いというのに、その中に飛び込むのなんて僕を半殺しにしたいに違いない。

「いいから、早く飛び込めよ!」

「うわっ!」

 既に額に汗を浮かべながら後ろに下がる僕に、ついに我慢が出来なくなった師匠は僕の背中を勢いよく押し、僕は怨念の中に突き飛ばされた。

 途端に強い頭痛に襲われ、うずくまる僕をしり目に、師匠はアパートのドアを開ける。

「じゃ、1時間したら帰るから、頑張れ。霊を消すのは無しだからなー」

「ちょっと、師匠……!」

 1時間これに耐えろと?!

 そう叫ぶより早く、師匠はすでにアパートの外。

 追って外に出ようとしたが、頭がくらりとして動くことがかなわなくなってしまった。

 僕は右手を振って怨念を振り払う。触れられるものが触れると、怨念の黒い霧はあっという間に霧散する。

 少しだけ薄くなった霧にほっとしたのもつかの間だった。

 四方を囲む霊から、次々と怨念があふれ出て、すぐに頭痛はぶり返してくる。

「なんで、霊消したら駄目なんだよ……!」

 僕以外は「生きた」人間がいない部屋に、僕の声が響く。

 手を振りかざして怨念を霧散させ、霊のエネルギーを吸収してしまえば終わるというのにそれも出来ずに頭痛と吐き気に耐える。

 ちらりと時計を見やると、先ほどからまだ3分しか経過していない。 

 この終わりの見えない修行―――という名のいじめ―――はまだ始まったばかりだ。


「おーい、大丈夫か?」

「……大丈夫に見えるんですか」

 床に倒れこんで額に脂汗をかいた僕を見下ろす師匠の顔をきっと睨みつける。

 約束の1時間に38分遅刻して、師匠はようやくアパートに帰ってきた。

「ちゃんと言いつけは守ったんだな」

「……守らなかったら、何されるかわからないじゃないですか」

 僕はこの2か月で得た教訓を口にする。

 師匠は満足げにうなずいて、未だに怨念を吐き出し続けている霊を見やった。

 そして、そのまま霊たちの腕を引いて、外に出る。

 僕は怨念の無くなった部屋で大きく息を吐き出した。

 無音のアパートの一室に、僕の荒い息の音だけが響く。師匠が外で霊たちに話しかけているのが聞こえた。

「おう……そんなに恨んでやるなよ……え?……うん」

 あの、怨念もちの霊たちと会話ができる師匠の意味が分からない。

 僕は息を整えながら、痛む頭を押さえる。

 あんな、一方的な「恨み」を吐き出すだけの「感情の塊」と、まともに会話ができるはずがないではないか。

「……すまんな」

 師匠の謝罪の声が聞こえた。それによって、僕は師匠が「最終手段」に出たことを知る。

 ドアが開いて、師匠が中に入ってくる。

「やっぱり、全員と話をするのは無理があるよなー」

 頭をかきながら、師匠は僕の前に座り込んだ。

 すぐそばの冷蔵庫からサイダーを取り出し、キャップを開ける。

「……なんで、怨念もちの霊と話そうとするのか、って聞きたいのか?」

「……はい」

 僕の視線に気づいたのか、師匠はサイダーを飲みながら尋ねてきたので素直にうなずいた。

 師匠はため息をついて、相変わらず床に這いつくばったままの僕に目を向ける。

「あのな、あいつらも人間なんだぜ?」

「……」

「死んだら、そいつらは化け物になるのか?違うだろ。

 確かに、お前も俺も霊を消しちまう方法を持っているよな。

 だけど、話も聞かずにそいつの存在を消しちまうのは、それは人間を殺しているのと同じなんだよ」

「……」

「……研究所で殺されかけたお前には、わかるだろ。死ぬのは怖い。

 死んだ人間だとしても、やっぱり消えるのは怖いんだ。もう一度死ぬようなものなんだから。

 俺たちがやっていることは、死んだあとの寿命を削り取っているだけなんだよ」

 師匠はそういって、大きく息を吐いた。

「ま、お前は他の人間からエネルギーをもらわないと生きられないわけだから、前から言っているように、全部奪わないで少しずつもらうようにしなくちゃならねえ。

 わかったら、修行に励みな」

「……はい」

 僕は、師匠に出会って2か月で、初めて修行を頑張ろうと思った。

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