4話 事情説明
4話目です。
「うおっ!?...なっ、マジかよ!!おい、ライっ!!何がどうなってるんだ!?」
仰天した表情で問いかけるガルブだがライツェルは焦ったような顔つきでそれどころではないといった反応をしていた。それもその筈である。ライツェルにとってはタチの悪い夢ではあったが、間違いなく夢だろうと確信出来るような事態が現実に起きているのだから。
神様を名乗る青年も自分のジョブが無くなる話も全ては夢の中。そう思っていたライツェルにとって青天の霹靂といっても過言では無かった。慣れ親しんだジョブ<勇者>の肩書は消え、<無職>へと変わってしまっていた。
タチの悪いのはこれだけではない。ジョブ専用スキル自体は無かったが、勇者になった事で与えられていた肉体強化系のスキルがあった。だがそれも<勇者>から解任された事で無くなってしまっていた。
専用スキルはいわばジョブだけのスキル。では、固有スキルとは何なのか。それはその人本人に与えられたジョブと関係の無いスキルである。これは誰しもにある訳ではなく、限られた人間に配られているものでその強さも人によって違う。当然固有スキルがあるのと無いのとでは話が違う。ジョブの専用スキルは誰しもが持っているもので、勇者は特殊なためいわゆる肉体強化系以外は全て他のジョブのいいとこどりが出来るというものだったが基本は誰でも使える。
だが固有スキルがあればそれだけでジョブスキル単体持ちより力を持ち、序列も上に行く。優遇されるのも当たり前というもので、国でも固有スキル持ちは役職持ちが多い。固有スキルはランダムで発現する為、身分や性別、年齢に関係なく現れる。またかなり人によって差があり、上手な字を書くことが出来るといったスキルもあれば仲間全員の魔力量を30%底上げするなんていうとんでもスキルの持ち主もいる。
そんなスキルだが、残念ながらライツェルには今のところ固有スキルは無かった。まだ可能性が無い訳ではないが、今のところは0である。となるとこの状況はかなり忌避したいところであった。所謂最悪の事態である。
スキルは全て無くなり、肩書であるジョブも消失。唯一の希望である自身の財産も旅の前はただの村人だった彼にとってほぼ有る訳は無かったし、畑や家は旅の前に売ってきてしまった為もう自分の物ではない。
国から与えられる予定の報酬もまだ魔王討伐前の事態もあってすぐに貰えはしないだろう。ましてや、ライツェルは自分から国の安寧を取り戻した後にと言ってしまっているのだ。例え今やっぱりくれといっても責める者は居ないだろうが、見聞は良くない。もしそんな事をしようものなら次の日の新聞に小さな見出しでこっそりと書かれてしまう事だろう。
とはいえ、ライツェルとて一端の勇者。いや、元勇者だろうか。とにかく彼とて金を貯めていない訳では無かった。撃破した敵から手に入れたものや、ギルドに売り払った魔物の素材の報酬、更に盗賊や山賊討伐での彼らが貯め込んでいた秘宝などでそこそこ金はある。
だが旅での装備や行く先々での村や街での買い物に使った分もあり、そこまで決して多いとは言えない。すぐには底を着かないが、1年もせずに限界を見せてしまうだろう。
しかし、彼には先立つものが無い。その上ジョブ自体が無い。
ここで改めてジョブについて説明しよう。そもそも、何故そんなにジョブが有る事にこだわるのか。それはこの世界にジョブが無い人間は9歳未満の子供を除いて存在しないからだ。
ジョブというのは大事な要素で、この世界に生きる人間にとって必要不可欠なものだ。これのお陰で9歳以降は自身の適性を知ってそれを標に生活していくことが出来る。
そのジョブを中心とした生活が出来るのだ。またこれは大事な身分証明にもなる。ギルドの登録の際や何か大きな買い物の際、また爵位を与えられる際などに肩書は大いに役に立つ。
それくらい大事なモノがジョブなのだ。それが無いというのがどういう事か、何となくお分かりになっただろうか。そう、つまり彼は今後大きな買い物は出来ず、そもそも身分証明できるかすら怪しくなるのだ。
この世界には自身のジョブを騙る詐欺師も横行している。ジョブが無いというのはメリットが無いのでそんな嘘を吐く意味は無いが、隠していると思われるとかなり面倒である。
そして何より、職にありつけない可能性が有るのだ。ステータスを開示し職場で自分の適性が何なのかを見せることで持ち場や何を作るかなどを上司が決定しやすくなるのがジョブである。それが無いという事は、適正の判断が出来ない為何を任せていいかを理解することが出来ず、そもそも採用しないというのが大きくなってしまう。
