13話 奇病少女
マル秘情報:ライツェルの好物はプリンスバーガーショップの「メガチーズグッジョブバーガー」
翌日、ライツェルはアーリエと共に小屋へと向かう。彼は最低限の装備のみで、丸腰となった。一応腐らせるというならば、自分の装備も無事ではなくなるかもしれないという緊張からであった。
「ライツェル様、恐らく彼女は色々と話してきますが、これだけは守ってください。例えどんなに辛くても、彼女に直接触るのだけは控えてください。取り返しのつかない事になります。」
アーリエはこう言った。彼女自身、何度も彼女の頭を撫でてやりたいと思った。彼女を抱き締めてやりたいと願った。だが、それは叶わなかった。彼女に触れたら最後、急速に身体が腐り始め腐乱死体となってしまうのだ。
二十扉とはいえ事故が無い訳ではない。かつて、食事を追ってやってきたネズミが入り込み、そして彼女へと迫った。しかし久しぶりに見るアーリエ以外の生物に喜んだ彼女は、
「ネズミさん、こっちへおいで。私のご飯、ちょっとなら食べてもいいよ。」
と言い、ネズミを引き寄せた。そして、彼女は嬉しそうにそのネズミを撫でた。
それからのことは、察せるだろう。彼女はトラウマを抱え、自分からはどんな生き物も触れなくなってしまった。時に褒めてほしそうにこちらを一瞬見る事はあれど、悲しそうに目を伏せ何も言わずに黙々と食べるのみであった。
その話を聞いたライツェルは何とも言えない表情になった。まだ小さい子供が、自分に触れてももらえない状況。動物が来ても決して触ってはいけないと言うのだ。悲しいという感情はそう少ないものでは無いだろう。
「そうか......。花はどうなんだ?触らなければ問題無いのか?」
「前にもお話しした通り、今では部屋に入って30秒も立てば食事が腐ります。その為、その日のうちに植え替えた花を持っていても、次の日には枯れ果てた姿となっているのを確認しました。」
「ま、マジかぁ......。そりゃ辛いだろうな。とはいえ、どうしていいのかわからんな。...そうか、俺としては握手くらいはしてやりたかったが...。」
「辞めておいた方がよろしいかと...。」
ライツェルはがっかりとした表情で頷き、そして小屋の前に共に並び立った。
「では、入ります。まだここでは防護魔法は要らないですね。では。」
そういうと扉を開ける。薄暗い部屋に脚を踏み入れると、微かに埃が舞い木の香りがする。
部屋には特に何も置いてはおらず、精々その食事を置いていると思われる石造りの机があるのみであった。そして、その部屋の奥に、何やら床が一部別の素材となっているところがある。
「ここが地下室か。」
「ええ、ここからは魔法が必要です。では、かけたらすぐに入るのでご準備願います。」
「ああ、分かった。といっても特にする事なんかないぞ。何も持ってきてないしな。」
すると、アーリエは少しだけ言いづらそうに、静かに囁いた。
「......新鮮な空気を、今のうちに吸ってきた方がよろしいかもしれませんよ。魔法のお陰で害はないですが、それはそれとして腐っていく空気の臭いを吸う訳ですから。」
「ああ、そういうことか。大丈夫だ。ゾンビの洞窟とかも行ったろ?俺は覚えているし、結構辛かったけど、アレのお陰で吐くレベルにはならなくなってるはずだぜ。だから大丈夫だ。」
「...そうですか...。では、行きましょう。<強固なる大城壁>!」
その宣言と同時に、金色のエネルギーの膜が彼らを覆う。そのエネルギーは全身を覆い、そしてほぼ透明となった。ライツェルは懐かし気にそれを見て、そして言った。
「なんというか久しぶりだな。この魔法の膜を覆うの、めっちゃ世話になったよなぁ。溶岩大陸で何度これに助けられたか。」
「ふふ、そうですね。では、開けます。」
そう言って解放されるドア。そこには無造作に梯子が置かれており、はるか下まで伸びているようだった。そこに手を掛け、アーリエ、ライツェルの順で降りていく。
降りて先を見ると、そこには異様な空間が広がっていた。
