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#異能力百合レー 第4話 『2人の行く末は果てしなく (ネバー・エンディング・ラヴァーズ)』

作者: 星月小夜歌

1.


「せーんせっ。」

「もう、ここでは静かにしなさいと何度言わせるのよ。」

 昼休み。図書室の静寂を、一時(いちじ)乱す軽やかな声。

 そしてそれを諌める、低くも優しさの籠る声。

 ここは小紫谷市にある、とある高校。

 この小紫谷市では、一部の住人が異能力を目覚めさせることが確認されている。

 この高校の生徒、そして教職員も例外ではない。

「史紀先生にも異能力あるんですかぁ?」

「あっても教えないわよ。変なのに目をつけられたら嫌だもの。そういう貴女はあるのかしら、各務さん。」

「先生のドケチー。先生が教えてくれないならあたしも教えないもーん。ふーん。」

「それで結構よ。無闇に他人に踏み込んで良いことなんか無いもの。」

 史紀 真珠(しき しずく)。この図書室を管理する司書教諭。

 そして各務 水葵(かがみ みずき)。図書室に入り浸り、史紀に毎日のように絡みに行く女生徒。

 各務が図書室に入り浸っているのはクラスに馴染めていないからだと、史紀は各務のクラス担任、氷室 冬華(ひむろ とうか)から聞いている。

「あたしは先生のこと、もっと知りたいんだけどなあ。」

「じゃあ異能力のこと以外なら答えてあげるわ。全く手のかかる子。」

 史紀が各務にそれほど愛想を良くしないといえども、邪険にもしないのは、氷室から事情を聞いているという理由だけではない。

「史紀先生は、好きな人いるんですかぁ? 彼氏とか。」

 カタカタと一定のテンポでキーボードを叩いていた史紀の手のリズムが乱れ、ディスプレイには読み方の定まらない文字列が打ち出された。

 数秒のクールタイムを経て。

「……審議拒否。」

「異能力のこと以外ならって言ったじゃないですかー!」

「もっと答えやすいのが来ると思うわよ普通は!」

「じゃあ何ならいいんですか!」

「……趣味とか? あと声大きい。」

「……先生だって今大きい声出てましたよ。」

「貴女の質問が突飛過ぎるからよ。……はぁ。全くもう。」

「じゃあ先生の趣味で。あとなんで他人に踏み込んで良いこと無いんですか。」

「やっとまともなのが来たわ。趣味はまあ読書ね。本が好きで司書教諭になったし、暇さえあれば本が読めると思ってたけれど。そんな暇なんて実際は無いわね。……他人に踏み込んで良いことなんか無いってのは、私はそれで何度も失敗したからよ。……そうね。中学くらいまでは私も貴女みたいに、人に馴れ馴れしかったわ。でもね、それで私は友達も、好きだった人も離れていった。ようやくまともに人と接するようになれた頃には、もうお酒の味にも馴染んでしまっていた。」

「だからそんなにそっけないんですか。」

「そうよ。それに人に近づきすぎれば、嫌なところだって見えてしまうわ。それなら、もう一人でいるほうが楽よ。」

「絶対そんなことないもん。」

 『貴女がクラスで馴染めないのは、その馴れ馴れしさと距離感の取れなさだと思うわ。』という言葉を史紀は腹に押さえ込んで、またカタカタとキーボードを叩き始めた。

 結局、各務は昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っても図書室に入り浸り、本鈴が鳴ってから大慌てで図書室を駆け足で出ていった。

「図書室も廊下も走らないの! もっと余裕をもって教室に戻りなさい! ……はぁ。」

 各務が退出し、ようやく静寂を取り戻した図書室で一人、史紀はため息をつく。

 他人に近づくことを厭う史紀は、他人から近づかれることもまた厭う。

 一人の生徒に過ぎない各務もまた、史紀にとっては鬱陶しいだけの、できれば関わりたくない類の生徒……のはずだった。

(何なのかしら、あの子は。)

 相手のことなどお構いなしに、ずけずけと踏み込んでくる彼女。

 まるで過去の私を見ているような彼女。 

(どうして。)

 他人なんてどうでもいい。私に近づかないでほしい。来ないで。

 腹の底からそう思っているはずなのに。

(どうして。あの子が来ると、こんなにむず痒くなるのかしら。)

 心の乱れから目を背けるように、史紀は仕事を淡々と済ませていった。

===

2.


