6話 就職苦難
久しぶりの投稿ですな。
今回から新章開始です。宜しくお願いします。
事の発端は別れから1日経った時間まで遡る。仲間たちと別れたライツェルは最初まず職を探そうとしていた。その為に拠点が必要だった。家か、それに近いものを手に入れなければ安心して眠る事も出来ない。
そう考え、あらゆる不動産に行ったが、世間とは案外シビアなもので例え名前があの勇者と同じだとしてもジョブ...いわば肩書が無ければ家は購入できないという。
資金があればいいんじゃないかとも思うかもしれないが、最初の頭金を貰った後行方をくらます者も多くそういった審査は厳しいという。ライツェルは粘り強く交渉し続けたが、誰からも結局交渉を受ける事は出来なかった。
ならばせめてすぐに職へ就こうと考えたが、これが良くなかった。
そもそも、信用がジョブで決まる社会云々はあまり関係なくそもそも無職というジョブが存在する事が有り得なかった事の為誰も信用する者が現れなかったのであった。ライツェルはすぐに街から色々な店へと赴いた。
しかしライツェルがどんなに自分を売り込んでも、「そもそもジョブが<無い>なんてねぇ......。言っちゃ悪いが、アンタ不気味だよ。」だとか、「そもそも無職なんてジョブあんのか?アンタ、本当は違うジョブなんじゃないだろうね?そんな奴は採用しないよ!!」と追い出されてしまい話にもならなかった。
追い出されるたびに心では不安と悲しみが押し寄せたが、しかしまだチャンスはあると決してあきらめなかった。少なくとも魔王討伐の際の恐怖よりは今の平和な世の方が断然マシだと考えていられたため、そんなに悲観というほど悲観はしていなかった。
ただそう考えていられたのは最初の方で、段々断られるたびに不安は強まり彼はどんどんと追い詰められていった。
旅の最中に稼いだお金は王様の権限で彼らのモノになるというルールがあった為、それのお陰でなんとか食いつないではいたが、このままでは1年と経たずに金欠となってしまうだろう。
旅では魔物討伐の際手に入る骨や肉を売った売却金の他に、助けた村からの感謝としての礼金やギルドでの討伐報酬があった。これを貰いつつ、装備を買ったり薬を買ったり、あるいは趣味のモノを買っていた。
王様の権限により確かに自分たちの手に入りはしたが、逆に旅の経費も全て自分たちで稼がなければならなかったためそこまで大量の資金を残す事は出来なかった。
とはいえ、全員で分割しても1年は持つくらいあった為分けつつ、ボックスに整理せず入れてあった秘宝も分けてあった為困る事はしばらく無いだろうと思っていた。
仲間たちのガルブは騎士団に入るらしいし、アーリエは元から修道女だ。ラズもきっとあの調子であれば魔法学院の研究チームに入る事だろう。そうなると、自分だけが無職になる。それは勇者というよりかは人間の誇りとしてダメだろうとライツェルは考えた。
彼らは最後、別れる前に無職となってしまった自分が少しでも時間稼ぎが出来るようにとなるべく高価そうな秘宝を譲ってくれた。とはいえ、苦労して手に入れたものも多い為そう簡単には売りたくない。ましてや肩書が無い為買い叩かれてしまうという可能性も含めると。
なるべく早く就職先を見つけなければ秘宝を譲ってくれた仲間たちに面目が立たないと必死に頑張ってはみるものの、そうカンタンに見つけられるほど容易ではなく...。
日に日にライツェルは追い詰められていった。
「まさか、こんなに就職がきっついなんてな~~」
そうぼやいたライツェル。手には近くの商店で買った今日までの賞味期限のパンが握られていた。ぱさぱさでそんなに美味しくないが、文句も言っていられない。安いことにだけ感謝して口に詰め、水で呑みこむ。