部屋は一面石で出来ており、棚や窓も石造り。窓は当然外など見れず、そもそも透き通ってなどいない煌めく鉱石が使われていた。臭いは異常なほど腐った肉のようなきつさがあり、思わずライツェルたちは鼻をつまんで顔をしかめる。部屋には異常なほどカビや汚れが発生しており、そしてその真ん中にベッドがあった。
ベッドもまた石で出来ており、その中では変色した布団があった。そしてその真ん中で、こちらを見つめる赤い瞳。驚く程青白い肌をした少女は、こちらをじっと見つめていた。彼女は白いぼさぼさの髪の毛をしており、身体は驚く程痩せ細っていた。更に顔はこけ、血色も悪い。そんな状態でベッドの上で佇んでいる。
「ベティ、この間はごめんなさい。あなたの気持ちも考えず、酷いことを言ってしまいましたね。」
そのアーリエの言葉も聞こえているのか居ないのか、とにかく呆然と言った表情でベティはこちらを見つめていた。
「ですが、それも杞憂だったようです。今日はあなたも心待ちにしていた勇......あの、ベティ?どうしたのです?」
すると、ベティは正気を取り戻したかのように口を開く。
「あっ......。ごっ、ごめんなさいアーリエ先生っ。つ、つい見惚れてしまって。...えっと、そちらの人はひょっとして?」
「ふふ、いいのですよ。そうです、彼が勇者・ライツェル様です。」
そう言いつつアーリエが手で指すと、ライツェルが照れたように前へ出る。
「ご紹介にあずかります、私......いや、話し言葉でいいのかもな。俺はライツェル・ガリウス・ビットリーグ。かつて魔王と戦った者の1人にして、元・勇者だ。よろしくな!」
そう言うと、彼女は固まった。
「ん?あれ、お、おーい!どうしたー?」
見れば、彼女の目からは涙が流れ出ていた。その態度に戸惑うライツェル。
「えっ!?...ご、ごめんな、急に現れてびっくりしたかー?っていうか、話し言葉戻した方がいいとか?うーんと、えーと。」
そんなライツェルに思わず苦笑したアーリエがベティに尋ねる。
「どうしたのです?ベティ。」
すると、ベティはその涙を左腕で拭い笑った。
「だって、だって私の部屋に勇者様がいるのよ!!!これは凄い事だわ!!!!ありがとう、アーリエ先生!!ありがとう、勇者様!!」
その言葉を聞き、おろおろとしてたライツェルも落ち着いてみていたアーリエもどちらも笑った。そしてそのまま話と食事をし始めるのであった。
その話は盛り上がった。何せ、喜んでいたベティはとても聞き上手だったからだ。リアクションも良ければ合いの手、あるいは表情など、話し手にもっと話させたくなる術があった。
ライツェルは魔王討伐中のあらゆる思い出や旅の基本、または戦いなどを語った。喜んでいるベティはとても機嫌がよく、アーリエも安心した表情だった。
しかし、その時間が唐突に訪れる。
「へえーー、砂漠の国ってやっぱりお宝一杯なのねーーーっ!!!!!すごい、凄いっ。ねえねえ、そのお宝ってどんな......。」
超上機嫌で話すベティ、それに対しにこやかに頷くライツェル。すると、その話を遮るようにアーリエが言った。
「ライツェル様にベティ、お話し中に大変申し訳ありませんが今よろしいですか?」
「ん?どうしたの、アーリエ先生?」
不思議そうに首を傾げるベティと何となく察した表情をするライツェル。
「それが、もう私の魔力が尽きそうでして......。申し訳ないのですが、今日はここまでにして頂きたいのです。続きは明日以降にお願いします。」
「えーっ!!!!.........でも、しょうがないのは分かってる。先生ありがとう。じゃあ、また明日ね!!」
そう言うと、彼女はにこにこと笑いながら彼らを送り出そうとした。ライツェルは思わず彼女を撫でてやりたい衝動に駆られたが、寸前で留まり手を引っ込めた。そんなライツェルを見て、アーリエもまた何とも言えない表情になった。そして彼女は最後の魔力で水属性と風属性の混合魔法・<空間清浄>の魔法を使用し、部屋を綺麗にした。
彼らもまた、笑顔で彼女と別れ、部屋を後にした。
