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醜い子供

作者: 福田 直己

 この世の中で、唯一無二、絶対と言えるものは何か?


 インテリジェンスに憧れるチェリーな時期、友人たちとそんな問答を交わしたことがある。


 金、権力、暴力、容姿、宗教等など、有史以来、人間と共にあったそれらしき物を並べ立ててみたけれど、どれも些末な出来事で突き崩されてしまうものばかりで、「絶対」には程遠い。


 では、「絶対」とは存在しないのかと言えば、それこそが「絶対」であると、僕は思う。ひねくれた回答だが。


 成程。そう考えれば、たしかに常識とは有用だけれど、無闇に惑わされてはいけない。


 例えば、他人の配偶者を奪うのは悪い行いとされているが、さる騎馬民族のご老体曰く、「女は奪うもの」であると。


 彼の弁によれば、良い女は、良い(強い)男に抱かれるのが幸せなのだから、その過程で弱い男が排除、駆逐されようとも構わないであろう。


 という理屈なのだが、現代日本人の感覚とは大きくずれているし、そんな世の中であれば、きっと自分なんかは生涯独り身であったろう。けれども、一理ある。


 つまり常識なんて、所詮はその程度の代物で、集団の共通認識として用いるのであればよいが、声高に叫んだり、生きる上での拠り所とすべきではない。


 以上を踏まえたうえで、これからする話はお聞きいただきたい。


 一般に、「子供は可愛い」とされているが、果たして本当にそうだろうか。


 もちろん、「可愛い子供」はいる。けれども、「子供は可愛い」となれば話は別で、それだと、子供であればすべて可愛いと言う事になる。


 では、それの何に納得がいかないのかと言えば、もしそうであるなら、今流行りの多様性や個性は否定され、多少なりとも是正しつつある偏見を助長しかねないからだ。


 だってそうだろう。醜さだって個性の一つとして受け入れるべきだし、そして何より、僕はそんな少年を一人だけ知っている。


 彼の名前はタイちゃん、小学三年生。本名は知らないが、転校先で知り合ったその少年は、皆からそう呼ばれていた。


 俳優の萩原聖人を、フライパンで何度かぶっ叩いたような顔をしており、老けている割に、肌は小学生らしくピチピチなのが余計に不気味だった。


 しかしこれまでにも、ケロイドで顔が焼け爛れた奴や、先天性の異常で顔の骨が歪んでいる奴だっていたけれど、特に何も感じなかったし、自分にとっては顔の造作など、どうでもいいものだと思っていた。


 だが彼を見た瞬間、罪深くも僕は不快感に包まれ、これが美的センスにおける「醜い」なのかと、その時は納得した。


「皆が君に優しいのは、君の親が離婚しているからだよ」


 転入から一カ月ほどが経ち、ようやくクラスにも馴染み始めた頃、席替えで隣同士になったタイちゃんに、こう言われた。


「よろしく」と挨拶しただけであったのに、思わぬ返答でたじろぐ僕に、タイちゃんはなおも続ける。


「はー、やっぱり分からないかー。だから、君の家は親が片方しかいないだろ?皆が優しくしてくれるのは、そのせいだから。そのせいだけなのだから、勘違いしない方が自分のためだよ」


 たしかに僕の両親は離婚していて、母と、二つ年上の姉と三人で暮らしている。だが、それと級友達のやさしさがどう結びつくのか。


 依然として要領を得ない僕に、タイちゃんが舌打ち交じりにうんざりした顔を向ける。


「だから、君が可哀そうだから優しくしているだけだって!あんまりこういう事を言わせるなよ、僕が嫌な奴みたいになるだろ」


「ああ・・・そう。申し訳ないね、忠告ありがとう」


 どう答えればよかったのか、近くで見ると、より酷い顔をプイと背けたタイちゃんは、それからしばらくの間、僕を無視した。


「・・・なあ、おい。おい、聞こえないのかよ、この〇〇〇!」


 担任教師すら居眠りする、殆ど自習のような道徳の授業中、久しぶりにタイちゃんに話しかけられるが、なかなか気づかない僕は、ふいに肩を叩かれ、驚いて振り向く。


「お前んち、貧乏なクセに犬飼ってるんだってな」


 一言がだいぶ余計だが、その通りだ。


「うん。ジェイソンって名前のシーズー犬を、一匹だけ」


「なんだよその名前」


「十三日の金曜日に家に来たからって、お父さんが名付けたんだけど」


「そんな話はどうでもいいよ」


 聞かれたから答えただけなのに、タイちゃんは「仕方がないから相手をしてやっている」といった風な顔をしている。


「いいかい、その犬もいつかは死ぬんだよ」


「うん?」


「何年後か、何週間後かはわからないけど、必ず死ぬ。もしかしたら明日、いや、今日家に帰ったら、もう死んでいるかもしれない」


「いや、そりゃもちろんそうだけど、なんでわざわざそんな話をするんだい」


 この間もそうだったが、彼の話は僕を嫌な気持ちにさせるだけで、それ以外の目的が一つとして見えない。


 眼鏡をかけている奴に「メガネ!」と呼んだり、太っている相手に対し「デブ!」と呼ぶように、ただ事実を口にするだけで、会話が成立しないからだ。


「なに、何か文句あるの?あのね、人には自由に発言する権利があって、それは誰にも止められないんだよ。別に脅しているわけでもないのだし、ただ事実を言っているだけだからいいでしょう。ジェイソンは死ぬ。死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。いや、もしかしたら誰かに殺されるかもしれない。胴体から手足を切り離して、そのまま一時間位散歩させて、それから死ぬまでずっと、エアガンで的にされるとか。それか・・・」


 延々と囁かれる、愛犬への殺害方法。


 耳を覆っても隙間から聞こえてくるのだが、タイちゃんの言う通り、言論の自由に守られている以上、僕にはそれより他に手立てはない。だからジッと耐えた。それが正しいのだと信じて。


 しかし授業の終わる直前、突如として閃いた僕は、筆箱からコンパスを取り出すと、しっかり握りしめ、タイちゃんの手の甲めがけて力一杯にそれを突き刺す。


「ぎゃあ!」


 チャイムは絶叫にかき消され、騒然とする教室。


 発育不全で華奢な僕と、健康優良児で体格の大きいタイちゃんでは、取っ組み合いの喧嘩なんかすれば、十中八九負けるに決まっている。


 だったら道具を使うしかないが、大怪我をさせると後が面倒だし、凶器にコンパスを選んだのは適切な判断だと思ったのだが、どうもそれ以前の問題だったようだ。


「やっぱり、彫刻刀の方が良かったですかね?」


 駆けつけた教師に組み伏せられ、「何をやっているんだ!」と問いただされたのでそう答えた僕は、心身共にこっ酷く修正された。


「人を突然刺す奴」という、大変不名誉な称号を戴き、学友たちからも少し敬遠されるようにはなったけれど、それを差し引いても、実りある良い授業だった。


 タイちゃんに感じたあの醜さの正体は、内面から滲み出るものであり、それは自身の有害性をアピールする類の生物と同じで、カモフラージュして同化しようとする連中に比べれば、よっぽど良心的な性質だ。


 それにしても恐るべきは、親の愛情である。


 僕にとってはあんな奴でも、タイちゃんの父母からすれば彼も間違いなく天使であり、立派に育て上げ、大学まで行かせたのだから。そりゃあ世の中から、争いは無くならないわけだ。


 彼の事を思う時、僕は神の存在を信じざるをえない。


誤字脱字、感想などありますれば、どうぞ遠慮なくお聞かせください。

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