手持ち無沙汰となった彼は立ち上がり、そして路地裏から出る。まがいなりにもかつて勇者だった存在だ。一般は意外と彼の顔を知らないが、そうは言っても知っている者も割と居る。そんな彼にとってこの世界の象徴が質素すぎる食事を摂っている所など見せられるものではなかった。
歩きながら彼は改めて就職について考える。
「俺はジョブが<勇者>になったころからずっとそれだけ考えて生きてきたからな~。これから路頭に迷う事は無く、必ず王家が用意したポストに就けるからそれ以外の事はあんまり考えてこなかったんだよな~。夢も特になかった、というかあっても考えなかったし。」
この世界の者にとってジョブとはその日以降人生を謳歌するための職業であり、世界を生きるための相棒である。その為それ以外の事は基本考える事なく生きていく。
ライツェルにとっても例外ではなく、あまり他ジョブを意識する時間は無かった。世間的にはジョブをある程度育てた後何処かの就職先に就くのが一般だが、幸い、いや今となっては最悪の事態としてだが王家が用意した必ず就職できるポジションがあった。
その為席すら決まっていたライツェルは他人に比べ尚更他職など意識できなかった。彼はそういう生き方であった。
結果この様である。彼は正直かなりがっかりしていた。頑張って懸命に生きてきたし、人だって守ってきた。自分の利の為に戦っていた訳では無かったにしろ、生きていく為の生活を支える報酬は当然欲しかった。だから努力を重ね魔王を討ち取った。
その結末はこれである。ジョブを奪われ、格を奪われ、挙句今じゃ就職すらまともに出来ない体たらくだ。情けないという想いの他に、何故自分だけがという想いが浮かんでは消えた。
正直、今は神のかの字も聞きたくない。神のせいで失ったものが多く、何故せめて代替職を与えてくれなかったのだろうという想いしか湧かなかった。
まさかここまで就職が大変だとは。知らなかったとはいえ、舐めていたのかもしれないと自分を恥じたライツェル。今日から意識を切り替えようと歩きながら決心を固める。そのまま今日行こうと思っていた場所へと赴くのだった。
「あー、ダメだね。いくら顔が良くて鍛えていてもジョブを見せられない奴とは働けないよ!大体、元勇者ってホントなのかね?君みたいな胡散臭い奴なら今までに沢山来たよ。」
とある商店のオーナールーム。そこで正座するライツェルを眺める眼鏡の恰幅の言い老年の女性。彼女は見定めるような目つきでライツェルを見ていた。
「信じて頂けないかもしれませんが、私は本当に勇者なのです。訳あって今は無職という状態ですが、身体は健康ですしある程度教育は受けているので計算も出来ます。どうか、この商店の店員として雇っては頂けませんか?」
ライツェルは否定的なオーナーの言葉を受け止めつつ、必死で弁解する。ここはかなりいい職場だと噂されている。ある程度の訳アリであれば受け入れて貰えるとも。
「100歩譲ってじゃあ勇者と認めよう。でもねぇ、まず無職だとするとこの先どんなに努力しても芽が出る可能性なんて無いって思うよ。それに健康で計算が出来るやつなんかごまんといるんだ。その中でわざわざ君みたいな胡散臭い者を雇うモノ好きは居ないよ。分かったら出直すんだね。」
「そんな...!お願いします、どうか。どうか!」
「何度言われても同じだよ。確かにウチにはね、色んな奴が居るよ。元犯罪者も嘘つきも、障がいありきも死にかけのババアもね!でもね、そいつらにもちゃんとした事情とジョブがあったんだ。でもアンタは違う。ジョブが無いんだ。それでどう信用させようってんだね!まずはそのジョブが無職とやらをどうにかしなよ!!神にでも祈ってさ!!!」
その言葉に一瞬「神がそうしたんだよ!!」と反論でかけたライツェルだったが、既の所で抑えた。仮にも宗教の話だ。もしこのオーナーが熱心な教徒だったら、その言葉を言うだけで締めだされてしまうだろう。ぐっとこらえる。
