鼻血を擤(か)む
私は薄暗い洗面台で疲れのとれない顔をしばし眺めていた。
頭は覚めているのに、顔はまだ寝ているように見える。
刹那、口の中に鉄の味、反射的に首を反らす。
それはぬるりと喉に流れて、かふかふと咳き込む。
咳き込んだ拍子に鏡面に血の混じった唾液が付着した。
鼻頭を押さえる間もなく、白い陶器に血が点々と落ちる。
あぁ、面倒な事だ。
蛇口を捻り、体躯を折り曲げ、冷たい水に鼻を近づけて洗う。じゃばじゃばと鼻を両手で軽く揉みながら水で血を流す。どうやら右の鼻から血が流れてる。右手を皿のようにして水を溜めて、左手は左の鼻腔を塞ぎ、口をつむぐ。そのまま水を右の鼻で吸い込み、出すを繰り返した。ついでに顔全体を洗って勢いよく体躯を戻す。
汚れた鏡面に濡れた情けない顔が映る。
ほんの少ししてから。するっと人中を血が流れる。
唇を超えて、顎からぽたりぽたりと最初に戻る。
あぁ、本当に厭だ。
私は力無く、洗面台の前に座り込む。
ぽたりぽたりと寝巻きが血で汚れていく。
投げやりに体を横倒し、目を閉じることにした。
冷たい床にぽたりぽたり。
ぽたりぽたりと血を流すたびに私は縮んでいく。
眠くもないのに目を瞑り、ぽたりぽたりと萎んでいく。
洗面室の床は一面血だらけになるだろう。
血だらけになったころには私は胎児ほどになっている。
あぁ、考えたくもない。
どれほど経ったのかわからいが、床の一面の血が凝固した。私はいなくなり、私の寝巻きと私の鼻血の跡だけが残された。
もう少し、もう少しだけ。
乾いた血は、カサカサと無意識に寝巻きの下に集まってくる。小さな手足をつくり、顔をつくり、身体をつくりながら徐々に膨らむ。ゆっくりと時間をかけて。関節をひとつひとつ確認しながら動かして、口ができて、呼吸がはじまる。耳ができて水の流れる音が聴こえる。鼻ができたが血の匂いはしない。目ができるころには、洗面台に腕をかけて、両の脚で立ち上がると、鏡面にはあの情けない顔がある。
さぁ、出かける準備をしよう。




