第一章 偶然と保身が招いた真実
他国の皇帝を殺しても罷免になる方法ってないだろうか。
「少将殿ー、ここで合ってる?」
殺せ。自分を殺せ。殺意がバレたらあっしが国に殺される。
(嵌められた!)
王の外出に同行したまではいい。
だが、行き先があの古書店とは聞いてない!
外出を言い出したのは、最初からあっしに同行するための口実。
だから外出前に事細かく事件内容を洗いざらい吐かせていたのか。
こんな治安の悪さを極めた場所に連れてきた挙げ句、万が一にでも西の王に何かあればあっし死ぬんだろうなぁ。雨露に『止めなかったお前が悪い』とか言われて、ものすんごい怒られるんだろうなぁ。
「それで、ここからどうする。少将殿?」
どうするも何も、まだ夕方だから店も閉まって、人気もない。
とはいえ、この店以外で浩然に会える場所なんてないから、やることはただ一つ。
「ここで例の少年を待ちます」
「その手間は省けたようだが?」
「へ?」
「ほら」
そう西国皇帝が指差した方向を振り向いた先には、浩然が立っていた。
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「お前1人で調べてるんじゃなかったんだな」
西の王がいるため人目を憚り、店内で話をする運びとなった。
もちろん彼が王であることは浩然には伏せ、あくまで母親を利用した黒幕が判明したという口実で中に入れてもらった。
店の外見と客層に違わぬ内装で、近くで見ると店舗家具も全てボロい。机に上げられた丸椅子を試しに下ろそうとするが、脚を持ち上げただけで釘身が剥き出しになるほどグラグラだ。物理的に今にも崩壊寸前な店なのに、よく盗賊を主要顧客にして今日まで店が建っていられたものだ。
「それで……黒幕って」
「その前にほれ。お前が探していた馬笛はこれか?」
「あ!」
例の馬笛を渡して見せると、浩然の表情が少し解れた。
「これだ! 母ちゃんの馬笛!!」
「明林の馬笛に間違いないな?」
「ああ、間違いない! 誰が持っていた。そいつが俺の母ちゃんを利用した犯人なんだ!」
「宮殿内で調べて分かったことは、お前の母ちゃんを利用した奴の正体は厳密には2人いたということ。その内の1人は、その馬笛を大事に持っていたここの男性客の主人。宮中の吏部に所属する丹 燕雀という男だ」
あの馬笛の尾に彫られていた謎の印は、正威の言う通り、南天の紋様の一部だ。
そして、南天の家紋に該当する人物は、東国ではかなり絞られる。あの形に既視感があったのは、以前見た欠員報告書の承認印に押された吏部長の印鑑と似ていたからだったんだ。
それに気づき、吏部の書類を引っ張り出して形を照合したところ、枝南天の南天部分の形や位置が合致していた。
それから推測するに、恐らくあの馬笛は、賊と丹を繋げる勘合の役割を担っていたのだろう。
南天に入っていた奇妙な線や規則性のない配置は、おそらくもう一つの対となる判があり、契約印代わりとして使われていた。
しかし、明林が捕まったことで、賊との繋がりの発覚を危惧した丹は、押収された明林の私物からあの馬笛を回収し、口封じに彼女を獄中で殺した。
「そしてもう1人の黒幕は――お前だろ? 浩然」
「…………は?」
衝撃の真相に、誰もが言葉を失った。たった一瞬の静寂が長く感じてしまうほど、空気は重たくなった。
「どういう意味だ、少将殿。彼は母親の死に加担した、ということなのか?」
「いいえ、来儀様。そもそも、始まりから全て間違っていたのです。『母親』なる像など、最初から存在していなかった。全ては、宮廷内で探し者をしてくれる傀儡を手に入れる為の、『嘘』だった」
明林は、浩然の母親ではない。
いや、そもそも明林は『母親』ですらない。
そう仮定すれば、繋がったパズルの全ての歪みを是正できる。
「もう化けの皮は効かねーよ、浩然。お前が、賊の頭領なんだろう?」
「何を言う、香月。俺が頭領?」
浩然は、わざとらしく困った顔を見せてシラを切った。
「ガキが盗賊の頭なんてできるわけねーだろ! 馬鹿か!」
「ガキじゃねーんだろ? お前」
「は?」
「見た目は誤魔化せても、目の色までは変えられねーもんな。お前は、あっしと同じ、月光の瞳だ。特徴的なその矮躯も、そこまで極めればガキと変わんねーもんだ」
桂人と自国民を簡単に区別する方法は3つ。
1つ目は、誰もが恐れる人智を凌駕する月華と呼ばれる不思議な力を宿していること。
