12話 教会孤児
急に失踪。そして急に再投稿。最近こんなんばっかりですみません。
教会に住むことを赦されたライツェルは、その日から熱心に過ごした。住まわせてもらう訳なので、当然食っちゃ寝など出来ない。朝早く起き、顔を洗って鍛錬をし、更に食事を作る手伝い、更には洗濯や掃除なども行った。
元々アーリエのお墨付きと会って誰も嫌な顔などしなかったが、しかしライツェルのその行動に感銘を受けたものは多く1日、また1日と経つごとに彼を受け入れる人間は教会内で増えていった。
彼は基本頼まれた事は何でもこなす。例えば、買い物。あるいは護衛、教会に懺悔しに来る人の受付といった雑用などなんでもやった。そんな彼は毎日充実しているかのように見えた。
しかし、当然教会内でやるべきことを済ませてしまったら何も残っていない。就活といってもアーリエからはしばらく休息をとるように言われてしまっており、ライツェル自身も最近色々とあったせいで出来れば今はあまりそのことは考えたくはなかった。
また教会内で何か仕事ややるべきことを探しても、教会にはアーリエ達のような僧侶、シスター、あるいは隣接された孤児院の子供たちが居る為全部が全部ライツェルの仕事になる訳もなく、彼はあっという間に手持ち無沙汰となった。
アーリエやこの教会内の人々は何も言わないだろうが、ライツェルは暇を持て余すことを気まずく思った。周りの人たちは日夜働いているのに、自分は世界を救ったことに怠けてぼーっと生きているのだと。
そんなライツェルは気まずさを紛らわすために散歩をするようになった。休息にはいいだろうとアーリエも許可し、彼は教会の広い敷地内を歩いて回った。
といってもあるのは噴水とベンチがあってただっ広い広場のようなところと、教会と、孤児院と、そして少しの建物があるだけだった。
ライツェルは思えばこの施設でまだそこまで子供と話していなかったと思い、孤児院へと向かうのだった。
「あっ!!!!!!!!!勇者様だ!!!!!!!!!!!!!!!!」
孤児院の敷地に入ると、そこで遊んでいた子供たちがこちらを向く。さながらそこは幼稚園のようで、子供たちが思い思いに遊んでいる。
と、指を指した子供が嬉しそうな顔で近寄ってくる。
「ねえ、アーリエさんが言ってた勇者ライツェルって?」
それを聞いたライツェルは困ったような嬉しいようなといった顔をしつつ、首を縦に振った。すると子供たちが一斉に寄ってくる。
「すごーい!」「ねえ、遊んでーーっ」「つよそー」「わー」「剣どこー、みせてー」「魔王は!?倒したの!!??」「お兄ちゃん仕事無いってほんとー?」「本物だーーっ」「勇気ってどこに持ってるのー?」
一斉に話しかけられつつたじろぐが、ライツェルはすぐに持ち直し答えようとした。しかしそこに、
「こらーっ、勇者のお兄さんが困ってるでしょ!!!ちょっと落ち着いて、離れなさい!」
と大声が聞こえてきた。
残念そうに返事をしながら時折こちらを見る子供たちに早くも愛しさを抱きつつライツェルが声のした方向を見ると、そこには30代くらいの女性がいた。彼女は半袖に動きやすそうなパンツルックで、額からは汗を流しており手にはメガホンを持っていた。
「ほらそこーっ、喧嘩しない!!そこの3人、前見て歩きなさい!............ふぅ。」
メガホンで声を飛ばしながら、注意しつつ疲れたように汗を拭う女性。それを見たライツェルはすぐに近寄り、挨拶をした。
「初めまして。私はライツェル・ガリウス・ビットリーグ。アーリエのご紹介でこちらに暫くの間お世話になります。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ!私はボノボ・ルッズ・ビビッド。アーリエから話は聞いてるわ。何も無いところだけど長閑で静養するにはばっちこいって感じだから安心して休んで頂戴。子供たちも喜んでたわ。...さっきはごめんなさいね。急に子供たちが話しかけて。普段からアーリエの話を聞いて勇者に憧れがあるからか、昨日その勇者が来たっていう話を聞いてもう喜んじゃって喜んじゃって。それであんな感じになっちゃたの。」
