乙女ゲームのヒロインに転生したので、逆ハーレムルートを突き進み王城の掌握を成し遂げました
「な、何をどうしたらそうなるのよ!!」
実に三年ぶりの再会。悪役令嬢は叫んだ。
「原作は!?魔王は!?世界の危機は!?何をどうしたら世界を救って聖女になるはずの乙女ゲームヒロインが、国を傾ける悪女になるわけ!?何をどうしたら、本来『救国の乙女』って呼ばれるはずのヒロインが、王国の毒婦って呼ばれるようになるのよーーーっ!!もう、もうわっかんないわよ!!」
そう言うと、悪役令嬢はわっ、と顔を覆って叫んだ。私はそれに「まぁまぁ」と彼女を宥めて、「そう興奮しないで」とワインを渡す。
すると悪役令嬢リリアーナは、ワインのグラスを受け取りながら、キッ!と鋭い目で私を睨んだ。
「マリィ、あんた私に言ったわよね。世界を救うためには、ことを原作通りに運ばせるしかない。どの道この世界が崩れたらあんたも私も皆等しく終わり。だから原作通りにストーリーを進めるために力を貸してくれって、あんた言ったわよね!?」
「言ったよ?言ったし、ちゃんとストーリーは原作通りにクリアした。魔王も封じて、神様とも交渉して、無事にこの先千年の平穏を手に入れた。私はちゃんと、リリアーナとの約束を果たしたよ?」
「だからって!!」
こんなことの為に汚名を被ったのではない。そう言いたげに私を睨み付けるリリアーナに、私はふわりと微笑んだ。
「分かるよ、リリアーナ。同じ転生者なのに、悔しいよね。私はこんなに愛も権威も権力もほしいままにしてるのに、リリアーナはお家取り潰しの処刑対象。私が密かに逃しはしたけれど、指名手配犯のまま。逃げ暮らす日々は、辛かったでしょう?」
「っ、わ、分かっているんなら、だったらどうして……!!」
「だってリリアーナ。最初は私のこと、殺すつもりだったでしょう?」
たった一言。それだけで、リリアーナはぴたりと動きを止めてしまった。はくはくと声が出ないのに口元を動かして、青い顔で後退る。
「ヒロインのせいで身分を失うくらいなら、原作が始まるより先にヒロインを殺そうって、そう思ってたでしょう?」
「そ、そんなの……!そんなこと、な、何の証拠があって……!!」
「証拠ならあるし、証人だって居る。不思議じゃ無かった?どうしてストーリーも何も始まってない時の、何の力もない私が、高位の貴族に狙われても生き残れたのか」
まさか、と、リリアーナが絶句する。
リリアーナはかつて、生まれ変わりを理解したばかりの時。本来ならば自分と敵対するはずだった暗殺者の少年を自らの元に引き入れていた。まさか裏切られるとは思ってもいなかったのだろう。リリアーナはすっかり彼を救ってやったつもりになっていたから、まさか憎まれていたなんて、露ほども考えなかったに違いない。
彼の両親が死んだのは、元を辿ればリリアーナ。前世を思い出す前の彼女の行動が原因だったのに。
彼は両親を失う前、孤児として路地裏に住むようになる前は、私と同じ町に住む男の子だったのに。
彼の初恋は、幼い時の私だったのに。
この世界の元であるゲームをバッドエンドまでやり込んで居なかったのか、それとも単に興味が無くて忘れてしまったのかは分からないけれど、迂闊なことには変わりない。
自らを憎む少年に、元々攻略対象として私に恋をする存在であった少年に、私の暗殺を任せてしまっただなんて。なんて迂闊で、なんて馬鹿なリリアーナ。
「私はね、リリィ。貴女が私を殺そうとしてるって、そんなに疎ましく思われてるって知った時、本当に悲しかったのよ。だって前世の記憶なんて覚えているのは、この世界で私達だけ。二人きりの理解者で、同じ故郷を持つ仲間だって、友達だって、心から思ってたのに………」
「あ、ま、マリィ。ち、ちがうわ、誤解、誤解なの、」
「悲しくて悔しくて恨めしくて、心が痛んで堪らなかった。彼が私に気が付いてくれなかったら、昔一緒に遊んだマリィだって気付いてくれなかったら、私きっとあのまま死んでたわ。現にほら、首のところには、消えない傷が残ってる」
