第五話 騎竜
『すまんな。いかんせんドラゴンになってから長いから、人の感覚を忘れてた』
「うっ、ヴぉえ……」
ノワールの住処にたどり着いたカレンは、その速度からくる精神的不可に耐えられず、うずくまっていた。いくら近いとはいえ、絶叫マシーンでの移動は勘弁である。反動で18の少女が魅せてはいけないものを、口から出している。
『少し待ってな。必要な物を取ってくる』
「あ、うん……」
『回復する薬もあったはずだから、持ってくる』
「たすか……うっ、おぇ」
ノワールはたどり着いた住処の片隅へと歩を進める。泉のほとりに鳥の巣のように藁が敷いてあり、そこに黒い破片がところどころに落ちている。ノワールの漆黒の鱗が剥がれ落ちたものだろう。いくつか果実のストックも確認できるため、普段はこちらを使用していることが伺える。
『ひとまず、これを1本飲んでおけ』
ノワールがカレンの目の前に瓶の入った籠を置いた。籠の中には6本の瓶が入っており、いずれもカレンの手のひらサイズであるため、人間用のポーションの類であろう。カレンはそれを1本分飲み干す。すると、先ほどまでの気持ち悪さが嘘のように、きれいさっぱり消え去った。
「ふぅ……。これは、状態異常の回復ポーションね」
『あぁ、よく効くだろう』
「何故あなたがもっているかは疑問だけど、この際それは良しとして、私たちに必要なものって?」
『あぁ。これだよ』
ノワールが前足で器用にもってきたソレは、黒色と深い青色がグラデーションされた美麗な鞍であった。綺麗で確かに旅には必要なものである。ただその鞍は大きかったのだ。ノワールと同じくらいには。
「これは、ノワールの?」
『そう。我専用の鞍だ』
「なんであなたがあなたの為の鞍を持っているのよ」
『以前の主に作ってもらったのだが、歳で引退してな。「自分が信じることのできる者が現れたときに渡すと言い」と言われていたのだ。その通りにしたまでだとも』
「嬉しいんだけど、なんでそこまで私のことを気に入ってくれているの?」
カレンの疑問は当然である。思えばテイムした時から「気に入った」の一点張りで仲間になったようなものだ。いくら自分の祖先が異世界という別世界と関わりがあるとはいえ、それだけが理由とは思えない。そもそも、なぜ異世界に関わりがあると断言できたのかも不思議だ。カレン自身、その点はまだ納得しきれてはいなかった。
カレンがじっとノワールを見つめる。顔には「納得するまで動きません」と書かれているよう見えるほど、真剣な表情だ。
『ああ、それについては……ん?』
「どうしたの?」
『カレン、戦闘の準備をしろ。魔物が2匹、向かってくるぞ』
ノワールがカレンへ事情を説明しようとしたところ、魔物の気配を感じたノワールは視線をそちらに移す。枝葉が生い茂る中、そのさらに奥の方から騒音が聞こえてくる。その音は次第に近づいてくる。
「え、ここ、ノワールの住処なんだよね」
『そうだが、ここは縄張り争いが激しくてね。同じ階層の敵は強敵ぞろいだ』
ノワールは戦闘態勢を取りながら、【念話】を続ける。ノワール曰く、世界樹には主に4つの階層に分かれている。カレンや討伐隊がいたのは世界樹の中でも弱い魔物たちが暮らす階層であり、下層と呼ばれている。下層から中層、上層と続いていき、ノワールの住処は頂上層と呼ばれている。上にいくほど強力な魔物が多いということがノルンの学者間で提唱されており、それが今ノワールの言葉で証明されたのであった。
「騎乗して戦闘したこと、そんなにないんだけど」
『実践で説明していこう。主よ、装備を頼む』
「この鞍を装備扱いで、ノワールに装備すればいいのね」
『ああ』
「わかった」
魔物に対して装備を行うには、テイマーからの承認が必要であり、自身で装着や解除を行ったりすることができないのである。野生の魔物が騎士や冒険者の装備を使用できないのは、このような背景があるからに他ならない。なぜ、テイマーからの承認が必要かは現時点ではわかっていないが。
カレンは鞍に触れて、スキルを発動させる。発動するのは【装備〈着〉】というスキルだ。文字通り、魔物の装備品着脱を担うスキルである。発動には、装着時は装備品のアイテムに、解除の際は装備している魔物に触れている必要があるスキルだ。いちいち魔物に取り付けたりする必要がないため、テイマーご用達スキルの一つである。
『よし、久しぶりにしっくりくるな』
鞍を装備したノワールは、元の鱗の色と相まって。まさに夜空と形容できるものであった。カレンが座っていた首の付け根部分にシート部分が設置されており、安定性を取る為、固定具を身体全体に鞍を固定するためのベルトが繋がっている。首を伝って顔の方にも一部固定具があり、さながら身を守る鎧のようであった。また、一般的な馬具に見られるような鐙などはない。そもそもドラゴンに騎乗している時点で、大木にしがみついているようなものである。ましてやノワールは9mの中型に分類される空竜種のため、人間から見たら中々に大きいサイズである。まっすぐ綺麗に座るというよりは、前傾姿勢となる形だ。ノワールの前世に併せて言うならば、大型二輪のバイクといったところか。そのため、足の固定は、鐙ではなく、鞍の側部にブーツのような固定具が存在する。これは空中から投げ出されないように配慮されているためでもある。これが、ドラゴンにテイマーが騎乗するドラゴンテイマーの基本の形である。
「よっ……と。うん。乗りやすいね」
『我に合わせて作った特注の鞍だからな』
「……ほんとにいいの。私が貰っても」
『構わない。ほら、戦闘態勢を取るからしっかり座っていろ』
カレンは、鞍を装備したノワールのシート部へ移動する。座って感じるのは、先程迄とは打って変わって抜群の座り心地であった。シート部の前方には手綱があり、それは口元までに達していた。緊急時はこれを使って指示するのである。
『さぁ主よ。ドラゴンテイマーとして初めての戦闘だ。今回は我が自由に動く。主は空竜種の騎竜がどんなものか体感してくれ』
「そうさせてもらうわ。負けないでよ」
『無論だとも。そっちこそ振り落とされるなよ!』
「お手柔らかにね!」