そう言ったボノボ。彼女は秋のもみじのような髪色をした人好きのしそうな笑顔を持つ、仕事熱心そうな雰囲気を併せ持った快活そうな女性だった。
「なるほど、お気になさらず。こう言った事は慣れていますし、それに子供たちから憧れるだなんて光栄です。この辺りはとても空気が澄んでいて、休養にもちょうど良さそうです。ところで...アーリエから私の話はお聞きしたでしょうか。」
ライツェルが気になったのは、やはり彼のジョブの部分である。憧れてくれた子供達には悪いが、自分はもう勇者では無いのだ。
「あー、それね。勿論知ってるわ。大変ね、初めて聞いたわ。ジョブが無くなるなんて。神様がここまでの事をするなんて、相当なことだわ。」
「......まあ、そうですね。端的に言えば自分は元勇者になっています。何だか子供たちを騙しているみたいで、申し訳なく感じます。彼らは憧れてくれているのに、そんな彼らが憧れる自分はもう勇者じゃない。それを知った時、彼らがどれだけ失望するか。憧れられるのは嬉しいです。でも、子供たちに心配させたくはありません。この事実はどうか、隠す方向でお願いします。」
彼は子供たちの事を思った。きっと彼らは自分と会うのを楽しみにしていた事だろう。そんな彼らの夢を壊すのは、いくら事情が事情と言えど申し訳なく思えた。そんな思いでライツェルはその言葉を告げた。
しかし、ボノボから返ってきたのは衝撃の言葉だった。
「え?いや、貴方のジョブがもう勇者じゃないなんてみんな知ってるわよ。最近じゃあギルドがそういう話をしているらしいってんで、結構色々な人が聞いてるし。それに、アーリエ様のお話でも最初に説明されてるしね。」
それを聞いたライツェルは目が点になった。自分が勇者じゃない事を知っていた。つまりそれは、既に彼らはそれを受け入れてその上で自分に話しかけていたのだという事と同義だったからだ。
それと同時に彼は困惑した。何故勇者では無い自分のことをあそこまで嬉しそうな目で見つめてきたのか、それが分からなくなったからだ。
「まあ、そんな反応にもなるわよね。...確かに、最初は子供たちも半信半疑ながらなーんだ、みたいな残念そうな態度だったわ。でもね、それを見たアーリエが彼らにこう説いたの。確かにライツェル様は勇者ではなくなったけれど......。」
「いいですか?確かに、ライツェル様は勇者ではなくなりました。ですが、彼の勇者たる勇気は間違いなくあります。そして、その勇気はジョブから来るものではなく、彼自身の奮い立つ心...魂によるものです。それは、決して侮る事の出来ない尊く、素晴らしいものなのです。皆さんにも、嬉しいだとか、悲しいだとか、あるいは誰かに役に立ちたいだとか、そんな思いがあるでしょう。」
アーリエは椅子に座り、地べたに座ってこちらを見つめる子供たちに呼びかける。いつもの彼女の雰囲気はそのままに、いつもよりもよりはきはきと、彼の功績を称えた。
「その想いは決して貴方たちのジョブや、運命によるものではないでしょう。まだここにはジョブを授かっていない子供も居ると思います。ならば、尚更分る筈です。今の自分がジョブを手に入れても、果たして想いや感情まで変わるでしょうか。覚悟が変化するでしょうか。それを理解できたなら、ライツェル様を残念がる気持ちはなくなる筈です。」
その言葉を聞いた子供たちは言った。
「でも、今までに無い事だって聞いたよ~。ジョブが無くなるとか、ジョブを捨てられたとか。確かに勇気は凄いのかもしれないけど、勇者ではなくなったんじゃないの??」
するとアーリエはこう返した。
「確かに事実上勇者ではなくなりました。...では、ビート。お聞きしますが、勇者の証とは何だと思いますか?」
一番最初に否定した子供・ビートが指された。困ったような顔をしつつも、ビートは答えた。
「勇者の証?そんなの、ジョブに決まってんじゃん!だって勇者って書いてあんだもん!!」
そのビートの答えに、今度はアーリエが困り顔。ため息を吐くのを我慢しつつ、彼女はビートに答える。
「ジョブが勇者だったから、勇者なのでしょうか?では、一体勇者とは何なのでしょうか?勇ましい人が勇者なのでしょうか?それとも、ジョブに選ばれた人が勇者?