首を隠すようなチョーカーを外して見せると、リリアーナはあからさまに怯えたような顔で肩を揺らした。血の流れ出る感覚を覚えている。死にゆくような、あの感覚。
原作が始まるよりも先に、私のところに会いにきてくれた可愛らしい女の子。唯一無二の理解者を得られたと思っていた。裏切られたと知った時の、あの絶望。
「……でもね、リリアーナ。そのお陰で私、ここまで来れたわ。そのお陰で私、とても良いことだって知れた。権力って、毒のように甘いのね」
怯えるリリアーナに、私は微笑みながら立ち上がる。ピンクブロンドのヒロインの髪。耳元に揺れるのはそれに合わせた希少なピンクダイヤの、大きな宝石。
「貴女を騙して、貴女を陥れて、原作通りにゲームを進めた。私が選んだのは大団円エンド。リリアーナも知っているだろうけど、それは、逆ハーレムエンドとも言われるエンディングでね」
「ぁ、ああ……!!」
「逆ハーレムルートを突き進んで、魔王を封じて、神様とも話して、私はちゃんと乙女ゲームを終わらせたわ。私はちゃんと世界を救って、貴女との約束を果たした。だって私はヒロインだもの。悪役令嬢とは違って、嘘は吐かないの。……騙しはしたけれどね」
青くなったリリアーナの顔。相変わらず滑らかな肌をなぞるように、頬を撫でる。
私は決して嘘は吐かなかった。世界の存続の為のより堅実な方法として、原作通りにことを進めようとリリアーナを唆したけれど、それ自体に嘘はなかった。ただ、その後のことを何も約束しなかっただけだ。リリアーナの名誉をすぐに回復してやるだとか、ちゃんとまた公爵令嬢に戻してやるだとか、そんなことは一言も言わなかっただけ。
リリアーナはあの頃、私を純粋な女の子だと思い込んでいたから、疑いもしなかったのだろう。
結局私はゲームが終わった後、こうして三年もの間リリアーナをそのままにした。リリアーナは三年もの間追われる身となって、何度だって思った筈だ。
ああマリィ、どうか助けて!と。
あの夜、死にかけた時の、まだリリアーナを誰よりも信頼していた私が思ったのと同じように。
「ねえリリアーナ。私はこの三年、どうしたら貴女を一番追い詰められるだろうって、そればかりを考えて過ごしてきたわ。それでね、思い付いたの。貴女はほら、お金と権力がとても好きだったでしょう?」
何せ、その為に私を殺そうとしたほどだ。
微笑む私に、リリアーナはひっ、と喉を引き攣らせる。
「そして、お金と権力の怖さを、誰よりも知っている人でもあった」
「ま、マリィ、マリィ。ゆ、ゆるして、あ、謝るから……!!」
「ねえリリアーナ。私が貴女の指名手配を解いてあげる。貴女の罪を軽くして、貴女に、城での仕事をあげる。貴女を誰よりも憎むこの私が、誰よりも大きな権力を手にしている王城で、暮らすことを許してあげる」
うっとりと目を細める。怯えるリリアーナの、なんて可愛いことだろう。
ゲームが終わってから三年が経った。私は今この王城で、あらゆる全てをほしいままにしている。逆ハーレムエンドを迎えた、私が攻略した男達は皆この国の中枢を握る者ばかり。権力を与えてくれる男には困らなかった。
私はそうして、この王城を手に入れた。王城を手に入れるということは、国を手に入れるということだ。
私はそうして、誰にも負けない権力を手にしたのだ。本来は、誰よりもリリアーナが欲しがっていた筈のもの。
まぁそのせいで、本来『救国の乙女』と呼ばれるはずだったヒロインは、私は『王国の毒婦』と呼ばれるまでになってしまったけれど、所詮それは原作でもエピローグで明かされるだけのほんの一文。きっと些末なことだろう。
「嬉しいでしょう?リリアーナ。貴女が夢見た、王城暮らしよ」
まぁ、貴女が誰よりも求めた王太子はもう、とっくに私だけの男になってしまったけれど。