第一話 世界樹に住まう黒の竜
ドラゴンとは大きく分類して3種の種族に分かれている。四足獣のように地を這い、屈強な肉体を有する地竜種、前足が翼に進化して飛行能力に優れた空竜種、脚が退化して、蛇のような見た目をしている水竜種の3種族がドラゴンを代表する有名な種族分けである。
地竜種の姿形は正に蜥蜴といった風貌である。翼の器官はなく、地に足をつけた4足で歩行するが、戦闘時は2足立ちを行い、格闘戦を行う種もいる。他の2種とは異なり、6つ足だったり、常に2足歩行であったりと風貌に様々なタイプが存在する。その分戦闘力に頼らない種も存在しており、人間と共存しているドラゴンが最も多い種でもある。
空竜種は前足にあたる部分が翼へ進化した種であるため、機動力と2足で支える脚力を以て狩りを行う種族である。上空に滞在して、頭上より急降下して獲物を狩る様は人々にとって恐怖そのものと言える。
水竜種は水中への生活に特化した竜である。四肢がない代わりに自身の身をくねらせて泳ぎ、鋭い顎をもって狩りを行う。中には魔法を使用して飛行する種もいたりする。
さて、件の世界樹に住み始めたドラゴンはと言えば、夜空のような漆黒の鱗を持った空竜種である。体躯は9メートルほどで、空竜種の中では中間くらいに位置するサイズにあたる。翼へと変化した前足の中間には、これまた漆黒に染まった3本の爪が備わっている。首と尾が長く、体長の半分はあるだろう。顔は空竜種の典型的な例にもれず、ワニのように口が突き出しているが、決して扁平ではない。口先には鼻腔が存在しており、鼻腔近くに30センチメートルほどの角が存在する。輪郭周辺はややとげとげしく、首から尾に掛けて、胴体の腹側は黒の対となる白色になっている。総じて流線的な形状をしているため、翼による飛行に特化していることが見て取れる。瞳孔は透き通った黄色であり、縦に長いため、見るものを威圧する風貌である。
『ふあぁぁぁ。眠い』
……のだが、今現在、黒い竜は眠気に苛まれているのか、世界樹のとある大地で休息をとっていた。
休憩している近くには泉があり、世界樹の中でも空気が澄んでいて、モンスターが好んで集まる場所だが、今は黒い竜が居座るのみ。他の魔物は食物連鎖の頂点に位置するドラゴンに戦き、一目散に縄張りを明け渡したのである。
そんなわけで、のんびりとしていた竜であった。しかし。
「……あいつが最近、世界樹に現れたっていうドラゴンか」
「ええ。鱗の色が特徴的ですもの」
「こう見ていると危機感が薄れるのだがな」
「ドラゴンを侮るなよ。聖騎士が一名、奴によって重症を負わされているんだ。ここで打ち取る」
聖都ノルンより派遣された、聖騎士である。過日、ドラゴンが世界樹へやってくる際に、聖騎士の一人と鉢合わせたため、戦闘が勃発。ドラゴンが勝利して、聖騎士が意識不明の重体で発見されたのだ。もちろんノルンでは大騒ぎ。討伐隊が編成され、こうして世界樹まで足を運んだわけである。
「ドラゴンとの戦闘では、常に死と隣り合わせだ。基本に忠実に、4人で連携を取って殺るぞ」
「「「了解」」」
様々な魔物との戦闘経験があるノルンでは、対魔物対策と呼ばれるものをいくつも編み出している。中でも聖騎士一人の手におえないドラゴンに関してはとりわけ詳しく定められている。
そのうちの一つに参加人数に関する対策が存在する。それが「5名一組で行動すること。内1名は戦闘に参加せず、観察/伝令役に努めること」である。竜の討伐/撃退が難しくなりそうな場合、後続へ情報伝達する役が設けられているのである。それは今回も例にもれず。
「カレン、君の役目は伝令だ。決して悟られるんじゃないぞ」
「はい……。頑張ります」
今回の伝令はカレンと呼ばれた少女である。この役目には、高い隠匿スキルと竜から逃げ切る速さを兼ね備えている必要がある。カレンがその役目に抜擢されたのには当然理由がある。
「頑張るよ、2匹とも」
カレンが振り向いた先には、狼と妖精の魔物。カレンは魔物を使役する<テイマー>であった。狼の俊敏性と妖精が持つ高い魔法スキルを活用して、この活動を行っている。
「いくぞ……、今だ!!」
リーダーが抜剣しながら竜に向かう。そこへ短剣持ちと大盾持ちが追随する。残った1名の杖持ちはその場に留まり、スキルを使用していく。