......正解はどちらもあると思います。ですが、私はこう思います。人は誰しも勇気を持っていて、強かれ弱かれ時に奮い立ちます。しかし、誰しもが打ち勝てない恐怖というものは存在するものです。そんな圧倒的な恐怖・それに対抗し、打ち勝つ人間。それこそ勇者なのだと。私はそう思っています。
だから、ジョブに選ばれた。...つまり何が言いたいのかというと、ジョブが決まったからその人は勇気を持つのではなく、勇気があるから【勇者】というジョブは輝くのです。ジョブはあくまでもその人個人の通過点であり、全てでは無い。ライツェル様が失った勇者というジョブ。
きっと彼はその勇者というジョブを超すだけの勇気を、努力と希望でつかみ取ったのです。魔王を倒したのが、何よりの証拠。だから彼は勇者のジョブなどもう必要ないのです。だって、もう勇気を持つ戦士なのだから。そう意味もあって、私は色々な人から尊敬されてしかるべき存在だと思っています。」
その回答に、静まり返る部屋。熱くなってしまったアーリエはついやってしまったと周りを見渡し今度こそため息を吐いた。しかし、それは杞憂だったようで......。
「............す、スゲエ。凄ぇや、勇者様!!!!ジョブに選ばれるだなんて、カッケぇ!!!!!!」「俺も、そうなりたい!!」「私も!!」「あたし、勇者様みたいになりたい!!」「僕にも勇気があるってことだよね、でもそれの先をいってるんだ。凄い、そんな人がこの世に存在するなんて!!」
次々に叫び出す子供たち。彼らは嬉しそうにライツェルへの想いや勇者への憧れ、感想などを吐き出すと一斉に騒ぎ出した。そのうるささに苦笑しつつ、ライツェルの雄姿、そしてジョブと魂の違いが伝わったことにほっとするアーリエなのであった。
「...ってな訳だったのよ。アーリエが貴方の事を褒めに褒めて、結果みんなジョブを失った事など遥かに忘れて今や憧れの人として挙げてるわ。だから、勇者ライツェルは勇者じゃなくなっても平気って訳。ジョブという一要素が剥奪されたとしても、貴方の勇気は変わらないってみんなが分かっているわ。」
そう語るボノボ。まあその後騒がしい彼らを宥めるのがまた面倒だったけどねと苦笑しつつも子供たちが何故ライツェルに憧れの視線を向けるかの理由を解説していた。
ライツェルは驚いて開いた口がふさがらなかった。何せ、自分のことなど誰ももう興味はない、くらいに思っていたからである。まさかアーリエがここまで言ってくれているとは。そして、子供たちは純粋に自分のことを想ってくれているとは。その想いに思わず涙が出そうになり、慌てて上を見上げる。
「......そうだったのですね...。素敵なお話、ありがとうございます。正直、凄く嬉しいです。自分の価値は勇者というジョブにしかないと思っていたので、それを無くした今もう誰からも憧れなど持っては貰えないだろうと思っていました。しかし、アーリエは違ったんですね。私のジョブがあるから勇気を持てるのではなく、勇気があったから勇者に選ばれた。この考え方はしてきませんでした。やはり、彼女にはかないません。......それなら、彼らにもちゃんと勇気がどんなものかという事、そして彼らも勇者になれる素質があるという事を教えてあげなければいけないですね。」
ライツェルは嬉しそうにそう語った。ジョブを奪われてからというもの、蔑まれる毎日、人を信用できなくなりそうな仕打ちに耐えながら戦っていた彼にとって、子供たちとアーリエの熱く優しい思いは何よりの栄養剤であった。彼はすぐにボノボへと向き直り、こう言った。
「もう一度、彼らと会わせてください。話がしたいです。勇者という肩書ではなく、私を見てくれる子供たちと。」
それからというもの、ライツェルは孤児院の中での生活が増えた。子供たちに勇者としての心構えや勇気をどう奮い立たすかの講義などを行ったり、一緒に身体を動かしたり、時には自分の過去から子供たちが食いつきそうな話を読み聞かせる事もあった。
元々魔物に親をやられたり、住む場所を失った子供たちが来る施設であり、笑顔だけが広がる場所ではなかったここに笑顔が増え、子供たちが希望の瞳を持つようになったとアーリエもまた喜んだ。
ライツェルは日々子供たちと話しながら、彼らの声を聴き、癒されていった。1日、2日、どんどんと日にちは流れていった。
そして、1週間がたったある日の事。いつものように彼は子供たちが居る孤児院へと出向き、そして毎度御馴染みとなった子供たちとの会話を楽しもうと庭へ向かった。