2つ目は、上背がそこまで高くないこと。
そして3つ目は、月光を閉じ込めた様な強い金色の瞳を持つこと。
「……チッ。バレねぇと思ったのによ」
見た目はガキのまま、冷めた笑みを浮かべながら浩然はようやく観念した。
「最初っから無理があったんだよ。馬笛がないだけで、ただのガキが『盗まれた』って発想ができることに。それにあっしがガキなら、固執するのは形見である馬笛を取り返すことが自然だ。だが、お前が固執したのは馬笛ではなく、最初から母親を利用した貴族を特定することだった」
「そうだ。お前が俺の話に食いついてもらうためには、確実に釣れる餌を用意する必要があったからだ。宴の黒幕を特定できるという利点がな」
「知らなかったんだろ? 協力関係にあった貴族がどいつなのか。顔を繋いでいたのはいつも副頭領だったらしいからな」
そしてその副頭領が処刑された。ここで会うにも、互いが遣いとのやりとりが中心であったため、名前を知っていたところで自力で特定はできず、協力の証である勘合も手元にない。
況してや、宮中で直接コンタクトを取るなんて以ての外。失敗に終わった計画を立て直すためには、もう一度丹と繋がる必要があった。
「明林が死んだおかげで、綿密に立てた計画がすべて台無しだ。これまでは首謀者だけを処刑し、残党は放置していた。頭をなくした盗賊は成り立たなくなり、自然消滅することが多いからな。だが、あの愚帝の気まぐれで今回の騒動に限って全員捕らえられた。そこまでは想定内だった。万が一に備え、処刑を免れるために下っ端共には上の情報を差し出すように言っておいた。上に近いやつは拷問に架けられるが、死ぬまでの時間は稼げるからな。だが」
「穴を捲った丹が、明林を殺ってしまった。でも、丹の使いは宴が終わった後もここに来ていたはずだ」
「そりゃ来るだろうなぁ。証拠はすべて隠しても精算しない限り、俺達が何をバラすか怯えているような腑抜けだからな。だが、俺の右腕を殺したんだ。会う目的は、向こうは変わっているはずだ」
恐らく、頭領も始末するための接触。
盗賊と繋がろうとする金持ちにありがちな話だ。こいつらもそうと分かっていて組んだのだから、すべては承知の上だったのだろう。むしろ、貴重な駒を逃すまいと脅迫材料も握っている可能性だってある。
だが、浩然同様、頭領の情報を全く持ち得ない丹からすると、勘合を持って向こうに見つけてもらう他、接触する手段がなかった。住処が分からない以上、文を出すわけにも行かないからな。
「一つ聞きたい。何故お前は、丹は愚か、賊の前でも身を隠した」
「理由は二つ。俺達桂人は上背がない。見た目が貧相に見えるとそれだけで単細胞は食ってかかって、取れる統率も取れず手間がかかる。だからいつも、表立った行動は明林に任せ、俺は下っ端の形で内側から統制を図った。もう一つは、今回のように計画が失敗に終わった際に、再起の布石を作るためだ」
「布石?」
「上に立つ人間は売られやすい。お前らもそうだろ? 上が丸ごとやられちゃあ、計画の立て直しはできねぇ。金がないこの国は、首謀者を捕まえて潰しちまった方が圧倒的に効率がいい。味方にも姿を晦ませ、万が一の時に逃れれば賊は離散せずに済む」
「なるほど。じゃあ結局、明林はお前達に利用された事実には変わりないってことか」
「聞き分けがよく、頭のいい女だったから、結構気に入ってたんだけどなぁ。ホント……大誤算だった」
この時、浩然は冷静に分別を付けているように振る舞ってはいるが、視線が若干下がったのをあっしは見逃さなかった。
「丹は今頃仲間が捕獲しに行っている。後はお前を潰せば一手柄ってわけだ」
「丹は捕まんねーよ」
「あ?」
ガタン!!
「!!」
まあ計画性のあるやつが、何の備えもなしに敵に敷居を跨がせるわけもないか。
二階、裏口、入り口からぞろぞろとガラの悪い野郎共が、獲物を見つけたハイエナのように集まってきた。
「実質、丹と俺達の繋がりの証拠はこの勘合のみ。だが、お前が見つけた時点でこの馬笛を持っていたのはあいつの遣いだ。従者が勘合を持っていても、なんら問題はないってわけだ」
確かに、馬笛の持ち主が特定できても、馬笛を実際に所持していたのは丹の従者だ。明林が馬笛の所持者であることを明確に示す方法はない。
そうなると、馬笛だけでは証拠として上げることは困難だ。馬笛だけならな!
