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求職の救世主  作者: こしあん大福
平和になった世界で
2/11

2話 王国凱旋

2話です。

大ボリュ―ムでお届けしております。

「勇者様、バンザーイ!!!」「英雄にどうか拍手を!!!」


拍手喝采で迎えられる門の前には、馬車に乗りこちらを嬉々とした顔で見つめる民衆の姿があった。


ライツェルたちは馬車に乗り、窓の中から手を振り返す。民衆は嬉しそうだったり、安心していたり、心を奪われたかのように固まっていたりと忙しそうだったが皆魔王が居た頃のような暗い顔はしていなかった。


それもその筈、魔王は事実ライツェルたち勇者パーティに倒され死んだのだから。そしてこれはそれを祝福するためのいわば凱旋パレードである。


しかし当の本人たちはあまり乗り気では無いようで.........。


「なぁ、ライ。いつまでこうしてりゃいいんだよ。大体普通に「心の拠り所(マイホーム)」使ってテレポートしてくれば良かっただろ。なんでわざわざこんな面倒な事しなくちゃいけないんだよ!!俺ァ腹減ったぞ!」


そう怒鳴るのは戦士ガルブ。彼は魔王撃破後、何よりも食を楽しみにしていた。だがすぐにそうなる訳にも行かず無理やり押し込められたのでかなり鬱憤が溜まっている。


「まぁまぁ、勇者様が悪い訳ではありませんよ。それに、良い笑顔じゃありませんか。私はこういう顔が見たかったのです。これで神も一安心出来るでしょう。」


僧侶アーリエは苦笑いしながら戦士を宥めた後、そう言って民衆を眺める。時折手を振ってしっかりとパフォーマンスも行いつつ顔を確かめては安心する。


「すまないなみんな。どうしてもこうしたいとの仰せでな。王様には流石に逆らえん。」


そう話すのはライツェル。何故こうなったのか、それにはいくつか理由があった。


魔王撃破後、ひとまず王様へと連絡を行ったライツェルたち。自分たちの故郷である王国グリア―テの王は驚き、そしてライツェルたちに深く感謝を述べた。その上で相談したのであった。


その相談とは、凱旋の事であった。凱旋パレードを行うのでそれに参加してほしいとの話に最初はアーリエを除く3人が反対した。だがその理由は「形式的に民衆にも魔王が倒されたのだと分かってもらえるから。そして皆が安心して笑える世界が来るから。」というものだった。


そう言われてしまうと反対する事も出来ず、仕方なく行っている状況なのである。とはいえ国民達からの笑顔は皆嬉しいし、その為に戦い抜いてきた事を思うと悪くも言えない。


「まぁあまり関わりたくはないが、政治的にも少しはこういう事をやっておかないとな。流石に何もやらずただ伝えるってのは通らないさ。」


「でもよぉ、何もこんなすぐやらなくたっていいじゃねえかよ。まずは腹ごしらえが先だろ!?」


流石に耐え兼ねガルブが馬車から抜け出そうとするのを止めるライツェル。


「まぁまぁ、きっとこれが終わればパーティがあるさ。その時にでも食べとけよ。それに、世界中のみんなに平和になった事を伝えるってのも大事だろ?ガルブだってそう言いながら嬉しそうじゃないか。」


そう言われたガルブの顔には確かに笑顔が浮かんでいた。そんな平和的な空間には似つかわしくない顔をした魔法使いラズリーベは目を血走らせ、息遣いを激しくしながら小さく呟き続ける。


「早く......早く......魔導書.........魔法薬学............超級魔法取得書...............どれも貴重なもの、国にとられる前に私が読みたいのにっ...!」


そう、彼女は魔王城で発見した本の心配をしていたのである。魔王城に入った時に見つけた本はどれもまだ見た事のない本が多く、まだ人間界に無い魔法が乗っている可能性があった。そうでなくても本好きの彼女にとっては問題だった。


だが基本的に勇者パーティが旅の途中で手に入れたものは彼らがそのまま使用する。場合によっては売却したりもするが、大概は彼らの持ち物となる。だが魔王城のモノはそうはいかない。そこのモノは彼らの王が依頼して倒したものだからだ。というのも、途中で拾ったものに関しては不問だが基本的には依頼された主にものの権利は依存するからだ。