(……静かね。)

 各務が図書室に現れない。これで2日目である。

 教職員用パソコンの横に貼られた学校の予定表に史紀は目をやる。

 ……修学旅行。2泊3日。

 そもそもクラスに馴染めていないであろう各務にとっては、行ったところで楽しいのかしら。

 そんなことを思ったところで、史紀は違和感に気付く。

 ……なぜ私があの子の心配をしているのかしら。

 私があの子の心配をする理由なんてどこにあるというのかしら。

 氷室が言うほど、私が思っているほど、各務はクラスに馴染んでいないわけではないのかもしれない。

 本当にクラスに馴染んでいなくても、各務なりに楽しんでいるのかもしれない。

(……いないならいないで、手のかかる子ね。全く。)

 図書室の静寂を乱す各務に自らの心さえ乱されていることを、史紀はぼんやりと感じ取っていた。

===

3.


「ただいまー♪」

「なんでここで『ただいま』なのよ。ここは貴女の家じゃないわよ。」

「いいじゃないですかー。」

「もう、いいわ。……なんでも。」

 まるでこの図書室が彼女の家だといわんばかりの各務の態度に、史紀は表面上はいつものようにそっけなく対応する。

 しかし。

 各務の軽々しい「ただいま」が不思議に心地良く史紀をくすぐる。

「それで。修学旅行は楽しかったの?」

「それなりにねー。担任のひむろんと宇治抹茶ソフトクリーム食べたりとか。」

 クラスメイトの話が出ず担任の話だけが出ることがこの各務らしいと思いながら、史紀はほんの少し、でも確実に心にもやを感じていた。

「あっ、史紀せんせにもお土産ですっ。」

 そう言って各務は小さな袋を史紀に手渡す。

「わざわざ私に買ってきたのね。こんな図書室の素っ気ない先生に。……ありがとう。 開けていい?」

 口ではいつもの態度を崩さないが、史紀は内心、先ほどのもやが晴れたようにほころんでいた。

「もちろん!」

 史紀が袋を開けると、中身は友禅染と思われるハンカチだった。

「お香とか、そっち系の匂いがするコスメとかも考えたんですけど。史紀先生って無香料のやつしか使わないじゃないですか。だから無難にハンカチです。」

 何気によく見ているのね、と史紀は各務に感心する。

 いわゆる、単なるウザ絡みしてくるだけの子じゃないってことだわ。 

「ええ。匂いの強いものは本に匂いが着いちゃうから。少なくともここでは使うことは無いわね。……いいチョイスだわ。ありがとう。」

「嬉しい! じゃあ毎日でも使ってくださいね!」

「洗濯するから毎日は持てないわよ!」

 全く、この子は。

 各務の態度は修学旅行の前と変わらず、無邪気で馴れ馴れしい。

 しかし。

 史紀の受け取り方は修学旅行の前と後で明らかに変わっていた。

 前から各務のことは、距離感が近すぎて鬱陶しいと思っていながらも、心のどこかでは彼女が図書室に来てきゃっきゃと絡んでくることを心地良く思っていた。

 各務が修学旅行から帰ってきて、この図書室で『ただいま』と発したとき、史紀は不思議に満たされた心地がしたのだ。

 図書室に来る生徒だから邪険にするわけにはいかない。

 ……果たして、本当にそれだけの理由で、各務に接しているのだろうか。

===

4. 


 昼休みが終わりを迎え、またいつものように慌ただしく各務はクラスに戻っていき、また史紀は図書室に一人残される。

(……もう、誰もいないわよね。)