ジョブが無いならその人の働きぶりで評価すればいいと思うかもしれないが、皆がジョブを持つ世界においてそんな常識は無い。我々人間は物を食べるが、物ではなく概念を食べる人間がいたとしたら?そんな常識は無い為、受け入れられる事は容易でない事が想像できる。それと同じで、自分達と違うたった一人というのは対応に困るものなのだ。
子供の頃ならばまだジョブが無い為、この子はどんな子になるだろうと夢を馳せる事も出来る。だが9歳以上の人間において、そんな事はあり得ないのだ。
だからこそ、落胆と失望の表情を見せるライツェル。そしてそれは本人だけの問題ではない。それを見た他の人間もまた当惑するのだ。
「...分からないんだ。確かに悪夢は見た。俺からジョブを取り上げるっていうな。夢に出てきた神様が俺の勇者というジョブは世界に必要ないから持っていくと言ったんだ。止めたんだが待ってはくれなかった。だが、起きて安心したんだ。ああ、夢だったと。だが夢ではなかった。俺はもう何も残っちゃいないジョブ無しの無職らしい。」
そう言うライツェルの目にハイライトは無く、既に顔が失意の色に染まっている。いきなり突拍子も無く現れた最悪の事態に、どうする事も出来ない。
「マジかよっ!!お前、あんなに頑張ってたのにな。...てか、それ本当に神様?なのか?俺にはどうも、悪魔にしか思えないがな。神様ならせめて代替案くらいは寄こすだろうに。まさかまだ魔王が居るのか!?勇者そのものを無くしてこの世界を蹂躙するつもりだなぁ!!!」
ガルブは失意のライツェルにどうすればいいのか分からなかったが、とりあえず励ます事にした。それしかできないと思ったからである。
そしてそれと同時に奇妙なおかしさを感じる。世界を救った勇者。確かにもう要らないジョブなのかもしれないが、わざわざ奪う必要は無いはずである。それに仮に大事なモノだと言うのなら最初に説明があってもいい。急に与えられ急に外される。それに納得できる人間など居ないと思うのだった。
ガルブは自分が馬鹿だという自覚がある。だが、そんな馬鹿な自分でも分かる。今回の事がどれだけ異常かが。もしそいつが本当に神様なら、必要ないジョブを交代し、これからの世で役に立つジョブを与えるだろうと。それをしなかったという選択を聞き、神であった事そのものを疑った。魔王の手先で、勇者そのものを消して対抗できないようにすると言われた方がしっくりくるくらいだ。
しかしライツェルはそれを否定する。
「あの空間に入った時はまだ俺は勇者だった。勇者には前に話した通り魔王の血筋を判定する力がある。夢だとは思ったが俺の鎧の効果がステータスに表示されていたのは見たから、あれは半分現実なんだろう。だとすると奴は魔王の手先じゃない。魔王が生み出した奴から感じる邪のオーラを全く感じなかった。人にすらまれに感じる事があるあれを、一ミリも感じなかったんだ。あれは神か、はたまた天使って言われなきゃ納得できないさ。」
そう言われてしまうとそうなんだろう。少なくとも神に会った事は無いガルブはそう思う他無かった。だが、そう結論付けた所で事態は良くはならない。ライツェルは無職のままだ。
と、ドアがこんこんとノックされる。
失意のライツェルに代わり、ガルブが部屋を開けるとそこにはアーリエとラズリーベが居た。
「全く、何の騒ぎな訳?落ち着いて本も読めないじゃない!バカルブは兎も角、ライツェルまでとか何があったのよ!」
ラズリーベは未だに一睡も摂ってはいなかったが、ガンガンに決まった目でこちらを見つつ問う。
「私も気になりました。先ほどから勇者様の部屋でそれなりに大きな声が聞こえたので最初は喧嘩でもあったのかと思ったのですが、ガルブ様の妙に驚いたような声でただ事では無いと思いこうしてきたわけです。一体、何があったのですか?」
アーリエは旅の最中では見せる事の無かった寝間着で部屋へと来ていた。可憐な彼女はシンプルな寝間着をよく着こなしており、こんな暗い雰囲気で無ければ皆あっと驚くような可愛さであった。
そんな彼らに、ガルブは説明をする。その反応は多種多様であったが、やはり驚きの中心は「ジョブが無くなった」という事であった。
最初、その話を受けたアーリエは耳を疑った。何せ、敬愛する神が自分の旅の仲間であるライツェル、勇者様のジョブを奪ったと聞いたからだ。
アーリエは従順な教会の僧侶である。毎日修行をし、神を敬いお祈りし、作業に精を出し、孤児院の子供たちの面倒を見る。真面目で性格もよく、周りの人からも信頼される僧侶である。