ラズリーベからすると折角見つけた本を特に努力もせずとられることは納得いかない事だった。ましてや、それが自分が最も敵視している魔法研究チームにとられることだけは。


「ううぅぅぅぅぅぅぅぅううううううッ!!!!!!!............はぁ。最初に私が見る事さえできれば、あのチームにも一泡吹かせられるのに!なんで私の努力の末にあったアイテムを先に見せなきゃならないのよ!おかしいわよこんなのっ!王様が読むのはいいわ。でも、その後確実に私が見るより先にあのチームが見る!!そうしたら私が見ようとしていた全てが先にみられて全部彼らの手柄になる!最悪よ!!」


怒ったかと思えばため息を吐き、また文句を言い出すラズリーベに苦笑するライツェル。彼はそんな仲間の姿を見ながらも時折窓から手を振っていた。


「確かに努力の末に手に入れたのは間違いじゃないさ。でも、それを独占したらまた要らない争いが生まれるだけだよ。魔王の次は人間、だなんてご勘弁願いたいし、悪いが諦めてくれ。」


「そんなぁ!!」


なんとか頼んで~と泣きつくラズリーベを宥めつつ彼らはそのまま門を潜り場内へと進んでいった。
























「よくぞ戻った。勇者ライツェルとその仲間たちよ。ここに諸君らの健闘を称えよう!皆の者、盛大な拍手を!!!」


ライツェルたちは王座の前で膝をつき、その言葉に首を下げる。目の前に居るのはこの国の王であり、失礼は許されないのだ。といっても王は寛大だったのでそこまで問題にはならないのだが。


「ありがたきお言葉にございます。我々も、王、そして国民の皆様に支えられて戦えました。とても助けになりました。」


「うむ、よいよい。あと、その堅苦しい姿勢も崩すと良い。大変じゃろう。」


この言葉の通り、この国の王はかなり自由奔放で周りの貴族が対応に困るくらいなのであった。その言葉を聞きライツェルとアーリエは顔を上げ、ラズリーベは「そんなことより本...」と小声でつぶやき、ガルブは「そういうことなら」と胡坐をかいて後ろに居る貴族たちを憤慨させた。


王様は本当に言ってはいるが、貴族たちからするとこの言葉を真に受けるのは本当に失礼に当たるのだ。ライツェルとアーリエは分かっていたので顔以外変わらなかったが、ラズリーベは話半分の為ほぼ聞いておらず、ガルブに関しては素直過ぎたのだった。王はそれに満足していたようだが。


なおこの場には王座に王様が当然いる訳だが、その隣には御妃が、そしてその少し離れた所に近衛隊長と側近が控え、その反対側には第一王子、第二王子、第一王女がいる。そしてそれ以外のいわゆる周りに貴族たちが集まっているという配置であった。


「さて、堅苦しい礼などつまらんので割愛とするぞ。お前たちはまず褒章が欲しいじゃろう。まずはその話からじゃ。」


この王、自由奔放すぎるがあまり普通の王であればありがたい言葉を話すところなのだがどうでもいいのかカットしてしまった。これには思わず貴族たちもずっこけかける。それでいいのかと。だが王が絶対なので誰も何も言わない。ここはそういう場所なのだ。


「ただ、少し事情があってな。まず最初に謝っておきたいことがある。本来ならばすぐ報奨金等を渡す予定だったのだが、この国も魔王退治前の傷などが残っていてな。そこの費用などがかなり掛かっているので、すぐに渡せるものが少ないのだ。なので今日は報酬の話だけで、引き渡しは後日となる。悪いがそのことを承知してほしい。」


「当然でしょう。まずは国民の生活を立て直し、そしてこの国が安寧を取り戻した後にて受け取る事に致しましょう。私は何も異論はございません。」


ライツェルは王に対しそう発言する。ライツェルとしても、急に報酬を渡すのは無理だろうと考えていた。更に言うと急ぐ必要も無いのだ。しばらくは冒険の間に稼いだ額でなんとか生きてはいられる。更に言うと打算的な話になるが、もし世界を救った英雄に一銭も払わなかったなんてことがあれば即他の国から引き抜きがかかる。これからも関係を維持したいであろう王家からすれば嘘を吐く理由も無いからである。なのでライツェルは特に問題なくそれに答えた。


