8話 日常崩壊
超久しぶりの2話連続公開です。
どうぞ~。
城を半ば追い出されるような形で出たライツェル。まだ若干先ほどの動揺が残ってはいるが、歩いた時に少しは落ち着いた。
「まさか、あんな風に思われていたとはな。」
今までにも俺の方が勇者に相応しいと決闘を仕掛けてくるものはいた。しかし、そんな人間も決闘に負ければライツェルを認め、よき旅人として彼を見送ってくれた。またとある国の王も自分を権力争いに巻きこもうとしたが、その王の娘が色々と動いてくれた。自分たちに対し悪意を持ち、復讐の為に近づく王位継承者が居るとは夢にも思っていなかったのだ。
「確かに、ずっと頑張ってきていたのに俺みたいなのに役目を奪われたら怒りたくもなるか。とはいえ俺だってなりたくてなった訳じゃないしな...。しかも今は奪われたし。なんてこった。」
ため息を吐きつつ街の道を歩く。露店で串焼きの肉が売っていたのを見て、腹が減ったなとみるライツェル。手ごろな値段で販売されているそれを目にしながらお金を出そうと財布を出す。
そして気づいた。
「あれ?そういえば、俺金あとどれくらい残ってたっけ。ここにあるのがこんだけで、俺の貯蓄があれ。で、まぁ後は財宝というか秘宝があるけどあれは売りたくない。と考えると......。」
顔を悩ませ、顎に手を当てて考えるライツェルだったが、不意に顔を蒼白にさせて叫ぶ。
「やべぇーーーっ、もう金がねぇーーーーーっ!!!!!」
それを聞いた周りの面々が驚いた後に、失笑する。その反応に思わず赤面しながら、「すみません。」と声を出してその場から去るライツェル。大声を出したのも恥ずかしいが、金が無いと周りに知られてしまうのもまた恥ずかしいものであった。
歩きながらも独り言が止まらない。
「はぁ~っ、意外ともう金なかったんだな。就職はきついし、王家もあてに出来ない。旅のはじまりは正直、こんな事になるなんて想像もしていなかったな。贅沢とは言わんまでも食うのに困らない生活を一生続けるんだと考えていた。まさか食うのに困るどころか就職に困るなんて。」
夢はそんなに大きく持ったつもりは無いが、流石にここまで実現しないものとも思ってはいなかった。意外とシビアなんだな、と改めてため息を吐く。
かといって、今更村で畑仕事をすることに戻る気はなかった。そもそも、冒険に出る前に売り払ってしまったので今更戻る事も出来ないが。
「さてと、金がない以上是が非でも稼ぐ必要がある。遠いドワーフの国だったら身分無しでもどんな奴でも参加できる鉱石採取なんかもあったんだが、ここは人間の国だしなぁ.........。身分必要無しで稼げるいい仕事、無いかなぁ?」
そう嘆きながら道を歩いていると、戦士のような恰好をした男とすれ違う。その男は隣の筋肉質の男と、逆の方にいる妙に色気のある女と一緒に歩いていった。それを見て思い出すライツェル。
「そうか、その手があったか!!!」
そう言うと一目散にとある場所を目掛け、走っていくのだった。
ライツェルが走って向かった場所。それは、冒険者ギルドである。
冒険者ギルドとは、簡単に言えば依頼所である。依頼を登録者が受け、そして以来の達成で報酬を得る。報酬は金が殆どだが、たまに金以外の物も報酬に上がるなどする。
ギルドに登録すれば様々なサービスが利用できる上、登録も簡単で且つ組織内の様々な施設も利用可能とあって冒険をするのなら必ずといっていい程入っておくべきものである。そんなギルドでは登録に特に身分の証明は必要ない。それは正体を明かせない者でも生活を出来るようにするためという暗黙のルールがあるからである。勿論それが犯罪者だったりした場合に関しては後で処分がある事もあるが、基本的にはどんなものであろうと受け入れる。それがギルドである。
ギルドで利用できる施設には素材解体所、カジノ、バー、銭湯にレストラン、図書館などが利用できる。全て隣接されており、そこから無料で入ることが出来る。サービスとしては、依頼の斡旋や戦闘訓練、武器・装備修理に素材買取、教材による研修や講義、また旅の心得やトレーニング教室など様々なものがある。
大体の冒険者は登録しており、登録していないとむしろ珍しいとされる。ライツェルたちも漏れなく加入しており、何度かお世話になった事もある。
そんな施設だ。
さて、そんなギルドへと辿り着いたライツェル。ギルドは煌びやか、というよりはどちらかというと質実剛健なイメージを醸し出しており、龍を模した像があるが素材は黒い鉱石で出来ており、建物も地味だが大きく屋根も立派なものとなっている。中に入れば荒くれ者たちがロビーで談笑し、カウンターで依頼の話が広げられている。そんな空間である。