だからこそ、今回の話は彼女の人生観そのものを揺るがす話であった。なぜなら彼女の神の教えは、「努力を重ね、苦労を積んだものは必ず報われる」というものだったからだ。
数え切れぬほどの努力と、汗と血と涙を流す苦労の末辿り着いた魔王の撃破。それを果たしたライツェルは報われる筈だと無意識に思っていたのだ。それをあっさりと向こうに否定されてしまうとは思っておらず、彼女は硬直した。
彼女もガルブ同様神を騙る魔物説を推したが、勇者の能力に引っかからないと言われてしまえばそれまで。その後はずっと黙って考えていた。
何故敬愛する神は報われるべきものに試練を課すのか。何故今このタイミングなのか。そもそも本当に必要な事だったのか。神を信仰し、疑うことなど有り得ないと思っていた彼女の脳はキャパオーバーもいい所だったが、それでもなお考えた。
確かに自分は神を愛している。だがそれと同じくらい仲間も愛しているのだ。その内の1人、ライツェルが酷い目に遭っている。或いは今後会うかもしれない。そう思うと、なお神の思考が読み取れず困惑する。
神の言い分も分からなくはない。だが神の教えに神が反しているという事実に理解が及ばなかった。自分で決めた筈の理を自分で覆す。確かに理屈は通っているが、神がそれでいいのかという自身の心が反発する。
神を愛する自分と疑う自分、本来あってはいけない考えが奥底に浮かび慌てて消そうとするも、そう思えば思うほど彼女は神を疑うようになってしまっていた。
だが、今はそう思ってもどうする事も出来ない。未だ彼女もお祈りを捧げ、13歳の時に初めて神と話が出来た1回目以来神とは意思疎通が出来ていない。ならば今はこの状況を静観するほかない。どの道全ては神の思し召し。そう思う事で一端自分の思考を塞ぎ切ったのだった。
なおラズリーベは話半分で聞いており、正直彼女自体はどうでもよさげであった。
彼女は魔法以外の事について興味が薄く、そのせいで幾度かトラブルを起こした事もある。それくらい他に興味が薄いのだ。
そんな彼女にとって今のこの状況はただ自分の読書の時間を邪魔されているに過ぎない。仲間だとしてもそれは譲れないのだ。
なので彼女は話を聞き、その上でこんな事を言った。
「まぁ、神様が言うんなら仕方ないんじゃないの?だってどうしようも無いでしょ。」
と。
ガルブはその発言に驚愕し、正気かと疑うも彼女は平然としていた。実際言っている事は間違いではなく、対策のしようが無い為どうしようもないは間違いではない。
だが言い方やはっきりと言ってしまうあたりにガルブは引っかかりを覚えていた。だがこの女はそういう性格だったと思い、ガルブは諦めた。
元よりあまり人の話を聞かない奴だったのだ。今更理解を求めたとて無駄だと思った。
ガルブは気の毒に思いつつもライツェルに話しかける。
「まさか、旅が終わってこんな事になるなんてな......。お前、これからどうすんだ?このままじゃ色々困るだろ?」
ベッドに座り直したライツェルは困ったように顔を背けているが、その問いにゆっくりと返しだした。
「まぁ、どうするも何も働くしかないだろうな。この前まで戦いをやっていた身としては休みたい部分もあったがそうも言っていられなくなった。少なくとも王からの報酬と今まで貯めてきた金でなんとかしばらくやっていける筈だ。その内仕事も見つかるさ。だから、とりあえず俺は大丈夫だ。.........きっと。」
最後にはうっすらとだが笑みを見せたライツェル。というか、ここで返さないと心配されてしまうからだ。元よりこのパーティも魔王討伐の為の物。つまり、明日を持って解散となるのだ。
勿論絆が消える訳では無いが、解散寸前のパーティでそれをやるとズルズルと長引いてしまいそうだった。それが仲間の脚を引っ張ると思ったライツェルは平気な顔をする他なかった。
アーリエは兎も角、ガルブは騎士団入りがありラズリーベはあの才能からいくつもの魔法研究団体に目を付けられていると聞いた。それを自分の我儘で引っ張る訳には行かなかった。
まぁ最も、ラズリーベだけはたとえライツェルが思い悩んだ顔をしていたとしてもあっさりと解散しそのまま研究チームに入りに行っただろうが。
そんなライツェルを見た面々はそれぞれ思いつつも、結局はそれ以上問い詰める事も無かった。
「まぁそういう訳だから、お前たちは気にするな。それより起こしてすまない。ゆっくり休み、明日解散前に改めて話をしよう。それじゃあな。」