「そうか、助かるぞ。さて、まずはライツェル。お前にはまず報奨金として950ゴールドと460シルバーを与える。そして我の一人娘・リンネとの結婚を認めよう。」


その言葉に流石のライツェルも驚く。まずはその額だ。


この世界でパンを買うための金額が大体100ブロンズ位であることを考えると、その驚きも理解できるであろう。この世界の一般的な職業の月収が200シルバーなのを考えると、この数値がおかしい事が分かるだろう。


流石の額に貴族たちの中には苦々し気な顔をする者も居た。世界を救った勇者とはいえ所詮一般人。そう思っているのも多数いるのがこの国の現実である。


そして一人娘、つまり第一王女であるリンネとの結婚が認められる。これはつまり、次の世代のリーダーとなれという意味が暗に込められている。王としても強くて誠実なライツェルに王になって欲しいと思っているのだろうが、流石に王子が居る身でそれは出来なかったのだろう。


リンネはにこやかに笑いつつ、


「ライツェル様のような誠実で強く優しいお方ならば、必ずやこの国の力となるでしょう。そのような方と結婚できるならばとてもありがたい事です。」


とまるで原稿のようにキレイに纏められた文を繰り出した。それもその筈で、基本的にいくら王女といえど未来は家族、もっというと王が決めるのだから。


余程の事が無い限り子供のうちの男以外は嫁ぐ運命である。それが婿入りになるだけの話だった。


ただ、これは少し問題がある。先ほども言った通り、王には息子が二人もいるのだ。当然血のつながりというのは大きいのでライツェルが王になる話にはほぼ可能性は無い。だが、ほぼというのが問題であった。彼自身は無理でも、その後子供が出来でもすればその子に継承権が出来てしまうからである。


それが余計な火種になる事を息子たちは恐れていたのだった。しかし、ライツェルは微笑むと、


「ありがたき幸せにございます。しかし、私は勇者。申し訳ありませぬが、リンネ様との結婚はお断りさせて頂きたく存じます。報奨金の方も、流石に一国民に渡す金額ではないでしょう。その10分の1、いや100分の1でも嬉しいです。」


と返したのだった。それは当然王子たちの視線を感じたというのもあるが、単純にライツェルがそういう面倒な事が苦手なだけだったのもある。それに自分が勇者であることで、不用意に妻、あるいは子供が傷つけられる恐れもあった。


だから断ったのだった。しかし当然の如く王からの話を断った一般人に貴族はお冠。「英雄だからって立場を弁えろこの農民風情が!」「陛下のお心に傷をつけるつもりか!!」と怒鳴る者も居た。王が居る前でそれはある意味良くないのだが、彼らにとって自分の都合の悪い事は聞こえないのだ。


また王子たちもその言葉に安堵しつつ、立場上注意しない訳にも行かなかったため睨みつけながら問いただす。


「何故だ?報奨金だってそれだけあれば一生困らないだろう。金はあればあるだけいい筈。断る理由が何処にある?」


と第一王子が問う。それに対しライツェルは


「確かにいくら資金があっても足らない現実があります。しかし、お金というものが全てではありません。お金をたくさん所持しているであろう皆さまを悪く言う訳ではありませんが、人というのは悪い癖で何か力を持つと変わってしまう物です。私はこれからも、つつましい生活の中で幸せを見つけたいと思いました。ですが形式上受け取らない訳にも行かず、また一般的な給与よりも下ですと王家が批判されてしまいます。ですから10分の1程とお話ししたのです。」


と返す。ふむと頷く王子の横で第二王子が問う。


「では何故にリンネとの婚姻も断るのだ?君であればきっと父上も安心できる。それにリンネだってまんざらじゃなさそうだ。別に王家の一員になったところでつつましい生活が出来なくなる訳でも無い。なっておくだけならば問題はなさそうだが。」


「それに関しては、本当に申し訳ないです。リンネ様は美しいお方ですし、私も男としては嬉しい気持ちでいっぱいです。ですが魔王は討伐したモノのまだ幹部の何人かは逃げている模様。もし私を襲ってくるならば、私は王家に居るべきでは無いのです。王家の皆様を巻きこんでしまうのは私の望むところでは無いのです。ですから私は本当に残念でなりませんが、辞退させて頂きたいと考えているのです。」