ライツェルは久しぶりの雰囲気に興奮しながらも扉を開ける。中には冒険者たちが集っており、革と漢の臭いが漂っていた。だがカウンターには並んでいる人はあまり居らず、盛り上がっているのはロビーだけのようだった。
依頼の看板を見に行くも、かつてのような依頼は無く、地味な薬草採取や鉱石処理、または家事の手伝いなど報酬が少なく面倒な仕事ばかり残っていた。こんな感じだったかなと思いながらもライツェルはロビーへと向かう。
「あの~、依頼の件でお話をお伺いしたいのですが...。」
そう言うと、カウンターの端にあった幕から面倒そうにおばさんがやってきた。前は若い娘だったが、この状況で辞めたのだろうか。そう思っていると、彼女は話し出した。
「で、何の用だい?」
「あ、えっと、今ってその、高額依頼とか魔物討伐以来は無いのでしょうか?」
そう聞くと、おばさんは少し驚いたような顔を見せた後、呆れと笑いの入り混じった顔で答える。
「アンタ、まさか知らないのかい?魔王が倒されたから魔物は激減しているし、高額依頼が入るような野生の魔物はどんどん消滅していっているんだ。今やそうカンタンには見つからないね。」
そう伝えられ、ライツェルは思わず目を剥いた。
「世界が平和になったのはいいけどね、でもうちらみたいなこういう職やってる人間からすりゃ困っちまうんだよ。何せ依頼自体が減るから仕事が無くなっちまうんでね。全く。」
そう言われたライツェルにとってその話はまさに青天の霹靂であった。まさか自分たちが人助けだと思ってやってきた魔物の残党狩りが、まさか巡り巡って自分の首を絞める事になろうとは。
「......ひょっとして、もう魔物はほぼ居ない感じ?」
「さっきからそう言ってるだろう!魔物は勇者様たちが倒して、今じゃめっきりさ。」
この話を聞いて、今までに思った事の無いほどかつての自分を恨む。あの時一匹、いや二匹でも残していればこんな事には...。そう悔むももう遅い。ライツェルは諦めて、少しでも稼ごうと再び看板へと向かう。
すると、先ほどまでテーブルに居た男が何やらこちらに近づいてくるのが見えた。ライツェルは彼も看板に用事があるんだろうと思ったのみだったが、その男はこちらに近づくとそのままライツェルをじろじろとみる。
不快になるほどの視線をぶつけられたライツェルは、平静を装い聞く。
「あの、私に何か御用でしょうか?」
すると、その男は半笑いで答えた。
「いや~、かつての勇者様も堕ちたもんだな!!まさかこんなしょぼくれギルドで仕事探しだなんてよ!!!!」
そう言うと、テーブルを囲んでいた無数の人間が大笑いする。ライツェルがぎょっとして向くと、そこにはこちらをじっと見つめて大笑いする沢山の人間が居た。思わず後ろへと後ずさるライツェル。
何故自分が笑われているのかもわからず、誰かに聞こうと先ほどのおばさんを見るが、そのおばさんは驚いた顔を晒した後にこう告げた。
「へえ~、アンタが勇者様だったのかい。いや笑えるね。私たちの仕事を奪ったアンタが、まさか目の前に居るとは...。しかも落ちぶれてね...。くくく、こりゃ愉快だ!!」
その言葉に怒りよりも恐怖が勝つライツェル。何故自分はこんなにも言われているのか、本気で理解出来なかった。人助けの旅をしていたというのに、何故か嘲笑されていた。
「な、何で俺が勇者だってみんな知っているんでしょうか。俺、顔を見て勇者だと分かってもらえたことあまり無いので不思議なんですが...。」
その言葉に男たちは言う。
「はっ、前にここに来た女が言っていたんだよ。黒髪で蒼い鉱石のついたネックレスをした男がもし来たらソイツが勇者だってな。」
その言葉に唖然とするライツェル。何者かが自分の正体を告げただけでなく、ヘイトを動かしたようだ。その事実が恐怖を引き立てる。
その女性は何者なのか、自分が知る女性なのか。
いきなり飛んできた様々な情報に圧し潰されそうになるライツェル。しかし、何故ここまで笑われているのか、それが一切分からない。
「あ、あの!!!俺が何かしましたか!!??何故俺は今、笑われてるんでしょうか?!」
そう叫ぶや否や、一瞬の静寂の後更に笑いは広がる。先ほどまで笑っていなかった奥の席のグループまでもが耐えきれないように嗤う。
「ははははは、何故笑うって当たり前だろそんなの。俺ら、今スゲエ生活苦しいの。お前勇者なんだろ?いい報酬貰ったんだろ?羨ましいなァ。どんだけ貰ったんだよ!!!なあ!!!!」
「いや、民の事を思って受け取らなかった。だから俺は一銭たりとも受け取っていない。」
「は、そうかよ。でも俺らの生活を苦しめたのはてめえだよな!?なのにその当の本人がこの生活って、笑わずにいられるかよ!!はっはっはっはっはっは!!!!!」
ライツェルの弁解も空しく、馬鹿笑いを続ける人々。そんな彼らに対し毅然と向き直りライツェルは言う。