そう言い強引に話をまとめる。このままだと無理をしている事を悟られてしまうと気づいたからだ。どう考えたってジョブ<無職>ではこの先どこかまだ開かれていない山にでも行かない限り生活出来ない事は分かっていた。その上で仕事も見つかると言い切った。仲間を心配させたくなかったとはいえ、それが大言壮語過ぎる事に彼自身気づいていたが、今更変える事も出来ず心の中の数パーセントが「無理だ」と呟くのを無視するほかなく、ベッドに腰かけ項垂れた。
部屋に戻ったガルブは、ライツェルの演技を見抜くことが最後まで出来なかった。今までにも実はこういった事があったが、彼は筋肉馬鹿などと言われしまうくらい察せなかった為今回もやはり気づくことは出来なかった。
彼は「まぁ、ライツェルが大丈夫って言ったんだ。大丈夫なんだろう、全く人騒がせな奴だぜ。へへ、そんじゃあ明日で遂に終わりだな!!よし、寝るか!!!」と一人ベッドに戻った。
アーリエは部屋に戻る途中、廊下で思案しながら歩いていた。そして、やはり戻ろうかと思った。彼女は毎度彼の無理に気づいていた。しかし、その無理が仲間の為だと知ると無暗に追及も出来ず気づいていながら何も言える事は無かった。
しかし、今回はこれで終わりになってしまう。ここで解散したら、最悪彼女は二度とライツェルとは会えない。ライツェルに感謝を伝え、彼が無理をしている今支えられるんのは自分しかいない。そう気づき踵を返す。
ラズリーベは「どうでもいいわ。神の言う事なら従うべきだし、そうじゃなくてもなるようにしかならないんだから。ていうか、私の読書の時間が減らなくて良かったぁ~。」と思うだけで特に感想は無かった。
強いて言うなら「まぁずっと頑張ってきたのは事実でしょうし、私が新しい魔法を見つけたらそれを無料で使う権利くらいは与えてやってもいいわね!」とか思ったりした。
が、それすらすぐに消え彼女は読書に再度没頭するのであった。
一方、ライツェルは部屋で項垂れていたが、こうしてはいられないと顔を上げた。自分は元になってしまったが勇者ではあったのだ。こんなところでいつまでもくよくよしているわけにはいかない。
まずは状況の確認が必須だ。彼はステータスを表示する。そこにはやはり悲しいものが広がっていた。が、先ほどは読まなかった部分も目にするのだった。
「ライツェル・ガリウス・ビットリーグ ジョブ<無職> 専用スキル なし 固有スキル なし アイテム 999個 LV 645...。あれ、レベルはそのままなのか!?............とはいえ、無職のレベルって何なんだよ...。無能度って事か?ふざけんなよ......。」
そう、レベルが魔王討伐後のままだったのだ。といってもだから何だという話だが。ジョブが無いからLVを上げても何のスキルも入らない。その上何か適性が見つかる事もない。...いや、待てよ。そうライツェルは思った。
そもそも、本当に意味が無いのだろうか。確かに無職にはなってしまったが、だからといってレベリングに意味が無くなるのだろうか。戦闘力自体は上がると思うし、何よりスキルだって無職だから無いなんて事も無いだろう。更に言うならアイテムは沢山ある。無理やり続ければより強くなることも可能だろう。
そう感じたライツェルは希望が少しだけあった事に安堵し、再びの眠気が来た。
しかしまだ寝る事はせず、そこでアイテムの確認をした。アイテムは今まで収集してきた回復薬や魔力回復ポーション、更に武器や装備、地図など冒険に役立つものが沢山あった。
また敵を倒して得た宝や冒険の最中に見つかった秘宝、更に誰かに託された物など色々なモノが発見され、正直なつかしさが勝る。
そんな中、ふと見覚えのない鏡が出てきた。
「...?何だこれ、こんなものあったか?」
見覚えのない、眩い黄金の装飾の付く鏡。正直見覚えは無いが、アイテムボックスにあるのならまぁきっと山賊辺りを討伐した時の彼らの宝物庫の中にでもあったのだろう。
あの時やっておいてよかった。これを売れば多少余裕が出来て就職までの猶予が出来るだろう。そう喜ぶライツェル。
それ以外にも何処かで入手したらしいツボ、綺麗ではないがなんかに役に立つと思ったのか回収した鉱石、あるいは食料など売れそうなものもそこそこあった。
レベルが維持されている事と、アイテムの中にいくつか見覚えのないものがある事。このたった二つだけの要素で安心したライツェルは再び夢の中へと落ちていくのだった。
......眠りに落ちたライツェル。その彼の眠るベッドに立てかけられた鏡。それが妖しく輝く事に気づかぬまま夜は過ぎ、太陽が空へと昇っていった。
勇者パーティの解散の時は迫る。
宜しければ評価宜しくお願いします。