その言葉に黙る他なくなる第二王子。それを聞いた王は少し寂しそうにしつつも


「分かった。そなたがそれでいいと言うのならばそれで手を打とう。その代わり、最も素晴らしい勲章を与える。これならば文句はないであろう?」


「心遣いに痛み入ります。その形で宜しくお願い致します。」


「うむ。では、勇者ライツェルに95ゴールドと460シルバーを与える。それとこの国で最も高い勲章・<グリア―テ最大功績者栄誉賞>を授与する。」


王の言葉を受け、すぐにライツェルはその場で再び膝をつき、顔を下に向けると


「我が力はこの国の盾に、我が知識はこの国の平和に。」


と返した。これはいわゆる決まっている言葉で、王から何かを頂戴するときは必ず返す言葉となっている。ひと段落付き、ライツェルもその伏せた顔の下で安心したような表情を浮かべていた。


その後も順調に進み、ガルブは騎士団への加入が認められ、報奨金が与えられた。アーリエは自身ではなく教会、そして孤児院への資金を求めそれも受諾され更に栄誉が与えられた。ラズリーベは魔王城で見つかった本の権利と栄誉が与えられた。彼女は先ほどと打って変わって従順な態度になり、貴族たちの目を顰めさせた。


全ての報酬の受け渡しが終わると、王は安心したかのように笑いそしてこう告げた。


「皆の者。まだ全てが終わった訳ではない。だが少なくとも魔王は死んだ。世界は平和になっていくであろう。ライツェル、そしてその仲間たちよ。見事であった。この国の代表として、改めて礼を言う。」


その言葉に、勇者パーティは皆まとまって礼を尽くすのだった。それを終えた後、王はこう告げた。


「では、皆の者!今日は記念じゃ!!宴じゃぁ!!!!準備をしろ!!!」


その言葉の後にメイドや執事、更に部下たちが忙しく動き回って行く。向こうの大部屋にセッティングがされ、あっという間にパーティ会場が出来上がった。そこには美味しそうな食事が並べられており、移動した面々の中でもガルブが涎が零れそうなほどガン見していた。


「ではここからはお楽しみの時間じゃ!好きにするがよい!......ごほっごほっ」


そう宣言するも、すぐにせき込んでしまう王。それを見た面々が不安そうに見守る中、王は側近に支えられ部屋を後にするのだった。


こうして残された面々は誰も何も発さなかったが、我慢の限界であったガルブが「...こうして黙ってんのが一番王も嫌だろ!俺は食うぜ!」と空気を壊した事でパーティははじめられた。


アーリエは普通の教会の僧侶であるが、顔が良く頭もキレ回復魔法の使い手の為是非うちの息子をと貴族たちに言い寄られ迷惑そうにしつつも断っていた。


ライツェルの周りは誰も近寄らない。それはその通りで、彼は出身が一般人且つ親のいない孤児の為特に出世等の話は無いのだ。まだ第一王女リンネと婚姻を結んでいれば部下に進めようと話を持ち込む貴族も居ただろうが、それすらしなかったので誰も来ない。


ライツェルはむしろ邪魔だったので嬉しかったが、ある意味世界を救った英雄に誰も寄り付かない異常な光景であった。とはいえ、第一王女を振った相手に対し縁談を申し込み、もし受諾されてしまえば王家の面子を潰すことになるのでそれもあって誰も来ないのだが。


ガルブは食事に夢中の為縁談など話も聞かず、だが女好きの為一応彼女らの見た目だけは見ていた。ただ政治の話は面倒なため、ここの女を選ぶと苦労するなと考え適当に返していた。これが世界を救った勇者パーティで無ければかなりの無礼であるが、誰も突っ込まない。


そしてラズリーベはそもそものパーティ会場におらず、その権利を放棄して一人図書室へと向かい、自分に権利が与えられる本以外も今の時間ならば見れるとこっそり来ていた。本来これも罰せられるべきなのだが、彼女は隠密魔法を唱えていたため見つけられる訳も無く済んだ。


