そこの冒険者!
カレンの癇癪もだいぶ落ち着き、聖都ノルンの街並みが近づいてくる。辺りはすっかり暗くなり、下方には街灯の明かりと冒険者の掲げるかがり火の明かりが、点々と広がっている。世界樹の森と聖都ノルンを結ぶ道は決して楽な道のりではないが、飛んで帰ればなんということはない。空の魔物もいるが、生態系頂点に君臨するドラゴンへ挑む魔物はごく少数である。ドラゴンだろうが何だろうが縄張りを争っていた世界樹が異常なのである。
「ねぇノワール、着陸だけど少し離れた所にお願いできる?」
『そのつもりだとも。いきなり脅威が空から降り立てば敵対されてしまうからな』
「街中への着地はもちろんそうだけど、貴方討伐対象だったのよ?冒険者ギルドは当然として、門番兵士にまで情報がいきわたっている可能性も高いもの」
いささか、人間時代の感覚を忘れているノワールのことである。開幕に『我は元人間のドラゴンである』と言いかねない、とカレンに判断されたわけである。当人に伝えないのはカレンなりの優しさか。
『それもそうだな。ここらで降りようか。』
「ええ、お願いね」
距離にして、世界樹の森の入り口と聖都ノルンの中間ほどの位置でノワールは着陸する。周囲に人影がないことは【竜眼】で確認済みである。カレンも鞍から降り、聖都ノルンに向かって歩き始める。空の旅が終わったため、ルフとルナも【召喚】している。
「ノルンに付いたら冒険者ギルドへ報告にいくけど、ノワールはどうする?」
『我も付いていくさ。その方が説明は手っ取り早いだろう』
「それはそうだけど、別の問題が起きそうね……。ひとまず、私から説明するからノワールは黙っていてね」
『心得た』
道なりに歩いていき、他の冒険者からの視線を浴びること数時間、一行は聖都ノルンの入口にたどり着く。対魔物戦を意識して作られたこの街は、門や塀も厳重かつ重厚感がありつつも、機能性に優れたものとなっている。堀があるのは当然として、塀の高さ/厚さもかなりあり、頑丈な造りとなっている。一見、荘厳な造りに正門とも見間違うほどである。ただしソルド山脈の向こう側である人間国家へ連なる道は街中に地下洞窟があり、それを経由してたどり着くため、どちらかといえばそちらの方が正門だったりする。閑話休題。
「そこの冒険者!とまれ!」
門番をしている兵士がカレンを呼び止める。ルフのような四足獣を従魔にしているテイマーは多いため、それほど不信感を持つ兵士はいない。ルナのようなピクシーは数が少ないが、テイマーの憧れの一つともいえる。一方でドラゴンといえば、人類が繁殖に成功して共存している種も存在するが、ノワールのような野生種の従魔はあまり例がない。そのため警戒するのは当然であるといえる。
「……!カレン嬢か!」
「そうよ。エシューがいてくれて助かったわ」
エシューと呼ばれた中年の男性は、呼び止めた冒険者がカレンであるとわかるやいなや、安堵するため息をつく。そうしていたのもほんの一瞬。彼はすぐさま気持ちを切り替えて門番の仕事に従事する。つまりは不審者(今回は不審竜)への対応だ。
「背後の空竜種は……」
「今回の依頼対象よ。色々あったけど、【従属】して私の仲間になったの」
「なっ……!」
驚愕を隠せず、手に盛つ槍を落としかけてしまうエシュー。周りで成り行きを見守る冒険者のほとんども、驚いて固まってしまっている。カレンは固まる冒険者たちを一瞥して、やっぱりこうなるかと半ば諦めの表情をしていた。
「そういうわけで、今から冒険者ギルドへ向かうところなの」
「そうか……。鞍もついてるし、なによりテイマーのお前さんが言うのであれば問題はないんだろうが、ちょっと待っていてくれ」
エシューはお前たちに渡すものがあると、詰所の中に戻った。数刻もたたずカレンたちの元へ戻ってくる。ちらりとノワールを一瞥するエシューのその手には赤いスカーフが握られていた。
「ほれ、仮だが『従魔証』のスカーフだ。ノルンへ入る前にこれを着用しといてくれ」
「ありがと」
カレンはスカーフを受け取ると、ノワールへと向き直る。
「ノワール、スカーフを付けるからしゃがんでくれる?ルフ、手伝ってちょうだい」
ノワールは何も言わず、首を下げる。鞍が装着されているノワールだが、首元には装飾もないため問題なく、スカーフをまくことができた。とはいえ、ノワールはドラゴンであり巨大なため、飛行可能なルナにも手伝ってもらうことで滞りなくスカーフを巻いていく。周囲からは「おぉ……」という声が漏れる。ドラゴンとは総じてプライドが高く、従魔になった後でも主人に対して傅くことはない。今回の場合は、ノワールが元人間であることも影響して、スムーズに事が進む。
「これでよし」
「くれぐれも街中で暴れたりするんじゃないぞ」
「わかってるわ」
エシューもこの短い間で、ノワールがカレンの傍でおとなしくしているのを見ていたため、最初に頂いていたほどの危機感はない。とはいえ門番の仕事は行う必要がある。エシューの生真面目な性格からくる再確認だったが、嫌悪感を覚えることはない。これもエシューの人となりがなせる業であろう。
「それならいい。そんじゃ改めて」
コホン、と咳払いをして一息整えた後、エシューは微笑を浮かべながら発声する。小さな声で、「こっち側じゃあまり言わんが」というあたり、ソルド山脈側(人間国家側)の門番も彼の担当なのだろう。
「ようこそ!聖都ノルンへ!!」