9話 多数憎悪
1日ぶりに続きです。
まだまだ嫌な展開は続きます。
「うああああっ!!!!お父さんの仇!!!」
少年はそう言いながらライツェルへと突っ込む。ライツェルは驚きつつも回避した。いくらジョブを失ったとはいえ、長年培ってきた戦闘の勘がそうカンタンに鈍る事は無く、ましてやこんな少年の拙い攻撃が当たることは無かった。
「こら、やめないかいユーセ。この人は仇なんかじゃなくて、私たちの恩人だ。どうしてそんな事を言うんだい?」
おばあさんがそう言うと、彼は涙を浮かべてこう言った。
「だって、だってこの人勇者なんでしょ!?この人がもし間に合っていたら、きっとお父さんだって死ななかったんだ!!!その間ずっと呼んでいたのに、来てくれなかった。世界の英雄だとか言われてけど、僕にとっては来てくれなかったから悪い人だ!!」
そう言うと、再び持っていたナイフを向けるユーセ。それを見たおばあさんはため息を吐きながらナイフを後ろから奪い取る。
「ああ!!!何するのさ!!!」
「何をするはこちらの台詞さね。こんなもんを人に振り回すなんて一体どこの誰が教えたんだい!?...確かにアンタの父は魔物に襲われ死んださ。でもね、だからといってこの人を恨むのはお門違いさ。恨むなら魔物や魔王を恨むんだ。この人はむしろ守っていてくれたんだからね。そのお陰で娘、そしてアンタが助かったんだ。」
「うう、それでも!!!」
なおも食い下がるユーセだったが、おばあさんの視線を前に抗うのをやめて拗ねたように顔を背ける。
「全く......。恨む相手が違うんだよ。それにね、大切な人を失ったものが別の人に武器を向けるもんじゃないよ。その手はこれからを拓くためにあるんだ。誰かを殺す為のナイフを握る手じゃないんだよ。わかったかい?」
そう言うと、ユーセはしょんぼりして去っていった。彼の顔がライツェルの挫けて曲がりかけの心に突き刺さる。
「...悪いが、許してやっておくれ。」
「勿論ですよ、子供のやる事ですし...。それに、彼の言いたいことも分かるんです。俺は確かに人を助け魔物を倒してきました。ですがその裏で、傷ついたり命を落とした人は何十、何百、何千といるでしょう。残された人にとって、今恨めるのは俺しかいない。それくらいは分かるんです。」
ライツェルは先ほどのギルドの件もあり、少しだけそういった事も分かるようになっていた。自分がやってきた事と、実際に救われた側の想いと。そして救われなかったものを待ち続ける人の想いと。
その全てを理解出来るほどまだ落ち着いてはいないが、しかしそう言った事もあるというのは痛いほど理解した。サンドバッグになる気など無いが、もし国民の為に必要とあらばなる他ない。それが英雄となった彼の務めだとライツェルは信じていた。
「それは、ありがとうねぇ。.........彼はね、魔物との戦いの時に逃げ遅れて両親とずっと隠れていたんだ。そんな中で逃げるチャンスがあって、親二人と出たんだ。でもね、残念ながら魔物の内の1体に気づかれちまったのサ。結果、息子と妻を逃がす為に彼の父親は尊い犠牲となった。ユーセはあの日以来笑わなくなった。それでアンタを恨むようになったんだ。私がいくら悪いのは魔王で、魔物で、敵であって勇者様じゃないって何度も説明したんだけどあの感じでね。」
おばあさんはそこまで言うと一区切りついたように息を吐き、そして最後言った。
「それにあの子も本当は分かっている筈なんだ。でも、踏ん切りが付かないみたいでね。だからずっと見守って、もし何かあれば娘と二人でなんとかしようって話をしていたんだ。でも何とかって言っても無理だったねぇ。結局アンタが来て、あの子は復讐に走った。迷っていてもいざその対象が現れると全て吹き飛んでしまうのは人間の悪い癖、とも言えるかもしれないねぇ。いくら言い聞かせてもその時の想いとかってのは消えないもんだねぇ。幸いというかなんというか、アンタはそうカンタンにやられるようなタマじゃなかった。助かったよ、孫が犯罪者にならなくて済んだ。」