こうして楽しい(?)パーティは終わりを迎えていき、皆それぞれ部屋へと戻っていく。


ライツェルたちもそれぞれに部屋が与えられているため部屋へと向かう。


「そんじゃ、また明日な!!」


「ガルブ様、一人が嬉しいからってベッドで暴れないでくださいね。」


「なっ、お前俺がいつまでガキだと思ってんだよ!!そんな事しねえよ!!やるなら精々ベッドの上で跳ねるくらいだわ!」


「それをやめてくださいと言っているのです。全く、もう......。」


困ったような笑い顔でガルブを窘めるアーリエ。ガルブとのコントももう見れなくなるのだと思うと少し寂しい気持ちがするライツェルだったが、あえて言わずにこやかに見守る。


「えへへ~、ここの本自由に見てもいいそうです。私は沢山借りてきちゃいました~~。皆さんもいいそうですよ!!」


と蕩けきった顔でラズリーベが強く言う。彼女の手にはたくさんの書物が詰まれており、これでもかというくらいの本を見るつもりなのが想像ついた。


「こんなとこまで来て本とか正気かよ。俺はいいや。」


「私も今日は休息をとりたいです。少々疲れました。貴女も身体はきっとお疲れでしょうから良い所でちゃんと睡眠をとるんですよ?」


アーリエのまるでお母さんのようなセリフに苦笑しつつ、ラズリーベは一足先に部屋へと入った。


「相変わらずですね...。はぁ。...では、ガルブ様、そして勇者...いえ、ライツェル様。お疲れ様でした。私ももうお休みします。」


「おう、じゃあな!」


「あぁ、ゆっくり休んでくれ。」


こうして皆部屋へと入っていく。ガルブもライツェルもその後に続くように部屋に入った。


ライツェルは日記をつけている。これは習慣になっているため、誰に強制されている訳でもないがいつも書いているのだ。それに記帳しつつ、今日を振り返る。


目まぐるしい日だった。


昨日倒した魔王の報告をし、そして人々の前で凱旋を行い王から褒章を得てパーティする。魔王を倒す旅をするまでは一般人だったライツェルにとって今回の事態はあまりにも大きい事だった。


ただ、最後の王だけは気になった。咳込んだかと思うと急に側近に支えられて居なくなり、そのままパーティに参加する事は無かったからだ。気になる事ではあったが、だが安易に王の周りにそう聞くわけにもいかない。


流石に彼もキャパオーバーだったか、そのまま用を足し水を浴び着替えると、気絶するかのようにベッドへと倒れ伏した。



































「.........だ。...............起きるのだ。」


その声でライツェルは目覚める。しかし、目覚めたはいいが体が動かない。何の術だと警戒するライツェルの前に、白い姿の謎の生物が降り立つ。その生物は人間のようで人間ではなかった。


瞳は赤く、肌は真っ白。髪色は青と様々な色であり、更に身の周りに何やらオーラが漂っている。ただものでは無いと警戒するも、前の人間?は臆することなく歩いてくる。


動けないライツェルは更に警戒を強める。すると彼は口を開き、こう言った。


「ふむ、警戒させてしまったようだな。すまない、どうも人間との距離感は測れんものだ。」


その言葉に少し気を抜きつつも未だ警戒の消えないライツェル。その一言目は当然、


「一体、お前は何者だ?俺をこの場に呼び出してどういうつもりだ!?」


であった。


「まぁ、その反応が当然であろうな。よかろう。私は君達の信仰する宗教、ガラ教の神ガラだ。君の仲間にも確か熱心な教徒がいたね。」


その言葉に、今度はライツェルが驚いた。それもそうだろう、この世界で最も偉いとされる神を名乗ったのだから。いくら強いとされている魔王でも名乗る事など恐ろしくて出来ない名前を目の前の存在は名乗ったのだ。驚かない訳は無い。


「なっ!?......まさか、本当にガラ様に有らせられるのですか?...だとしましたら、とんだご無礼を!申し訳ございません!!昨日まで命のやり取りをしていたので、つい癖が出てしまいまして!」


