第三話 従属ドラゴン
「うぅ……、ん……」
木漏れ日の光が、気絶していたカレンへと降り注ぐ。その光を浴びたことでカレンの意識が戻る。
「ここは、世界樹の森……。確か、ドラゴンと戦っていて、それで……。ハッ!!」
徐々に意識が覚醒してきて、自分が何をしていたか思い出す。討伐隊に伝令としての参加して、黒いドラゴン討伐へ赴いたこと。聖騎士が敗北し、ドラゴンの敵意がこちらへ向いたため、自らが戦闘を行うことになったこと。【従属】のスキルを発動して、ドラゴンを使役することになったこと――
「ルフ!ドラゴンは――」
『ここにいるぞ』
「ひぃ!」
自身の相棒であるルフに現状を確認しようと思ったところ、急に背後よりドラゴンの【念話】で話しかけられる。テイマーとして短くない経験を積んできた彼女である。忍耐力や臨機応変に対応する精神性も兼ね備えている。それでも、気絶する前は戦闘中であった相手が背後にいて、周囲の状況が不明な中でいきなり話しかけられば、驚くのも無理はない。
『ひどい驚きようだな。まぁ無理もないが』
「ガァウ!」
『すまんな、ルフよ。我らの主を困らせたかったわけではないぞ』
「ガルッ!」
『あぁ、そうだな。カレンよ、この木の実を食べるといい。疲れがとれるぞ』
「えっ、あ、ありがとうございマス……。あれ、私の名前」
『悪いが、視させてもらったぞ。この【竜眼】でな』
「【竜眼】、全てを見通すと言われる、ドラゴンのみ使用できる鑑定系スキルですか」
『そうだ。そんなことより、とにかく今は食え』
ドラゴンが瑞々しい果実を差し出してくるが、カレンは首を横に振る。
「あなたが、今は私の獣魔になっていることはわかりましたが……、落ち着いていられる状況では……。せめて討伐隊の皆さんを弔わねば……」
先の戦闘では、4名の討伐隊がこのドラゴンに蹂躙されていたのも、気絶したカレンからしたら記憶に新しい。ルナを通して見ていた限りでは、命があるとは思えないほど蹂躙されていたのだ。伝令の役目ゆえに、戦場から逃げる選択肢を選んだカレンであったが、戦いが終われば話は別。魔物がいなくなった戦場跡であれば、彼らの遺品を持ち帰れる。
『その必要はないぞ』
疲労感が抜けない身体で這ってでも向かおうとするカレンを、ドラゴンが呼び止める。
「必要ない……とは?」
『全員生きているという意味だ。そうだろう?ルフよ』
「ガウ!」
ドラゴンがルフに向かって問いかけると、ルフは肯定の意味を持って首を縦に振る。その仕草を見たカレンは、思わずポカンとしてしまう。
「え、でも皆あなたに蹂躙されて」
『人聞きが悪いな。ちゃんと手加減したとも。このルフが起こしに向かって意識は確認している。今頃は街に戻っているだろうさ』
「そうであればいいんですけど」
『ほら、安心したのであれば、食って落ち着け』
カレンはドラゴンから木の実を複数個受け取り、口に運ぶ。果実はほどよい酸味があり、甘味とのバランスが取れているものであり、大変美味でもあるので、ノルンでも人気の果物だ。世界樹の森の恩恵の1つでもある。久しぶりの甘味ということもあり、カレンは1個2個と無心で食べ進める。ドラゴンとルフはそんな主を満足気に見つめている。
カレンがドラゴンについて、疑問を再び抱いたのは、果実が残り1個になってからであった。
「そういえば、ドラゴン……さん?は、何故私にテイムされたのでしょうか」
『ん?ドラゴンテイマーになるのは不服か』
「いえ、そうではなく……。私にドラゴンをテイムできるような精神力はまだありませんので」
『あぁ、我が急に抵抗しなくなった理由が知りたい、と』
「はい」
『簡単なことよ。我と同じ、異世界転生に関わる者として興味が湧いただけである』
「異世界……転生?」
『む、知らんか』
「父と母にも聞いたことはありません」
ドラゴンはカレンに異世界の話をした。こことは異なる世界があること。その世界では、スキルはなく科学技術と呼ばれるものが発達していること。高度な文明と文化が存在したこと。そして、そんな異世界から時おり転生して、この世界で新たな生を授かった者がいることを。
「異世界……。そんな話聞いたことないですが」
『ずっと昔の話だ。お前の祖先は確かに異世界転生した者であったぞ』
「えっと、その口ぶりだと、ご先祖様に会ったことがあるのですね」
『昔にな。ドラゴンは長生きだから、そういこともある』
そういうものですか、とカレンはとりあえず納得する。
『そのあたりのことは、おいおい話そう。まずは自己紹介としようか』
「あ、はい。じゃあルナを召喚しますね。【召喚-ルナ-】!」
カレンがスキルを使用すると、地面に魔法陣が現れる。魔法陣から妖精の魔物-ルナ-が現れる。妖精は魔物の中でも小さく、人の顔ほどのサイズである種族だ。背中からは、昆虫のような翅があり、自由に飛行することができるのも特徴である。さて、そんなルナだが魔法陣から現れるや否や、すぐにカレンの元へ飛んでいき、目の前をグルグルと飛び始めた。
「わ。ちょ、ルナ。落ち着いて」
「ーーー!!」
『どうやら、先ほどの我との戦闘ですぐに【送還】したのがお気に召さなかったようだな』
「ーーー。・・・……? ーーーーーー!!!!」
ドラゴンの言葉に、うんうんと頷くルナ。一拍おいて、声の正体がわからず後ろを振り向く。視界に入ったのは黒いドラゴン。そう、自身を前足で握っていた、あのドラゴンである。それに驚いたルナは思わずカレンの後ろに隠れてしまう。
『あー……。その節はすまなかったな、ルナよ』
「ルナ、もう大丈夫だよ。このドラゴンさんも仲間になったんだ」
「ーーーーーーー!!!!」
そういうことじゃない!とでも言いたげなルナの声が聞こえてきた……ような気がする。