「い、いえ.........。」
ライツェルは反射的に返事した。本当は少し心がちくりと痛んだが、彼の勇者たる所以である優しさがそれを表に出すのを拒んでいた。
「いとも簡単に人生ってのは狂うモンなんだねぇ。全く、嫌になるね。」
「全くです.........。」
おばあさんの台詞は、今のライツェルにとって他人ごとでは無かった。勿論例え勇者のジョブを剥奪されていなかったとしても他人ごとでは無いのだが、今の状況では尚更それが加速していた。
「何回も言うようだけど、アンタが悪い訳じゃないからね。魔物が全て悪いのさ。......まあ、だとしてもやりきれない部分も多いけどね。とはいえ終わった事をいつまでもぐちぐちというのは愚か者のする事さね。今を生きている人間は生きる事を前提とするべきなのサ。...アンタもあんまり思いつめんじゃないよ。少なくとも今の状況で救われた人や助かった人は圧倒的にアンタを好意的に思っているからね。アンタは今まで通り胸を張って勇者として生きればいいのサ。文句を言う奴の事なんて気にしちゃいけないよ。そんな事に脚を止めていたら、アンタ自身の幸せなんて一生掴めないからね。ここからが正念場だ。頑張るんだよ。」
そう言うと、おばあさんは店へと戻っていった。孫、であるユーセが店の中からこっそりと覗くのが見えた。まだ敵意があるようで、睨みつけられているような視線を感じる。ここに残るのは彼の精神衛生上的にも良くないと判断し、ライツェルはここを去った。
ユーセの件から3日経った。
あれ以来色々な店を当たり、就職するべく手あたり次第に面接を申し込んだが全て跳ね返された。殆どはジョブが無い事だったが、極稀にジョブが無くてもいい仕事が見つかった。
だがそれは薬物の仲介や人身売買といったライツェルじゃなくても毛嫌いするような違法なモノだった。ライツェルは正義感が強い。そんなものをやる事は無いし、仮にやる事になってしまったら周りの人間をしばき回してしまうかもしれない。
しかしそうは言っても選り好みが出来ないのもまた事実であった。実際のところライツェルに出来る仕事などこの世には存在しないのではという程見つからなかった。
3日目最後の面接を終え、がっかりした様子で通路のベンチに座るライツェル。
「はぁ~~~~っ、まさかここまで見つからないなんて。どうしようかな。流石に違法な仕事はやりたくないんだよなぁ。......行きにくいけどギルドで最低限の仕事でも受けようかな。生活費は大事だし......。」
思わずため息が零れるライツェル。思い出すのはかつての戦いの日々だった。
あの時は確かに死と隣り合わせだったし、ロクに眠れない日もあった。毒に苦しんだり、死にかけた仲間を看病したり。或いは喧嘩したり、時に話をして盛り上がったり。辛かったが、楽しい日々だった。
それに比べ今は確かに死の危険は格段に減った。毒になることも無いし、仲間が死にかけているのを見る事も無い。でも、誰かと話して盛り上がることも無ければ、特に戦いは無いのに眠れなかったりする。やりがいも無ければ同じところで戦う仲間も居ない。むしろあの時よりも厳しいんじゃないだろうかと思う程楽しくなかった。
「今頃は充実した生活を送る筈だったんだけどな。まさかこんな事になるなんて。...今頃みんなは何してんのかな。俺のこの姿を見て、なんて思われるのだろうか。恥ずかしいよ全く。」
旅の中で様々な悪い事態を経験したが、まさか旅が終わっても同じような想いをするとは思っていなかった。むしろ単純な戦いというだけなら旅の時の方がマシだったくらいに思える。どんな絶望的な状況でも最後には必ず見えた希望の糸すら見えないのは流石に厳しい。
「かといって、流石に仲間のところに世話になる訳行かないからな。きっとアーリエ辺りは色々心配してやってくれそうだし、ガルブもあれはあれで面倒見がいいからなんやかんやで働き場をくれそうではある。ラズは分かんないけど、まあ意外とあれで困っている人を見捨てない部分はあったし仲間のよしみで飯くらいはくれそう。でもそれじゃあ折角いいモノを色々譲ってくれたアイツらに申し訳が立たないからな。もう少し頑張るほかねえか。」