そう謝るライツェルに、ガラはにこりともせず無表情のまま呟く。


「気にするな。その反応が当然であろう。私ももし君の立場ならばそうなる。.........そんな事は良い。私が君を呼び出した理由は一つだ。わかるかね?」


そう言う神ガラの言葉に首を捻るライツェル。わかるかねと言われても、特に神に呼び出される理由は無いような気がするのだ。大体魔王は倒したわけだし、その部下たちだってあと少しもすれば全て居なくなるだろう。


「えぇと、申し訳ありません。理由は分かりかねます。お教えいただいてもよろしいですか。」


「ふむ、そうか。ならば言おう。結論から言えば、君をそのジョブ。<勇者>から解放することになった。」


その言葉に、神を前にして呆けた顔になってしまうライツェル。それもその筈。ジョブとは、基本的に一生モノの筈だからだ。


そもそも「ジョブ」とは何か。それはこの世界の人間が持っている自分の適性職業の事である。


これは半成人の日、つまり9歳の誕生年に神から与えられる。その者にとって最も適性のある職業を神が選んでつけるのだ。そのジョブを入手したものはそれを一生かけて磨いていくのである。


なおこれは親に依存する事は無い為、花屋の娘が鍛冶師の適性を持つことや王国騎士団の団長の息子にパン屋の適性を持つことも当然あり得る。神のお導きとして余程の事が無い限りはそのジョブを磨く事になるのだ。


もっとも例外もある。この世界のダンジョンという要塞に存在するジョブブックを使えばその本に記されたジョブにチェンジ出来る。といってもこれは限られた物しか手に入れられないのでほとんどの一般人は無理なのだが。


神から受ける祝福の中でも最も重いこれは、必ずどんな人間にも訪れる。犯罪を犯していようと凶悪な思考を持とうと奴隷だろうとなんだろうと、生きてさえいれば9歳の誕生年にジョブが貰えるのだ。これによって人生逆転する者も居るのだという。


そのジョブが今のこの世界を形作っている。当然勇者パーティも皆ジョブを持っている。ガルブは<戦士>、アーリエは<僧侶>、ラズリーベは<魔法使い>である。ありきたりだが、だからこそ極めているこの3人は凄いのだ。


だがその3人を超える凄さを持つのがライツェルの持つジョブ<勇者>なのである。これは戦士・僧侶・魔法使いだけでなく盗賊・剣士・武闘家・弓使いなどのあらゆる戦闘職のうち、いいとこどりだけが出来るジョブなのであった。だが当然いいとこどりという事で、デメリットもある。それは自身のオリジナルスキルが無いという事であった。ジョブを持つものであればそれを磨き、そして新たなスキルを身に着ける事が出来る。そのジョブで手に入れられるスキルは人によって異なり、同じ魔法使いであったとしても炎が得意なモノも居れば水が得意なモノが居るようにスキルもまた変わるのであった。


しかし勇者というジョブは変わっており、ジョブをどれだけ磨いてもオリジナルスキルは確保されない。魔王を撃破した技も、あれは魔法使いの大地の魔法と剣士の奥義を組み合わせた混合スキルというだけであり、混合がそもそも貴重ではあるが魔法剣士などなら出来てしまう。他のジョブのいいとこどりが出来る分、どこまで磨いても何処かの誰かが持っているスキルしか手に入らない。それが勇者であった。


それを手に入れた一般村人のライツェルは当然喜んだ。磨きに磨き、誰しもを守れるよう努力した。結果として魔王を倒し、今こうして神と話している。


そういう話だったのだが、何故か目の前の神を名乗る男は「勇者から解放」するという。


一体どういう事なのか、それを知るべくライツェルは問う。


「あの、それって、いったいどういう意味なのでしょうか?」


すると神は答えた。


「ふむ?分かると思ったが伝わらんか。...では改めて言おう。ライツェルよ、お主は<勇者>から解放されジョブが消える。つまり<無職>になるという訳だ。」


それを聞いたライツェルは自分の中でその言葉を反芻させる。ふむふむ、自分は勇者から解き放たれるらしい。それで、その結果無職になるらしい。


無職。.........無職?


..................。
















「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????????????」


その絶叫はこの存在しないであろう空間によく響き、そしてやまびこなどせずにそのまま消え去るのであった。

遂に始まりました。

勇者から危うく無職になりそうなライツェル君。

次回はどうなるんでしょうね。

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