「待ってくれ。確かに残党狩りをしたのは事実だ。それについては申し訳なかった。でも、魔物が居ない世界の方がいいじゃないか!!俺だって苦しいが、それでも平和の方が何倍もいい!!そうは思わないのか!?」
そう言うと、笑っていた彼らは唐突に笑いを消した。
「あ?何言ってんだてめえ。んなモン当たり前だろ。でもなァ、そのせいで自分達の生活が脅かされてんだよ。こっちは妻と子供がいるんだ。じゃあてめえはその苦しい生活で俺の妻と子どもの為に金払ってくれんのか?!無理だろ!?平和の方がいいったって限度が有んだよ。俺らはなァ、みんな魔王が居た方が豊かだったぜ、今の何倍もな。正直こんな事になるなら平和なんかクソくらえだ。分かったらそのツラ見せんな。二度とくんじゃねえ!」
その言葉と同時に、あちこちから石やボウル、或いはコップが投げられる。ライツェルは持ち前の動きでそれを回避するが、自分が助けたと思っていた人たちが本当は苦しんでいた事実。そしてその彼らが自分を恨んでいたという衝撃に心を取り乱され、少しずつ当たって血を出しながらギルドから出て行った。
ライツェルの目には涙が浮かび、傷ついた身体を押さえながら悲し気に出て行った。それを見た男たちは悪を制圧したと大喜びした。彼らも本当は気づいている。根本は魔王だったし、中には仲間や家族を魔物にやられたものもいると。だが、実際自分達の生活が脅かされているのも事実で。そして何より、文句を言う先の魔王が死んでしまったのが原因だった。そうなると次は、平和にした張本人・勇者を恨むほかなかった。今の彼らにとっては誰かに責任転嫁することが唯一の楽しみであった。腐っているが、実際のところ人間などこんなものである。
道をボロボロの身体を引き摺り歩くライツェル。先ほどの攻撃はほぼ避けたつもりでいたが、実際には衝撃であまり回避できておらず、あちこちに皿の破片やコップが突き刺さっていた。
「痛い、な。......身体だけじゃなく、心も...。どうしてこんな事に......。もう俺は勇者じゃなくなった。神に見放され、王家に見放され、俺より上の奴らには勇者ではなくなった無能の烙印を押された。でも、一般市民からは俺は勇者だと思われ続ける。正体を何者かが晒している今、きっと彼ら以外にも知る者がいる。俺はその彼らからも恨まれる。これからずっとそうなるのか。...なんでだ、ただ世界をひたむきに救っただけなのに...。嫌だ、もう嫌だ...。何で...。」
あまりの悲しみと怒りと嘆きで回復すら忘れ、ひたすら歩き続ける。そしてこの日以降、変わった事があった。
まず、ライツェルは道行く人にひそひそと陰口をたたかれるようになった。それだけでは済まず、歩いていれば後ろから水をかけられ、座っていれば頭を殴られる。
家だけは知られないようスキルを使って入ってはいたが、時間の問題だろうとでも言わんばかりにライツェルは追い詰められていた。
彼は縋るように神に祈った。頼む、なんでもする。何でも捧げるから勇者のジョブを返してくれと。しかし現実は無情。勇者に戻る訳も無く、ただただ時間だけが過ぎていった。
ある日彼がこっそり出店でメシを買いに行ったとき。その出店はどんな人間にでも商品を売ってくれるとして元犯罪者や事情がある人間にも優しい店だった。
その店に行くと、おばあちゃんは何も言わずに焼き鳥の串を用意してくれた。それを食べた時、今まで溜まってきた絶望や不安、そして悲しみが押し寄せ涙がこぼれた。とめどなく溢れる涙をこらえる事が出来ないライツェルを優しく見つめ、おばあちゃんはずっと慰めてくれた。
彼は一通り泣いた後、恥ずかしそうに笑った。
「あの、ありがとうございました。...俺の事、本当は分かっていますよね?何故こんなにも良くしてくださったんですか?」
するとおばあさんは言った。
「ふふ、アンタは覚えちゃいないかもしれないけどねぇ、あたしゃアンタに救われたんだよ。街の外れで盗賊に襲われた時、アンタが身を挺してアタシを庇ってくれた。それだけじゃない、奪われた物も取り返してくれた。娘と孫も帰ってきた。なんと嬉しかったか。それだけでも十分なのに、魔王まで倒したと聞く。街の人たちの言い分も分からなくはないがね、でも世界を救った方をこんなにして良い訳が無いんだよ。例え自分が辛くとも、誰よりも辛い思いをしてきた方だろうしねぇ。それにね、あたしゃ若い人間が頑張っているのが元々好きだったのサ。だからアンタも助けたくなった。それだけさね。」
そう言われ、再び涙が零れそうになるのを押さえる。ありがとうと感謝し出ようとしたとき、おばあちゃんが叫ぶ。
「アンタ、後ろ!!!」
そう言われ振り返ると、そこには。
ナイフを持った少年が自分目掛けて突っ込んできていたのだった。
怒涛の展開です。
しばらくライツェルくんは運命からいじめられます。