その後、部屋を出ると同時に彼女は大きく息を吐き、そして吸った。ライツェルも同じである。
「彼女は悪くないってのは分かっちゃいるんだが、やっぱ臭いはきついな。腐肉の臭いがする。でも、あの子は強いな。俺ならあんなじめじめとした部屋で一人きり。心が壊れてしまいそうだ。」
「ええ、本当に。彼女だって辛い筈なんです。きっと、本当は撫でて欲しいしもっと一緒に居たいはず。でも、私と過ごしたいからこそ限界を超えないよう慮ってくれているのです。神よ、何故あの子にここまでの試練を与えたのですか?」
アーリエはそう言い、天に向けて少し睨みつけるように言った。ライツェルも同じように上を向く。
「なんとか出来ないもんかねぇ。...あんま縁起でも無い事をいうモンじゃないが、あの子だっていつまで生きていられるかもわかんないんだろ?なのにも関わらず誰とも一緒に居れないまま、こんなことになるなんてな。」
そのまま困ったように下を向き、そしてしゃがんで下の草を無造作に抜く。草は土ごと巻きこみ抜かれ、そして根には蟻が貪りついている。だが、腐ってはいない。
何とも言えない、助けたくても助けられないという無情な事実を実際に目にしライツェルは肩を落とした。
その夜。自室にて睡眠をする前だったライツェルは、決心したかのように頷く。その目には大きく意志が灯り、かつて他の仲間たちと別れた際のようなエネルギッシュなものになっていた。そんな彼は、明日の事を考えてすぐに寝る事にした。
そして次の日の朝。起きてきたライツェルはいつもの日課をすっ飛ばしてアーリエを探す。アーリエは忙しいが、朝は普通に教会にいるのだ。その中の一つの部屋に、彼女は佇んでいた。
「あら、ライツェル様。おはようございます。今日はどうなされたのですか?いつもと違ってここに来るなんて。」
アーリエは不思議そうな顔でこちらをみる。それに対応するようにライツェルは言った。
「ああ、おはよう。それで、ちょっと昨日考えたんだ。......俺、ここから出てくよ。もう一回頑張ってみようって思ったんだ。」
それを聞き、少し困った表情になるアーリエ。
「そうは言いますが、それでは泊る場所はどうする予定なので?あの時のようにまた暗殺者に狙われる危険性もまだあるのでしょうし、何よりここは雰囲気が良いと仰っていました。ならば、出て行かなくともいいでしょう。別に就職する為ならば、ここに居たって出かけてみればいいのです。ここから離れる理由があるのですか?」
それを聞いたライツェルはこう返した。
「ああ、まぁ泊る場所は無いけどそれは大丈夫だ。きっと何で言い切れるのかって思ってるだろうから最初に言っておく。
...ここの施設の人たちは、大人も子供も辛い目に遭ってきた人が多い。決して甘くはない人生を送ってきた人たちだ。でも、みんな何というか楽しそうで、希望を持っている人が多かった。子供たちの笑顔と、憧れた表情に俺は救われた。
確かに出ていく理由はない。でも、ここに居たらずっと彼らに甘えてしまう。それじゃ駄目だ、苦しい思いをしてきた彼ら同様、俺も立ち上がらなければだめなんだ。生半可な覚悟じゃだめだ。もう二度と戻ってこれない、もう下がれないって状況をイメージするんだ。病気のベティが、自分の欲望や弱さや辛い事から必死に抗って、人生を変えようと努力しているんだ。逃げられない運命を変えようと本気で立ち向かっているんだ。なのに、俺だけがぬくぬくと過ごしている訳にはいかない。
俺は、みんなから勇気を貰った。アーリエ、君もそうだ。俺を助けてくれてありがとう。そして、ここに連れてきてくれてありがとう。本当に感謝しているんだ。だからこそ、俺は戦うよ。俺を助けてくれた大事な仲間の恥にならないように。今日の昼には発とうと思ってる。子供たちには伝えておいてくれ。俺から言うんじゃ行かないでなんて言われて決心が揺らいじゃいそうだからな。」
それを聞いたアーリエは困ったように顔をしかめたものの、その上でそれを苦笑のような、微笑のような笑顔へと変えた。