 本鈴が鳴ってしばらく後。

 史紀は図書室に自分以外誰もいないことを念入りに確認する。

 そして、懐から小さな一冊の本を取り出す。

 本はまるで西洋の博物館に置いてあるように、皮のようなもので装丁されている。

 少なくとも普通の高校の図書室にあるような本とはかけ離れた異質な代物だ。

「……泡沫を記せ(バブルス・メモリー)。」

 史紀が詠唱すると本が開き、中から泡のようなものが飛び出して史紀の頭の周りをくるくると巡る。

「うっ……!」

 頭痛がする。

 泡はしばらくすると本の中に戻っていく。

 史紀の頭痛も、泡が消えていくのと同じように引いていった。

 泡が吸い込まれた本には、古代文字のようでいてまた現代の漢字のような、不思議な文字が記されていた。

「……結構きつかったわね。」

 史紀の異能力。

 『泡沫(うたかた)を記す者』。

 記憶を本に封じ込め半永久的に保存する。

 能力を使うと頭痛がするが、どうやらこれは自分の寿命を削られているらしい。

 ただの頭痛ではなく、自らの命なのか、何かを持っていかれる感覚があるのだ。

 無論、こんな能力を気軽にメモ代わりに使う気など到底起きない。

 それこそ紙のメモに書きこむなり、パソコンのメモ帳を使うなりで事足りる。

 しかし。

 史紀はほんの一部とはいえ、自らの寿命を引き換えに記憶を本へ封じ込めた。

「……各務、さん。」

 史紀が封じ込めたのは、各務との記憶だった。

 各務がこの図書室で「ただいま」と発したあの瞬間、その時の自分の気持ち。

 各務が自分にお土産をくれた瞬間、その時の自分の気持ち。

 ……満たされて、幸せ。


 異能力に目覚めたことに気が付いたのは、一か月ほど前だった。

 ある日、史紀は奇妙な夢を見た。

 自分は皮のようなもので装丁された、いかにもファンタジーに出てくる魔導書のような本を持っていた。

 「……泡沫を記せ(バブルス・メモリー)。」

 そう唱えると、本が開いて中から泡が飛び出し自らを包んできた。

 夢はそこで覚めて、史紀は傍らに、夢で見たのと全く同じ一冊の本が置かれていることに気付いた。

 あんまりにも出来すぎだとは思ったが好奇心は抑えられず、史紀は夢で聞いた呪文を詠唱していた。

 「……泡沫を記せ(バブルス・メモリー)。」

 すると魔導書のような本が突然開いて、夢で見たのと全く同じように中から泡が飛び出して史紀の頭の周りを飛び交った。

 「うっ……!」

 突然、軽い頭痛に襲われ、史紀はうつむいてしまった。

 頭痛が収まって前を見ると、泡は本に吸い込まれて消えていった。

 訳が分からないなりに本を開くと、まるで今まさに経験しているかのように、あの夢と今しがた現実で自分が体験した光景が蘇ってきた。

 どうやら、これが自分の異能力らしい。

 史紀はこの異能力に『泡沫(うたかた)を記す者』と名付けた。

 どうも異能力には、いささか恥ずかし……かっこいい名前を付けるものらしい。

 だがやはりどうにもそのような名前には抵抗があり、これならなんとか、と名付けられたのが、この『泡沫(うたかた)を記す者』であった。

 

 便利とはいえ、能力を使うたびに頭痛がするので史紀はこの能力を使うつもりはさらさらなかった。

 しかし。

 ……忘れたくない。消えてほしくない。

 各務がこの図書室で過ごす時間。

 いつの間にか、各務は史紀にとって、替えの利かない大切な存在となっていたのだ。

 

 史紀は本を愛おしげに開く。

 まるで各務がそこにいてくれているかのように、史紀は幸せで満ち溢れていた。

===

5.


 放課後。

 図書室を利用する生徒はほぼ皆無であるが、史紀は図書室にいる。

 放課後に各務が来ることは今のところ無く、史紀は黙々と目の前に積みあがった仕事を片付けていた。

 しかし。

 史紀は激しく胸騒ぎがしていた。

 どうして、こんなに落ち着かないのかしら。

 最悪なことに、史紀の胸騒ぎは当たっていたことをとんでもない形で知らしめられた。

 バタン!とまるで図書室の扉を壊すかのような勢いで入ってきたのは、血まみれで瀕死となった各務であった。

「か、各務さん!」

「……史紀、せんせ。……あたしは、命を狙われて……ナイフ持ったメガネのOLみたいな女に……。でも、大丈夫です。アイツが……ここには気付かないはず……。」

 なんのことだかさっぱりわからない。

 ……でも。

 見た感じ、各務の命はもうわずかだ。

 史紀は自らに血が付くのも厭わずに各務を抱き寄せ、耳元に囁く。

「貴女を失いたくないわ。どうして今まで素直になれなかったのかしら。……愛してる。……水葵(みずき)。」

 史紀の告白に、瑞葵は力を振り絞って微笑み、応える。

「あたしは、ずっと、貴女が好きでしたよ……。真珠(しずく)……せんせ……。」

 水葵からの答えで、真珠の瞳には涙が溢れていた。

「……そうだわ。その手があったじゃない。」

 真珠は懐から本を取り出し詠唱する。

「貴女を、各務瑞葵の全てをここに。永遠にとどめて。……泡沫を記せ(バブルス・メモリー)!。」

 本が開き、無数の泡が真珠と瑞葵を包み込む。

「……これが……真珠せんせの異能力……ですね……。それなら……。」

 消え入りそうな声、でもはっきりと水葵は詠唱する。

写せ水面よ(アクア・ミラー)

