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郵便屋の師匠(4)

「久々にファミレスなんて入ったな」

 全国にチェーン店を持つファミリーレストランに入り、師匠は満足そうにそう呟いた。

「師匠ファミレスなんて言葉知ってたんですね」

 僕のその呟きは師匠が放った殺気によって散り散りになって消える。

 黙った僕を見て、師匠は殺気を放つのを止め、メニューに目を落とした。

 僕は何も食べないので、とりあえず店内をぐるりと見やる。

 ……と、やはり自分たちが悪い意味で目立っていることが良く分かった。

 店内の客のほとんどは、僕たちのほうをチラッと見て、すぐに視線をそらすか怪訝な顔をするかだが、若い女性などにいたってはこっちを見たまま笑っている。

「……そりゃ、目立つよなあ」

 師匠は今日も元気に青い花が真っ赤なシャツに良く映えたアロハシャツに、膝までのハーフパンツにスニーカー。

 とても、こんなご老体がするような格好ではない。

 かく言う僕も、灰色でだぼだぼのパーカーを着て、フードで目元まで覆っている。

 この格好が「不審者」と呼ばれるものであることは、当の昔に学んでいた。

「よし、ハンバーグドリアとプリンパフェにしよう」

 そして、そんなことなど気にも留めない師匠はそう言ってメニューを閉じ、呼び出しボタンを押した。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 店員さんがすぐさまやってきて、笑顔でそう問いかける。

 すごいな、こんな不審な2人組にまでこんな笑顔を向けれるのか。

 そう考えてから、自分と師匠を一くくりに自らしていることに気づいて頭を抱えた。

「おい、お前は何を食べる?」

 自分の注文を終えた師匠がそう尋ねてくる。

 僕が何も食べないことぐらい知っているだろうに。

 面倒だったので、「ホットココアで」とだけ口にした。

「ご注文を繰り返させていただきます」

 女性店員さんは未だに「営業スマイル」を保ったままで、僕は心から感服する。

 注文を復唱した彼女は、そのまま厨房のほうへ消えていく。

「お前もこのくらい笑顔で接客できるようになれ」

 師匠がそう言って僕を見たが、僕は苦笑いを浮かべただけだった。

「ま、そうやって笑うようになっただけましか……」

「……」

「最初は本当に笑わない、泣かないやつだったからな。

 俺の今世紀最大のギャグで笑わなかったのなんて、お前ぐらいだぜ」

「……」

 僕は師匠の呟きに何の反応も示すことなく、ただ、師匠の最高につまらないギャグと共に、昔の記憶を再びよみがえらせていた。



「……」

 目が覚めて、むくりと体を起こした。

 そして自分が座っている場所が冷たいコンクリートの床でないことに気づく。

 働かない頭を使って昨日の記憶を引っ張り出し、そして漸く見ず知らずの老人にここで布団を貸してもらったことを思い出した。

 そういえば、あの人はどこだろう?

 周囲を見渡そうとした瞬間、

「よう、起きたか」

「あ……」

 突然背後から声がして、驚いて振り向くと例の老人が僕のすぐ後ろに立っていた。

「飯食うか?」

 というその人の提案に、僕は横に首を振って答える。

「そうか、じゃあ俺は今から飯にするから、シャワーでもして来い」

 老人はコンビニの袋を僕に示し、それから部屋の奥にある扉を指差した。「そこが風呂場だから」と付け足して、鮭おにぎりの包みを開く。

 僕は、少しだけ躊躇しながら立ち上がり、そして着替えも何も持っていないことを思い出した。

 そのことを伝えようと老人を振り返ると、「着替えとタオルは入ってすぐのところにあるからな」と先に声がかかり、僕は小さくお礼を言ってシャワー室の扉を開ける。

 汚れてぼろぼろになった水色の上着を脱ぎ、顔を上げたところで、

「あ……」

 目の前あった鏡に自分の顔が映った。

「あ……ああ……」

 人がもつはずのない配色の左目と、縫い合わされて開くことのない右目。

 それが鏡に映っていることをその左目で確認した途端、

「ああああああぁぁあぁぁあぁあああああ!!」

 消えるということを知らない僕の記憶が溢れ出る。


  近寄ラナイデ。

  オ前サエ居ナケレバ良カッタノニ。

  素晴ラシイ実験動物ノ提供ヲ、感謝シマス。

  化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物化ケ物……!


「あぁあああああぁぁぁあああぁあぁああああ!!」

「おい、大丈夫か!」

 気が付くと、目の前に居たのはあの老人で、僕の顔をしっかりと覗き込んでいた。

「あ……あああ……」

 老人にさえぎられて、もう鏡は見えなかった。

 それだからなのか、それとも老人が僕の肩をしっかりと抑えているからなのか、僕は少しだけ落ち着いて、意味のない叫び声は少しずつ止まっていく。

 それを確認してか、老人は僕の肩に置いた手を離しながら、ゆっくりとした口調で語りかけてきた。

「ここは、あの研究所じゃない。お前は逃げてきたんだろ」

「あ……」

「大丈夫だ、お前に害を成すやつは、ここには誰も居ない」

「……」

 僕は、完全に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと息を吐いた。

「……すみません」

 小さく謝ると、老人は「気にすんな」とだけ言って、大き目のタオルで鏡を覆う。

 鏡が完全に隠れたことを確認してから、老人は付け足すように小さく言った。

「ついでに言っておくと、お前は俺には害を成せないから、そっちのことに関しても安心しろ」

 僕の体がピクリとはねる。

 老人はその様子を見て、にやっと笑った。

「俺はお前に触れられても何も起きないし、お前みたいなひょろひょろに負けるほど弱くもねえからな」

 それだけ言って老人はシャワー室を出て行き、僕は独り取り残されて呆然としていた。

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