当然のように子供たちが遊んでいる中、彼はふととあるものに気づいた。孤児院の庭内に、何やら小さな小屋があることを。その小屋については特に誰からも情報を得ておらず、誰もあそこに近寄っているのを見た事が無かった。
ライツェルはその小屋に何があるのか、気になった。元々そういった怪しい場所は警戒するよう勇者の頃から教えられてきたため尚更だった。ましてや子供たちも誰も興味を示さない。一体そこに何があるのか気になったライツェルは、外で遊んでいる近くにいた子供に尋ねた。
「なあ、あそこの小屋には何があるんだ?入ったらだめなのか?」
すると子供は気の毒そうな顔で答える。
「あそこにはベティちゃんが居るんだ。でもね、勝手に入ったらだめだよ。取り返しがつかないんだって。病気でね、外に出られないんだってっ!」
しょんぼりしたような顔で、小屋の方を見つめる子供に思わずこちらも顔をしかめながらも続きを聞く。
「そのベティちゃんって子は隔離されてるって事か...。でも、取り返しがつかないってどういう事なんだ?」
「うーん、あんまり僕は知らないんだ。アーリエ先生だったら何か知ってるかも!!あとはボノボ先生とか!!聞いてみるといいよお~!!!」
そう言って彼は別の子供たちの輪に入って行ってしまった。一体、どんな病気なのか分からないが迂闊に入る訳にもいかない。ライツェルはそんな大事に関わっていいモノか悩んだが、今はお世話になっている身。少しでも彼らが楽しく過ごせるならと事情を聴きにボノボの元へと向かうのであった。
「あー、ベティちゃんねぇ......。確かにあんな庭にぽつんと小屋があったら気になるわよねぇ。ただ、あれはアーリエか神父様以外話すなって言われていて、私からは何も言えないのよ。ごめんなさいね。」
意外にもボノボには権限はないらしく、申し訳なさそうに言われてしまった。
「いえ、お気になさらず。しかし、そんな厳重に管理されるような状態ということですね。私のような門外漢且つ部外者が差し出がましくかかわるような事では無いという事でしょう...。わかりました、ありがとうございます。」
そう言って部屋を出たライツェルだったが、気にはなる。いくら自分が部外者とはいえ、困っているものを放置するのは勇者とは言えない。ここの施設の子供たちは皆いい子で、自分にも友好的である。その上ここに好意で住まわせてもらっているのだ。もし例え難病だとして、薬の材料を採りに行くくらいであれば彼はやるつもりであった。
確か、どんな病気にも効く幻の薬「エリクエルトン2‐0319」がワスバー製薬から発売されている。あれは莫大な金がかかるが、自分の持つスキルで...............。あっ。
ここまで考え、そしてライツェルは気づいた。自分にはもうスキルは無いのだと。勇者で無くなった以上、他のスキルを使う事は出来ない。製薬スキルもあったが、あれも無くしてしまったのだ。
最近はここで自分が勇者ではなくなったことを考える時間が減った為、少し忘れかけていたが本来自分はもう元・勇者なのだ。彼は酷く落ち込んだ。今も苦しんでいるであろうベティという子供の心境を考え、そしてそれをかつてのように救う事が出来ない自分にひどく苛立った。更に言えば、その子供を救えたかもしれない可能性を奪った神にも怒りは募った。
だが、無い物ねだりをしてももはや意味は無いのだ。彼はため息を吐き、そして孤児院の廊下を歩いた。
暫く歩いていると、人影が見えた。誰かが散歩しているのかもしれない。挨拶しようと近づくと、それはアーリエだった。ただし彼女は憂いを帯びた表情で、少しばかり焦った顔つきだった。
そんな彼女は一歩遅れてライツェルに気づき、そして無理やり笑顔を作った。
「あら、ライツェル様。お久しぶりです。ここにも慣れましたか?」
「ああ、ここはとてもいい所だ。子供たちもいい子だし、食事が出来て安心して眠ることが出来る。あの神をまつる場所というのは若干気持ち的に良くはないが、それでも世界を支えてくださっているのには変わらない。...少なくとも、俺にとってはいい場所だよ。」
「それは何よりです。ライツェル様の言う通り、子供たちは辛いことがあっただろうに、いつも笑顔を見せています。我々シスターの教えが良いのだと皆様仰りますが、本当にすごいのは今を生きている子供たちです。それを忘れたくはありませんね。」
そう言いつつ、アーリエは何処か思考しているようで、常に雰囲気が困った状態であることを醸し出していた。