うーんと頭を捻りつつも、なんとか考えがまとまったライツェルはベンチから立ち上がる。
「さて、夕飯買って帰ろう。」
そのまま近くの出店でメシを買い、その場を後にするライツェル。彼の家は現在無い為、今はたまたま見つけた街の外れにある誰も住んでおらず管理も無い崩れた家の中に住んでいる。
崩れているので外から見える部屋が多いが、幸い彼はそこまで気にする方では無かった。川で身体の汚れを落とし、買ってきた安い食事を食べてすぐ寝る。これが彼の最近の日常だった。
彼は考えがまとまった事でしっかりとした脚で帰っていくが、その後ろ姿を何者かが確認していた。
フードを被った小柄な影が路地裏へと入る。
「おい、本当にあれなんだろうな?」
その先で待っていた戦闘服のようなものを着た男が問う。
「ええ、間違いないでしょう。彼がライツェル・ガリウス・ビットリーグ。正真正銘の勇者です。」
それに対しその男はかったるそうに返事をした。
「ちっ、あれがか。随分とまあしょぼくれてんじゃねえか。まあいいや。俺も丁度最近は依頼がなかったし、ちょうど良いクラスだな。で、報酬はいつ、どれくらい寄こす?」
「あの男を片付けたら言い値でいくらでも払ってさしあげます。ただし、ちゃんと片づけたという証拠も持ってくるんですよ。じゃなければこれは無かったことにしますので。」
「ちっ、分かってらあ。しかし、言い値とは大きく出たな。まあ前金は貰ってっからちゃんと払えるのは分かってっけどな。なんでそんなに勇者を嫌うかねぇ?」
男は路地裏に潜むヒットマンであり、今まで何人もの貴族や有力者を葬ってきた実力派である。しかも証拠を残さないので何かとお偉いさんや貴族などに利用されている。その為、何度かこの女にも依頼されている顔馴染みだ。
そして小柄な女は何処か気品があるが決して正体を掴ませたくはないかのようにフードを深く被っており細心の注意を払っている。今回の事は誰にも話していない。完全に私怨であり、バレたらただでは済まないだろう。だがこうでもしないと落ち着けないそんな状態にあった。なおこの女の正体を男は既に聞いている。
そのあまりの怒りからぷるぷると震える小柄な女。しかし怒り以上に自分の話はしたくないようで、無言を貫き始めた。それを見たヒットマンの男は言う。
「はいはい、いつものダンマリですか。そんじゃあ行ってくるぜ。...しかし勇者の奴も可哀想だよな。まさかここまで自分が嫌われてると知るなんてよぉ。ギルドの荒くれ冒険者に話したのもてめえだろ?金持ってる奴ってのはえげつねえ事するもんだな。」
言いつつナイフを磨く男。これから何をするのかが鮮明になり、ひとまず愛用の武器を磨いて綺麗にするのだった。
むっとした様子の女はその男の話に返答し、笑顔たっぷりで嫌味を返す。
「余計な事を言うと支払ってさしあげませんよ?」
女の返事に困るどころか、男は少しだけ嘲笑うかのような雰囲気を出しつつ言った。
「おっ、いいのか?そんなことしたら依頼は果たさねえぜ?」
「でしたら前金を返して頂きましょうか。依頼をするからと渡したものなので。」
「はっ、貰ったもんを返す馬鹿が何処に居るんだよ。アレは依頼料とは別の気持ちだろ気持ち。」
2人はにらみ合うも、この瞬間が無駄だと気づいた女がため息とともにさらっと元の顔に戻る。
「......とにかく、奴を倒し証拠を持ってきなさい。話はそこからです。」
「へいへい、了解よっと。そんじゃあちょっくら行きやっかねぇ~。」
その一言と共に男は夜の闇へ一瞬で消えた。最初から居なかったかのような素早さには毎回驚かされると女は思う。
「全く、最初からそうしていればいいんですよ。」
そう言うと、女もまた路地裏から踵を返し夜の暗がりへと消えていった。
怪しげな奴らの登場、そして...。
次回もお楽しみに。