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郵便屋の師匠(3)

続きが遅くなってしまい、申し訳ありません。

「……」

 僕はおんぼろなアパートを見て、目の前の老人をもう一度見た。

「ここが、俺の家だ」

「……」

 老人は胸を張って僕にそう言ったが、正直に言っていつ壊れてもおかしくないだろう。

 しかも、3階建てのこじんまりとしたアパートの上には何人もの「死んだ人間」が浮かんでいた。

 僕は反射的に顔をしかめたが、老人はそんな僕の表情に気づかないのか、僕の腕を引く。

「さ、遠慮なく入れ」

 僕は老人に促されるまま(というより腕をつかまれ半強制的に)アパートの一室に入った。


「ほれ、これを飲め」

 部屋に入って促されるまま座布団の上に座る。

 足の裏にこびりついた泥と血が畳を汚してしまっているが、目の前に居る老人は気にした様子もない。

 そのまま彼は紐を引いて蛍光灯の電気を付け、小型の冷蔵庫からペットボトルを取り出した。

「炭酸は健康の秘訣だ!」

 渡されたそれはジンジャーエールで、僕は別にのどが渇いているわけでもなかったが、折角頂いたものなので飲むことにする。

 力を入れるとプシュッと音を立て、ペットボトルが開いた。

 目の前の老人は既にコーラをがぶがぶと飲んでいて、僕は少しだけ躊躇してからペットボトルに口をつける。

「……っ、げほっごほっ」

 久しぶりに口に含んだ炭酸飲料は、口の中が痛くなるほどシュワシュワと泡立っており、思わずむせ返った。

 そうして、もともと炭酸はあまり得意ではなかったことを思い出す。

 飲み物を飲むのなんて久しぶりで、僕はすっかり忘れてしまっていた。

 そのことを思い出すと、「強制的に開かなくされた」右目の存在を思い出し、そして白目と黒目の色が反転した左目のことも漸く思い出した。

 僕は慌てて顔を伏せる。

 この目が、体質が、異質であることは、施設に入る前から、その中に居たときですら分かっていたことだ。

 だから、逃げてきたのだから。

 老人は明るくなったこの部屋でも目のことは一切触れてこなかったので、すっかり忘れていた。

「……?」

 すっかり忘れていた?

 そんな馬鹿な、と僕は愕然とする。今まで片時も忘れたことはなく、忘れることなど許されなかったのに。

 そろりと様子を伺うと、老人は二本目のコーラを開けるところで、僕の方を気にする様子はない。

 そうだ、彼は研究所のことを知っていたのだ。つまり、僕が異質であったことは知っているのだろう。

 しかも、この老人はエネルギーが吸収できなかった。

 きっと彼も……。

「おい坊主」

 そこまで考えたところで、老人に呼ばれ、反射的に顔を上げた。

 老人は、僕のほうなんて見もせずにコーラの成分表示を眺めながら言う。

「お前が今考えていることは分かっている。

 俺に答えられる範囲なら、答えてやる。だから、今は休め。

 ここにおいてやる」

 きょとんとした僕の方を、老人は漸く向いた。

「寝ろ、布団は特別に貸してやる」

 そう言って老人は箪笥から掛け布団を取り出し、僕に渡した。

 僕は、躊躇しながらそれを受け取り、老人に促されるまま横になる。

 すると、自分でも思っていた以上に疲れていたのか、そのまま瞼が下がり、それに任せて眠った。



「おい、聞いてるのか?」 

 師匠の言葉にはっとした。

 僕は思考の海に沈んでいたらしく、相槌がおろそかになっていたようだ。

 返事をしない僕を見て、師匠は大げさなため息をついた。

「全く、師匠不幸な弟子だぜ」

 師匠不幸って何だ、と思ったが口に出さず、とりあえず「すみません」と謝る。

「折角俺が旅の土産話をしてやっていると言うのに」

 土産話と言うよりは自慢だ、と思ったが口に出さず、とりあえずもう一度「すみません」と謝る。

 そうして、ふと師匠がドアを壊して入ってきたときに感じていたことを、僕は何の気なしに尋ねた。

「そういえば、師匠はどうして帰ってこられたのですか?」

「は?」

 が、師匠はきょとんとした表情で僕の方を見る。まるで、そんなの愚問だと言われているようだ。

「弟子の顔を久しぶりに見に来たに決まってるだろ」

「はあ……」

 本当にそんな理由で2年ぶりに帰ってきたのだろうか、と思ったが、面倒だったのでそれ以上尋ねるのは止めた。

 元通りになったドアを動かし、きちんとドアの役割をなすことを確認して僕はうなずく。

 その様子を見た師匠が、「よっこらしょ」と言いながら腰を上げた。

「ようし、飯食いに行くか」

 それは、明らかに僕も一緒に行くことが前提の口調で、

「……師匠だけで行ってきてくださって結構ですよ」

 僕はどうせ言っても無駄だろうと思いながら、一応そう言う。

「そういうなよ、つれねえな」

「どうせ僕は食べないんですし」

「師匠に付き合え、愚かなる弟子よ」

 師匠はそう言って、有無を言わせず僕の腕を掴んだ。

 振り払うこともできず、僕はそのまま外に連れ出される。

 ……見かけによらない握力も、相変わらずだな。

 そんなことを思いながら、後ろを振り返ってきちんと「鍵」をかけた。

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