「全く、無茶ですよ。ですがそれが貴方のいい所であり、悪い所です。そんな貴方を止めた所で貴方は決して止まらないでしょう。......ええ、分かりました。どうせ止められないのだから、でしたらもう快く送り出す以外にはありませんね。とはいえ、もうこれで弱音は吐けませんよ?これで戻ってきたら、格好悪い勇者というイメージが付いちゃいますからね。」
そう言って笑うアーリエを真っ直ぐ見るライツェルは、苦笑いしつつ言った。
「ははは、そうならないように頑張るよ。ありがとな、色々。次はちゃんと新たな仕事になってくるよ。」
「ええ、気を付けて。子供たちにも伝えておきます。ベティは悲しむでしょうが、しょうがありませんね。......あなたの旅に幸多からん事を。」
そう言って手を胸の前でクロスさせて祈るアーリエ。その姿はまさに聖母であり、圧倒的な神々しさを手にしていた。
ライツェルは部屋の前で一礼し、そして部屋へと戻った。かつての勇者は、元居た部屋を昼前には後にした。
そして、それから2週間後。
ライツェルは就職先を探して、あれから色々な場所に出向いた。例え自分が苦手とするような職や相手でも、真剣に取り組んだ。決して誰にも弱い姿を見せず、かつての勇者のように立ち振る舞った。そのお陰か、邪険にされて追い出されるような事は無くなった。だが、どの道採用してくれるところは出ないのであった。
ライツェルは凄い人間であったが、決して超人ではない。教会から出た日、確かにやる気と勇気、そして生き抜こうとする想いだけは人一倍強かったが、フィジカルで何とかなる世の中でも無く。結局のところ、前にダメなら今もダメ。少しずつ少しずつ、ライツェルは追いやられていった。
今日もライツェルは断られ、苦虫を嚙み潰したような顔で歩いていた。
「くそ~、どうして上手くいかないんだよ。確かにジョブは無いけどさ、俺は一応元勇者の経歴がちゃんとあんだぜ?いくら嘘つきと思われてたとして、履歴書とか観ればある程度わかるだろ?!どうしてこんなに上手く行かないんだよ。」
ため息と愚痴が止まらず、少しばかりイラつきながらもひたすらに歩き続ける。
「自分でも格好悪いとは分かっちゃいるんだが、あの時あんな大口叩かなければよかったぜ。カッコつけずにせめて教会から探すんだったな。借りれる部屋すら無いってのはきついな。ま、今言ってもどうしようもないが。流石にこれでまたアーリエに泣きつくのは情けなさ過ぎるしな。」
ライツェルとて、元々過酷な旅を生き抜いてきた強者。ならば、このくらいは屁でも無いと考えていた。しかし、いざずっと断られ続けるのは戦い続けるよりも辛いと思う頭の中がぐるぐると眩暈を起こすくらい騒いでおり、彼もまた疲弊していたのだった。
そのまま歩いて次の希望まで行こうとしたとき、ふと彼は足を止める。彼の目の前には広場があった。噴水が湧き出て、子供たちが笑いながら駆けており、小鳥が囀っている。
ライツェルは力なくそこを通ろうとし、ふと立ち止まった。ちょっと休憩しようと彼は方向転換し、公園の中へと入っていった。
楽しそうに笑いながら遊ぶ子供たちとすれ違いながら、かつての旅を思い出す。旅の最中、戦闘後にガルブが大喜びでドロップの数を数え、アーリエが皆の傷を癒し、ラズは魔法書が出ていない事に落胆し、そして皆が自分に目を向けて笑うのだ。そんな当たり前ではなかった日常が戻ってこない事に改めて寂しさを感じつつ、そんなことを考えてしまうくらいには弱った意識を戻す為に一旦休憩と彼はベンチに腰掛けた。
彼はのんびりと足を伸ばし、そして大きく息を吸って吐く。
「「はぁ~~~~~~~~~~~~っ」」
自分のため息に混ざって別の誰かのため息がする。思わず隣を向くとそこには、汚れたローブを着た冴えない男が座っていたのだった。そして、そんな彼もこちらを見て驚いたような顔をしていた。
「え、えっと...。大丈夫ですか?」
そう言う彼の瞳は、諦めたような色をしていたのだった。
なんで急にマル秘情報書いたかなんて、作者の自分でも分かりません。