「【複数付与<攻撃>】発動。……付与完了です。」
「よし、まずは挨拶からだ。【複数付与<雷>】【強撃】!!」
リーダーの放ったスキルの合わせ技。剣に雷をまとわせて、強力な攻撃を繰り出すシンプルな技だ。しかしながら、その威力は絶大で、不意討ちでの初撃においては有効な攻撃であるといえる。
しかしながらドラゴンの鱗にぶつかるとそこで止まってしまった。本気の一撃であったのにも関わらず、である。ドラゴンの鱗の硬度に阻まれ、ダメージを与える事は出来なかった。だが、剣と鱗の衝突は強力であった。その衝撃でドラゴンが起床するくらいには。
『こちとら気持ちよく寝ていただけなんだが、なぁ』
ドラゴンが起き上がる。人より巨大なその体躯は立ち上がるだけで充分恐怖になる。しかし、討伐隊の面々は別の箇所に驚く。それはドラゴンが人の使う言葉を、発したからである。人語は難しいものではないが、魔獣が理解する事は極めて稀であり、理解している魔物はそれだけ知能が高い。それすなわち、人類の武器である知恵を奪われたに等しい。
「これはドラゴンの声……、『念話』系統のスキルかしら」
「さて、な。どちらにしろドラゴンの声帯では人語を発することは出来ないから、スキル持ちなことは確定だろう」
「そうなるとかなり面倒ね……」
リーダーに追随した盾持ちと探検持ちが、ドラゴンについて思考を巡らす。そこへ初撃を防がれたリーダーが戻ってきた。
「少しでも傷ついてくれれば、楽だったんだがな……。追撃する!ターゲットを移してくれ!」
「任せろ!【咆哮】!」
『む……、誘導系のスキルか。ならばそちらから行くぞ!!』
盾持ちがドラゴンの視線を自らに引き寄せるスキルを使用し、ドラゴンの視線が他の討伐隊へ行かないようにする。するとドラゴンは、そのまま盾持ちへと食らいつこうとする。鋭利な牙が盾持ちを襲うが、盾持ちも何の対策もなしに、自身を囮にしたわけではない。
「これは、喰らったらマズそうだな。【防壁】!!」
『ぐっ……、自らの防御を上昇させたか。この牙をも通さぬとは』
「まだまだ俺と遊んでもらおうか」
盾持ちがドラゴンを挑発する。そこへドラゴンが近接戦闘戦を仕掛けていく。ドラゴンの攻撃は決して易しいわけではない。それでも盾持ちは、スキルや回避を駆使して立ち回る。そこ攻防の隙をつくように他の3人が攻撃を仕掛けるが、こちらはドラゴンの鱗に防がれる。鱗に覆われていない腹や口の中などへの攻撃を試みるが、まるで後ろに目でもついているかのように、ドラゴンにいなされてしまう。そうして、互いに均衡を保ったまま、数十分が過ぎようとしていた。
その戦闘を離れてみていたカレンは、と言えば。
「あのまま、押し切ることができるのかな……」
戦闘している場所から、かなり離れた位置の茂みに身を隠して、戦闘経過を記録していた。彼女は【感覚共有】という珍しいスキルを有しており、【透明化】を使用した妖精の魔物の視界を共有して戦況を把握することが可能であった。距離的制限はなく、自身が従属させた魔物に対していつでも使用可能という破格の性能である。
戦況は好ましい状況とは言えなくなってきた。なにより、リーダーの一撃で傷をつけることができなかった時点で敗色濃厚なのである。そこから互いを削り切れない持久戦に突入したため、体力的にも精神力的にも聖騎士側が厳しくなってくることは自明であった。
そして遂に均衡が崩れる。
今までドラゴンの攻撃を一身に担っていた盾持ちが、ダメージに耐え切れず吹っ飛ばされてしまった。それにより、今まで防がれていた攻撃がリーダーたちに襲い掛かったのである。ドラゴンの討伐に選出されるくらいには戦闘ができる彼らであっても、攻撃できるような装備に偏っていたため、奮闘空しく返り討ちにされてしまった。
「……戦闘終了。報告、ドラゴンの討伐任務は失敗。伝令カレン、帰還する」
リーダーである聖騎士が地に伏せたのを見届けてから、カレンはとある道具を起動する。それは遠方への通信を可能とする道具であり、聖騎士の伝令役には必須のアイテムとなっている。情報をすぐさま届ける事ができる点がなにより強いのだが、別の意味合いも存在する。それは……。
『ん?まだ仲間がいたのか』
「…………っ!!」
伝令役もまた、命を賭して任務に臨んでいるため、情報を確実に持ち帰るためである。