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序章 春暖の宴

 『春暖の宴』

 毎春東国で行われる四季の宴の一つ。特に春の訪れを祝う春暖の宴は、東国の三大祭儀にも数えられる観光名物で、世界でも注目を浴びている。

 春の祝いと感謝を込めて催されるこの宴では、選り優りの踊子達が軍団となって国内の街を踊り歩く。その軌跡が舞い散る花弁に染まる様子から、彼女達は春の訪れを知らせる代名詞「桜」と呼ばれている。

 桜が訪れる場所は年毎に異なるため、彼女達が来訪した街には、「年神様のご利益に与かれる」と言い伝えられている。その験担ぎにあやかろうと、春の時期だけは、他国から危険を冒して渡東する観光客も少なくない。


 東国の宮中到着後、宴の時刻が差し迫っていたため、すぐに宮中の宴会場へと通された。開催場所は、炎美殿前。宮中の正面城門となる炎美門を潜って最初に見える殿の外で行われる。


「西国皇帝陛下がご到着されました」

 

 設営を終えた会場には、すでに現東国皇帝 尊陛下と他の皇族達が列席し、宴が始まるのを待ち詫びていた。

 私が宴会場へ足を踏み入れると、皇族を含め着座していた全員が一斉に立ち上がり、仰々しい拝礼を向ける。


「よくぞお越しくださいました、西国皇帝」 

「この度は宴にご招待頂けましたこと、誠に感謝申し上げます。しかし、せっかくご招待頂いたにも関わらず、皆様にはとんだ非礼を……」

「良い良い。無事到着することができただけで一安心じゃ。むしろ、偉大なる西国皇帝に道中危険な目に遭わせてしまった詫びをせねばならぬと言うのに、休む間もなく宴に参加させてしまい申し訳ない」

「寛大なご配慮、痛み入ります」 

「しかし、()()()()随分雰囲気が変わったものじゃ。だいぶ落ち着いたものだな」

「尊陛下は変わりなく、ご健壮でなによりです」


 8年ぶりの渡東――私が東国皇帝に初めて会ったのは、留学の為に3ヶ月ほど長期滞在していた、12の時だった。


「積もる話もあるが、まずは宴を楽しんでくれ。おっと。その前に、皆を紹介せねばならぬな」


 東国の皇族は全員で11人。その構成は、尊陛下と5人の妃、そして各妃との間にできた5人の姫。

 私が今立っている、炎美門を向正面に設置された中央玉座から右手前にいる、蒼い翟衣を来ている女性が尊陛下の正室 藍珠(ランジュ)


「お目にかかれて光栄にございます、陛下。ようこそ東国へおいでくださいました。こちらは娘の紅花(コウカ)


 その隣にいるのが、正妃の娘で東国の第一皇女 紅花姫。8年前に見かけた時と変わらず、機嫌が読めないしかめっ面だ。

 さらにその奥手側にいるのが、第二側室の林森妃とその娘、第四皇女の鈴麗姫。現在14歳になる鈴麗姫は、生後の感染症に影響で両耳があまり聞こえない。齢6歳の頃より、一部国外でも名が知られるほどの画伯で、当時から彼女の絵には価値が付くほどだった。しかし、その才能に決して驕らず、親子揃って非常に慎み深い。人当たりはよいが、誰に対しても波風を立たせない同調的な関わりが印象的だ。

 そしてその対面側に、第三側室の芽衣妃と第二皇女の美友姫。美友姫は紅花姫と同齢20歳であり、好き嫌いが明確な女性だ。それ故、芽衣妃が紅花姫に対抗心を燃やしている節があり、美友姫もそれを意識しているよう。

 最後、その隣にいるのが第四側室の麻友妃と第五皇女の花琳姫。姫は齢9歳のまだ幼子で、麻友妃は皇族らしからず、悠々とした雰囲気の女性で、貴族出身の身でありながら、感覚は最も庶民に近しい。

 以上が、今回の春暖の宴に列席する東国の皇族である。


「そして、今宵宴の警備を担当する近衛隊副隊長 銀蓉(ギンヨウ)と、城内を取り締まる衛兵部隊一級上将 雨露(ウロ)が近くで控える。万が一不測の事態が起きた場合は、いついかなる状況であれど、命惜しくば速やかに彼らの言う通りに」

「かしこまりました」

 

 桜が宮中に到着するのは宴の終盤。宮中での踊り納を最後に、彼女達は今年の役割を終える。

 炎美殿は城壁に囲われており、炎美門以外の外からの出入り口は存在しない。それでも、城壁上にも兵が配置される程の厳戒警備であり、その様はまさに戦場における索敵行動そのものに見え、これから宴を楽しむ雰囲気とは言い難い。

 ただ、そう思っているのは渡東者だけで、東国にとってはきっと珍しくもない光景なのだろう。



 


 「料理はお口に合いましたかな?」


 皇城の中で、気が休まらない食事を摂ったのは久しぶりだった。塀の上にいる兵士が一歩でも動けば無意識に指先が反応してしまうほどの緊張の中、運ばれてきた料理を全て無心に喉に押し込んでいたため、味なんて覚えていない。

