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第一章 第4話 お食事はどうされますか?

 

 アルフレドが最初に口にした言葉は『邪神のみを信じなくてはならない』である。これこそ、デモゴルゴ教第一節なのだ。グルは聞き間違いと信じたかった。しかし、インプの中で一番に耳が良いグルである、聞いた言葉を否定するわけにはいかなかった。


 デモゴルゴ教にこのような言い伝えがある。


【異種族が信仰に目覚めた時、デモゴルゴの使者として全ての者を導くであろう】


 アルフレドはまさにその通りの人物であった。経典に従うならば、グルはアルフレドに従い、身を挺して布教活動をしなくてはならない。しかし、堕落に堕落を重ねた教祖は自身の生活を守るためにデモゴルゴの使者が現れたのを隠ぺいし、更なる堕落の道を選んだのだ。


「私がこの立場を維持するためにどれだけの労力と金を割いたと思っているのだ。仲間に頭を下げ、金を払い、アルフレドを自分専用の奴隷にした。なぁに、人間の寿命などあっという間だ。あと三十年もこき使えば勝手に死ぬ。労力と金の分はしっかりと働いてもらうからな」


 誰に話すわけではなく、壁に向かって独り言を放つ。そんなグルの願いが通じたのか家の扉の開く音が聞こえ、息を切らせながら水桶を持ったアルフレドが部屋へ入ってくる。


「遅い!」


 グルはベッドから降りると腕を大きく振りかぶり、壁を力任せに叩く。木でできた薄い壁が揺れ、その揺れが部屋全体に響き渡る。


 アルフレドは体を縮みこませ、思わず目をつぶってしまう。恐る恐る瞼を開けると目の前には壁を殴っていた太い腕が迫っていた。


 鋭い衝撃がアルフレドの脳内を駆け巡る。


 こめかみのあたりを右腕で打ち抜かれ、視界全体に白い世界が広がる。体が床に打ち付けられ、意識が飛びそうになるのを何とか堪えると、顔の目の前にグルの丸太のような足が膝を大きく上げられているのが目に入る。


「あっ!」


 アルフレドの間抜けな声が漏れると同時に枯れ木のような細い体にグルの足が踏み下ろされる。腹、胸、腰、頭。連続して踏み下ろされる足。アルフレドが血反吐を吐きながら亀のようにまるまると、それを抵抗と受け取ったグルの感情にスイッチが入る。


 丸太のような足によるスタンプ、スタンプ、スタンプ。アルフレドの背中は今にもへし折れそうである。嵐のような暴力はグルの体力が尽きるまで振るわれる。やがて、蹴るのに疲れ、グルの息が切れるとやっと気が晴れたのか、足をテーブルに乗せ、椅子に腰をかける。


「明日は何の日か分かっているのか!? 私が年に一度、集落を取り仕切る祭典だ。そんな前日だというのにお前は水汲みさえ碌にできんのか!」


「す、すみません。今すぐ食事の用意を致します」


 明日が祭典の日というのはもちろんアルフレドも理解している。むしろ、その祭典の日に向け日々アルフレドも準備をしてきたのだ。というのに先ほどのマリアナとのやり取りで時間をとられてしまった。グルがそれほど怒っていないことに安心し、食事の用意に向かおうとする。


「待て。お前、本当に水汲みに行っただけなのか?」


「も、もちろんです」


 咄嗟に桶の中の水を見せる。しかし、グルは訝しげにアルフレドを見ると、疑いの眼差しを向けてくる。


「なんか匂うな。……この臭い。お前、誰かと会っていたのか?」


「――!」


 喉から動揺する声を必死に抑え、咄嗟に背中に手を回す。


「んっ? 何か隠したのか? 見せろ!」


 強引に背中を向かせると後ろに隠していた布をひったくる。


「なんだぁ。これは?」


「す、すみません。それは、以前死んだ逃亡奴隷の身に着けていたものでして、自分用に使えないかと持って帰ってきたのです。洗ったのですが、まだ臭いますか?」


「そ、それは集落のハズレで見つけた腐乱死体が身に着けていたものか! な、なんという不浄な物を家に持ち込むのだ! さっさと捨てこい!」


「は、はい!」


 背中を向け立ち去ろうとするとするが、アルフレドはもう一度立ち止まるとグルに対して向き直る。


「お食事はどうされますか?」


「いらん! そんな物を見せられて食う気になるか! いいからさっさとその布を捨ててこい!」


 アルフレドは申し訳なさそうに頭を下げるとグルに踵を返し、その場を立ち去った。


 ※※※


 マリアナと会っていたのを気付かれるわけにはいかない、念の為、鼻のきくグル対策に死人の布を持ってきてよかった。今日のグルの予定は把握済みだ。集落の住民と挨拶を交わし、年に一度の祭典の為に寄付を募るのだ。廃れているとはいえ、集落で唯一の宗教、同時に行われる祭りに住民の寄付もはずむはずだ。


 アルフレッドを連れて行けば作業は捗るであろうが、人間のアルフレドに対し良くない感情を抱くものも多い。年に一度の特別な状況から、今日だけは小間使いから解放されるのだ。


「私が帰ってくるまでに明日の祭典の準備と納屋の片づけをしておけ! 明日の祭典は一年間の収入に直接影響するからな。デモゴルゴを敬いつつ、住人には気持ちよくなってもらわなくてはならない。いいか、作業の手を抜くんじゃないぞ!」


(また、デモゴルゴ様を呼び捨てに……)


 まるで自分に言い聞かせるように言葉を放つ。グルは普段着ることのないデモゴルゴの司祭服に袖を通すと、ドアを開け、足早に外へと歩いて行った。


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