ライツェルとてそれに気づかない男ではなく、すぐにアーリエに問う。
「なあ、ところで何を悩んでる?俺に出来る事なら何でも言ってくれ。力を貸すぞ。」
すると、アーリエは驚いたような嬉しいような顔をしてライツェルを見た。
「えっ、何故悩んでいると分かったのです?...そんなに私の顔に出ていましたか?」
「まあ、な。顔っていうか雰囲気っていうか。何よりさっき俺と話す前の表情。何かを思い詰めた顔してたからな。流石に俺だって気づくさ。で、どうした?」
ライツェルは微笑を浮かべつつ、話を続けそして真剣な顔でアーリエの顔を見返す。
「.........ライツェル様は、孤児院の庭の小屋を最近気にかけてくださっているようですね。」
「うん?...まあな。あれだけ綺麗で子供たちが楽しそうな庭に、ぽつんと寂しげに建つ小屋があったらそりゃ気になるさ。......ってまさか俺が何か秘密を明かそうとしてたからとかじゃないよな!?だとしたらすまん!!」
「え?い、いえ、そういう事ではないのです。むしろ気にかけて頂いたことはとても嬉しいです。なのですが、最近少し問題がありまして......。」
「問題?というと?」
あまり良くない雰囲気の中、ライツェルも問い返す。
「あの中には、恐らく聞き及んでいるとは思いますがベティ・S・アノディアという闘病中の子供が居ます。そして彼女には特殊な菌がついており、簡単に近づくことすら出来ないのです。」
アーリエは目を伏せつつそう言った。ライツェルもいくつか菌から発生する病気を知っているが、どれも簡単には治せないものが多く、どれもが薬が高価であった。
「そうか、それでみんな悩んでるってことなのか?」
「いえ、勿論それも問題なのですが...。問題はそこだけではなく、彼女の看病にあるのです。」
「看病?」
「ええ、あの子が罹患している病気、それは魔族が遺した負の遺産とも呼べるウイルスだったのです。その病気の名は<世腐病>。」
その病気の名前はライツェルも聞いたことが無かった。それもその筈、魔族側の病気など聞いたことも見た事もなかったのだから。
「魔族の世界の病気って事か?!で、でまいず?一体それって...?」
「その病気は、近くに居た人を腐らせていく病気です。当然本人も腐っていきますが、それ自体は治癒の魔法で治すことが出来ます。ですが問題は多いです。まず治療法が見つかっていない事。今のところは治癒魔法で大丈夫そうですが完全に治す方法など無く、そして医者は触診も粘膜を見る事も出来ず、調べる事も出来ません。更に言えば、私以外の誰も彼女に近寄ることが出来ないのです。私は防護魔術の最大魔法・<強固なる大城壁>があるので如何なる障害も寄せ付けませんが、他の人は違います。この魔法が使える人間以外が入ればきっと数分も立たぬ内に死んでしまうでしょう。」
「そんなに強いのか!?」
「ええ、外に出せば瞬く間に彼女も周りの草や花は枯れ、木は倒壊し、小屋にカビが生えるでしょう。あそこの小屋もその部屋の中に二重の扉があり、そこから繋がる階段の地下で彼女は過ごさせられています。ずっと松明の光しかない暗い部屋で一人、ずっと居るのです。私が来れるのもお世話する時間だけ。あの魔法は一応4人までなら守れますが、一人増えるだけで絶大な魔力が消費されるので多用する事も出来ず...。基本的に私以外には出来ない仕事となってしまっています。」
そのあまりに悲惨な話を聞き、ライツェルは思わず頭を抱えた。そんなにひどい病気がこの世にあったとは。そして、そんな苦しみに悶えている子供がいるとは。すぐにでも治してやりたいと心は思うが、そうカンタンにも行かない世界にぐっとこらえる。
「その顔...。やはりライツェル様はお優しい。でも、どんなに同情しても彼女は治るまであそこから出れないのです。あの歳であれば今頃は友達と遊びたい頃でしょう。私も治せるものなら治してあげたいのですが、そうもいかず...。ともかく、彼女はとても辛い日常を送っています。私もなんとかしてあげたくて、彼女の望みをなるべく聞くようにしています。基本的に彼女は、外で自分以外の孤児院の子供がどう過ごしているのかを聞いてきます。ですので、私は前の日にあったことなどを話すのです。.........今思えば、ここで私があんな迂闊な事を言わなければと後悔しています。つい、彼女の事を思ってだったのですが...。」