 だが、宴も終盤に差し掛かり、あとは時期に訪れる桜を待つのみとなり、幾ばくかこの緊張にも慣れてきた。

 

「今年も宴で披露されるのは、かの有名な『月下美人』ですか?」 

「左様」

 

 「月下美人」は、東国の中で最も歴史の浅い舞踊種目。シルクのリボンを扱う優雅なチョウ舞で旧時代を表し、気迫さ溢れる剣舞で新時代を体現した桂の亡命以降の東国の様相を語る、近時代の東国伝統舞踊だ。 

 国への皮肉を体現し、かつ歴史もないこの種目を尊陛下が容認しているのは、今は亡き最愛の第五側室が、この「月下美人」の振付師を務めたからだという。


「お母様、微かに鼓の音が聞こえてきましたわ」


 紅花姫がいち早く外の太鼓の音に気づいた数分後、官吏から桜が間もなく到着することが知らされた。


「いよいよですぞ。我が国が世界に誇る興行を、とくとご覧あれ」


 炎美門が盛大に開かれる。

 外の歓声に紛れて聞こえてくる鼓、笛、鈴の音が徐々に近づき、止まない歓声の中、ついに面布をつけた桜の花弁達が、春を知らせに舞い降りた。

 この舞踊の一番の見せ処は、炎美殿に咲き誇る月下美人に囲われた箱庭の中で、月の天女が戯れているような舞遊びから勇ましい剣舞が始まる、旧時代から新時代への変わり目を表す場面。見る者の心を捕まえ、魅了し、思考を止めてしまうほどの圧巻の踊りだ。

 

「あれが、幸運を齎す『桜』……」

「桜の花弁になるには、身分も容姿も関係ない。全ては実力を持つ者だけが、春に触れることを赦される」


 ……どおりで、この踊りには少し歪さがあるわけだ。

 踊りに統一性を求めるなら、基本は同じ体型、同じ上背の者を揃えて如何に同一の動きを極めるか、あるいは配置の工夫で全体のバランスを取るかが一般的だ。

 しかし、桜は個々で見れば一人一人体型がかなり異なるのに、全体的なバランスは保たれている。恐らく、配置の工夫の他、個人に合わせて踊りの特徴を細かに変えているからだろう。

 それが一つのまとまりある作品を作り上げている一方で、個々に求められる技量のハードルは、必然的に非常に高くなるということだ。

 

「私は踊りについては浅知恵ですが、あんな小柄な体でも、剣舞の迫力は体現できるものなのですね」

「『月下美人』の肝は剣舞。本物の刀同様の模擬刀を何度も振り上げなければならないため、本来女性であれば、筋肉量が多く、男性に近しい肉体を持った者でなければ完遂は難しいと言われている」


 本来剣舞で使用される刀は模造刀が多い。そのため、踊りの型や使用者によって作り変えるのが普通。

 しかし、踊り子軍団の中で恐らく最も小柄と言える娘が、本物同様の約1.5kgある刀を振り回し、長時間踊り続けている。これがどれ程の偉業か、説明するまでもない。

 

「花のような優美さも必要とされるこの舞踊は、力と柔のバランスが釣り合わなければならない。それ故、剣舞の力強さが目立ち過ぎぬよう、振付師は剣舞の演者に身体的な条件を課した」

「それが『小柄な女性』と。踊り子の体が小さければ、必然と動きも小さくなり、剣舞の目立ちが抑えられる」

「左様。もちろん芸事において、体型差別による少女達の選択肢の偏りを失くす狙いもあったのでしょう。事実、桜になった者は、踊りで生計を立てる者も多いと聞く」

「もしや、『ご利益に与かれる』と言うのは」

「フフ……。お察しの通り。だが、我々も国民同様、桜の少女達に(あやか)り、大願成就を望み観賞するのもまた一興」

「それはつまり、私も()()して良いと捉えてもよろしいでしょうか」 


 含みある私の伺いに、酒盃に口をつけた尊陛下の手が止まった。

 

「私が来国した、()()()()()()()について、話を詰めたいのですが」

 

 私が渡東した本懐。期待を胸に、緊張ばった口で話を切り出そうとしたその時だった。


「しゅ、襲撃です!!!!」

 

 一人の兵士の声により、穏やかな会場の空気が一変。

 慌ただしく開かれた炎美門からの叫びに、一瞬にして会場にいた人々から笑顔は奪われ、空気が張り詰める。


「盗賊が……!」


 急ぎ言葉を発したその途端、鋭い刀身が背後から男の喉を貫いた。


「あオ"オ"ォ……!!」


 血の泡を噴きながら、男は膝をつき地に倒れた。彼に代わって大門を潜ったのは、真新しい返り血を浴びた、猛牛のように屈強な体躯の、何十人もの盗賊達。


「桜の色は死体の色なんだって?」


 賤しい嗤いを浮かべた賊の乱入が、殺戮の宴の狼煙を上げる。

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