「あっしが何のために、お前に馬笛を返したと思う?」
「なに」
「何のために、お前に明林の馬笛であることを確認したと思う?」
そう浩然の下衣の衣嚢を指で差し示すと、彼はその意味をすぐに理解して衣嚢の中に手を入れた。
「耳骨夾! いつの間に」
彼に馬笛を渡す際に忍ばせたあっしの交信器。
「さっきの会話、ぜーんぶ筒抜け。今頃向こう側でウチの優秀な判事が裁判の準備をして、お前が来るのを待っているだろうなぁ」
「やってくれるじゃねーか。ただ、分かってんだろ? 獲物を追い詰め過ぎると、どうなるかってな―――ブッ殺せ!!!」
頭領の一声を皮切りに、10人の賊共が一斉に襲いかかる。
東国の賊が他国からも恐れをなしている一番の要因は、型に嵌まらない野性的な闘い方だ。
どんなに優れた剣技を持っても、どんなに剣の腕を極めても、生存への執着が強い野生の人間は、生きる為にどんな卑怯な手も使う。
野生の毒牙を制するには、戦闘経験を積むことでも、洗練された剣技でもない。
賊と同様に、生への強い執着によって培われた、圧倒的危機察知能力と、生来的な戦闘センスによる機転の良さが、命の分かれ目を決める。
ガシャン!!!
一斉に飛び掛かった男共の重さに耐えきれず、机や椅子が壊れ、清掃が行き届いていないせいで砂埃が充満した。
咳き込む浮光のお陰で、西国皇帝の位置は概ね把握できた。賊共から距離が取れていることを確認できた時点で、まずはこちらから先手を取る!
「あ"あ"!!!」
まず一人。首横を一突きで即死。
それを一気に引き抜き、頸動脈を貫通したお陰で血飛沫が運良く、近くにいた男の顔にかかった。視界を奪われ、蹌踉めいた隙に致命傷を負わせ、残るは8人。
砂埃が落ち着き始め、賊の姿が視認でき始めたところで脳天目掛けて刀を投げた。これで残る7人。
「くっそ女ァァァァァァ!!!」
そこへ巨漢男が力任せに振りかぶり、刀を振り下ろそうとした瞬間に足を引っ掛けて転ばし、態勢が崩れたところでさっきの脳天に刺さった刀を抜きざまに、喉仏を斬り上げる。
すると背後から二人が、首と腰元をそれぞれ狙って横に振り切ってきたため、屈んで首の攻撃を左に交わし、そのまま二人の刀を上から押さえつけるように刀を振り下ろした。
刀から即座に手を離し、近い男の襟と髪を掴んで顔面に膝蹴りを打ち込み、空かさず背負投でもう一人の男を下敷きにすると、伸びて重なった二人の腸に刀を串刺す。
「おわっ!」
すると次の瞬間、地に足がつかなくなり身体ごと浮く感覚を覚えた。
背後から近づいてきた奴に羽交い締めにされて、身動きが取れない!
「捕らえた!」
「アタシも捕まえた♡」
ザシュッ!!
背後から血飛沫が吹き、賊の体が脱力してすぐに拘束が解けた。男の体を視認すると、見事に首が裁断されている。
殺ったのは……
「大丈夫? 香月サマ」
「あ、ありがとうございます。天籟様」
血が滴った顔で微笑む姿は、実に妖艶だった。
それよりも、たった一撃で当然のように首を刎ねてしまうなんて、大国の王の側近を務める者の実力が如何ほどの物かがよく分かる。
「くぁ!! なんだ!!?」
「!」
思わず天籟の手技に関心していると、なんかよく分からないが目元を押さえながら疼いている盗賊が近場に転がってきたので、反射的に切り捨ててしまったが、何があったんだろう。
それに、何故か不服そうにジト目で西の王がこちらを見ている気がするのだが、これは気のせいか?
「楽しむのはいいけど、ちゃんと僕のことも見ててよね」
「も、申し訳ございません……?」
どうやら、あっしが天籟と話していた隙に襲われかけ、盗賊に散らばった木屑を投げつけでもしたよう。
あっしの護衛の甘さに若干腹を立たせてしまったらしい。
だから『来るな』と言ったのに……。
『勝手についてきておきながら、文句を言われる筋合いはない』と、はっきり言えないこの感情がもどかしい。