第四話 主従の盟約
数分後。暴れるルナがようやく落ち着いたことで、話が進み始めた。
『我は黒竜。名はないので、好きに呼ぶといい。空竜種にして、飛行と近接戦闘が得意だ。反面、遠距離攻撃は竜の息吹か、岩を投げるなどしかできん。スキルは……、複数所持しているので、適時話そう。先ほど話していた通り転生した元人間だ』
「改めて、カレン・リージュ。ノルンを拠点にしているテイマーよ。年は18歳で、冒険者業をやってる。私個人での戦闘はほぼできない、純テイマー特化ね。今は地狼種のルフと、闇精霊種のルナの2人だけだけど、斥候に関しては優秀な連携力があるわ。貴方には通用しなかったけど」
「ガウ!」
「ーーー!」
『我からすれば、まだまだヒヨッコよ』
「そうね。精進するわ」
カレンは自分を卑下するように笑ったが、そもそも危険極まりない世界樹の森の伝令に選ばれるだけでも大変偉業なことである。それを齢18の少女がやってのけているのだから、一芸特化とはいえ新時代の希望といっても過言ではない。
「ところでクロ」
『……ちょっと待て』
「なにかしら」
『それは我の名か?』
「えぇ。好きに呼ぶといいって言ったから」
『我、ドラゴンであるぞ?そこまで尊大にするつもりではないが、ペット感覚の名づけでは威厳がないな……』
「え、ペットっていうか、テイマーの名づけってこんなものじゃない?」
テイマーは、魔物を利用した後方支援中心だと思われがちであるが、戦闘など急な事態に対応することも多い。そのため、長い名前、覚えづらい名前は廃れていき、短く安直な名づけが行われるようになったのである。カレンの場合、ルフはウルフ系の魔物だからウルフより一部抜粋したものである。なお妖精種は、もとより名持ちである事が多いため例外と言える。
『そのようなことになっているとは……』
「ダメなの?」
『経緯は理解できるが、納得はいかん』
転生してから長い年月が経過しているドラゴンではあったが、人間だったころの感性がまだ捨てきれていないらしい。ドラゴンはしかめっ面をしながら考える。さながら、考える人の彫刻のように。
『では、ノワールではどうだ!』
「ノワール?」
『我の元の世界で、黒の意味を持つ言葉だ』
「まぁ、それで納得するならそれでいいよ」
『あぁ。では我は今日からノワールだな』
「えぇ、よろしく、ノワール」
ドラゴン――ノワールの前足の爪とカレンの拳がコツンと合わさる。その瞬間名付けによる”主従の盟約”が交わされる。ノワールとカレンの足元に魔法陣が現れ、両者を薄く光り輝かせる。ここに、新たなドラゴンテイマーが誕生することになったのだ。
「さて、盟約も完了したし、ノルンに戻りましょうか」
『あぁ、その前に一つお願いがあるのだが、いいか』
「うん?どうしたの」
『我の住処に寄りたいのだ。主たちに必要なものもいくつかあるぞ』
「私たちに?」
『ああ、ドラゴンテイマーとして、必要な装備があるだろう』
いうや否や、ノワールは身を屈めた。
「えっと……」
『我の住処はここ世界樹だ。ここは昼寝に最適だから、縄張りとしていたんだ。住処はもっと上だよ』
つまりは、ノワールの背にまたがり、世界樹を昇っていくということであった。この世界樹の大地と見まがうほどの枝は、しょせん枝に過ぎず、他の枝に移るためには世界樹の幹まで戻ってから昇る必要がある。それだと時間がかかってしまう故に、ノワールは自身の背にまたがっての飛行を提案しているのであった。ただ、今まで飛行する魔物はおろか高速に移動する魔物のテイムをしていなかったカレンは狼狽する。単純に怖いのだ。世界から見て明らかに強者と呼べるドラゴンの背中が。
『鞍がないと不安でろうが、落とさずにスキルでしっかり固定しよう』
「お、お願いしますよ」
カレンは覚悟を決めて、ノワールの背にまたがる。ルフとルナは【送還】している。万が一はぐれると【送還】ができなくなってしまうからだ。ノワールの首の付け根部分に座る。硬質な鱗のため座り心地はよくはない。背中部分に背びれのような突起があることで、多少背中が固定されているのがまだ救いか。
ちなみに現在カレンたちがいる場所は世界樹を登り始めてから、直ぐ近くにあった枝の一つである。世界樹の入口といって差し支えない場所だ。世界樹はより強い魔物が頂上付近を住処とする傾向が強い。強い魔物とはつまるところはドラゴン、それはノワールということであり、
『木の上層部まで一気にいくぞ!』
「じょ⁉まっ、早、ここ、ろ、の、準備、が、ぁぁぁあああ!!!!」
『【念力】【単発付与〈風〉】【障壁】コレで問題なくいけるな!』
「や、無、理ぃ、いいいゃぁあああ!!!!」
ノワールが言い切ると、すさまじいスピードで飛行し始めた。空竜種に属するだけあり、その飛行能力は素晴らしい。先の戦闘では、ほぼ陸上戦だったため、ノワールの真価を垣間見ることはなかった。だが彼の神髄は空中戦にこそあるのだと、この瞬間カレンは感じとっていた。それはそれとして。
「もっ、と、ゆっくり、飛、ん、でぇ~~~!!!!」
空を高速で駆け昇るドラゴンの背からは、どこか情けない声が木霊した。