そんなアーリエの顔には後悔と、苦痛と、そして溢れるばかりの慈愛の感情が浮かび上がっていた。ライツェルは思わずアーリエを見つめると、アーリエは言った。
「病気はどんどん進んでしまっていて、最初の頃は近くに行けば植物が枯れ、食事も少しずつ悪くなっていく...そんな程度でした。しかし今では彼女に近づくどころか、部屋に入るともう花は枯れ、そして食事は30秒で全て腐ってしまいます。なので、二十扉の前で食事を置き、一口分ずつちぎったり一口ごとに動かして行ったりしています。時間も労力もかかりますが、そうしなければ彼女はロクに栄養も摂れません。......偉い方々は、いずれ国の脅威になるのだとその子を殺すよう何度も指示してきましたが、神父様が断っていました。教会でも、人は誰しも幸せになる権利があるのだという教えから、生かすべきだと言われています。確かに彼女がもう生きたくないと言っていればそれも出来るのかもしれませんが、必死に生きようとしている彼女を見捨てることなど私には出来ません。それに、彼女は親に捨てられた身。その中で、病気のせいで世界に見放されるなど、あってはなりません。私は彼女を救いたい。だから、ずっと続けております。」
ライツェルは何も言えなくなった。確かに、世間的に見ればひとりの少女が抱えている問題の病気。その子を見捨てて、世界を救うのが正しいという話は分からなくもなかった。だが、果たしてそれでいいのだろうか。彼女は悪ではない。彼女に憑いた病気だけが悪なのだ。魔王とは違い、誰かに自分から迷惑をかけようとはしていない。人を殺す意思もない。それで、苦しんだ末に同じ同胞から見捨てられて無惨に殺される。そんな事があっていいのだろうか。彼は確かに勇者として時に残酷な判断もしてきた。だが、だからといって全てを諦められるほど大人では無かった。そして、そのベティという子供の立場は、今の自分と重なるところがあった。何も悪い事はしていないのに、何故か糾弾され悪者扱いされ、邪険にされた挙句いいように扱われる。彼は諦めたくなくなった。
「俺も、アーリエと同じ意見だ。この世の中に救われない命なんてあってたまるか!...そりゃ悪いことをしたらそれはそれ相応の裁きを受けるべきだ。でも、彼女はそんな意志も無く、ただ懸命に生きているだけなんだろ?そんな子が自由に生きられない世界は、俺は求めちゃいない!...俺も協力する、その子の為にな。...そんで、その問題点ってのはなんだ?何を悩んでたんだ?」
「.....彼女にここ最近、ライツェル様がきた事をお話ししてしまったのです。当然彼女にもライツェル様の魔王討伐について話していました。そんな中で伝えてしまったので、当然会ってみたいと言われてしまってですね...。しかし、そうは言われても、彼だって会うか会わないかの権利はあるし、万が一感染してしまえばリスクだってあります。だから、会えないかもしれないと伝えた所大泣きされ、もう嫌だと扉をしめられてしまってですね...。それで、どうしようかと...。」
アーリエはそう困ったように呟いた。他の子どもと同様、ライツェルのことを知って欲しいという想いと、単純に子供たちにとっては楽しい話だろうと思ってのことだったがそれは裏目に出てしまった。しかしライツェルは満足げに笑い、そして頷いた。
「分かった、いいぜ。勿論俺だって病気にはかかりたくないけど、さっきの事を言っておいて行かないなんて、そんな意気地のない事は言わない。それに、俺に憧れてくれるなんて嬉しいしな。例えどんな子であっても、俺は話してみたい。もし俺と話す事で彼女が少しでも笑えるってんなら、いくらでも力を貸すぞ。...とはいえ、その魔法がどれだけ持つかにもよるが...。」
「快いお返事をありがとうございます。...正直、とても助かります。看病には基本私しか行きませんのであまり分かりませんが、数分であれば4人まで連れて行けるかと。...もし、よろしいのであればベティとお話してあげてください。」
そう言って頭を下げるアーリエに、慌てて顔を上げるよう促すライツェル。
「おいおいやめろよそういうの!全く、水臭い奴だな。俺らは仲間だろ?いや、元仲間か?...どちらにせよ、俺をこうして匿ってくれている仲間の為ならいくらでも俺は協力するさ。...それじゃ、次のそのベティと会う時間に着いてくぜ。」
そう言ってライツェルは笑った。
.....彼は、これが彼自身の大きなターニングポイントとなることをまだ知らない。
次回、ベティちゃんとお話。