しかしそれをオーナーは見逃さなかった。
「今何か言おうとしなかったかい?今のアタシの話のどこが気に入らなかったんだい?素直に言いなよ。」
と言ってくるが、ライツェルは押し黙ったのちこう言った。
「.........分かり、ました。もう大丈夫です。......お時間いただきありがとうございました。失礼します。」
「ふん、言えないってか。ま、それもいいさね。ウチじゃどうせ採らないし、言わなくても問題ないね。」
その言葉を最後にライツェルは一礼し、扉を閉めた。
店を出たライツェルは肩を落とした。なんというか、絶望感あふれる事態だった。何せこの国のここらでは最も誰でも採用してくれる店だったからである。
ここで採られなかったという事は、他ではもっと厳しいという事である。
これは、どうするべきなのかと彼は頭を悩ます。うだうだと考えながら歩いていると、通りでとある家族連れを見かけた。
その家族連れのうち、父親に小さな女の子が何やらねだっているようだ。
「ねえええ、パパあああああ!!!買ってってば!!!!」
「いや、前に言っただろ?しかもお前から言ったんだぜ?このフィナちゃん人形がいいって。だからこれに決めたんだ。それにそっちは高いんだ、今日の手持ちじゃ足りないよ。」
「やだやだやだ!!!!!!!!これがいいの!!!!!!!!」
「...じゃあまた次の機会な?」
「やだああああああああああ!!!!!!!!!!折角お手伝い頑張ったのに!!!!!!なんで聞いてくれないの!!!!!」
「...まぁ確かに頑張ってたけどさ、でも急に変えんのは違うんじゃないか?」
「もう違うの!!!!変わったの!!!!!あの時とは事情が違うの!!!!!うえええええええええええええん!!!!!!!!!!!!!!!」
泣きじゃくる女の子を慌てて宥めるパパに、周りの人間がひそひそ。慌ててその男性は娘に囁き、娘はけろっと笑顔に戻った。
この一連の流れを見た彼はふと閃いた。
(そうだ、まだ王様から貰う報奨金があったっけ。...事情が変わった。そうだよな。それじゃしょうがない、よな?あまりにも就職できないから申し訳ないけど、なんでもいいからポスト先無いかって聞いてみようかな。勿論調査料はこっちで払えばいい。俺が働けるような場所もある筈だ。それを探してみたい。)
そう思った彼は王城に向かう事にした。まだ日没まで時間がある。王城までそんなに遠い訳でも無く、いいくらいの時間に着くだろう。まあ最もアポイントメントをとっている訳では無かったため、今日いきなり会ってくれるかどうかは分からないという話ではあったが。
兎にも角にも行かねば始まらない。歩き出す方向を変えたライツェルは、すぐに王城へと向かう。
しかし、運命の歯車はそうカンタンにライツェルを楽にはしないのである。
街を歩いていたライツェルは、そこで何やら騒ぎがあった事を知る。というか、今まさにその騒ぎが起きているようだ。周りでも皆何かを持ってそれを確認しては口々に騒いでいる。
一体何があったのかと大量の集団を掻き分け前に行くと、そこにその騒ぎの元凶を知らせる一声が聞こえてきた。
「号外!!!号外!!!!王様は崩御なされた!!!!繰り返す!!!!号外!!!号外!!!!王様が、王様が崩御なされたぞ!!!!!」
「は?」
思わず声が漏れたライツェルは、慌てて新聞をひったくり金を置いてあるツボに投げ入れる。
慌てて記事を見ると、そこには。
【王国グリアーテ国王ラジャバルト様・崩御】
という見出しが書かれていたのだった。唖然とした顔のライツェルはすぐに城へと走り出すのだった。
てことで、なんと王様が亡くなりました。
ライツェルはどうなるのか。