 瑞葵の詠唱が済むと、瑞葵の瞳に、まるで波のない水面に映っているかのように真珠の姿が映し出される。

「……これで準備はできました。……『泡沫を記せ(バブルス・メモリー)』。」

 真珠は訳が分からなかった。

 どうして、瑞葵が私の異能力の詠唱を。

 だが、瑞葵の詠唱にも本は答え、またも無数の泡が真珠と瑞葵の二人を包み込む。

「……あたしの異能力は、相手の異能力をコピーすること……名前は、『水面に映る写し身』。……今、あたしは真珠せんせを……永遠にこの本に……。」

 真珠はもはや意識が朦朧としていた。

 ただの頭痛ではない。

 ……自分丸ごと消えてしまいそう。

 ただの記憶ではなく、人間一人を本に封印し保存しようとしているのだ。

 その代償は、自分の寿命すべて、ということなのだろう。

 私自身の全てが、持っていかれる。

 ……でも。

 朦朧としながらも真珠はあることに気が付いていた。

 目の前の瑞葵は、私の愛する瑞葵は、私の異能力をコピーした上で、私を本に保存しようとしている。

 ……つまり。

「……ふふ。貴女、頭がいいのね。……これで永遠に、二人一緒だわ。」

「……どうやら、うまくいきそう、ですね。あたしも真珠せんせも、ずっとこの本の中で、二人で……。」

「……嬉しい。……愛してるわ。瑞葵。」

「私もです……真珠。」

 真珠と瑞葵は、溶けあうかのように抱き合い、甘い口づけを交わしながら、泡となって本の中へ吸い込まれていった。


epilogue.


 氷室冬華は奇妙な夢を見た。

泡沫を記せ(バブルス・メモリー)。」

 そう唱えると、自分の記憶が泡になって本の中に吸い込まれていく。そんな夢。

 そして目を覚ますと、枕元には夢で見た通りの本が置かれていた。

 その本を開くと、よく見知った二人が幸せそうに寄り添う姿が、脳裏に映し出された。

「そっか。アイツは史紀先生とくっついたか。……可愛いヤツだったな。……ま、お幸せに、っと。」

 ……これは、無暗に覗き見るもんでもないな。

 氷室は詠唱する。

凍て閉じよ(アイス・シール)

 すると本は、まるで氷の鎧を纏ったかのように固く凍り付いた。

 能力の名は、『凍てつく守護者』。

 よりによってこんな異能力を持った私のもとに、こんな本ともう一つの異能力が回ってくるなんて。

 ……しかも、こんなお熱いカップルが封印されて。

 こうなれば選ぶ道は一つだ。……まあ、こうしろと言われているのだろう。

 


 とある休日。

 氷室は湖へ出かけた。

 湖にかかる橋から氷室は湖へ、凍てついた本を投げ捨てた。

「ここまで邪魔しに来るヤツはよっぽどいないだろう。……さよなら。お幸せに。……史紀先生と各務さん。」


 固く凍てついた本は、穏やかな水面に、静かに沈んでいった。


===


登場した異能力


能力名:泡沫を記す者

 (詠唱:『泡沫を記せ(バブルス・メモリー)』)

 自分自身の寿命を代償に、記憶や魂の一部を本に封じ込め半永久的に保存する。

 その気になれば人間まるごと一人の魂を本に保存することも可能。

 死亡・消失など何らかの事由で能力者がいなくなった場合、本は能力者に近い人物のもとへ移動し、能力そのものも引き継がれる。

 所持者:史紀 真珠 → (氷室 冬華)


能力名:水面に映る写し身

 (詠唱:『写せ水面よ(アクア・ミラー)』)

 他人の異能力を模倣することが出来る。

 所持者:各務 水葵


能力名:凍てつく守護者

 (詠唱:『凍て閉じよ(アイス・シール)』)

 対象を凍りつかせる。

 凍りついたものはまるで氷の鎧を纏ったように外部の衝撃等から護られる。

 自分や他人の身体に使えば攻防一体の鎧になる。

 所持者:氷室 冬華


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